天皇という称号はいつ頃からあるのか
2012年 05月 09日
例えば埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には、獲加多支鹵(ワカタケル)大王とあり、これは雄略天皇のことであるとされている。
『大王』が『天皇』に変わったのはいつ頃のことであろうか。近年有力なのは天武天皇の時代から、というものだ。
そもそも天皇とは、中国で北極星を人格化した最高神を指す。実は674年に唐の高宗が自ら『天皇』と名乗っていたという。この後は再び皇帝に戻っている。
高宗が生きた時代、日本では天武天皇が政権の中心にいた。天武天皇は道教の熱心な信者であったことから、高宗を真似て『天皇』と名乗ったのかも知れない。
また天武天皇は壬申の乱の勝利により、当時の日本では最高の権威を手中に収めていたから、それ以前の大王とは異なる呼び名を求めたのかも知れない。
そして近年、天武時代の飛鳥浄御原宮(あすか・きよみはらのみや)と推定されている地から、「大津皇」と記された木管が発見された。この皇の下には消えているが、恐らくは子という文字が記されていたに違いない。皇子とは天皇が存在してこその呼び名である。
そうであれば天武の時代には、少なくとも天皇という称号が、既に存在していたと考えられる。
さて、天皇には他の呼び方も存在する。以前に読んだ本では、天皇のことをミカド或いはスメラミコトと呼んだりもするが、この語源はバビロニアンのミクド(天から降臨した、開拓者の意味)だとし、スメラミコトはサマリアの皇帝という意味があるそうだ。
現在では常識として定着している物事の中には、思いもよらない意味や由来があるものだ。それはグローバル化が叫ばれ、世界が狭く成ったとされる現代よりもずっと以前に世界的な交流が成されていたという証拠であろう。
古代人にとって、私達が考えるよりも地球は狭かったのかも知れない。
長いのではしょりますが(失礼)
「神」以前は「天」がカミ様を表し基本的に天という部首はない。
(唯一あるのは「蚕」という文字)
したがって、現在の「国家神道というもの」(表現)がおかしい。
「神道」のもととなったのはキリスト教である。
「こんな資料がある」と言い出している人間は「神道家」である。
ひも解くと 聖徳太子以後 天皇という言葉がでてくる。
つまりこれらは、百済=南朝と高麗=北朝系の戦いなのである。
・・・というような内容で、
要は江戸時代以降の 創作物語 は信用しちゃいけないョ
ってなお話しなのです。
世の中イロんな考え方があるものですネっ。
有難うございます(^^)
以前に読んだ本では、そのキリスト教というのは景教だとされています。景教は教え的には、原始キリスト教に近い=グノーシス派的な
教えであるらしいですよ。
まあ、余り知りませんが、聖徳太子という人物は存在しなかった、という
のは本当かも。まあ、これこそ、勝ってに言っていますですね(^^)