身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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カテゴリ:スピリチュアル( 11 )

 宇宙や自分たちについて子供の頃に私が無意識的に感じ、想像していたこと柄は現代ではきわめてそれにちかい似た様な感じでインターネット公開されている。

40年以上も前の小学生の頃、私は以下の様な想像を何度もした。それはインスタントコーヒーの空き瓶に土を入れ、そこに捕まえたアリを放して観察していた時のことである。

アリたちは閉じ込められて右往左往していたが、時間が経過すると本能的に巣造りを始めた。私はアリの巣を鮮明に見たくてアリを瓶に閉じ込めたのだった。

次第に出来ていくアリの巣をワクワクしながら見つめている時に、そのイメージは不意に訪れた。私達も誰かに観察されている!!そういう想いが湧き上がり、イメージは更に膨れていった。小学生なので観察者のイメージは鉄腕アトムのお茶の水博士だった。

その博士が我々の世界を満足気にのぞき込んでいるのだが、更に博士を観察している別の博士が居る。彼も満足そうだが、彼もまた観察されていて・・・と無限に繰り返す想像には切りが無かった。

 

それは私達が人類の最下層で、上位の人類が限りなく多く存在しているというイメージだ。最近のネットでは地球人類は上位の知的生命体により創造されたとか、宇宙人が脳に侵入して人間を操っているとかそういう類の情報が有る。

ある情報では地球はゲームセンターの様な場所で、宇宙人たちは地球人の脳にアクセスして様々な体験を楽しむのだという。

それが建設的な状況を産むのならば問題はないが、錯乱や紛争に繋がる場合は極めて厄介である。だがしかし、それは何の呵責も無く行われていたという。

昔からいわれているワンダラーやウォークインという現象も、そういうこと柄の一環なのかも知れないが人類に好意的な宇宙人の側らしい。

私達がゲームのキャラクターに対する考慮を一切しないのと同様に、地球人類への配慮が何も成されないままにゲームが行われていたらしい。それが最近では少し事情が違って来たようで、人類の意識が向上するにつれ、我々への配慮を主張する人々が現れた。

つまり「残酷なゲームは止めましょうよ」という意見があり、従来通りに遊びたい人々との間で対立が生じる様になったらしい。

その対立の決着は如何に成ったか、或は成るのか知らないが事情は私達の世界でも残酷なゲームが未だに消滅しないのと似た様なものかも知れない。

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by levin-ae-111 | 2017-08-22 21:25 | スピリチュアル | Comments(0)

久々に不気味な夢

 昨夜は夜中に猫が喧嘩して、ギャーッという酷い鳴き声で目覚め、今朝は睡眠不足気味です。それとは関係ないのですが、昨夜の寝入り端の夢です。

身体が浮き上がる様な感覚になり、寝たままの姿勢で突然に足先から窓に向けて突進しました。何度も同じ夢を見ていますから、身体が壁を突き抜けることは知っています。

部屋は現実とは異なっていますが、夢で何度か訪れた部屋でした(夢では自分の部屋)。半分が和室で半分は洋室になっていて、何故か沢山のTVモニターがあります。

さて戸外に放り出された私は、久しぶりなので少し飛んで遊んでみようと考えました。しかし飛ぼうとするのですが、上手く飛べません。

仕方が無いので部屋に戻ることにしました。窓には鍵が掛かっていて開きませんが、壁を透過できるので窓を抜けて入ろうとしました。

少し集中して窓に頭を入れようとします。しかし上手く行かないので、少し焦りました。再度集中してチャレンジします。今度は顔が入りましたが、途中で引っ掛かり強引に抜けて部屋へ戻りました。

ところが全てのTVモニターが点いており、私はあわてて電源を切って廻ります。モニターは50インチ程度から5インチ程度まで様々あり、コードも複雑に絡みあっていて苦労してモニターの電源を切りました。

そして床に入り眠りにつこうとしました。ところが、今度は何かが載って居る様な重さを感じました。振り払おうとしますが、重さは増すばかりです。もがいて何とかそれを振り払い、眠りにつくという夢でした。

私は夢で同じ場所、同じシチュエーションに遭遇することが多い様です。見覚えがある人や風景、状況が複数回にわたり夢に登場するのです。

また行ってみたい場所や会ってみたい人々が夢の世界には存在しますが、なかなかそうは行きませんね。

久々に見た不気味な夢のお話しでした。


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by levin-ae-111 | 2017-08-21 05:07 | スピリチュアル | Comments(0)

地球は球体ではない!!


 ネットで見つけた面白い主張です。それは『地球はフラットな円盤』だとする説です。

まるで古代の宇宙観に戻った様な主張ですが、これが冗談でなく真面目に証明しようとしている団体が存在するらしいのです。

The Flat Earth Society という団体らしいです。この団体、地球は平面の円盤状で、北極を中心に各大陸が分布しており、南極は円盤の外縁を取り囲む氷の壁だと説いています。

さらに上空はドームの覆いがあり、その高い所を太陽や月が周回しているのだとか。そしてすべての人は、地球が球体だと騙されて信じこまされているというのです。

それを証明する為に南極(縁の氷の壁)に行き、観測気球を上げて調査するプロジェクトを開始したとか。それが真実なら、もう結果が発表されていても良い頃なのですが、未だにその様な発表はありません。

もしかしたら地球が平面だと知られたら不味い組織に妨害を受けているのかも知れませんが、現実的に有り得ない気がします。

 他にもこの世界はコンピューター内の仮装現実だという説も存在します。こちらの方は量子論の実験から導かれた仮説で、それなりの説得力が有る気もします。

どちらの説、主張にしても直接に私達の生活に影響が有るわけではありませんが、好奇心は大人であっても失いたくはありません。

今のところ与太話でしかありませんが、ご興味があれば・・・(^^)/

https://www.youtube.com/watch?v=QW5rOEmzNZI 地球平面説。

https://www.youtube.com/watch?v=nv7WQqJLru0 この世界が仮装現実である事を示す証明式

https://www.youtube.com/watch?v=Ftpz8mQiYnQ 証明式の続き


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by levin-ae-111 | 2017-08-20 07:03 | スピリチュアル | Comments(2)

生まれる前の夢

 ずっと以前もう30年近く前の夢です。カラーの夢ばかりを見ていた当時としては珍しくモノクロかセピア色の夢でした。

私の周囲には2030名くらいの人物が集っています。場面はどうやら私がこの世へ出発する直前の光景です。

私は地面開いた穴へ半分だけ身体を入れた状態で、この世で成すべき事柄を頭の中でなぞります。あれをして、これをして、大体こんな感じかなと、考えました。

「そうそう、頑張って」と、周囲の人物たちが一斉に頷きます。私たちはテレパシーというか、互いに通じ合っていて、全員が心の内で思った事が即座に伝わるのです。

しかし穴に半分だけ入った状態の自分は人間の姿なのですが、集っている者たちは様々な姿形をしており、背が高くヒョロッとした者、丸くズングリした者、口が大きい者や耳が長い者、灰色の肌、二頭身で貧しい藁蓑をまとって杖を持った者など様々なのです。

つまり・・・どう見ても人間ではない連中ばかりなのです。中には妖怪『油すまし』にそっくりな者もいます。共通しているのは皆とても質素な衣服であり、自然と共に生活しているらしい風体だという事です。姿は異形でも善良な連中です。

そうであれば私も彼等の仲間ですから、その世界では人間とは異なる姿をしているのでしょう。ひょっとしたら私達が妖怪とか妖精とか呼ぶ生命体なのかも知れません。

しかし彼等の私に対する視線は温かく、これから人間界に出て行く私を応援する気持ちと名残を惜しむ気持ちなど複雑な想いが伝わって来ました。

私も同様の気持ちでした。しかし行かねば成りません。

私は意を決し、思い切って手を放しウオータースライダーの様にチューブの中を滑って行くのでした。

残念ながら人間界で何を成すべきかという目的は、全く思い出せないままです。一時は夢で見た彼等を自身の魂の別の面と感じていましたが、そうではなく繋がりの強い別の魂たちなのかもと考える様に成りました。というのも、他の夢では全て自分は人型であるからです。

魂の流転変転を思い出せたら面白いでしょうが、思い出せないのが人生なのでしょう。

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by levin-ae-111 | 2017-08-19 10:52 | スピリチュアル | Comments(0)

 江原啓之さんといえば『オーラの泉』で有名になったスピリチュアルリストだ。現在はスピリチュアル意外にオペラ歌手としても活躍している。

その人生は幼少時に父親を亡くし、母親も15歳の時に亡くしたという苦労の人生だった。

小さい頃からオーラが見えており、それが普通だと思っていたが、それが皆には見えていないと知った時はショックだったという。子供時は背が高かったので後ろの席だったが、皆の放つオーラで黒板が見えない事もあった。

母を亡くした時、周囲の人々が慰めようと掛けてくれた言葉に矛盾を感じ、世の中はどうしてこうも理不尽なのだと思ったという。「真面目に生きていれば、良い事もあるから・・・」でも江原さんはそれまでも真面目に生きていた。

「世の中にはもっと不幸な人も居るから・・・」では、世界一不幸な人には何というのか?

そもそも幸福とは比較なのかと考えたという。

そして、この理不尽は何なのかを解明しない限りは生き行けない!!と思ったという。

オーラの泉では有名になった事より、自分たちの言葉をヒントにして人生を(より良い方向へ)変えてくれる事だけが楽しみだった。個人的な相談を止めたのは、切りが無いし、どれも所詮は小我に関する事でしかないからだという。自分は可哀想と思っている内はまだ余裕がある、本当に行き詰った人は自己憐憫ではなく分析に走るのだと江原さんはいう。

そして飽くまでもスピリチュアルな視点と言いながら、認知症の人は体に異常が有るだけで魂は健全。だから酷い事を言ったりしたりすると、魂は覚えているという。

また徘徊する人は、出て行きたい場所や一緒に居たくない人と我慢して居続けた結果、などと分析している。

さらに他人の言葉で傷つくのは、自分にその要素が有るからだともいう。それは確かにそうだろう。痩せている人がデブと言われても、怒らないに違いない。その人の中にそういう認識が無いので、反応の仕様がないからだ。

今の社会で多発している虐めについては、『幸せな人は意地悪をしない』と、ユーモアを交えて語った。そしてSNSなどの酷い書き込みを見て、こんなに不幸な人が多く、それすら感じていないのだと語っていた。

人生に意義を求めるより、生き抜く事に意義があるのだと江原さんは思っている。生き抜いて天寿を全うする事にこそ意義が在ると、信念の一端を披歴していた。

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by levin-ae-111 | 2017-07-29 21:28 | スピリチュアル | Comments(0)

通じた(^◇^)!!

昨夜のことです。髪がワサワサするので、手で払ったら・・・ギョエ~ッ!!

68センチくらいの小さなムカデが床を這っています。

そんな時、私は空き袋に誘導して外に放しています。手近な物でムカデ君の進路を強制的に変えつつ袋の準備をと焦ります。

それで袋を取ろうとして左手を使った時、数カ月前から痛めている肩に激痛が!!

「イテテッ!」思わず肩を押さえてしまいました。

痛みが治まった後でムカデ君を捜索しましたが、時既に遅しで何処かへ逃走してしまった後でした。

これは非常にマズイ状況です。ムカデ君が居る部屋では安心して眠れません。

髪の毛ワサワサはムカデ君でなくとも、私の場合は頻繁にあることで、それはエネルギー感覚の一つでもあります。日頃は気にしないのですが、実際に何かが触れている場合と何ら変わらない感覚なのです。が、部屋に居る場合は念の為に手で払う癖がついています。

というのも我が家は古い木造家屋で、周囲には両親が新築時に植えた樹木が小さな林をつくっています。そこには当然、ムカデ君やセミその他の昆虫が住んでいます。

でっ、時々は家に侵入して来るのです。

ムカデ君は噛まれるととても痛いので、捕まえ損なうと大問題です。そこで瞑想の終わりに以下の様に念じてみました。

「殺さないから出ておいで、この部屋では君は生きられないよ。外へ出してあげるから、私が起きている間に出て来てね」と。

すると・・・それから30分しない内にノソノソと出て来ました。準備していた空き袋に誘導し、近くの空き地の草叢にリリースしました。

念が通じた!!ムカデ君といえども、健気に懸命に生きているのですから殺すのは忍びない。

出て来てくれてよかった(^◇^)


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by levin-ae-111 | 2017-05-22 04:00 | スピリチュアル | Comments(2)

☆キラキラ☆

 今日は昨日に引き続き気持ちの良い快晴です。気温もグンと上がり、正午現在で既に30℃を越えています。数年前に鬱病に罹患した時、ブロ友さんから教えてもらって「ありがとう」を繰り返しながら素足で地面の上を歩きました。

不思議と激しい肩こりや背中の痛みが治まった事を覚えています。そこで晴天の今日は久しぶりに素足で地面を歩きました。

 行ったのは近所の山で昔はゲートボール場だった場所です。見晴らしが良く、遠くに立山連峰が望めます。素足になって山を眺めていると、たちまち空間にキラキラと光りながら渦を巻く無数の小さな物体が見え始めます。今日の様な晴天の戸外では一度焦点が合えば、否応なしに小さなキラキラが視界を覆います。

その小さなキラキラの正体はいわゆる『プラーナ』というものです。過去には見えなかったのですが、いつしか視界に入り出して、今では空や白い壁、LED照明などを見てもプラーナの存在を確認できます。

プラーナは私たちへの宇宙からの贈り物だと思っています。命ある者を生かす為に宇宙が補給してくれる生命エネルギーの様なものだと解釈しています。

 それとは別に遠くの山々を眺めていると、やはり強くキラッと光る何かが見えました。

それは一瞬のまたたきで、時々しか見えません。一体それが何なのかは分かりませんが、こんな日に空を見ると必ず見えます。

そして光りは微々たる輝きですが、プラーナよりも細かい無数の粒子が、それこそビッシリと言って良いほどに天から降り注いでいます。

それはプラーナとは異なり、少し薄暗い方が見え易いので、木々などを見詰めると見えます。

そんな空間のキラキラを眺めながら、初夏を感じさせる気温の中で佇んでいると少し幸せだと感じられました。

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by levin-ae-111 | 2017-05-21 07:49 | スピリチュアル | Comments(0)

守られています

 先日仕事中にちょっとした怪我をした。人差し指を鉄の丸棒で挟み、手袋を抜ぐと血が滴った。直ぐに傷を水で洗い、見ると爪の生え際から第一関節あたりまで裂けているし指の腹も裂けている。φ50mm、長さ5.5mの鉄棒はとても重く、先端を持ち上げた際に手が滑ったのだった。
右手から気を出すイメージをして怪我した指を握り、バンドエイドで強く巻いた。絆創膏は赤く染まったが「ごめんな、でも大丈夫、直ぐに治るから」と指に話しかけ、仕事を続けた。痛みは出ず、3週間を経た現在では完治している。

その数日後にも台の上に20キロ程度の製品を置き、実験用のミニ乾燥機の扉を開けた時に足元でドーンと大きな音がした。製品を鉄板で挟み、ボルトとナットで締め付けた円筒形の重量物が床に転げ落ちた音だった。落ちる様な置き方はしていない筈だが、手前の大きな鉄板(直径25センチ、厚さ20mm)数枚も一緒に落下していた。
見るとコンクリートの床が鋭くえぐれており、その跡は足元から5センチも離れていない。
しかし落下物は何故か僕に触れもせず、床に転がっていた。これが直撃すれば今頃は入院している事だろう。

こんな事があり、現在まで不思議に大怪我の危機から守られて来た過去を思いだした。
重量にして1キロの円盤状の製品三枚が縦に落下して足首の筋を直撃したこと、山積みの製品が崩れて膝まで製品に埋まった時のこと、通勤途中に後ろから激しく追突されながら無傷で済んだ事などが脳裏に浮かんだ。考えてみれば何度も大怪我の危機があり、その何れもが軽傷や無傷で済んでいる。改めて守られている事を実感し、見えない背後霊さんに感謝の言葉が出た。

私たちは一人で生きているのではない。魂のレベルでは一人の人間をサポートする為に多くの霊的存在が関わっているとされている。その霊的存在たちもまた、代表として肉体をまとい人生を生きる人格を守り導きながら共に学び成長していくとされる。
私の守護霊団はさぞかし、やきもきしている事だろう。ドジでうっかり屋で考え無しの私は、放って置くと何をするか知れないから彼らも気が抜けないに違いな。

この日記を書き始めた時、一度ビシッと部屋の隅から音がした。
また、誰かが来たらしい。そんな時は「いらっしゃい」と声を掛ける。ラップ音ではないかも知れないが、一応の返事をしておく。時間や気温に関係なく、一日に一回はこのビシッ!がある。無視していた時は何度も続けて音がしていたが「いらっしゃい」を始めてからは一度になった。
ありがとう、守護霊さん。今日も、ご苦労さま。
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by levin-ae-111 | 2010-03-01 05:40 | スピリチュアル | Comments(2)
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1996年から三年連続で、縁あって位山へ出掛ける機会があった。なかでも二度目となった97年の登山は格別に思い出深く、不思議な雰囲気につつまれた登山となった。
位山は太平洋側と日本海側の分水嶺として有名であり、その山腹には巨石が散在していることでも知られている。古くは酒井勝軍がピラミッドと断定したとされ、天皇家へ献上される一位の木はこの位山から採取されると聞く。
海抜は1529メートルあり、林道および登山道を経て山頂へ続くコースはハイキングに適している。山頂に設けられた休憩用の高床式の展望台からは、遠く北アルプスや中央アルプスの峰々が眺望できる。私たち一行はお盆過ぎに訪れたのだが、とても良い体験をさせて頂くことになった。

私と二人の友人、MさんとKさんの三人はその日早朝から車に乗り込み位山を目指して国道41号線を高山方面へ向かった。ハンドルを握るのはMさん、私は助手席で後席のKさんと神通川の渓谷の景色を眺めたり、互いの不思議体験を話し合ったりしていた。位山については某霊能力者が本に書かれているのを読み興味を持った。そんな訳で95年にはMさんと二人で訪れていた。
出発から約二時間後、Mさんが突然に車を脇道に乗り入れたので何事かと驚いたが、そこは飛騨一ノ宮『水(み)無神社(なしじんじゃ)』だった。「お参りしていこう」と、Mさん。立派な大鳥居の横に車を止め、下車すると途端にムッとする暑気。八月も下旬だというのにまだまだ暑い。神社や神様について無知な私は「ここは位山を御神体にしているのかなぁ」などと思いながら二人の友人の後に続いた。まず私たちは正面の大鳥居をくぐったところで驚いた。そこには車を降りた時から感じていた暑気がまるでない。境内は杉の巨木に囲まれているが特に日陰というわけでもない。だがまるで冷房の効いた室内にいるような涼しさだ。今にして考えれば、この時から既に不思議な現象は始まっていたのだった。

私たちは一礼して石畳の参道を歩き、境内のお手水(ちょうず)で手と口を清めお賽銭を投げてお参りした。私は神社参拝の礼儀には無知なので、ともかく二拍手二礼して合掌し、「これから位山へ行ってきます。宜しくお願いします」と祈った。そこで思いも掛けず誰かの返事があった。返事といっても無論、耳に聞こえる声 ではない。その声は頭の中に直接流れ込んできた。
「そうか、そうか。行ってこい、行ってこい。道中守護してやるから、安心して行ってこい」中年男性と思しき声で、とても嬉しそうに返答があった。
まさか!神様の返事?驚きながらも嬉しくなった。恐怖心は微塵もなく、無礼を承知でしばらく境内を徘徊し、写真撮影をしてから一礼して再び大鳥居をくぐり外に出た。またもや酷い蒸し暑さを感じ、境内の涼しさはまさに神域ならではと実感させられた。

車に戻り不思議な涼しさについて語り合ううちに林道の入り口に到着した。冬場にはスキー場となるそこは食堂や売店、ロッジが数棟あるが夏場は閉鎖されていて閑散としている。林道は未舗装で整備が悪く、所々に車を傷つけかねない大きな凸凹(おうとつ)が口をあけている。Mさんは狭くギャップの多い林道を慎重に車を進めていく。それでも車は大きく揺れ、登山口までまだ数キロあったが道幅の広い場所に駐車し歩くことにした。私たち三人は急坂の砂利道をテクテクと歩きだした。
当時Mさんと私は三十代後半で、Kさんは五十代だった。標高が上がっても意外に気温が高く、風も弱く湿度が高くて足許も悪い。
果てしない砂(じゃ)利(り)の急坂が続いている。さして重くもない荷物が酷く重く感じる。

セミ時雨(しぐれ)の中をしばらく頑張って歩いた後の最初の休憩で私たちは周囲の異様な気配に気がついた。風も無いのに周囲の山々がざわめき、私たちを追ってくる。それはまるで大勢の人々が一緒にゾロゾと同道している感じで、しかも皆が楽しく談笑しながら歩いている気配が伝わってくる。男も女も老人も子供もいる。元気な子供たちは私たちの周囲を走り回っている気配もする。そのざわめきが私たちのスピードと歩調を合わせて林道の周囲の山に常にある。しかし怖いとか不気味な感じはせず、暖かい視線が私たちに注がれているのを感じとても歓迎されている気がする。集落の人々が総出で出迎えてくれている、そんな感激の気分に浸りながらも暑さで体力は次第に消耗し日ごろの運動不足が悔やまれた。

「まだ、遠いのかなぁ」Kさんが汗を拭いながら呟く。予想以上に辛い道のりに挫けそうになったとき、また不思議な現象が起こった。疲れた私たちを励ますように何処(どこ)からか良い香が漂ってきた。上質の御香を焚いたような甘く上品な香は私たちに力を与えてくれた。「神社の匂(にお)いだ、もう登山口は近いのね」とKさん。「そうだね、もうすぐだ」と、Mさんと私。
でも考えてみれば登山口の神社は香がするような建物ではないし、木造の建物があったとしてもこんな所まで木の香が届くはずもない。当然、登山口まではまだ遠く更に一時間近くも歩いた。その間に二度もあの『神社の匂い』で神様に励まされた。私たちを励まし導く『神社の匂い』と、暖かい視線を感じる大勢の人の気配に後押しされて何とか林道の終点、つまり位山の登山口にようやくたどり着くことができた。しかしこれからが勝負だ、より険しい登山道が待っている。
 
登山口には金属製の鳥居と不気味な人面をした龍の像が向かいあう形で一(いっ)対(つい)、球形の祠(ほこら)と記念碑が建立されている。この山には不釣合いに感じられるそれらを横目に見ながら、私たちは細く急勾配の続く登山道へ踏み入った。一緒に来てくれた大勢の人たちの気配は位山に入ることなく、周囲の山にあって私たちを見守っている。
山頂までの道中には様々な形の巨石が急斜面の山肌にへばり付くように点在していて、それらの一つ一つには注連縄(しめなわ)と名前を記した看板が着けられている。しかしどれも朽ち果てていて、岩の名前も読めない状態になったものが殆どだった。山頂近くには『天の岩戸』と命名されている巨石構造物が存在していて、やはり注連縄が張ってあり、榊のお供えと賽銭箱が設置されていた。そこからの道は平坦で気温も低くなり、快適な登山となった。そしてついに山頂へ到着。山頂には標準点と木造高床式の展望台が設けてあり、私たちは景色を眺めたり、写真撮影をしたり涼風に涼んだりと大いに楽しんだ。
 
登山道とは反対側へ下った場所に水汲み場がある。しばらく頂上の眺望を楽しんだ後で、私たちはそこを目指した。心配されたKさんの体調も万全で美味しい山の清水を味わった。それから下山し、登山口の傍らにある休憩所で食事を摂った。周囲の山は相変らずザワザワしていたが、今は風もあり気温も下がっていて心地よい涼風が吹き抜けている。
Kさんは「私たちが三人とも子供で、そこらを走り回って遊んでいるイメージが見えたわ。前世はきっとここに居たのね」と言っていた。私はそこまでは感じなかったが、何だか久々に里帰りをしたような懐かしい感覚を強く覚えていた。
 
  時間も押し迫り、いよいよ下山を始めた。後ろ髪を引かれるような感情がわきあがり、「帰りたくない」というのが私たちの本音だった。私たちの足取りに合わせ、人々の気配も山を降りてくる。空には四神『青龍』『白虎』『朱雀』『玄武』に似た形の雲が現れては消えていった。林道を下るにつれて周囲の人々の気配は次第に薄れていく。人々があるところで立ち止まり皆が手を振って見送ってくれている。子供たちはまだ一緒に降りてくるが、その気配もついには消えた。何と不思議で嬉しい体験だったことか、水無神社の神様が約束されたとおりに私たちの道中を守護してくださったのだろう。私たちは去りがたい感情を胸に位山を後にしたのだった。

この話にはまだおまけがある。帰ってダイニングで一服していた私を見た母親と妹が私の「肩に何か憑いている」と言い出した。私は自分の生命エネルギーが拡大したのだろうと思った。というのも、日ごろから運動不足の私が突然十数キロ歩いても筋肉痛に成らなかった。私だけでなく、MさんKさんも全く筋肉痛とは無縁だった。Kさんにいたっては日ごろから話をするときにも息苦しそうにする人だ。それが元気に山を登り、筋肉痛にも成らない。本当に神様のご配慮をいただいたに違いないと実感した。

そして撮影した写真にも異変があった。参道から移した拝殿の写真は屋根の上あたりまで赤くなっていた。また山頂からの写真も白昼にも拘らず全体に夕焼けを写したように赤みがかっていた。これらの現象は不思議ではあるが、不気味ではない。しかし水無神社での嬉しそうな神様のお返事をはじめ道中に感じた好意的な数々の現象は解せない。
 どうして氏子でもなく、日ごろから参拝もしない私たちに神様がご好意を寄せてくださったのか。私たち三人が特別に神様に好かれる要素を持っていたとは考えられない。少し強引かも知れないが、ここに一つの手掛かりがある。
 
それは『飛騨(ひだ)福来(ふくらい)心理(しんり)学(がく)研究所(けんきゅうしょ)』を主催しておられた山本(やまもと)建造(けんぞう)先生(故人)の説である。
それによると日本列島で最初に隆起した土地は乗(のり)鞍(くら)岳(だけ)周辺であったとされ、人類も発生し文明を築くまでに発達した。人々は上方(うわかた)様(さま)と呼ばれた長(おさ)を中心に平和な生活を営んでいた。水に映る太陽を信仰の対象としており、水に映る太陽を皆で囲んで瞑想していた。その儀式を『日抱(ひだ)き』と呼んだ。それが飛騨の地名の由来であると謂(い)われているとされた。気候の寒冷化とともに人々は乗鞍岳周辺から現在の飛騨(ひだ)久々野(くぐの)周辺へ移住して(水無神社の所在地付近)都とした。平穏に生活していたが、やがて大陸からの野蛮人の侵入に備えて各地へ人々を配して防備に当たらせた。国民の中心が上方様であり後の天皇家にあたる家系である。つまり上方様は日本国民の親のような存在である。その御霊(みたま)が数千年を経た現在でも水無神社に鎮座ましますとしたらどうだろうか。遠方からの国民の訪問を喜ばれ、偶然にも私が御霊の思念を受信できたのだと考えられないか。故に御霊のご配慮を感じられ先に記したような素晴らしい位山登山となったのだと思う。
古(いにしえ)の都に未だに鎮座される親神様は今も全国民を見守ってくださっている。ありがたい親のご好意を戴いた心温まる登山であった。
以上
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by levin-ae-111 | 2010-02-28 18:46 | スピリチュアル | Comments(4)
 ビリーマイヤーやアダムスキーなどの体験には及びもつかないが、チャネリングにより与えられた宇宙人の情報を記してみたい。
彼らの多くは私達とは波動の異なった世界に住んでいて、私達がいくら探索しようとも彼らの所在を科学的に掴む事が困難だ。
 
 巨大アンテナを宇宙に向けて人工的な電波を捉えようとする試みがあったが、成功していない。真摯に私達を導こうとする宇宙の人は、電波など使用する必要もない。
一般の私達の目前に姿を現す事はないが、彼らは陰から私達を導く為に努力を惜しまず援助してくれている。

Q:宇宙人は本当に存在しているのですか?

A:そうだね。宇宙人は間違いなく存在する。だって、君はなんだい。
 地球人も宇宙人の一種だよ。

Q:そういう意味でなく、地球人以外の宇宙人の話しだよ。

A:解っている、冗談だよ。君たちの祖先は宇宙から来た、火星にはかって人類が存在していたし、今は無き惑星にも人類は居た。小惑星帯がその名残だ。

Q:そんな、もっとまともな話しをしてくれ。

A:間違いなく宇宙船は君たちの惑星を訪れている。それは君たちが自分たち以外の人類の存在を、意識できるようにするのが目的だ。それから君たちの暴挙が宇宙の隣人に及ぼす影響を懸念してのことでもある。

Q:暴挙だって、核戦争で惑星を滅ぼすとか、そういう事かい?

A:そうだよ。宇宙は有機的に結合した組織だし、地球の役割も決まっている。
 もし地球が無くなれば、少なくとも近隣の住人たちへの影響は免れない。

Q:近隣の住人は何処にいる?姿が見えないよ。

A:君のすぐ近くに、少しだけ次元の異なった世界にいる。彼らは次元を透過して遣って来る。UFOはその為の乗り物だし、時には彼らの住居でもある。
 
Q:それで、彼らはどうして姿を見せないの、どうやって次元を透過するの?

A:波動の性質を利用して、バイブレーションを自在に操作して遣って来る。
 姿を見せないのは、意識の方向が余りに違い過ぎると直接の会見は困難だからだ。徐々に段階を踏んでいるところだ。

Q:もっとテンポアップ出来ないの?

A:無理だね、これ以上は急げない。
 仮に全人類が君の様な考えに成ったとしても、これ以上は急げない。

Q:どうして、僕は宇宙人の存在を常識と思っているんだ。

A:そうだね、しかし君すらどうなるか判らない。恐怖心に駆られるか、喜び勇んで歓迎するか、それともベッタリと宇宙人に依存するか。無数の反応が考えられる。
(問題は我々の反応次第という事か・・・)
その他にバイブレーションの違い、潜在意識の違い、価値観の違いなどのギャップが余りにも大きいのだ。


Q:そうか・・・、ところでロズウエルの事件は本当かなぁ?

A:余り本気にしない方が良い。目撃情報も、体験も、正式発表もね。

Q:えっ、何を信じたらよい?

A:長い年月の間に、人々は自己の中で真実を創り上げる。悪意でなくとも、記憶は風化し都合よく変質する。

Q:どうして、一般の目撃者はこの事からは何の利益もないよ。

A:確かにそうだが、これは利益主義とは無関係だ。全体の無意識が事件の真相を求めていない。君たちの無意識は宇宙からの来訪者に支配され、抑圧され大切な地球を荒廃させられた歴史を忘れていない。だから惑星そのものも宇宙からの来訪を歓迎しない。

Q:それでも宇宙人は地球に来ている、どうしてかな?

A:償いの意味もある。それは直接の宇宙からの来訪に限らない。

Q:ああっ、マイヤーのようなコンタクティーを通しての意識改革のことだね。

A:マイヤーだけに限らず、何十万もの使節が地球人として生まれ、全体の意識の底上げに尽力している。とても勇敢な魂たちがね。

Q:そんなに!!僕の友人もそうかなぁ。

A:まあ、そうだろうね。ただ完全に記雄を無くしているから、自分でも判らない。
 しかしニューエイジの潮流は途切れない。古くて新しいこの思想は、繰り返し人類の意識改革を推進するだろう。

Q:古い?ここ何十年かの考えが?

A:そう、とても古い考えだ。真理は永遠に変わらない。
(なるほど、納得だ)

Q:それで,宇宙船は砂漠に墜落したのかな?

A:あれの正体は同じ地球からの来訪者だった。次元の僅かにズレた世界の住人たちの船だった。一般に流布されている乗員たちのイメージは酷く歪められている。
真実の姿はアジア人と同じモンゴロイドだった。当局はそれをディフォルメして、あんな姿をでっち上げた。

Q:宇宙人ではないと!!

A:そうだよ、宇宙人ならばもっと違った対応をしただろう。宇宙からの脅威を声高に叫び、人類の一致団結を訴え、公然と防御体制の構築を宣言しただろう。その方が何かと好都合だ。

Q:では宇宙からの来訪者は?

A:月や火星を基地にして啓蒙と監視活動を行っている。彼らの内で最も初心者は、時々アメリカやロシアの軍事衛星に追跡されたりする。

Q:初心者って?

A:宇宙を飛行する手段を得て間もない人々のことだ。それでも彼らは自分たちの受けた恩恵を他の未発達な文明を導くことで分かち合おうとしている。

Q:恩恵って?

A:自分たちは先輩たちに導かれて宇宙意識に達した。今度は自分たちがそれを行う。
 その気概に溢れ、彼らは一生懸命だ。
(何だか、涙が出るね。)
その通りだ、宇宙は有機的に繋がっている。人類のネットワークも必然的にそうなる。
君たちの努力も、また涙ぐましいものがある。

Q:何だって、友人も僕も努力などしていない。

A:君たちの未開文明では、生きる事が既に必要以上の努力を要するってことだよ。
 孤独に耐え、失望し、また自らを奮い立たせて生きている。これを涙ぐましい努力と言わずして何という。

何処のどんな種族かは判らないが、彼ら宇宙の人の我々に対する好意は真実ありがたいと感じる。彼らは宇宙創造の大いなる意識の定めた法則に則って、可能な限りの援助を実施してくれているのだ。
だが彼らが一方的に私達の意志を無視して援助に乗り出すことなど、考えられない。
何故ならば「創造の法則」の下、当事者の意思を尊重しなければならないからだ。例えそれが滅亡へ向かうものでも、当事者の意思は遵守される。つまり私達の意識改革に全てが掛かっているのだ。
創造の下、真実の自由が存在する一方で、その行動や思考の結果もまた当事者しか受け取れない。自由と責任は表裏一体なのである。



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by levin-ae-111 | 2010-02-01 06:07 | スピリチュアル | Comments(0)