身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111

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 郷土が生んだ一人の偉大なる政治家の話しをしたいと思う。その人は既に亡くなってから40年もの月日が流れた。しかし、その人こそは真実の政治家と呼ぶべき偉大な人物であった。
松村謙三は福光町(現南砺市福光)の生まれで、生家は薬種商を営んでいた。謙三の父も祖父も政治に関心があり、その関係で多くの政治家が出入りしていた。そんな関係か謙三も自然に政治に関心を持つようになっていたのだろう。
大学は早稲田へ進学し、当時の重鎮の一人である大隈重信と直に触れ合っている。

 大学を卒業すると報知新聞で記者として働いたが、5年後に父が亡くなり実家の家業を継ぐ為に帰郷した。その後は地元の人々に請われるままに町議、県議となり、やがて国政の場へと送り出される。
国会議員としての実績は、第一次農地改革を農林大臣として実施したこと。これは地主の下で高い小作料に苦しむ小作農の人々を解放し、農業を活性化させる目的だった。GHQの管理下にあった日本で、唯一占領軍の指導に依らない日本人の発案した独自の政策であった。これは地主から国が土地を安価で買い上げ、小作農に安価で払い下げるという政策である。松村自身もこれにより多くの土地を手放す地主の一人であった。

そして地元では水量の少ない小矢部川の影響で、勃発する水争いそれから一転して雨が多いと洪水に苦しむ農民の為のダム建設を推進した。
小矢部川の刀利ダム建設は松村にとっても苦しい事業だった。そのダム建設の為には刀利村を水没させねば成らない。
松村は何度も刀利村の人々を膝を突き合わせて、誠心誠意の説得とお願いを行った。勿論、村人の行く末も十分に考慮したことは言うまでもない。
当時、反対運動に加わった村人の一人は「今の政治家や役人は、松村さんほどに親身になって指導してくれる人は居ない」と言っていた。

 松村の実績で最も大きいものは、日中国交回復の橋渡しであったろう。松村は私費で中国に渡り、当時の周首相と会談し大歓迎を受けている。周首相と友情の絆を結んだ松村は、その後にも訪中し民間貿易のルートを開いている。松村の繋いだパイプを使い、後に正式に国交を回復したのが田中角栄であった。松村は既に他界していたが、その時に周首相は「水を飲む時には、井戸を掘った人のことを忘れてはならない」と述べ、松村謙三を偲んでいる。
松村の訪中以後も不安定な関係であった日中関係は、紆余曲折を繰り返す。アメリカ寄りの政策により中国が態度を硬化させた時に松村は「私は日本人です。その私の前で日本の首相の悪口は断じて許さない」と中国で誇り高く述べた。
松村の外遊に同行した人々は、相手が怒りはしないかと気を揉んだ。そんな心配をよそに松村は周首相と激論を繰り返す。しかし激論を交わした後の二人は、お互いを尊敬し深い友情の絆を結んでいた。

 松村が幹事長を務める改進党は、数に物を謂わせて強引に懸案を押し通すやり方に憤慨していた。金と権力で政(まつりごと)を思い通りにする吉田内閣の手法を松村は嫌っていたのだ。自由党はより多くの議員数を求めて、改進党を取り込むという策に出た。結局は合併し自由民主党が誕生するのだが、そんな自民党を変えようと、勝算の薄い総裁選に立候補して敗れた。岸信介に対抗する勢力に推されて松村は何と投票日の3日前に立候補した。しかし松村を尊敬する議員たちの票は意外に多く、後の政権運営に一石を投じることになった。この松村を支持する民衆からは、多くの寄付金が寄せられそれは『貧者の一灯』として今に伝わる。

 松村の政治姿勢はあくまでも政治家は公僕である、という信念である。故に彼の私生活は質素であった。次女の方は子供の頃の思い出に、学校などに出す書類の父親の職業欄に『政治家』とは書かせて貰えなかったという。何と書いたか?『無職』と書かされたと語る。
松村のお孫さんは、友人の家を訪れた時など、食べ物に驚いた。それほど、松村は家でも質素にしていたのである。松村にとって政治家は職業ではなく社会奉仕である、人の為に尽くす公僕が政治家である。その信念の許、松村は日本人としての誇りを高く抱きながら、厳しい内外の政治状況に対峙して行ったのである。決して偉ぶらず、年齢や立場にとらわれず如何なる人にも別け隔てなく接していたという。

彼の選挙に携わる人々は、皆、手弁当で参加していた。選挙は金を掛けてはならない、それが松村謙三の選挙に対する姿勢であった。
また陳情に対しては地域の為の陳情には耳を傾けたが、特定の個人や団体に関するものだと判断した場合は、その陳情を受け付けず徹底的に考えを改めるように相手を説き伏せたという。

この様な政治家はもう居ないのか?松村健三の背中を見ていた人々の中には、中曽根元首相や田中角栄元首相が居た。誇り高く、優しく、国民の為にという松村の精神はもう政界には存在しないのだろうか。
地元では『けんそはん』(謙三さん)と親しみを込めて呼ばれた松村謙三氏は、今の国政を見たならどう思うであろうか。一時は公職追放の憂き目を見た松村だが、共に働いた人々が松村について語る時は、皆とても誇らし気に何となく嬉しそうに語る様子が微笑ましく感じた。
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by levin-ae-111 | 2011-12-31 10:03 | Comments(2)

私の瞑想

 最近はサボり勝ちであるが、私の現在までの精神世界の探求は瞑想から始まったと
言っても過言ではない。しかし何流というキッチリとしたものではない。
最初はハテナの購入先が提唱していた無限瞑想法なる瞑想だった。それは別名『想念観察』と呼ばれるもので、目を閉じて座り、浮んで来る想念を観察するというものだ。
それは無念無想などという様な事ではなく、想念が浮んで来るに任せる。
しかし、それに拘ることなく、捉われずにただ流すという方法だ。簡単そうだが、これが難しい。想念を観察すると、拘ってしまうし、観察しないと観察にならない(笑)

そして、もう一つのグッズがポイント音だ。心の中ででも、声に出して唱えてもよい。私の場合は、ハテナを購入した当初に、寝ているとも起きているともつかない不思議な意識状態の時にテレパシーで伝えられた。
私はこれを心中で唱えながら、次第に深い瞑想状態へと入っていく。
こんな具合なのだが、要するに自己流である。それでも、特に精神的な問題を抱える事もなく現在に到っている。
私の場合は瞑想が深くなると、時に様々なビジョンが見える場合がある。そのビジョンは時に鮮明な写真の様であり、影絵の様なシルエットであったりする。
多くの場合は何者かの瞳が見えるのだが、最近では虹の様な七色の光が暗い空間を飛び交うイメージや、PCのスクリーン・セーバーの様な光の線だったりする。

それから私が独自に加えたのが、瞑想の最初に行う様々な感謝や祈りだ。①まずは宇宙の創造主に感謝する。これは全体の創造主に、この宇宙の創造主に、さらに自分自身の創造主の順に、各々に呼びかけた後に「ありがとうございます。愛しています」と祈る。
②宇宙と銀河、太陽系と地球への感謝を捧げる。やはり、各々への感謝の最後には「ありがとうございます。愛しています」で括る。
③ここで、先日教えられたばかりの感謝と謝罪を小声で読み上げ、更に謝罪する。
④自分の魂の祖先と肉体の祖先へ感謝を捧げる。⑤家族、親戚、ご近所さん、家族一人一人の友人や各々の職場の人々へ、それからネットで私と繋がって下さっている皆様への感謝と、全員がに健康と良き出来事が起こります様にと祈る。
⑥家と家の敷地に感謝。⑦家族の許へと来てくれたお金と、物資に感謝。⑧猫たちや過去に飼っていたペットたちへの感謝。⑨周囲の植物、昆虫、小動物へ感謝。⑩ハテナへの感謝。⑪自分の守護霊・指導霊への感謝。⑫自分の身体の細胞たちへの感謝と激励。
そして気多神社の宮司様に教えて頂いた、先祖の罪を詫びる謝罪も加えた。更に独自に現世の人間たちの罪に対する謝罪も追加した。

 こうしてみると、意外に多い。疲れている時などは、これだけで眠気が来るが真剣に行うと、この導入部だけでも深い瞑想状態へと入ることもある。だからどうしたと言われればそれまでだが、私はビジョンを楽しみ、身体の内側と外側で踊る気の感覚を楽しんで自らをリフレッシュさせ、翌日の活力としている。
そして天から降る細かな微粒子や、自らの身体から立ち昇る白く薄いモヤを見る。心は安定して穏やかになり、多少の物事には動じなくなった。
それでも苛立ちや動揺に襲われる事も多い、だが、そんな時でも以前よりも遥かに自分をコントロール出来る様になっている。
瞑想の効用は他にも有るだろうが、反面で害悪も存在する。酷い場合は廃人と化してしまう場合もあると聞く。恐らく私の場合はとても幸運だったのだろう。
本格的に瞑想をとお考えの方は、きちんとした先生に付いて学ぶ事をお奨めする。
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by levin-ae-111 | 2011-12-30 08:33 | Comments(7)

皇祖皇太神宮

 テレビで「世界を変える100人の日本人」という番組を観た。世界で活躍している日本人を紹介する番組だ。途中からだったので余り多くは観られなかったが、それでも同じ日本人として誇りに思える人ばかりだった。
活魚の輸送に革命をもたらした人、アメリカやイタリアで活躍する俳優さん、ゴッドハンドと呼ばれる脳外科医、スウドクを発明した人、画期的な技術を開発した人、雨を降らせ民衆を救う人、肥満の特効薬を開発中の人そして最後は映画監督「世界の黒澤」で番組を締めくくっていた。
他にも上総堀(かずさぼり)をアフリカで普及させて飲料水の問題に挑む男性や、濁り水を清水に変える技術を開発した人なども誇りに思う。
話しは少し違うが日本を誇り、世界の中心だったとする古文書「竹内文書」が存在する。
これは竹内スクネが著し、代々その子孫に伝えられたとされるものだ。
とても正史としては認めがたいが「竹内文書」ではその昔のまた昔、神代の話ではあるが日本は世界の宗主国であり天皇は全世界の天皇であったとしている。
皇族たちは世界に散り、五色人(白・黒・赤・青・黄)の祖となったとしている。
また更にはモーゼや孔子、釈迦やキリストも皇祖皇太神宮に参内し、学んだとしている。更に天皇は天の浮き船(UFO?)に乗り、世界を巡幸していたともしている。
この時代は平和と豊かさがピークだったが、打ち続く天災により次第に文化は失われ世界との交流も絶たれてしまった。と、公開されている部分では概ねこんな内容だ。
皇祖皇太神宮は現在二箇所存在する。一箇所は富山県富山市の呉羽に、もう一箇所は茨城県にある。
明治時代になってから迫害を受け富山へと神社は移され、更にその後に茨城へと再度移されたものらしい。
茨城まではとても無理だが、富山には行ってみた。
車では途中までしか行けない。狭い裏路地を走りドン突きで下車し、細い山道をひたすら歩くこと10分程度で到着した。ここには神主さんは居られず、無人の神社となっている。
祠の前に参拝の作法が書いてあったが、他の神社とは少し違っていて戸惑ったが何とかお参りした。
特別何かを感じる事もなく、やぶ蚊に刺されて帰ってきたのだが、目を引いたのは神話に登場する神様という神様の殆ど全部がお祭りしてあったこと(大きな看板にビッシリと神様の御名が記してあった)。
それにしても、神様の御名はどうしてこうも読みづらいのだろう。というか、読めません。
かろうじて読めたのは天照大神、天之御中主神、ニニギ尊、大国主、手力男の命くらいのものでした。
「竹内文書」には錆びない金属ヒヒイロカネで葺かれた屋根が、日の光に燦然と輝く荘厳なイメージで描かれているらしいが今は見るかげもなく小さな祠が存在するだけだった。
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by levin-ae-111 | 2011-12-28 05:44 | Comments(0)

初詣って何?


この初詣なる慣習は日本古来の伝統的行事と思っていたが、実はそうでもないようだ。
江戸時代までは「お伊勢参り」など、生涯に一度は・・・的な神社参拝は存在したが「初詣」となると聞いたことがない。何処かの鎮守のお祭りで賑わう場面は時代劇にも出てくるが、初詣の場面は観た記憶がトンとない。そこで調べてみた。

どうも初詣なる代物の仕掛けは、明治時代に鉄道会社が営利目的で仕掛けた企画が始まりであるらしい。ライバル会社の開業により、料金の値下げ合戦が始まりそれも底を打つと新たな集客イベントとして初詣が考えだされたものらしい。
だから最初は鉄道チケットと一緒に、初詣がピーアールされたのだ。現代風に言えば「○○鉄道で行く、××神社初詣の旅」とでもなろうか。要するにツアー企画だったのだ。
それに便乗して寺社側も破魔矢だのお守りだのを大々的に売り出し、拝観料や賽銭といったビジネスに走ったのだろう。
そういえば、時代劇でお参りの時に賽銭を投げる場面も観た覚えがない。
 
やはり全ては商売と結びついている。それがいかにも自然に古式ゆかしい伝統のごとくに装われ現代へと受け継がれている。多寡が100年の歴史しかないものが、しかも商売が見事に年中行事に変身してしまった。呆れてしまうが、アイディアを出した人物の着眼点の鋭さには脱帽する。民衆の信仰心をこれほど上手にビジネスにしてしまった例は他に類を見ないかもしれない。イヤッ、ちょっと待て。
よ~く考えたら他にも沢山あるぞ。法要って確かお釈迦様の教えには無い。それから地方や宗派によって違うだろうが、年に一度旦那寺の坊主が来てお経をあげて帰る「ホンコウ様」なる行事も存在する。これも立派なビジネスで、招いた家は何がしかの報酬ともてなしが僧侶に対して必要になる。それから「バレンタインデー」も日本では本家のヨーロッパとは趣が随分と違うようだし、「ホワイトデー」などは無いらしい。
クリスマスも本来は宗教的行事で日本では大部分の人には無関係なはずだ。
 
このように少し考えると不自然な行事が沢山存在する。そしてその多くが何らかのビジネスと結びついている。ここに挙げた程度ならばまだ許す気にもなるが、現代の商売人はもっとえげつない。地球の気候変動さえもビジネスのネタとしている。
温暖化の主な原因物質とされるCO2も排出量取引の材料だし、ハイブリッドカーの普及推進もそれ関連のビジネスだ。一方で使い捨て文明に警告を発し、資源の再利用を提唱しながら一方では自動車の買い替えを推進している。酷い矛盾だが、誰も疑問に思わないのだろうか。
そして国民の安全よりもビジネスが優先されているのが、原発の問題だ。
確立されていない不安定な技術を安全と言い張り、廃棄物の処理もままならない現状だがそれでも原発は推進されている。これは国民の生命を国が商売人に売り渡しているにも等しい。
それにしても不思議なのは自分たちの足許を危うくしてまで、利益確保に走る連中の神経だ。一般大衆が疲弊したり、或いは人口が激減したり、物資の生産者が居なくなれば何のための利益だろうか?裸の王様を彼らは目指しているのだろうか、それならば納得もするが。
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by levin-ae-111 | 2011-12-27 05:28 | Comments(0)

富山の伝説

 平安時代に活躍した源頼光(みなもとらいこう)の配下に、剛勇で名を馳せた四人の武将がいた。四天王と呼ばれた渡辺綱・碓井貞光・卜部季武・坂田金時の四人である。
何れも平安時代の末期ごろの人物とされるが、驚くべきことに富山にはこの内の二人の子孫と名乗る家が存在する。

一人は坂田金時(金太郎さん)で富山市の神通川沿いの集落に、もう一人は渡辺綱(わたなべのつな)で富山県小矢部市と福光町に子孫とされる家がある。
坂田金時は山姥の子として生まれ、山奥で熊やサル、ウサギを遊び相手に育った。後に京の都へ出て、坂田金時(さかたきんとき)と名乗る。
他の3人と共に大江山の酒天童子を退治し、武名を上げた。後に源頼親との戦いに敗れ、生家へ逃げ帰り付近を支配し、土着したと伝わる。

一方の渡辺綱は坂田金時等と酒天童子を退治し、都の鬼を退治した。子孫の家には酒天童子退治の後に主君と共に大和の法隆寺で祝宴を張った。その折の舞に使用されたとする「慰の面」と「鬼女の面」が伝わっており、小矢部市の指定文化財となっている。
また、福光町では先祖伝来の秘仏を保持している。

渡辺綱は知らないが、金太郎さんは一般には神奈川県の足柄山の出身とされている。しかしこの程度ならば、御伽噺の範疇なので他にもこれらの英雄の出身地とされる場所が存在するかも知れない。
他の有名人としては、何と佐々木小次郎が立山の麓の村で生まれたとする伝承もある。
秘剣ツバメ返しは立山から流れ落ちる瀑布、称名滝(しょうみょうだき・日本一の落差を誇る)で開眼した秘技だとも伝わる。

それにしても、伝承とは不思議なものだ。どこが本家本元かは知らないが、例え偽りでも郷土に有名の伝説の地が存在するだけでも楽しくなる。
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by levin-ae-111 | 2011-12-26 05:32 | Comments(0)
 今年も楽しみな日がやって来た。全国高校駅伝は今日、京都市内のコースで各県の代表校が健脚を競う。男子は7区間(42.195キロ)女子5区間(21.0975キロ)で襷をつなぐ。
我が富山県の代表校は、今年も男女共に富山商業高校だ。
女子チームは今回10位台を目指して、3年生と1年生だけで目標に挑む。主将の南さんはパイプ役となる2年生が不在であったことから、1年生との絆を結ぶことに悩んだという。
しかし多くのミーティングを重ね、試合に向けて心を一つにすることが出来たと語る。
 
男子は予選大会では記録を2分以上も更新したが、それでも全国レベルでは厳しい闘いを強いられる。主将の西川君は「スピード、体力ともに格上のチームとの闘いになるが、気持ちでは負けたくない。昨年(32位)を更に上回りたい」と意気込みを語る。
私としては無論、郷土の代表校を主に応援するのだが、高校生が全力を尽くして走る姿そのものが清々しく愛おしいと感じる。
この子供たちは私達よりも遥かにストイックな生活をし、厳しい練習を日々積み上げてこの晴れ舞台に臨む。
そしてその陰には同様に過酷な練習を積みながらも、レギュラーから漏れて走れない子供たちが大勢いる。
レギュラーの選手には、控えのチームメイトの分まで精一杯の走りを見せて欲しいものだ。

頑張れ、高校生ランナーたち。各々の目標がアクシデント無しに達成されることを心から願いながら、今年も彼ら彼女らの力走を見守りたいと思う。
 
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by levin-ae-111 | 2011-12-25 08:12 | Comments(0)

無題2

 一昨日の仕事中のこと、担当の者に直接言わずに二つ前の工程の者に、作業指示を出す現場中心者の言動に私は憤りを感じた。
二つ前の工程を担当する者に殆ど無関係なその指示は、作業を行う直接の担当者に言うべきものだった。指示が届かず困るのは直接の担当者であり、二つ前の工程の作業者に告げるべき内容ではなかったからだ。
その工程の中間にいる私も、作業的にはその指示と関係がない。結局は二つ前の工程担当者が、作業が始まる直前にそれを直接の担当者に伝えていた。

 私にはその指示を出した者の気持ちが解らず、不思議で仕方がない。その様なことは他にも見受けられる。直接に作業をする者に詳しい指示を与えず、無関係な者に詳しい話しをする。そして指示をした積りになっている。
作業者は特別な指示を受けていないので、通常の手順でしか作業を行わない(当たり前である)。そして、作業内容が違っていると後で大騒ぎし、結局は納期ギリギリか間に合わずに延期を申し入れることになったりする。
挙句の果てに十分に指示をしなかった自分の責任を棚に上げて、作業者を責めるなどは愚の骨頂でしかない。叱責された作業者の憤りは大変なものだ。

 しかし、こういったことは恐らくは社会の何処にでも発生しているに違いないと感ずる。
無知な私には、重要な事柄について必要な説明や指示を行わない人々の考えが解らない。どう想像の翼を羽ばたかせてみても、全く全然、理解できないし予測も不可能だ。
自分の意図を実現したいのなら、必要な事柄を実施する人に確実に欠落なく、万遍に伝える努力を怠るべきではない。その結果が思惑と異なった時には、自分も作業者もお互いに困るし傷つくのである。発信した情報が間違っている不足している状態で、意図通りの回答や結果を求めるのは間違いである。他の人に対して自分が希望する仕事の結果を求める時は、的確に目的や内容を必要なだけ示し作業者が理解した事を確認せねばならない。
こんな簡単なことも認識せずに、どうして希望する結果だけを求めるのか、その点がどうしても理解出来ない。

 それは自分自身にも当てはまる。昔から問題も提示されていないのに回答だけを突然に求められる、という様な経験を何度もして来た。早急な答えを突然に求められる時は、大抵が期限が目前に迫っていて、問題が大きい時は本当に途方に暮れてしまったものだ。
社会人であれば恐らく、どなたも似た様な経験をしている筈である。それにも関わらず何故に他の人に同じことが出来るのであろう。
よく会社や組織で『報・連・相』などと言われる。つまり報告・連絡・相談をせよという意味であるが、字義どおり、これが欠けているから問題が発生するのである。
人間とは自分に甘く他人には厳しい生き物である、私はそう思っている。だが命令する方も仕事をする方も、決して故意に問題を起こしている訳ではない。
多くは以前に発生した似た様な問題を忘れているからであり、その時に学んでいないからである。会社や組織では現場の判断で成したことが大問題に発展する場合もあるし、その逆もある。だが問題が発生する根っこは同じである。

問題が解決してホッと一息つき、暫くすれば記憶の中から消えて行く。そして時が経過し、後にまたも同じような問題が再発するのだ。問題解決と同時に、その再発防止対策を施さねばまた同じことを繰り返すだけだ。
そこには『喉許過ぎれば熱さ忘れる』と謂われるような人間の愚かさが在るのだろう。これは会社や組織に限らず個人にも言えることである。故に私自身も肝に銘じておこうと思う。
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by levin-ae-111 | 2011-12-24 05:19 | Comments(0)

肉体の死と意識


 私達にとって最も重大で重要なのが、この「死」の問題だ。この世に生を受けた瞬間から、私達は死に向かっての歩みを始める。
それは誕生、成長、成熟、老いなどと呼び名を変えながらも決して立ち止ることはない。別な言い方をすれば、生きているとは一瞬一瞬が永久に返らない時間の中に存在しているということでもある。

 物質的なものは常に変化する。どれほど不変に見えようとも、常に振動する波動の一瞬の煌きであり、それは何時も不確かなものである。
人間存在の物質的側面である肉体もまた、この不確かさから逃れる術を持っていない。
だが人間存在には人間を人間たらしめている精神が宿っている。この精神が宿る故に人間たり得るのであり、それ以外の何者でもない。
 死とは物質的側面である肉体から、宿主である精神が分離する現象である。
精神とは無限の意識のわけ御霊であり、永遠の今に存在する唯一の実在の子供である。

実際問題として死んだらどうなるのだろうか。私は一度だけ意識と身体が分離したと思える経験がある。その状態での私には周囲を明瞭に見渡せる視力と、思考力・記憶力があった。
下を見ると、身体は殆どオートマチックに日頃の仕事をこなしていた。
この時、私にとっての主体は意識の方であり、正直に告白すると身体には何の想いも感じていなかった。
それよりも爽快な開放感で、戸惑いながらもウキウキした気分だった。よくシルバーコードで魂と肉体が繋がっているとされるが、その時コードは見えなかった。
厳密に言えば体脱体験ではなく、一種の意識拡大現象だったのかも知れない。しかし直前まで感じていた物質的な不快感、暑さ、ガスの刺激臭、製品の重量、汗の流れる感覚、近視で貧弱な視力の弊害などは一切感じていなかった。

 この体験以降、死とはこの状況が継続することではないか?と思う様になった。
少なくとも身体と意識は別々に存在し、肉体の死で意識が消えてしまうこともなさそうに思えた。
それ以来、ちょっぴり死に対する恐怖が減った。

肉体と意識が別々な存在だとしたならば、死後に肉体が朽ち果てても意識は存続すると考えられるのではないか。
意識は時間や空間をも内包しており、未来を描くことも過去を振り返ることも可能だ。
つまり意識とは肉体に宿っていても基本的に自由であり、存在が知られているどんな物質的なものよりも大きく、或いは小さく、その速度は無限大で、時間、空間をも包みこんでしまう存在といえないだろうか。しかし、決して難しく考える必要はない。

私が誰かを想えば、意識は既に誰かの傍にいる。私が何処かを考えれば、私は既にその何処かに佇んでいる。戦国時代に想いを馳せれば、時を遡り戦国時代に居る。
こんな風に考えれば、意識とは何かを知る手がかりに成らないだろうか。
私が意識とは基本的に自由だとし、時間空間をも内包しているとしたのは、これらの事柄を指している。

詭弁だと思われるかも知れないが、自己の内に存在しない事柄や概念を人は理解出来ない。
人が時間、空間、歴史、天体などを認識するというのは、人の意識の内部にそれが存在しているからだ。内なる意識に存在しないものは、例え目前にそれが在っても認識できないし想像さえも不可能だろう。

また誰にでもあるだろう卑近な例では、楽しい時は早く過ぎるが、苦しい辛い時は長く感じられることが挙げられるだろう。 時計の進み方が違うのではない。
意識が認識する感覚が異なることにより、その人にとっての時間が縮んだり延びたりするからだ。

この様に考えると意識とは時間、空間、距離などの物理的事柄から独立して存在する能力を持っていると言わざるを得なくなる。従って肉体と意識は別物であり、肉体の死によって全てが終わり、無に帰すなどと考えることに無理があるのではなかろうか。
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by levin-ae-111 | 2011-12-22 05:21 | Comments(0)

ワンコインの宇宙論

今「宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった」を読んでいます。コンビニで買った500円の本です。著者の佐藤勝彦氏は宇宙論・宇宙物理学の研究者で「インフレーション理論」を説いている博士です。
専門家の宇宙論にしては一般読者のことを実によく考慮されていて、非常に丁寧に解りやすく書いてある本です。
近代物理学の祖ニュートンの学説はアインシュタインが出現するまで、誰もこの殻を破れませんでした。アインシュタインの閉じた宇宙モデルから、ビックバン仮説へそして宇宙膨張説、著者の説くインフレーション理論までを解説しています。
「非常に丁寧に解りやすく」といっても、数学と実験・観察を主武器にする学問分野ですから一般人には解った様な、解らない様なあやふやな感じが残るのは否めません。
まだ途中までしか読んでいないのですが、要するに宇宙創成のころは非常に高温の火の玉状態で、それが膨張すると共に冷えていき物質が生成され始めたのです(あくまで宇宙モデルの一つです)。
その膨張に伴う冷却や物質の密度が均一ではなくムラが生じており、それが原因で幾つもの宇宙が発生したというお話しです。主に温度ムラに原因があって、温度が均一になるまで宇宙の生成は続いたと予想されています。親宇宙から子宇宙、それから孫、ひ孫それ以上の連鎖があるとの予想です。イメージ的には沸騰した泡の上にまた泡が出来て、更にそのうえにも泡が出来る、そんな感じらしいです。それから学問的にその宇宙の間の行き来は不可能だと考えられているそうです。
それにしても僕程度の学力では想像も出来ない世界の話しですが、この分野の学問では宇宙の始まりについての仮説も登場しています。無から生じた宇宙が発展し、現在に至ったとする理論が検討されているのです。それには揺らぎが関係しているとされています。
宇宙の元は常に揺らいでいる状態(出たり消えたりしている)にあり、それがトンネル効果と呼ばれる現象でポロッとこちら側に出てくる。そのポロッと出たものは非常に微細で・・・知恵熱が出そうです(笑)
要するに物質の生成過程や宇宙からの電磁波、遠くの銀河からの光が赤色偏向するといった観測とアインシュタインのような計算上考え得る理論、更に最近では粒子加速器(最近光の輪で淺川氏が原因として指摘したCERNもその一つ)やカミオカンデ等を使用した実験などによって宇宙を考えるというわけです。
 しかし人間の探究心には驚かされます。途方もない事象を長年に渡り考えぬき、それが違う研究者に引き継がれ宇宙をどんどん解明していっています。ある種のマニアックな論評ではアインシュタインを使い、間違った方向へと人類の知識を導く陰謀があったなどとしていますが僕はそう思いません。
その原動力は人間の飽くなき好奇心と自己認識への欲求の賜物だと思います。

僕程度の頭ではとうてい理解は無理なのですが、それでも何時もの声はこの本を読むずっと以前から「宇宙は沢山ある」と言っていました。宇宙は自己認識を求める根源的な意識(全ての源)の身体であるとも言っています。私達だけの宇宙しかないとしたならば、私達は自分で単細胞生物だと言っているようなものだとも聞いています。
無数に存在する宇宙の内の一つが私達の宇宙だとしたら、僕らの存在はどれほど小さいのでしょうか。
小さな人間存在に自分達の世界を探求させ、大いなる自己を認識しようとするとは宇宙意識の英知は正に無限です。そしてその為に自己の意識の一部を人間に与え、遥かな探求の旅路へと送り出したのです。
更に絶対に本体である創造主の意識へと必ず帰れるように、用意された接着剤が「愛」であるとする能力者もいます。
全ての存在に宇宙意識の関与があります。元来、宇宙意識の関与無くして何者も存在できません。
 ですが、ここでまた疑問が発生します。存在の全てに寿命があるなら、宇宙創造の意識にも寿命があるのでしょうか?それは即ち、宇宙に寿命があるのか?との疑問です。
単純にいえばエネルギー保存の法則により宇宙のエネルギー自体は尽きないが、全てのエネルギー変換が終了してしまったとしたら、エネルギー変換が消滅して飽和状態になり宇宙が死ぬ事になるのかも知れません。
僕達の宇宙が宇宙創造意識の身体の一部とすれば、一つぐらい細胞が死んでも何ら差し支えは無いはずです。ですから、宇宙が死んでしまう事もあり得ます。
それから宇宙創造意識が眠りについたら(彼か彼女かは知りませんが)、その意識の表面に湧き上った泡みたいな物質世界は消えて無くなるかも知れません。
想像するだけでも恐ろしいのですが、でもそこは宇宙創造意識の「愛」に期待したいところです。
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by levin-ae-111 | 2011-12-21 05:39 | Comments(0)

時代劇

 黄門様と言えば、諸国漫遊して不正を正した江戸幕府の副将軍。その弱きを助け強きを挫く漫遊の旅も今夜で終了しました。
お馴染みの時代劇が無くなるのは、とても淋しい気がします。50を越えた私でさえ、子供の頃から視聴していたのですから、40年以上も続いた長寿番組でした。
私は時代劇が好きで、お気に入りはこの『水戸黄門』と藤田まことさん主演の『剣客商売』でした。あっ、それから『大岡越前』も大好きでした。
『剣客商売』以外はどちらも完全懲悪物で、気分がスカッとしますが『大岡越前』よりは絶対的な威光で事を治める『水戸黄門』の方がよりスッキリします。

 『剣客商売』はストーリーによっては、少し切ない気分になったりします。池波正太郎さんの小説が原作で、何冊か読みました。ドラマは原作に忠実に仕上げてありました。
その『剣客商売』も主演俳優の藤田まことさんの死去により、当分は再放送以外の新作は期待できそうもありません。
そしてもう一作『鬼平犯科帳』も捨て難い魅力があります。長谷川平蔵のダイナミックで男臭く、それでいて温かく優しく大きい彼の人柄がよく表現されています。
何れにしても、庶民にとってはどうし様も無い悪党を痛快に罰してくれる、そういう単純な物語に私は自然に惹かれてしまいます。

 時代劇のヒーローは、今で言えば副総理や警視庁長官とか最高裁長官、或いはドラマの浅見光彦(縁者が権力者)のような存在です。しかし現実の彼らは時代劇のヒーローたちには遠く及ばず、庶民のことなど露ほども気に掛けていない様子です。
勿論、全くそんな事は無いという訳でもないでしょうが、少なくとも政治家たちは選挙の時だけ私達に擦り寄って来るのは間違いない事実です。
 時代劇のヒーローたちには何かしらの志しがあり、それを貫いています。それは物語の中での話しですから、そういう設定なのだと言ってしまえば実も蓋もありません。
少なくとも、民衆の代表という立場の人々には、そういう気概だけでも持って欲しいものだと思います。
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by levin-ae-111 | 2011-12-20 05:15 | Comments(0)