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2017年 08月 05日 ( 1 )

世界大戦と日本

 20世紀は戦争の世期だったと言われている。二度の世界大戦が生起し、マスタードガスなどの化学兵器や病原菌をばら撒く生物兵器、鋼鉄の装甲を持った戦車や航空機が初めて戦場に投入されたのが第一次大戦であり、それは現代の戦術や戦略に繋がるものだった。

戦車や航空機は第二次大戦に至り格段の発達を遂げた。戦車は装甲と攻撃力、機動性が格段にバージョンアップされた。

航空機に至っては偵察や着弾観測に用いられただけの初期の段階から、機銃や爆弾を積んで攻撃に用いられる様になり、第二次大戦の頃には機体も木製の骨組みに布張りから全金属製へと変わった。使用条件や速度、機動性能、高度性能など全ての点で航空機の諸元は大きく変貌した。それらの変化は海上戦力においても同様で、艦船の性能(速度、火力、防御力、渡洋性など)が著しく向上した。

 国際デビューして間もない明治の我が国も、日清・日露戦争を戦いギリギリの状況を奇跡的な勝利で乗り越えて世界に存在を示した。第一次大戦では東洋で唯一、連合国の一員として参戦し、艦船を地中海へ派遣している。

一次・二次の大戦ともにヨーロッパが主戦場となり、何れもドイツ対連合国という構図であった。二次大戦ではドイツとイタリアの枢軸国と連合国という構図だったが、イタリア軍は弱く実質的にドイツが枢軸国側の主力を担った。

 我が国にとってヨーロッパは遠く日独伊三国同盟を結んではいたが、ヨーロッパの戦場とは無縁であった。我が国が戦った戦争は『大東亜戦争』あるいは『太平洋戦争』と呼ばれる戦争であり、その主戦場はアジアと東南アジアだった。もっとも大東亜戦争前から中国大陸での戦闘が続いており、それは支那(しな)事変(じへん)と呼称されている。

 私の認識では大東亜戦争はヨーロッパ戦線に参加したいアメリカが、その口実として日本を戦いに巻き込んで始めた戦争であると思っている。

当時の世界情勢では白人至上主義が当然の常識であり、世界地図上で白人の支配を受けていない有色人種の国家は日本とタイだけであった。

中国(当時は清)は西洋列強の国々に浸食されており、その他の地域はアメリカ、イギリス、オランダ、フランスなどヨーロッパ諸国の植民地支配を受けていた。

その統治は過酷でどこの植民地でも一様に現地人は人間扱いをされず、一方的な収奪に終始するという残酷なものだった。

婦女暴行は無論のこと、優れた男子は殺害されたり暴行を加えられて、西洋人への反逆の芽を摘む行為が行われていたという。

 ヨーロッパで始まった戦争ではヒトラー率いるナチスドイツの勢いが良く、突如としたポーランド侵攻を皮切りに、あれよあれよという間に大陸の諸国を席捲してしまう。

フランスも占領され独り残ったのは海を隔てた大英帝国のみとなり、チャーチルはローズベルトにアメリカの参戦を強く求めた。しかしアメリカの状況は第一次大戦で多くの犠牲を出した反省から、世論は反戦でありローズベルト自身も「アメリカはヨーロッパの戦争には参加しない」と明言していた。

そこへイギリスからの強い参戦要求があり、ローズベルトはそれに応えるべく一計を案じた。ローズベルトにとって参戦の障害となるのは国民世論であり、それを覆さなければ成らなかった。国民は単純であり、他国から攻撃されれば反戦の世論など簡単に吹っ飛んで参戦に傾くことを彼は知っていた。そこで目を付けたのが日本である。

当時の日本は石油・鉄鋼などの物資供給をアメリカ貿易に頼っており、これを止められることは経済的打撃だけに留まらず、独立が危うくなりそれは植民地への転落を意味していた。当時日本の独立を支えていたのは強力な軍事力に他ならず、禁輸措置はその軍隊の無力化を招くからである。石油が無ければ戦艦も戦車も飛行機も動かない。

アメリカはハルノートと呼ばれる不条理な要求を日本に対して突きつけた。度重なる譲歩を重ねた日本に対して、はぐらかし、無視しどうにかして日本を戦争へ巻き込もうと画策したのだ。

計算では数年で石油が尽きる事態となり、我が国は血路を開くべく南方の各国植民地の資源を求めて開戦を決意する。そして遂に1941(昭和16)128日、我が国は宣戦布告と同時に(実際には通達が遅れて、不意打ちの誹りを受けている)オアフ島の米太平洋艦隊の泊地である真珠湾を攻撃した。

時に大東亜戦争は『大東亜共栄圏』の樹立という日本の身勝手な大義名分を以て語られる場合もあるが、これが果して日本の本音だったかは私には分からない。ただアメリカからの圧力を受け、民族の危機、国体の危機を感じてやむを得ず戦争へと突き進んだのは確かである。

結果として日本は無残に敗北したが、欧米諸国の植民地支配に終止符を打ち東南アジア諸国の独立に寄与したのは確かであろう。

戦後に日本軍の生き残りの兵士たちが独立戦争を現地人と共に戦った例もあり、これら大東亜戦争後に独立を果たした国々の指導者たちの多くは、日本に対する感謝や尊敬の言葉を残している。大東亜戦争は日本にとっては敗北だったが、アジアが植民地から脱出できたという点においては勝利だったといえるかも知れない。

また戦争を戦った敵でさえ(マッカーサーや歴史家、法律家、作家など)日本が戦争に至った経緯について、今日私たちが刷り込まれている侵略戦争では無かったことを認めている。

ともあれ人類史上初の原子爆弾を二度に渡り浴びせられ、未曽有の被害を出して日本は降伏し、先に降伏したドイツと共に敗北し大東亜戦争と第二次世界大戦は終結した。

しかし大東亜戦争後にも朝鮮戦争が勃発し(この戦争は終戦ではなく停戦して現在に至っている)、これが現在の自衛隊の母体となる『警察予備隊』の発足に繋がった。またアメリカの後方支援基地として日本には戦争特需が発生し、奇跡の戦後復興といわれる経済発展の原点とも成った。

世界の経済大国と成った現代でも、我が国の状況は大東亜戦争当時と余り変わらない。生活必需品として石油資源の重要さは当時以上に増しており、ひとたび中東で大規模な戦乱が発生すればたちまち我が国の経済と国民生活は混乱に陥るのだ。

そして北朝鮮のきな臭い動きは、やはり脅威である。ミサイル防衛など実際には戯言に過ぎないと私は思っている。大気圏外を12000キロという驚異的な速度で飛来する弾頭を、撃ち落とすことなど現在の技術では不可能だ。

一発ならばどうにか成るかも知れないが、多数のミサイルを打たれたら必ず何発かは着弾するだろう。高高度迎撃ミサイルもイージス艦も全ての弾頭を破壊できない。

常に危うい綱渡りの様な平和、戦争と戦争の間の束の間の平和、だからこそ大切にしなければ成らない。現代に世界大戦が起これば、それ以前の戦争とは桁違いの惨禍をもたらすに違いない。こうして戦争について云々することも出来なくなるかも知れないのだから。

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by levin-ae-111 | 2017-08-05 21:04 | Comments(0)