身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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2016年 03月 01日 ( 1 )

 この世界が魂の修業の場であり、魂の学校であるというのがスピ系の定説である。またある人は『この世は監獄』であるという人もいる。
あの世では最もその魂に相応しい世界へ誘われるらしい。つまり必然的に似た者同士が集まった世界となり他の世界との交流も無く、考えにも行動にも多彩さを欠き魂の進化を促す刺激が極めて少なくなる。その分、魂の進化も遅れるのである。
各してこの物質世界が創られ、様々な魂が境涯の垣根を超えて自由に交流し、お互いに刺激を受けて魂の進化が促進される仕組みらしい。

 そのことがこの世を魂の修業の場とか、学びの場であると表現される所以であろう。それから本来は自由である筈の魂が、肉体という檻に繋ぎ留められ、記憶喪失の状態で酷く不自由な物質世界で人生を一から始める。どうしてなのか、前世の記憶を持ったままでは返って修業の邪魔になるからだろう。
というのが、概ねこの世は魂にとっての修業の場であるとされる理由である。

それで今更ながら、馬鹿な私はハッと気づいた。もしかしたら私たちが求める無問題の世界など、社会的にも個人的にも絶対に実現はしないのではないか?
人生そのものが学びや修業であるならば、課題が提出され続けるのは当然のことだからだ。
課題の無い学校は無いし、試験の無い学校もない。
課題は社会全体に課されるもの、個人的に課されるものなど様々であろう。
故に私たちはこの世に生きて在る限り、最期まで授業を受け試験を受け続けなければ成らないのだ。一難去ってまた一難、生きている私たちは出される課題に挑み続け、学び続ける必要がある。それが人生か・・・などと考える今日この頃だ。
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by levin-ae-111 | 2016-03-01 19:46 | Comments(2)