身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


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<   2010年 06月 ( 32 )   > この月の画像一覧

『失われた十部族』とは、ユダヤ十二部族の内の一部なのだが、ルペン族、ダン族、イッサカル族、マナセ族、エフライム族、ゼブルン族、アシュエル族、ナフタリ族、ベニヤミン族、レビ族などである。
これらの部族は統一国家イスラエルを形成していたが、やがて分裂してイスラエルは北のイスラエル王国と南のユダ王国とに袂を分かつ。
アッシリアからの侵略により、北のイスラエル王国が滅亡し、その時に先に挙げた10部族が行方不明となった。やがて有名なバビロンの虜囚により南のユダ王国も滅亡し、残った人々がユダヤ人と呼称されるようになった。
それ以来ユダヤ人は離散し、世界に散っていたが1948年のイスラエル建国によって二千年振りに国家を形成するに到った。

 北イスラエルを構成していたのは先に挙げた失われた十部族が主だが、無論のこと部族ごとに完全に分かれていたとは考え難い。イスラエルの12部族は各々に得意技があり、どの技も生活に欠かせないものであれば、両方の王国に総ての部族が居住していていたと考える方が自然だ。
恐らくは主だった部族の根拠地が、北のイスラエルと南のユダにそれぞれ存在しており、北には10部族が、南には2部族の根拠地が在ったと考えるのが妥当であろう。
 北のイスラエル王国が滅亡した時に、姿を消した10部族を残された2部族が探し求めている。その気持ちは伝統的にユダヤ人に継承されており、東洋の島国日本を訪れた時に、彼らをして日本と日本人に注目させたのであろう。
ユダヤ教のラビの研究報告や、イスラエル大使の伊勢神宮参拝の事実、噂の域を出ないが正式なイスラエルの調査団が来日したこともあったようだ。
 
 歴代イスラエル大使が参拝するという伊勢神宮には、イスラエル国旗にデザインされているダビデ王の紋章が数多く存在している。
無論のこと世界には、自分達こそ失われた十部族の末裔だと名乗る人々が存在する。
アフガニスタンやグルジアの一部にも、同様の習慣や伝説を持つ人々が居るらしい。
古代世界では私達が想像する以上に、人々の移動は広範囲に及んでいる。
北イスラエル王国がアッシリア帝国により滅亡した時、ユダヤの人々はユーフラテス川の東側に集められたという。それ以後には歴史から消えてしまったこの人々だが、やはり各地を放浪したらしく、研究者によればカスピ海にもその痕跡が確認できるという。
各地に居住しその文化的慣習の名残を留めつつ、その地に定住せずに更に新天地を求めて旅立った人々も存在したのだろう。勿論、その地に定住した人々もいたに違いないが、更に東進した人々が最終的にたどり着いた地が日本だったのではあるまいか。
シルクロードの最終地点とされる地も日本である事実を考えれば、古代世界に於いて旅の終着点が日本列島であったと考えることは自然であろう。
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by levin-ae-111 | 2010-06-30 05:40 | Comments(0)
(一)プロローグ
 明治時代になり鎖国を解いた日本へと渡って来た欧米の人々は、原始的なアジア人の国との先入観を打ち砕かれることになった。それと同時に、マルコポーロによりもたらされた黄金の国という幻想も破壊されたに違いない。
しかし中でも所謂ユダヤ人と呼ばれる系統の人々は、東洋の果ての小さな異国で自分たちとの不思議な共通点や何とも言えない懐かしさを感じ、驚き喜んだ。
何故ならば彼らユダヤ人には、古代に失われたとされる部族の同胞があり、世界中を放浪し離散しながらも消失した同胞を探し求め続けていたからだ。
安住の地に国家を築いていた時代は歴史の彼方に消え、南北に分裂したユダヤ人国家は強大な帝国により滅亡させられた。
帝国の捕集から解放されても、彼らに安住の地は与えられず四十年以上も砂漠を彷徨い続けたユダヤ人にとって、神との契約が唯一の希望の光であった。
その彼らが歴史の闇に埋もれた同胞を探し求めるのも、何時かは総てのユダヤ民族が一同に集められるとする神との約束の故であったのだろう。

 先の大戦で悪名高いホロコーストをはじめ数々の迫害や差別を乗り越えて、遂にユダヤ人の国『イスラエル』が建国されたのは20世紀に入ってからだった。現在もその立地や建国の経緯によって、周辺のアラブ人との摩擦が耐えない。
それはさて置き私達日本人と日本、ユダヤ人との何か不思議な関係については興味が尽きないのも事実である。
今回のシリーズでは『ユダヤ人と日本人の秘密』水上 涼(著)や『古代日本・ユダヤ人渡来伝説』坂東 誠(著)の主張を中心に私なりにこの謎にチャレンジしてみたい。

 そもそものユダヤ人(ヘブライ人)とは黒髪に黒い瞳の民族であるとされ、現在みられる白人系のユダヤ人は古代にコーカソイド系の国家が丸ごとユダヤ教に改宗して誕生したものらしい。
何故に日本人を見て彼らが『失われた十部族』を連想するのか、これでお分かりになるだろう。本来のユダヤ人とは私達、日本人と同様の外見を有しているからだ。
勿論それだけなら他にも同様の外見をした人々は存在する、が重要なのはその文化であり、日本人の慣習などに古代ユダヤと共通点が多く存在するからである。
来日したユダヤ系の人々は、まず日本人の外見に驚き、その風俗を知って更に驚いた。
彼らにとってみれば日本と日本人を知れば知るほど、失われた同胞の子孫を連想させる多くの痕跡に出会い、感激と親愛の情が湧きあがったのである。
詳しくは知らないが、彼のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)もユダヤ人であり、ハーンに日本への帰化と永住を決意させたのも、この感情だったのかも知れない。
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by levin-ae-111 | 2010-06-29 05:50 | Comments(0)

沖縄戦の追悼式典

 もう随分と年月が流れ、大部分の日本国民にとっては過去の出来事になってしまった沖縄戦の悲劇、現在も多くの米軍基地を抱え地域経済と平和への想いの狭間で揺れ動く沖縄にとって、真の終戦は未だに訪れてはいない。いくら追悼しても亡くなった人々は二度と還らないが、責めて悲惨な沖縄戦の概要だけでも知っておくことが、私達の義務ではないだろうか。
私達は歴史を知り、幾多の犠牲に想いを馳せ、不戦の決意を新たにせねば成らないだろう。

太平洋戦争末期、海を埋め尽くす程の大船団と無数の護衛艦が、小さな沖縄を包囲していた。対する日本軍守備隊は、本土からの援護も無く牛島指令以下の将兵は山間部へ非難し洞穴を掘り、ゲリラ戦を展開するしかなかった。
連合軍は上陸を前に無数の砲弾を撃ち込み、そして空爆と機銃掃射の雨を降らせ軍人ばかりでなく、それ以上多くの住民を死に追いやった。その後に上陸し、圧倒的な戦力を持って残酷な掃討戦を繰り広げて行ったのだった。
それは、その頃の連合軍の常套手段となっていた戦術であった。
南洋の島伝いに北上したアメリカ軍を主力とする連合国軍は、上記のような戦術で日本軍の拠点を次々と潰して遂に沖縄へと進撃して来たのだった。

米軍はサイパンを陥落させると、そこから悪魔の重爆撃機B-29を飛ばし日本各地の都市を焦土にした。
つい先日も富山市内で、米軍の投下した焼夷弾が不発で地中から見つかり、自衛隊が処理したニュースが流れていた。未だに日本の各地では、不発弾が発見されているのである。
それ程に多くの爆弾が投下されたのであり、日本の国土と住民はアメリカに蹂躙されたのだった。

沖縄に雲霞の如くに群がる敵を迎撃するために、連日に渡り特攻機が九州各地の基地を出撃した。他にも特殊潜航艇による特攻も行われたが、何れも悪戯に犠牲を増やすだけの徒労に終わった。
そして最後は戦艦大和以下の第二艦隊の水上特攻で、実質的な沖縄防衛のための作戦は潰えてしまっていた。実際のところ、この作戦も海軍の面子に拘っただけの無謀なものであり、真実は第二艦隊の出撃前に実質的に沖縄は見捨てられている。
その後は最終防衛ラインとしていた沖縄を放棄し、本土決戦構想へと日本軍の作戦は移行して行く。

沖縄では中学生男子は兵士として、女子は看護婦として徴用されていた。住民たちは山間部の洞穴や、沖縄独特の構造を持つ大きな墓などへ避難していた。
本土からの援護の期待できない状況下で、塹壕を掘り貧弱な装備でゲリラ戦を展開するしか無かった日本軍はもはや無力でありながら、住民には軍への絶対服従を強要するだけの狂信的な集団と化していた。命令系統も寸断されてズタズタで、その場その場の指揮官の考えにより抵抗が続けられていた。
米軍は洞穴や塹壕を砲撃と火炎放射などで、虱潰し(しらみつぶし)に攻撃すると同時に、投降を呼びかけたが、それに応える人は少なかった。

沖縄の人々は敵に対する恐怖を植え付けられていたが故に、投降を呼びかけられても応えずに次々と自決(手榴弾・小銃・刃物・飛び降りなど)して果てて行った。
ガマと呼ばれる洞穴に身を潜めていた時、米軍に気取られるのを恐れて泣き喚く子供を殺したりする場面もあったと聞く。

この沖縄戦で有名な話しのひとつに、『白旗の少女』がある。混乱の中で家族とはぐれた幼い女の子が、避難民の間を転々とし最後には負傷したお爺と盲目のお婆が二人で隠れているガマに辿り着く。
少女はそこで受け入れられ、暫しの間を二人と一緒に過ごすが、やがて別れの時がくる。
お爺は少女に白旗の意味を教え、お婆はなけなしの白布で旗を作ってくれた。
二人に「アメリカ兵に会ったら、怖くても笑いなさい」と諭され、少女はガマを出される。
少女は白旗を掲げ、アメリカ軍へ向かう。そして保護され、収容所で離散した姉達と再会したのだった。

 戦後も長い間、沖縄はアメリカの占領下にあった。日本が形ばかりとはいえ、独立国として再建の道を歩み出しても、沖縄はアメリカの統治下にあったのだ。
本土から沖縄へ、沖縄から本土への行き来には、パスポートが必要であった。沖縄は終戦後も外国であったのだ。
苦難の歴史を背負わされた沖縄には、今も悲惨な悪夢に悩まされる人々がいる。
基地問題に揺れる彼の地に、新首相はどんな気持ちで足を運んだのだろうか。
式典での女子高校生は「負の連鎖を断ち切り、正の連鎖を・・・」と訴えていたが、その気持ちは果たして総理以下のお歴々に届いたのだろうか。
無力な私としては、沖縄の人々の気持ち、想いが真実に総理の心に届いていて欲しいと願うばかりである。
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by levin-ae-111 | 2010-06-28 05:13 | Comments(2)

パンドラの箱(5)

『パンドラの箱』それが開け放たれた瞬間に、人間界に災いが拡がったとされる忌むべき伝説である。しかし、考えてみれば神々が災いを箱に入れたのであり、それが人間界に蔓延するように仕組んだのも神々である。
この狭量で陰湿で、残酷で身勝手な連中は何者なのであろうか。尤も本来の意味で『神』とはその様なものらしく、恐れそのものと解釈されてもいたようだ。
ギリシャ神話ではパンドラの箱以前に、ゼウスとクロノスの戦いが述べられ、神々の世代交代が語られている。それはオリンポスの神々とティターンズ(巨神族)、の闘いである。
巨神族とは大きいという意味ではなく、偉大な存在であることを指しているといわれる。
だがこれは、古代に繁栄した巨大な生物群の生命体系全般を表現したものであるともいう。
恐竜時代には何もかも大きく、トンボでさえ一メートル以上もの体長を有していた。
アトランティスの人々は、現代人より大柄で身長は2メートルから2メートル50センチもあったらしい。この末裔といわれている人々は、現在でも長身の人が多く190センチ台の身長の人が多いという。
近年では南米などで2メートルを越える遺骨が発見された例があるが、それとは反対に1メートル程度の身長しかない小人族らしき骨も発見されている。古代には現代とは異なりバリエーション豊かな様々な人々が生活していたものらしい。
そして神々のリーダーが雷を扱うゼウスとなったことも、電機を主体とする時代の到来を暗示していたと思わせる。

古代ギリシャの詩人ヘシオドスの話しでは、人類の時代を黄金の時代・銀の時代・青銅の時代・英雄の時代、そして鉄の時代の五つに分けられている。
黄金の時代は病気や争いもなく、人間も長寿であり、それこそエデンの園のような状況であったらしい。現にクレタ島などのでは、城壁や防塁の痕跡が無く、武具の類も全く発見されていない遺跡がある。その頃は黄金の装飾など、多種多用の品物に黄金が使用されていた。

そして黄金から鉄へ時代は移り変り、私達の生きるこの時代は鉄の時代である。ヘシオドスによれば、この時代の人々は最も不幸で、昼夜を問わず労役に苛まれるとしている。
この人類史の移り変わりを金属に例えて考える思考は、オリエントに起源を発しているという。聖書をはじめとする世界の神話の多くが、その源流をオリエントに求められるそうである。

 現代は電気が主体の文明であると同時に、鉄の時代でもあるという点について異議を唱える人は居ないだろう。これ等の逸話は多分に予言的であり、また史実の特徴を端的に言い表している。
どうして、その様なことが古代には可能だったのだろうか。
原因と結果はあの世(神界・霊界)では表裏一体であり、私達の世界のように物理的時間・空間の壁で隔てられてはいない。従って何かがあれば、一瞬にしてそれが実現する世界だ。
この物質世界では時間と空間が固定されたことに因り、原因と結果の間に過程・経過という間が発生してしまった。

 この物質世界の歴史はあの世では存在しない原因と結果の隙間、過程・や経過の変化を体験するという極めて特異な世界なのであり、それ故に魂の成長にとって貴重な場なのだ。
あの世の写し、或いは影の世界だといわれるこの世。
サイコロを振ればあの世では瞬時に目が出るが、この世では転がり続けるサイコロの目を追う影の世界だ。つまり最初から出目は決まっているが、私達の世界では何度も変化した(過程・経過)末に結果が現れるのである。

大本教の神喩では創造神・大神でさえも時節に抗えないとあるが、それ程に強固に固定された物質世界に私達は生活しているのだ。
しかし、これ程に影の濃い期間は暫しの時であり、あの世で出たサイコロの目に影の世界が追いついたならば、それは実在を伴った真実になる。
この写し世の影を縛るものは、自身の想い・信念・もしくは時代の残像や錯覚である。

 パンドラの箱の伝説とは、写し世といわれる影の世界での歴史の意味や特色を表現し、時間・空間が固定される以前に予定された出来事をこれから体験し、乗り越えて往かねば成らない人類への憐憫の情とメッセージであるような気がする。
終わり。
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by levin-ae-111 | 2010-06-27 06:52 | Comments(0)

パンドラの箱(4)

私達の時間は物質界の時間であり、それは永遠に過去から現在、そして未来へと流れ続け、決して後戻りはしない時間である。それが、逆転再生なのか、パラレルワールドへと繋がっているのかは分からないが、あたかも逆転する時間を思わせる能力を持つ人の出現が生命の永遠性を忘れた私達に何かを知らしめようとしている、と感じたからだった。
 
それから、この話しに関連して納得したこのひとつに、小説や漫画で使われる禁呪・反魂の法が失敗する理由である。失敗するパターンの多くは肉体が息をして動くようになるのだが、蘇らせたい人の魂が入らず、別の魂や悪霊が乗り移って蘇生してしまうというものだ。
本当ならばその身体の持ち主である魂(霊)の同意に加え、その人物を守護する霊、神々たちの承認が必要である。何らかの方法を用いて蘇生させても、より高い次元へ移行している魂にとっては迷惑であろう。波動が高く軽やかな世界から、波動が低く重いこの物質世界へと呼び戻されることは牢獄へ入れられるようなものかも知れない。
それよりも、物質界に執着し、復活のチャンスを伺っている不浄の霊が、蘇生される身体を狙っていることは予想に難くない。
だいぶ横道に逸れてしまったが、例え相手が豆、それも炒り豆であろうとも相手の意思を尊重する態度は霊的に素晴らしいと言える。尤も、それよりも承諾しない豆からは発芽させられないという事情の方がリアルであるのかも知れないが。

 話しを戻そう。精神世界では、神話で閉ざされたはずの岩戸は既に開いたと言われている。
その意味では、最初に蓋が取られた時に箱の中に残されていた『予兆・兆し』も、既に外に出たと考えられはしないか。
この災いに溢れた外の世界と遮断されたパンドラの箱の中は、数々の秘密がひっそりと隠されていると想われる日本を連想させる。
聖書が述べるエデンの東に、太陽の炎と剣に守られて隠されたとされる生命の樹の記述と重なるのである。
この鉄と石油と電気の現代文明は、中東やヨーロッパが歴史舞台の中心と成るべく承認されていたが故にこれまで文明の中心たりえたのだ。
有史以来連綿と続く現在の文明的流れが、その役割を終えるまで、それ以前に栄えた平和と調和を重んじる古代文明の英知と種は、それが再び歴史舞台に上る時までひっそりと、しかし確実に保存され舞台の袖に置かれていた。
その保管場所が日本であり、日本人であったのだ。

古代の世界いわゆる神代では、人は現在ほどに質に固定されておらず比較的自由に神界(あの世)とこの世の交流が可能だったようだ。
映画『アバター』の世界観は実にインスピレーションに溢れているが、少なくとも現代の世界観よりは遥かに古代社会の世界観に近いものに感じられる。
現代はパンドラの箱に残された『予兆・兆し=希望』も外に放たれ、新しい時代を創造するために先の時代の弊害や誤りを浮き出させ、一掃される時なのである。
金銭的なこと柄や欲望等も同様で、それに変わる価値観へと置き換わろうとしているのである。

日本文化の特徴である大晦日の大掃除もまた、文明交代期に起こる現象や法則を生活の中に取り入れたものだとされている。この習慣はシュメールに始まり、ユダヤから日本へ受け継がれている。
即ち汚れを一掃し気持ちも新たに正月を迎えるというのは、文明・文化の交代に於いても重要なファクターの一つであり、これもまた日本に保存されている古代文明の知恵の一端であろう。

文明の交代期を象徴すると思われるものに、神々が繰り広げる生死の物語がある。 
『死と再生』にまつわる神話は数多いが、これは木々が落葉して越冬し春には再び芽吹くという自然のサイクルが、人間の営みである文明にも作用していることを知っていた古代の英知が神話化されたのだろう。
現在に存在する様々な困難は、産みの苦しみであり新たな文明・文化が誕生し成長するための大掃除であるといえるだろう。
準備が成されているが故に2012年以降も滅亡することなく、人類の営みは続いて行くだろう。
必要以上に先々を憂うることなく自身の手放すべき葛藤を手放し、心を研ぎ澄ますことこそが次代への移行を円滑にする方法であり、私達が成すべきことだといえるだろう。
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by levin-ae-111 | 2010-06-26 06:14 | Comments(0)

パンドラの箱(3)

日本の昔話『浦島太郎』にも、このパンドラの箱に似た箱『たま手箱』が登場する。
この御伽話は幾ばくかの月日を竜宮城で過ごした浦島太郎に、帰り際に乙姫が決して開けてはいけないと念を押して箱を渡す。
開けないことを約束し戻った世界は風景が変り、知り合いも誰一人として居ない別世界だった。これはアインシュタインの説く、相対性理論を連想させることから、浦島太郎は亀(宇宙船)に乗せられ竜宮城(宇宙人の星)へと連れて行かれたと推理する人もいる。
孤独に耐えかねた浦島太郎は遂に約束を破り、たま手箱を開けてしまう。
その途端に白い煙が噴出して、若者だった浦島太郎は一瞬にして老人へと変身してしまうという物語だ。
乙姫のいる竜宮城はある意味で神界であり、そこでの一日は人間界の何年分にも相当する。
未来を予測する『予兆・兆し』と一瞬で時間が進んでしまう『たま手箱』は、どちらも時間を封じ込めてあるようで、不思議な共通点を感じる。

 時間を封じ込めてあると言ったが、これは霊的な意味での真実が私達から隠されているという意味である。人間は生命の永遠性を忘れ、限定された時間の内に人生を過ごす。
永遠性を知らず、信じられず、限定された時間でしか自己の存在を捉えられない。
その結果、物質的な世界のみが実質的に私達の世界の全てになってしまったのである。
 プロメテウスが盗み出して人間に与えた火とは、生命の永遠性と物質的な時間に縛られない人間の霊性に関する知識や技術であったのだろう。
隠された真実の知識のひとつに、鬼門の神として忌み嫌われている丑寅金神(うしとらのこんじん)の例が挙げられよう。
本来は地球の守り神であるこの丑寅金神は、悪神の企みによりバラバラにされてきた半球の北東に封印され。この丑寅金神を祟り神として封印する行事が『節分の豆まき』であると、大本教の神喩で示されているという。
これによれば節分の「福は内、鬼は外」と叫びながら煎り豆を撒く行事は、知らない間に地球の守り神を呪詛している行為とされる。
鬼は地球の守り神(丑寅金神)のことであり、守り神を追い出し、副守護神(守護霊)にのみに傍に居て守って下さいということである。
炒った豆を撒くのは、炒り豆に花が咲くまで(つまり永遠に)出て来るなとの呪いである。
一般に言われる鬼の金棒の金の属性を封じ、克するために、成長力のある豆を煎るのだとの説が流布しているが、真実は親神様(丑寅の金神)を封じる為の略式の呪詛である。
煎り豆に花が咲くとは、通常の時間概念では決して在り得ないことである。

 ところが、炒った豆から芽を出すことが出来る能力者が出現したのだ。
中国人の女性だが、彼女は豆に質問し芽発芽したいと言えば、発芽させられるという。
それは炒り豆、煮豆と何でも可能なのだという。
人間の霊でさえその存在を疑われているのに、豆の魂などとは、しかも発芽させる行為をするのに、必ず豆自身の意志を確認する意志を確認するとは甚だ奇妙である。
が、中には「放っておいて欲しい」という意志表示をする豆もあるらしく、更に興味深い。
実はこれとは別の話なのだが、キルリアン写真で豆と豆から少しブレて芽を出しかけた状態の豆の魂?が重なり合うように写っているのを見たことがある。
私はその能力者の話しを知った時に、能力が本物であるか否かより先に「ああっ、時が来たな」と想った。
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by levin-ae-111 | 2010-06-25 05:12 | Comments(2)

パンドラの箱(2)

パンドラが神々から贈られたものとは、先述したように科学・技術・知識の比喩的な表現であろうと思われる。ではプロメテウスが天界から盗んで、人間に与えた『火』とは何を指すのであろうか。
最高神ゼウスが怒り、人間に呪いを掛ける程に重要な何かであろう。
であるならプロメテウスが天界から盗んだ『火』とは、パンドラが与えられたものと同様に文明・文化であったろうことは想像に難くない。
神々が人間に与えたくない高度の文明・文化だったのではないのか?それは生命の秘密に繋がる程の重要な何かであったのかも知れない。
パンドラ由来のものは災いをもたらすことを前提とし、プロメテウスの火はこれとは反対のものだった可能性もある。

パンドラの災いとは聖書で述べるところの『知恵の実』と同様の役割を持っており、『知恵の実』は正確には善悪知る木の実と書かれていて、これは科学や技術というよりも自分に都合良い身勝手な二元論的な考え方、価値観を指すのであろう。
この考えが人類を生命の樹から遠ざけ、人類が災い多い苦難の人生を歩む始まりとなった。どう考えても永遠の繁栄を約束する英知とは、やはり別物である。

そして、問題の『兆し・予兆』とはどういう意味であるのか、もう少し考えてみる必要がある。
この『兆し・予兆』とは予知、洞察、直感力など先が見通せる能力のことであると考える。
これが人間界に放たれずに箱に残ったということは、時間が人間界に於いて固定されてしまったこと(過去から現在を通過して未来へ向かう、一定の流れになった)を意味しているのではないだろうか。つまり、世界が強固に物質化してしまったことを意味している。
これは日本神話でいうところの千引の岩戸で、黄泉の国と現界(あの世とこの世)の境界が閉じられたことにも通じるだろうし、その結果として『予兆・兆し』が封印されてしまったことの表現ではないだろうか。
これが、世にいう岩戸閉めを指したものであり、波動が著しく低下して物質化がどんどん進行してしまったという意味でもあろう。
また聖書でいう『生命の樹』が人間と引き離され、人間の生命エネルギーが細く小さく成っていったことにも通じるであろう。
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by levin-ae-111 | 2010-06-24 05:06 | Comments(0)

パンドラの箱

 ウイキペディアで調べたところに依ると『パンドラ』とはギリシャ神話に登場し、神々により創られて人類の災いとして地上に送り込まれたと伝わっている。
一説には人類最初の女性であり、聖書に登場するイヴに相当する存在らしい。
イヴとの共通点も多く、神々によって創られたという点は勿論、人類の苦難が始まるスタートとなった点も同じだ(イヴは禁じられた知恵の実を食べエデンを追放された)。
イヴの物語については前回の『生命の樹と不思議の国・日本』で既に書いた。
ギリシャ神話のストーリーではプロメテウスが天界から『火』を盗み、人間に与えたことに激怒した最高神ゼウスが、人類に災いをもたらす為に創造を命じたのがパンドラだった。
彼女は泥から造られたとされ、この点も土から人間が造られたとする聖書と極めて類似している。

その様な存在でありながらもパンドラは、アフロディティからは美を、アポロンからは音楽と治療の才能をというように神々から様々な贈り物を受け取っている。パンドラとは贈り物という意味あいであり、彼女はまさに名の如くの存在であった。
神々はパンドラにこれらの贈り物に加えて、箱(または壷)と好奇心を与え、「絶対に開けてはならない」と言い含めて人間界へと送りだした。
プロメテウスからも止められたにも係わらず、ゼウスの思惑どおり誘惑に負けてパンドラは箱を開いてしまう。
箱からはあらゆる災いが飛び出し、慌てて蓋を閉めたが時既に遅く箱に残っていたのは僅かに希望だけだった。この最後に残ったもの『希望』のために、人類は災厄に見舞われながらも生きていくことを運命づけられた。だがこの希望は実のところ『兆し・予兆』であったとも言われている。世界中に広まった災いと、それがもたらす災厄を見通せたならば人間は絶望して死んでしまうだろうが、この兆しのために災い多い人生を希望があると思い込んで生きて行くことから、兆しが希望にすり替わったものらしい。
どちらにしても、人間は苦難の人生を生きることがこの時に定まり、パンドラの箱の目的は達せられたのである。
 
この話しからはパンドラなる女性が、神々から現代に通じる科学・技術・知識を与えられたというだけでなく、遺伝子操作を含めた様々な操作を受けて誕生した存在であろうことが伺える。また泥から造られたとは、パンドラが作られた素材、原型となった生物が地球由来の存在であろうことを思わせる。
それからもうひとつ重要なことは、パンドラが与えられた様々な贈り物とプロメテウスが天界から盗んだとされる火のことである。
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by levin-ae-111 | 2010-06-23 05:42 | Comments(0)

1年ぶりのゴルフ練習

 土曜日に健康診断を受けた後で、会社主催のバーベキューに参加した。
勿論、車だからお酒はNG。なので、ノンアルコール飲料をチビチビとやる。
朝食抜きだったので、焼きソバや焼肉をひたすら食べて、頃合を見てお暇した。
そして、一年振りの打ちっ放しへGO!
帰るチャンスを狙っていた後輩も、私と一緒にその場を脱出し一緒に練習に行く。

近く企業団地内のコンペがあり、ゴルフなどする者は会社には居らず、以前にやっていた
私のところへ必ずお誘いがある。上司と同僚と私の三人でエントリーしていたが、上司は突然に決定した会議で出場できず、結局は下っ端二人で参加することになってしまった。
単なるお遊びではあるが、それでも参加しないと会社としては不都合らしく参加費の助成もしてくれる。
とは言っても、出てくるのは他の会社のお偉いさんばかりで、本当は行きたくない。
邪魔になってはいけないので、一応の練習が必要になる。
朝、一年振りに埃にまみれた道具を取り出し、車のトランクへ放り込んでおいた。

後輩君は全く未経験で、暇だからついて来たのだが、後輩の手前ここは一発、気合を入れてイザ、一振り。
珍しくもジャストミートし、打球は真っ直ぐに飛んで行く(やれやれ、当たったか)。
握りとフォームを教え、その後で後輩に打たせてみる。
飛距離は少ないが、後輩もジャストミートし、真っ直ぐに飛ばす。
「才能あるぞー、普通は空振りだぜ!!」
と、絶賛しつつ更に続けて打たせる。
後輩君が疲れたところで、私が練習し、私が疲れたら後輩が・・・を繰り返す。

「凄く難しいですね、それに、こんなに汗をかくとは思いませんでしたよ」
後輩君は生涯初のスイングでのジャストミートに気を良くしたのか、その後も彼なりに考えながら練習している。
「よしっ、ハマッタな」と、内心でニンマリの私。
これで来年は・・・・と、勝手に想うのだった。
今日はもう「次は何時、行くのですか?」との質問。
私の夢は上司と同僚と、後輩の四人で楽しくラウンドすること。
その夢に一歩、前進した健康診断の日でした(^^)♪~。

明日は後輩を誘って、また練習に行こうと想う『levin』なのでした。

PS.
友人Fが、またまた原稿を持って来ました。
職場のPCで私のブログを読んでくれているらしいです。
ですので、またFの原稿を仕上げてアップします。
前回と類似する内容ですが、一定の分量に達したら掲載をはじめます。
皆様、どうぞ宜しくお願い申しあげますm(_ _)m
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by levin-ae-111 | 2010-06-22 05:17 | Comments(2)
 寛永14年(1637年)の10月に、生活苦を訴えるべく代官所へ押しかけた一揆勢は押し問答の末に代官を殺害してしまう。
一揆勢とは改易された小西氏、佐々氏、加藤氏など新旧の浪人や百姓からなる組織であり、その中にはキリシタンも加わっていた。
一揆勢はこの事件を発端に暴発し、遂には島原藩の討伐隊をも撃破して島原へ乱入。
事態を憂慮した幕府は九州各藩に命じて討伐隊を組織し、上司として比較的禄高の少ない人物を送り込むも、度々に敗戦を重ねてしまう。
そこで更に身分の高い老中を上司とし、討伐隊を再編成し一揆軍を追い詰めていく。

一揆軍は概ね二群に分かれていたが、島原半島の原城址にて合流し、戦闘員、非戦闘員を含めた総数は37000にも達したとも27000とも伝わっている。
押し寄せる討伐軍を何度か撃退した一揆軍だったが、オランダ軍艦の砲撃や物資の補給路を絶たれて遂には壊滅した。
天草の乱の概要は上記のとおりだが、問題はそのリーダーが若干16歳の若者というよりも子供であったことや、一揆軍が掲げた馬印は豊臣家と同じ瓢箪(ひょうたん)であったことである。

江戸時代初期、慶長20年(1615年)に、大阪夏の陣と呼ばれる合戦で一時代を築いた豊臣家は滅びた。その時に北の政所と豊臣秀頼母子は、自害して果てたとされている。
豊臣家と同様の瓢箪の馬印を一揆軍が掲げていたことから、天草四郎(益田四郎時貞)の出自に関する様々な風評が取り沙汰されることになった。
その主なものは、四郎が秀頼の息子であるとか、夏の陣を生き延びた豊臣秀頼自身であるとか、といったものだ。
少しネットで調べたが、天草四郎はキリシタンであり、触れただけで病気を治癒させる等の能力を持っていたらしい。そんなこともあり、彼自身は非常にカリスマ性を持っていた。

私が長年に渡り感じていた疑問は、何故に地方の郷士の息子でしかない彼が若くして3万もの大軍を率いることが出来たのか?というものだった。
恐らくはカリスマ性のある少年を、周囲の大人が担ぎ挙げたのだろう。
そしてもうひとつの疑問、豊臣家の馬印を何故に掲げたのかということだ。
佐々氏の浪人は別にしても小西氏の浪人にとっては、この馬印は意味があるものだろう。
先の関ヶ原合戦で、豊臣恩顧の大名の内でも積極的に豊臣の恩に報いようとした数少ない大名の一人が、小西行長だった。
小西氏の浪人が多く一揆軍に加わっていたならば、誰からともなく豊臣の馬印を掲げることに成ったのかも知れない。
その馬印は士気を鼓舞し、一揆軍の団結を強め、更には彼らにとって忌むべき徳川幕府への反発の象徴と成ったに違いない。

幕府は一揆を鎮圧した後に、苛烈なキリシタン狩りに出る。踏み絵、拷問など容赦ない取調べの末に落命したキリシタンも数多い。
それでも屍を乗り越え、様々な工夫を凝らしキリシタン信仰を続けた人々がいる。
隠れキリシタン、彼らの悲劇は数々の遺品や伝承として今に伝えられている。
二度と繰り返しては成らない悲劇のひとつだが、人類は多くの場面でこれと似た様な所業を行っている。
現代にも存在するこの種の事件は、信仰が狂信に変ることの恐ろしさをも、如実に示している。
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by levin-ae-111 | 2010-06-21 05:25 | Comments(2)