身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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ETソウル外伝(15)

ラー文書には、地球の歴史とETの影響を受けた歴史が、詳細に記してある。そして7つの密度(意識のレベル)と呼ばれるものを通じての銀河系の進化計画を示して、それには統合と分離の二つの道があると述べられている。これは、すなわち我々が『善と悪』と呼んでいる道である。そのうえで、文書には地球上で普通に見られる、自己の利益に奉仕するような傾向とやり方について、長々と否定的な見解を述べている。
ラー文書によれば、約6000万人以上の普通の地球人が、本当はワンダラーだという。
それは、地球上に2万5千年もの長きに渡って存在したETの魂である。一方では、ごく最近になって地球へやって来た魂たちもいる。彼らは、地球の生活に不慣れな者も多い。

 スコットはこのラー文書を研究し、その意味をさらに深く理解しようと努めた。そしてその内容が、自分自身に当てはまると感じた。彼は自分が長い長い間、地球に居て(2万5千年契約の者と彼らは呼んでいる)、彼のETとしてのルーツが長らく意識の底に埋もれてしまっていたのではないか、という事に気づいた。だが、今まさにスコットは、その隠れた宝を再発見し、取り戻すことが出来たのだ。
そして、それは彼の契約がはっきりして来たとも言えることでもあるのだ。
それから彼の様々な時代の様々な文化への親近感と、強い宇宙志向も全てこの様な考えの枠組みの範囲で理解できるものであった。その他の面でも、彼を悩ませ続けていた阻害感も説明できるのである。これは、大部分のワンダラーたちにとっても同様である。
彼らの進歩は漸進的なものであり、ただ一度で何もかもが鮮明で明確に理解できるような体験ではないのである。

 今のスコットに分かることは、東洋の宗教への道は、多く幾つもの人生の中で、いつも最初に辿らねばならなかった道だということだけだ。それが、とうとうスコットに澄み切った、純粋意識の状態をもたらしたのだ。それによって彼の常に移り変わる、迷いの多い人格レベルを乗り越えて、もっと宇宙的なビジョンを持てるようになった。
仏教や道教は悟りへの大切な教えであり、それはETの思想と相反するものではない。
だが悟りを開くために、必ずしも仏教や道教、或いは様々なニューエイジ思想に没頭する必要はない。そこに到るには、多くの道があるのだ。
事実それは、すべて誠実さと努力、そして同情心の問題であり生けるものの心の中に、真の自己を見出さんとするためのものである。そうすれば、輝かしい見通しが自ら開けてくるだろう。真の自己には常に接触可能なのだ。

 スコット自身は、こういう事柄について本当は大げさな事は言いたくないと考えている。
彼は精神的な物事について、多くの場合で複雑なことは話さない方が良いと考えてきた。そして、多くの場合、実際にその必要はないのである。しかし真実の心やETの魂、前世体験などについては真剣に議論するべきだと思っている。
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by levin-ae-111 | 2011-01-31 05:21 | Comments(0)

ETソウル外伝(14)

ニューヨークのビジネス界は、5年にも渡る没我の修行をして、今や肉体を持たないETと交信している様な者には、余り同情的ではなかった。スコットは半年も持たず、ビジネス界から去ることになった。
ビジネスがロマンチックだと思い込んでいたとは・・・、私は学生を終えた時、就職するのが嫌だった。
さて仕事を辞めたスコットは、大学の心理学研究を再評価した。そして、そのテーマを研究するのに最も快適に楽しく取り組める場所について考えた。そして、サンフランシスコが最も適していると思った。
サンフランシスコ自体の開放的な雰囲気にも支えられて、スコットはニューエイジ思想に没頭した。かれはCIIS(カリフォルニア総合研究所)で学位取得のためのカウンセリングを始めた。そこは有名なインドの哲学者の弟子によって創設されたが、創設者自身もアラン・ワッツの昔の同僚だった。スコットは以前にも増して、UFOやチャネリングや神智学を研究し始めた。彼はこうしたテーマの全てについて講義し、研究集会を開催した。
また海外の学生に対しての、比較文化のトレーニングも担当した。

 こういった現実生活の一方で、スコットは相変らず宇宙船に乗って他の世界を訪問する強烈な夢を見続けていた。夢の中では、これこそが自分の(ET)仲間だという感覚があった。また他の夢では、自分が船にのって教えたり、地球の内部深くまでチャネリングしていたりした。
そうした中で、スコットは一夜の夢の旅の最中に自分が発する声を記録しようとして、高性能のテープレコーダーを枕元にセットして眠りに着いた。そして翌朝にそれを再生してみて驚いた。録音されていたのは、何か奇妙な地球にはないと思える言語だった。
今日に到るも、スコット自身にも夢の中での寝言が、何だったのか見当がつかない。
多くの夢を通じて、彼には来るべき変化に対して人々を助ける確固たる役割が課せられているという、圧倒的な感じがあった。それは、彼自身の内面的な安心感と、地球での目的意識の高まりを助長した。
スコットは自分の考えが、インタビューしたあるETの話していた『地球救済計画』に似ていると思った。今にして思えばこれが、彼が『ETの魂を持つ人々』を出版する動機とも成っていた。

 だが本当にスコットの考えを変えさせたのは、『ラー文書』だった。ラー文書こそが、スコットの全人生に更に明確な目標を与えたのだった。
『ラー文書』は全部で4巻から成り、各巻はおよそ100項だ。内容は初期エジプト時代から地球に奉仕してきたとする、ある地球外生物のグループとのチャネリング記録である。
彼らは、唯一の創造主に仕える惑星連邦の多くのメンバーの中のひとつだという。
惑星連邦は『スター・トレック』シリーズの連邦に似ており、宇宙全体の愛と英知の認識を促進することを目的とする惑星間文明の集合組織である。
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by levin-ae-111 | 2011-01-30 12:10 | Comments(0)

ETソウル外伝(13)

総ての事が上手く行くだろうと信じられ、もう自分の人生について心配する必要も無くなった。今や彼には味方がいる、そればかりか、もう自分で自分を支えられるのだから。
 この頃からスコットは一連の不思議な夢を見始めた。沢山の夢を見たが、次の例などはその典型的な例だろう。
 ある晩、地球の変化や地質学上の大変動の本を読んでから、恐怖を感じつつ床に入った。
直ぐに眠りに着き夢を見た。それは地球最後の日に、ニューヨークの街に居る夢だった。
それについて疑う余地は無かったし、全ての人がその時、何が起きているかを知っていた。
夢でスコットは十四番街に居たが、足下の大地は揺れ、建物は崩壊し、雷鳴が響き稲妻が走っていた。全ての人が叫びながら逃げ惑っていた、それこそ、絶体絶命の大パニックだった。その時、不意に多数のUFOが編隊を組んで出現した。彼らは全く慌てていない。
その内の一機がスコットの上に来ると、一条の円錐形の光の渦を投げかけながら、ホバーリングしていた。そして、あのおぞましいアブダクションとは異なり、まるで警察の非常線を超えた安全地帯のような場所にスコットは運ばれて行った。
その場所には、他にも多くの人々が保護されていて、全員が安全に守られていた。そして彼がそこに居る間、誰かが彼の汚れた足を洗ってくれたりもしたのだ。
その時スコットは、助かったことを理解した。それ以来、スコットは地球に大変動が起きても、ETたちが守ってくれると信じる様になった。

ET文献、特にラー文書によく述べられている様に、善意のETがねむれるワンダラーに普通に接触する場合は、ちょうどこの夢の様な状態に違いない。多くの夢は、眠れるワンダラーやウオークインに、貴方たちは銀河の市民なのであり地球市民ではないと警告する最初の兆しであるらしい。
スコットにとって、夢がひとつの引き金になった。彼が真剣に自分は地球外の生まれかも知れないとん考え始め、自身が本当にワンダラーかも知れないと考えるに到ったのが、こういう数々の夢が原因だった。だが、スコットはまだ完全に、目覚めてはいなかった。

 1987年にナロパから学位を受けたスコットは、もう一度ニューヨークへ戻った。それからETの魂を持っているという新たな気持ちと闘いながら、自分の精神的な方向を崩さないために、とてもロマンチックな職業だと思っていた仕事に就いた。それは、ニューヨークのビジネスマンだった。
そして、気づいたのだが、彼はユーモアのセンスを忘れてはいなかった。それこそは、もうひとつの完全な禅の技だと思った。スコットは至上の喜びを意味する『ブリス』という名称の害虫駆除会社を経営している義父の所へ働きに出掛けた。おまけに、その会社と同じビルには、ブロンズ製仏像の卸販売の会社さえあった。当初は、仏陀ビルの至上の幸福会社で働くことになり、ラッキーだと思った。しかし、現実には幸福どころではなかった。
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by levin-ae-111 | 2011-01-29 06:55 | Comments(0)

ETソウル外伝(12)

スコットがナパロ研究所の門をくぐったのは、仏教についての道を極めようと思ったからであり、この様なETについての研究をすることに成るとは夢にも思っていなかった。
だがそれは、彼がそれまでのどの経験よりも驚くべき体験をする以前の話しだった。
それは冬休みに行われたバージニアのブルー・リッジ山脈にあるロバート・モンローの所で行われた研修会の間に起こった。
 モンローは精力的な、天体間旅行の研究者だった。ウオール・ストリートジャーナルによれば、7000名以上もの彼の講座の卒業生が、ビジネスや産業や軍隊の中核を成す立場にいるという。軍関係者もモンローの技術を実験してみたし、デュポン社のような大企業は大勢の役職者を彼の研究所に送り込んだと言われている。

モンローは『ヘミ・シンク』、正確には『大脳半球同長装置』と名づけたシステムを開発した。それは被験者が寝台に横たわっている間に、ヘッドフォンから流れる一連の様々な波長の音を作るのに使われる装置のことである。ちょうど、永遠のカプセルベッドに寝ている感じになる。様々に異なる音色が、脳の大脳半球に同調して、より高次の意識水準に導いてくれる。
スコットがそこを訪れた頃には、モンローは既にETとの交信、地球に関する未来の予言、UFOの研究、幽体離脱旅行、そして地球外生物とのコンタクトなどの分野で、多くの成果をあげていた。
 スコットはそれ以前に瞑想などの修行を積んでいたので、横になりヘッドフォンを着けるとすぐに、その音色に合わせて瞑想に入ることが出来た。自分の気持ちに集中し、音の流れに深く、もっと深く入っていく。何が起こっているかを考える前に、彼はその音にすっかり心を奪われてしまった。

 スコットの身体のエネルギー水準が変化して、彼はもうひとつのサイクルに入って行った。彼は地球を越えて行った。しかし、それは目に見える体験ではなくて、躍動する感覚的なものだった。それはまるで身体から浮び上がって、宇宙を飛んで行くのを感じた。
それから、膜のようで薄く、とても寒い領域を勢いよく通り過ぎて、とうとうある場所に到達した。スコットは周囲に彼と同じ仲間の生き物がいて、彼に愛情のこもった視線を注いでいることを本能的に知覚した。それは彼の本当の家族であり、その知覚は確かなもので彼は、その現実性を疑わなかった。
それから直ぐに、ある感動が彼を包むのを感じた。それは一種の相互浸透作用とでもいうべきもので、彼は改めてこの人たちは自分の仲間だという気がした。その瞬間、彼は自分がもう一人きりではないと感じたし、それから、地球上でも一人ではないということが解ってきた。
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by levin-ae-111 | 2011-01-28 04:59 | Comments(9)

ETソウル外伝(11)

今では、普通の日常の社会で生活しても大丈夫だと思えた。しかも大丈夫というだけでなく、高潔なことにも思えてきた。1980年から85年にかけて、最も骨の折れる修行に励んでいたその間、スコットは世間的な俗っぽい事柄を極端に嫌って生活していた。
そして社会を見下げ果てたものとして、自ら一定の距離を置いていた。彼はいつも修行僧のような食事しか摂らず、とても痩せていた。当時は何人かのガールフレンドも居たが、深い交際をすることは無かった。自身がとても混乱していたので、他の人の混乱まで背負い込むことなど考えられなかった。その当時、既に自分ではどうしようもない位に混乱していたからだ。
しかし今は大きな変化が起こっていた。彼の人生は完全に変わり、精神的なものと世俗的なものとの溝は、急速に埋まっていった。その頃スコットは理解していなかったが、彼が旅の終わりと思っていたことが、実際には始まりであったということだった。

自分の修行は自分の心の中でするものと考えたスコットは、ロードアイランドの寺院を後にしてニューヨークへ帰った。そこで、この新しい人生の生き方を探ってみようと考えのだ。ニューヨークでスコットは完璧な禅の実践をしようと考え、禅式長寿法のレストラン(いまひとつ意味不明だが、精進料理の店だろうか?)で皿洗いの職に就いた。
暫くの間は素晴らしかったが、皿を洗いながら、禅か禅じゃないか?難関を乗り越えたか越えていないかなどに関係なく、それは無意味なことに思えてきた。
彼にはまだ遣り残していることがあり、それはどうやら解脱した者の務めである事柄であると気づいた。彼は自分かかわった方向に、本当に徹しておらず、異なる種類の経験が必要であったらしい。更なる転身を遂げる時だった。

 こうしてスコットはコロラドに戻ったが、もはや寺院には行かず大学を修了することに決めた。そして、ボルダーのナロパ研究所で仏教の研究をすることになった。
一人の西洋風の教育を身に付けたチベット人の尊師により始められたナパロは、アメリカでは東洋と西洋の思想を最も融合させている大学のひとつで、そこの学生たちは活発で精神世界のことをよく知っていると言われていた。
2年間の在学中に多くの友人ができたが、面白い人たちで、その中の一人は南アメリカに伝わる神秘主義への道を開いてくれた。これは極めて重要な出会いであり、スコットの人生に大きな影響を与え続けた。ラー文書の存在に気づいたのは、ナパロでの研究期間のことであったし、初めて地球外生物(ET)との鮮烈な出会いが始まったのだ。
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by levin-ae-111 | 2011-01-27 04:53 | Comments(0)

ETソウル外伝(10)

ロードアイランドでは、喉の乾きを満たす様に、ソン・サン・サという韓国人の師匠の許にこもり、3ヶ月間もの静かな瞑想に入った。そこの雰囲気は素晴らしいもので、心はのびのびとしていて、規律も厳しかった。師匠はよく指導をしてくれたが、個人的な修行の時間も十分にあった。そして、このロードアイランドでの修行で、スコットは最終的な突破口を開いたのだった。
スコットは自分の心に支えていたもの、自分を現実の世界で生きることから遠ざけていたものを、完全に取り除いた。彼は長い間抱えていた、心を掻きむしる様な感情的な苦痛から完全に開放されたのだ。
座禅を組んで、師匠と禅問答をしているうちに、それまで読んだもの、学んだ事、内面的な思考を巡らせたもの、アメリカや海外で行った修行の数々、そういった総てのものが突然にピタリとおさまり、明確に理解できた。

 スコットは古い禅の教えに、ずっと従ってきた。それは『あなたは炎の上の頭のように瞑想しなければ成らない(無知なので、よく意味がわからない)』とか、『赤い灼熱の鉄のボールを飲み込んで、それを吐き出せない』という教えだ。その意味は、悟りを開こうと強く願うあなたの気持ちを、完全に献身することの一点に集中しなければ成らないというものだ。彼は親友が修行をし過ぎて、心身をすり減らし、狂った様になったのを見たことがあった。スコット自身もセラピストに、正気を失いつつあると言われた。
彼は余りそのこと(精神異常)には拘らなかったが、苦闘の彼方にいつか光明を見出すことが出来るのかどうかを心配していた。そして、ロードアイランドでの修行中に、臨死体験をした。

 その時彼は、何も無い空間に入りこんでいた。息も出来ず、動くことも出来ず、ただ静かに横たわっているだけだった。だが、意識ははっきりしていて、休息と安らぎを実感していた。しかし、その休息と安らぎを十分に味わうことを妨げているものがあった。
それは『死』に対する恐怖、正確には『一つの人格の死』に恐れをであった。
それでも彼は、こうした恐れ自体も、この何も無い空間に吸い込まれてしまっているのだろうと考えた。つまり、恐怖そのものが、空っぽで実体の無いものだと感じたのだ。
そう考えると、心の平安が戻り、全てを超越した安らぎの心の拠り所が戻ってきた。それから様々な考えが浮んできても、そうしたものはそよ風の様にはかなく空虚なものだと思われた。瞑想の最中に起こった、死を予感させる、あるいは何となく消滅を予感させる出来事は、真底恐怖だった。その恐怖から逃げも隠れもしないで通り過ぎることが出来れば、何の問題も起こらない。空虚なものに対する恐怖は、例えば幽霊に対するようなものだ。
恐怖が過ぎてしまえば、後に残るものは安らぎと平和だけなのだ。こうして自分にもたらされた一種の自由な気持ちを、人に伝えることは殆ど不可能だ。
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by levin-ae-111 | 2011-01-26 05:07 | Comments(6)

ETソウル外伝(9)

 確かに瞑想の時は何かが見える。私はスコットとは違い、完全に眼を瞑って座っているが、その時に私が感じる世界は決して暗闇ではない。様々なグラデーションの紫や緑、オレンジや赤、黄色や青の雲が信じられないほどの輝きを放ち、次々とうねりながら変化して、顕れては消えていく。そして、時には白く輝く光の点が、強く輝く。
それから細い七色の光が、あらゆる方向に飛びまわっていたりする。と、同時にいわゆるチャクラと呼ばれている身体の部分の刺激が強まり、身体を取り巻くエネルギーの渦が大きくなるのを感じる。それだから、瞑想で瞑目している時には、薄暗い場所で眼を開けているよりも明るいと感じる。これらの光の正体は、私の脳神経が何かのエラーを起しているのか、それともニューロンを駆け巡る微弱な電流の光を感じているのか全く判らないが、ともかく瞑想中にはこんな光景を眺めているのだ。
従ってスコットのいう上下に揺れる色の付いた球体も、在り得ないことではないと感じる。

 やがてスコットはインドのサラナスに旅をして、仏陀が初めて教えを説いたといわれるストゥーパ(舎利塔)の中で瞑想をした。だが、その旅はスコットにとって不満が募るものでしかなかった。彼は観光客ではなかったし、聖地の写真を撮ったり、周囲を観て回ることが彼がアジアにまで脚を伸ばした目的ではなかった。彼は、早くタイへ帰って自分の修行に集中したくて仕方がなかった。
 その時突然に、スコットは初めて『断絶』と思われるものの、生々しい体験をした。理由は彼自身にも判らなかったが、恐らくは滞在していた寺院の影響かも知れないと思っている。そこは心の自由を得るためだけに造られた、自由の庭と呼ばれている寺院だった。
突然のその体験はスコット自身の修行の賜物だったかも知れないし、機が熟した故だったかも知れない。それともスコットが、本当に説明することは何も無いという意味合いで「私には判らないし、そんな事はどうでもよい事だ」と常々話していた禅の師匠と一緒だったからかも知れない。
その理由はともかく、瞑想をして贅沢なほどに美しい自然の中で生活している内に、彼の心は突然、更に澄み渡り、遂にある安らぎを覚えたのだった。スコットは、もう何の葛藤も感じてはいなかった。

 自らの光に照らされた絶対的自由と言う意味での、在りのままの心が煌きながら開けていった。彼は全く自由な気持ちになって、ビザが切れた時、本当に満足してアメリカへ帰って行った。悟りを開いた心は、もうタイのジャングルにだけ拘る必要は無かったからだ。
何処へ行っても、何処に居ても、悟った心は常に一緒だから、場所はもう意味を持たなくなっていたのだ。
スコットは帰国しただけでなく、再び大学へも戻った。数ヶ月の間は全てがとても順調だった。そして、ある朝目覚めると、突然にあの恐ろしい重苦しく、無意味な感覚が陰鬱に襲い掛かって来た。
何故そんな感覚が戻ったのか?それが何処から来たのか不明だったが、幸いにもスコットはそれに対処する方法を知っていた。彼には徹底的な禅の修業が必要だった。彼はその場所を、ロードアイランドに見つけ出した。
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by levin-ae-111 | 2011-01-25 04:22 | Comments(0)

ETソウル外伝(8)

スコットはこの心理学者の結論と両親の好意に感謝し、そして次なるステップへ進む時が来たと判断し、タイ南部のジャングルに旅立つ決心をした。デンバーの寺院が旅立つ手配をしてくれて、間もなくスコットは着陸態勢に入った旅客機の窓に、バンコクの景色が広がるのをながめていた。
彼は今でもこの地方が、どう見えたかを覚えているという。それは一面の密集した濃く厚い緑だった。余りに濃い緑は、所々が黒く見えるほどであったし、山々は東南アジアの木版画や線画に描かれているように、信じられない姿でそそり立っていた。
眼下に広がる風景は、スコットの迷いに満ちた心の様に、押し分けて進んで行くには、余りにも険しく見通しもつかない様に思えた。
飛行機が着陸した時、スコットは遂に自分の人生の目的地に辿り着いた感激を味わった。

 そしてスコットはタイの南部、あるジャングルのワットという僧院に住み始めた。そこはみずみずしい若草の繁るジャングルの真ん中に在り、周囲はゴムの木で囲まれ、冬でも暑いほど(27℃程度ある)で、湿度は100%にもなりそうな場所だった。
無数のスベススベした肌のトカゲが木々の間を這いまわり、いつもキイキイいう猿の鳴き声が聞こえる。彼はクチと呼ばれる小屋に居を定めた。そこでは、夜になると大きなゴキブリが、小屋の薄いトタン板の張られたドアに飛び込んで来た。一晩中そのゴキブリが入り口のドアにぶつかる、ビシッ、バシッという音が響いていた。そして、朝ドアを見ると無数の小さな凹みがあった。
ここなら、全てを忘れるのにうってつけの場所だと思った。瞬く間にスコットは過去の人生を忘れ始めていた。ニューヨーク、家族、そうした記憶が次第にかすんでいった。

 この探求の旅を共にした人々は、誰も英語を話さなかった。指導してくれる師匠は英語を話せたが、彼は何か話すよりも微笑むほうがずっと好きだった。
ここでの修行はデンバーのそれとは比較にならないほどに厳しく、過酷なものだった。
彼らが瞑想している時でも、湿度が高く濃密な暑い空気がベトベトと肌にまとわり付き、座っていても息苦しいほどだった。筋肉が痛み、脚もだるく成ったし、時には背骨も悲鳴を上げるほどの圧力を感じながらの修行だった。それこそ丸一日、瞑想するしか何もすることが無い環境だった。
スコットはもう瞑想中に自分の顔の正面に浮ぶ色の付いた球体が、見えるようにまで成っていた。それは心の形ではなく、実際に目の前を上下に揺れ動く本物の物体として判別できるのだった。それが想像なのか、彼の意識が外に在る客体を物質化させたのか、今でも判らないという。
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by levin-ae-111 | 2011-01-24 05:13 | Comments(0)

ETソウル外伝(7)

やがて息遣いは静かでゆったりしたものになり、心はさらに澄んで開放的になってくる。こういう状態になれば、意識は体外に広がり、座っている部屋の外へと拡がっていく。こういう時に、前世の幻影を見ることもある。より深い洞察が自由に出来るようになり、人間の自然な姿や自分自身の姿、生死の過程がわかってくる。
前世の幻影などは夢のまた夢だが、昼間に見た美しい北アルプスの峰々や、竹林が風に揺れる様、海中に建つ厳島神社の大鳥居などが瞑想中にありありと見えた経験がある。
そのどれもが、現実よりも美しく感じたが、それをよく見ようとすると消えてしまう。見ているか見ていないか、という不思議な状態の時にそれは現れる。思い出してみれば、その時は集中しているが、何か特定の事柄に意識を向けていない状態であった。呼吸は自分でも気づかないほどに静かで、身体的感覚は殆どないと言ってもよい状態であった。
これがスコットの言う、意識が体外へ広がるという事なのであろうか?

 スコットの瞑想の結果は、どうだったのか。彼は何回も幽体離脱と同じような感じになったという。デンバーの寺院で瞑想していると、次第に身体が軽く感じ、とてもリラックスした感覚が広がり、やがて肉体から離れて空中を漂うようになった。そして、最後に自分自身に戻るという具合だった。
この体験は簡単に内面の苦痛を和らげてくれたのだが、苦しみは常にまた戻ってきた。
そして苦しみが余り感じられない程、クタクタになるまで修行をした時でさえ、苦痛は戻ってきて責め苛むのであった。スコットには、その苦痛が、防ぐ手立ても隠れる場所もない彼を容赦なく責め立てる、顔の無い悪魔の一群に思えてきたのだった。
そしてある日、寺院から自分の部屋に戻ったスコットを、思いもかけない出来事が待っていた。それは、彼の居場所を探し宛てた両親からの電話だった。両親は彼の許を訪問したいと言ってきたのだった。
両親の心配は、尤もなことだった。裕福な家庭で育ち、モダンな都市生活の中で教育を受けた者が、苦行者、森林の中の修行僧に成ることに、その全エネルギーと全ての願いを掛けているのを目の当たりにしたのだ。両親は、スコットが気が変に成ったと思っていた。
そしてスコットが、ある種の心の病に罹って何らかの精神作用のある化学物質の餌食になったのではないかと心配した。
両親はニューヨークで心理学的な総合検査を受けて欲しいと懇願し、それに対してスコットは素直に従うと答えた。その時のスコットは、自分を殉教者の様に感じていて、多くの善良な殉教者の様に、誰かにしろと言われたことには素直に従う心構えが出来ていた。
もし誰かが彼の精神を調べたいと言えば、素直に診察台に乗り自分をさらけ出していただろう。スコットは、そんなことは気にしていなかった。何故ならば、それは彼ら(両親)の問題であり、結局はスコット自身も彼らの抱いている幻影に過ぎないと思っていた。

 ニューヨークに戻ったスコットは、両親の希望ら応えてある心理学者の検査を受けた。
一連の検査が終わり、スコットと両親は心理学者のオフィスへ出かけた。彼女は机越しにスコットを厳しい視線で見詰め、そして包み隠さず診断結果を告げた。それは、もし今すぐにでも集中的な治療を受けなければ、スコットは現実から断絶してしまうだろうというものだった。つまり、彼女の表現を借りれば「ぷっつん」する前に、治療を受けなさいということだった。
彼女がスコットに告げたことは、スコットが仕切り直しをして、ずっと現実を生きて行けるように、心理学者たちが本物だと認める現実を見詰め、馬鹿げた宗教的考えを捨てる時だという。その時スコットは密かに喜んだが、その断絶こそが自分が望んでいることだとは、言い切れなかった。無論、それは精神病的な断絶ではなく、苦悩を断絶してくれる精神転換のことである。
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by levin-ae-111 | 2011-01-23 08:08 | Comments(0)

ETソウル外伝(6)

スコットは清貧の誓いを立てたかった。樹皮の衣をまとい、一日に一回だけの食事をし
頭を剃り「ああ素晴らしきかな修行の輩よ、頭上には何と素晴らしき空が・・・」と、言うような言葉を口ずさんだであろう古代の修行者の道を辿りたかったのだ。
そういう人々は心の自由だけを求めていたし、自分が満足するものを求めようとする気持ちには、只ならぬものが有ったとスコットは信じていた。彼らは何も恐れにかった、スコットは彼らが羨ましいと思っていたのだ。
こうしてスコットは、もう決して世俗的なものだけを追及する、こんな空虚な物質主義の国には帰らないと心に期して、デンバーの寺院へと向かったのだった。
この頃にはアラン・ワッツや鈴木大拙のような著者たちのやや一般的な禅の入門書は読み終わって、彼なりにもっと奥義を極めたものを研究したいと欲していた。それで、パーリー語の仏教原典をビクトリア朝時代に翻訳したものに没頭するまでになっていた。
スコットは、最後には彼の無知、恐怖、欲望、苦痛、混乱を焼き尽くしてくれると信じて瞑想の修行を続けた。

 デンバーの寺院では、セラバーダの教えに則り、一日8時間もの瞑想に真剣に取り組んだ。しかし、有ろうことか、そこに居た何名かの修行僧たちは、一人として瞑想に参加せず、何時間もテレビを観て過ごしていた。彼らは、スコットが感じている身を焼くような不満など微塵も感じてはいなかったのだ。
スコットはいたたまれなくて、瞑想に励んだ。自分の時間を余り集中しないで過ごすことに罪悪感があったし、何よりも瞑想をしないと自分自身に怒りを感じてしまいそうだった。
 確かに習慣として身についたものを、一時でも行わないという事には、一種の罪悪感にも似た葛藤が伴うものだ。スコット程ではないが、私も毎日の瞑想が習慣化していた頃には、似たような気持ちになったものだった。
セラバーダ宗派の瞑想は、両方の足先を反対の膝に乗せ眼は半眼にして口を閉じ、自分の鼻先に意識を集中するという方法だった。こんな風にすると、呼吸以外は何も気にならなくなる。この手順により、遂にはより高次の意識状態に達するのである。
その道筋は、概ね以下のようになっている。
最初の状態で、それまで近づけなかった心理的な問題に対しても『浸透できる』ようになる。そして、苦痛、不和、恐怖や記憶といったものに対処する。この状態を脱出するまで、少し時間が掛かるが、やがては『静寂の気』に触れることが可能になる。すると、更に高い意識状態になり、自分の身体で一種の祝福されたような感じを体験する。そして『晴れやかな心』としか言いようの無い気分、つまり、ある種の歓び、愛、そして幸福感に包まれるようになる。
この感覚は私たちの外部にあるものでこういった感じは創れない、それはごく自然に、それ自体が心理的な拘りから抜け出した時に生まれて来るものなのだ。
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by levin-ae-111 | 2011-01-22 05:56 | Comments(0)