身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


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創世記の作者は?

創世記を始めとする幾つもの物語を合わせて、私たちが一般に聖書と呼んでいる書物は成り立っている。更に聖書は旧約と新約に分かれており、その間には時代的に数百年の隔たりがある。新旧ともについている「約」とは、契約あるいは約束という意味である。
それは神との契約であり、古い約束と新しい約束ということであろう。

さて、この聖書は多数の物語の合作であり、時代の隔たりもそんざいするので当然のこと著者は一人ではない。中でもエゼキエル書や創世記は、非常に面白く興味を惹く内容である。では、創世記の作者は誰なのであろうか。
この作者についての議論では、モーゼその人ではないか?という説も存在する。或いはモーゼは編者であって、作者ではないとする説もある。

 モーゼが登場するのは創世記の最期に登場した人物から、数百年も後のことであり古い時代の出来事を目撃できるはずもない。では編者と考えたならば、その資料は何処から引き出されたというのか。しかも、文字という形で記録されていなければ、資料として活用するには少し困難だ。そうであれば、どこかにそれが存在していなければならない。
そして、その資料は地球の成立から始まり、それ以前の主な出来事の全てを網羅されている必要がある。

その資料とは恐らくは、バビロニア石板と呼ばれる粘土板に記された記録であった可能性が高いと思われる。これらの石板の内容と創世記の内容が酷似していることに気がついたのはイギリス空軍のP・J・ワイズマンだった。
バビロニア石板の年代別の記述が、創世記のそれと同じであることに気付いたワイズマンは創世記の記述を丹念に調べていった。
その結果として創世記には全部で十一の時代の記述があることを確認し、バビロニア石板の時代の推移と記述が一致した。
記述の内容はバビロニア地方に限らず、全世界に及んでいることから、この文字が世界の共通語であった可能性を示しているのかも知れない。そうなると、創世記十一の「世界中は同じ言葉を使って、同じ様に話していた」という記述もにわかに真実味を帯びてくる。

 そしてバベルの塔の建設を機に、人々の言葉は神により散らされて、通じなくなってしまった。この伝説もまた、何かの事実に基いているのかも知れないと思えてくる。
しかしバビロニア帝国自体はBC1500年の時代しかなく、恐らくはシュメールやそれ以前の時代から伝えられた物語の模写である可能性も存在するだろう。
そのシュメールの神官に呼び出されたのが千賀一生氏で、神官から聞かされた内容は彼の著書「ガイアの法則」でその内容を明らかにされている。
シュメールの人々もまた先行する文明から受け継がれたこと、そして驚くべきことにシュメールの人々の出発点が日本であったことなど非常に興味深い内容である。
このように人類は超古代から連綿と続く文明文化を継承しているのであり、現代文明とて決して独立して存在しているのではない。

 では、古代の人々に地球の成り立ちなどを教えた存在とは何だったのか。私はそれが神(宇宙法則)では在り得ないと考えている。神(宇宙法則)は間違いなく不変であり普遍であって、不偏であるが、人間に言葉として語り聞かせることなどない。
やはりそこは人類の創造者(知的宇宙生命体)が、これらの情報を超古代の地球人類にもたらしたと考えるのが自然なように感じる。
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by levin-ae-111 | 2012-06-30 09:22 | Comments(0)

聖書内容の科学的検証

 1970年代の終わり頃に、ロシアの科学者が聖書に書かれているソドムとゴモラの崩壊などという出来事を、科学的見地からの解釈を試みようとする動きがあった。
この作業に参加した化学者たちの意見は、聖書に書かれていることは事実を元にしていると概ねの一致をみたという。

 しかし、ソドムとゴモラの町が崩壊したのは神の怒りに因るものではないとしている。
この件に関し驚くべきことに、地球外生命体の関与を示唆している。
それによればロトを助けたのは宇宙人で、その後に宇宙人たちの乗っていた宇宙船の原子力推進装置に異常が発生し、爆発したというのである。その爆発こそがソドムとゴモラの町が壊滅したと推測している。

 宇宙開発に関するテクノロジーと古い宗教的な記述は、一見して無関係のように思われる。しかし現実には最先端の技術を身につけた宇宙飛行士たちが、宇宙空間での神秘体験や不思議な感覚から帰還後は宗教的な道に進む者が多いらしい。
「宇宙で神を見た」とか「神の声を聞いた」などの神秘体験は、宇宙飛行士たちの人生観を一変させるものらしい。
また宇宙空間でUFOを目撃する例も多く、人類が宇宙空間における唯一の知的存在ではないという事が認識され始めている。

UFO現象は最早SFの世界の出来事ではなく、人類の起源や古代宗教との関係を真面目に探るというレベルにまで達しているのである。
そのことは眼に見える物理現象のみに重きを置く科学的手法のみならず、現象をより精神的な見地から考えようという動きが見え始めたということである。
 これまでお堅い物象主義に拘って来た科学が、精神的な見地からのアプローチを始めたことは歓迎すべき傾向である。御伽噺的な古い伝承や聖書などの古い書物の記述も、科学的な光を当てられて、より生き生きと私たちの目前に蘇るかも知れない。

勿論、現代でもこの傾向は続いているだろうが、元々から科学的発見などというものは不思議なインスピレーションに導かれることが多いのである。
画期的発明の多くは、その発案者が理論的に考え込んでいる時ではなく、風呂でくつろいでいる時、散歩している時や夢の中でその発端や答えを得ているのである。
勿論それは唐突に与えられるものではなく、発案者や発明者がその事柄について考え続けているからである。
何かを考え続けて行き詰ったら、一旦それを横に置いてリラックスしてみるのも良い手かも知れない。
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by levin-ae-111 | 2012-06-29 05:16 | Comments(0)
 昨夜、久し振りにタイムスクープハンターの再放送があり、丁度見逃していた回だったので嬉しかった。
かぶき者とは、現代でいうと少し前の「たけのこ族」や「コスプレ」に不良少年を足した様な存在。番組に依ると江戸時代の初期には、弾圧を受けて消滅したらしい。
かぶき者で有名なのは前田利家がその代表格。世間の顰蹙を買いつつも、華美で奇抜な服装をまとい、尚且つ乱暴者であったため敬遠されたりしていた。
まさに不良少年、不良青年であったわけだ。

 この連中は戦乱の時代には重宝されたが、関ヶ原以降の平和な時代には一転して世間の鼻つまみ者にされてしまう。江戸初期には取り締まりも厳しく、様々な触れを出して彼らを捕縛していた。
番組では鳥の羽や毛皮、女物の着物を身に付け、長刀を腰に差した3人組が登場。
彼らは浪人や町人の出身で、町奴(まちやっこ)と呼ばれる部類のかぶき者、対して旗本の子息などのかぶき者は旗本奴(はたもとやっこ)と呼ばれていた。
この二種類のかぶき者は、仲が悪く出会うと小競り合いが起こる。

取材対象の3人は、行きつけの店で食事を済ませ町へ繰り出そうとする。だが町人出身の一人が仲間を抜けたいと言い出す。店の女の子と所帯を持つといい、ひと悶着。
リーダーたちは結局二人で出て行くが、旗本奴と遭遇し喧嘩になる。そこへ役人が突入し、皆は蜘蛛の子を散らす様に逃げる。
役人の陣笠がちゃちで、リアリティーがあった(笑)
その場は逃げ延びたが、一人は落ち合う場所で捕まり、リーダーも仕方なく逃げ出す。
そして行きつけの店の女性に逢い仲間の危機を知り店に行くが、抜けた仲間が袋叩きにされていた。リーダーは敵(旗本奴のグループ)のアジトへ殴りこみ、手下を叩きのめしボスとの対決。その最中に、またまた役人の手入れで、ついに全員が捕まってしまう。
彼らは島流しの刑となり、島で亡くなった。

まあ、今のチンピラみたいなものだがエネルギーの発散が出来ない世の中であるという点では、江戸時代も現代も似通っている。若者の情熱が空回りし、暴走や世間への反発という形で現れる。
戦乱の無い平和は江戸初期の若者にとって、出世の見込みも無く人生の見通しが立てにくい時代だったのだろう。戦乱の時代に生まれた利家は大名に出世したが、それも戦乱の故であった。戦国時代は悲惨で残酷な側面が強調されているが、若者にとってチャンスが転がっている時代でもあったのだ。
劇中の台詞で「俺達は遅れてきた」という台詞があったが、まさに私自身も若い頃にはそう考えたこともあった。
戦後の混乱の時代に生まれていたら、もっと違う人生だったかも知れないと思ったものだ。
一旗挙げて、金持ちだったかも等と考えものだった。

今でもバブルの時代に・・・・と考えている若者も居るかも知れない。
ある意味で自分の不甲斐なさを環境のせいにする逃げでしかないが、誰しもが一時はそんな思いを抱いた経験が在りはしないだろうか。
下らないバラェティーばかりが横行するTVだが、少しリアリティーに拘ったこの番組は面白い。
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by levin-ae-111 | 2012-06-27 05:22 | Comments(0)

日本の本音と建前


 以前から機会があれば聞いてみたいと思っていた宇野正美さんのCDとテープを友人が貸してくれました。早く聞きたかったけど、忙しくて聞き始めたのが昨夜からです。
大方は既に知っている、或いは感じていることでしたが、新鮮だったのは日本に対する彼の見方でした。

 聖書は宗教書ではなく、預言の書であると前置きして、語り出す宇野さん。世界は聖書的な観点で動いている。私は日本人はそれに無知で、状況に振り回されてただ右往左往しているだけという一方的な見方をしていました。
しかし宇野氏によれば、実際に日本の真の支配者たちは、それをちゃんと知っているというのです。そして国際社会へサインを送っているといい、幾つかの例を挙げていました。
 
有名な小惑星探査機「隼」は、単に小惑星の砂を取りに行ったのではないし、潜在的な敵である中国や朝鮮に近い日本海側に原発を並べているのはどうしてか?など、ああなる程と思わせる裏の目的を開示してくれています。
まず隼とイトカワという意味深な取り合わせについて、彼は以下のように主張しています。隼とは戦中の陸軍戦闘機の名前です。零戦に次ぐ生産機数を誇り、大戦以前から陸軍の主力戦闘機として活躍しました。
その設計者は糸川英夫氏で、彼は後にロケットの研究者として今に繋がるロケット開発の第一人者となっています。どうでしょう?ネーミングと目的とした小惑星の名前が如何にも意味深長ではありませんか。

そう探査機「隼」は、単に砂を取りに行った訳ではありませんでした。小惑星の中でも小さい部類のイトカワへピンポイントで着陸し、帰還できるというのは驚異的なことです。
宇野氏の言なので正確かは不明ですが、イトカワまでの距離は60億キロだそうです。
表向きはロケットの開発者に敬意を表し、地球の成り立ちの研究としていますから、ちゃんと由来もあり外国から文句を付けられる心配はありません。
ですが、その技術力の高さを世界に見せ付け、日本は凄いというアピールをする、こういう本当の目的が存在しているというのです。
報道されませんでしたが隼の帰還に際して、世界の軍隊が戦々恐々として、周辺をうろついていたといいます。

 それからもう一機の探査機があります。金星探査に出発したのは「暁」でした。これは金星軌道に乗れず失敗と発表されています。ですが今、暁(あかつき)は太陽へと向っているらしいのです。世界の異常気象の主因は、言うまでもなく太陽活動の異常にありますから、その真実を知っている支配者たちは太陽を探れと命令したのでしょう。
そして私たちに最も身近な問題、原子力発電所を敵国側に向けて並べている理由とは何でしょう。実は原子力発電により得られる副産物、プルトニュウムの保有量は日本が世界一なのだそうです。このプルトニュウム、いうまでもなく原爆の材料です。

政府が原発を稼動したい理由は、実は発電量の問題でなくプルトニュウムにあると考えられます。豊富なプルトニュウムと世界が驚愕する高い技術力が合体すれば、世界にとって驚異です。宇野氏の説では、日本の核兵器に関して世界は以下のように考えているらしいのです。
つまり「日本がその気になれば、一週間で数千発の核兵器を製造できる」と。
 結論的に述べると日本の真の支配僧は、こうして日本の力を世界に見せつけつることにより国防を考えているということでしょうか。
本音と建前を使い分け、強かに防衛線を張っているのでしょう。私たちは建前の部分で振り回され、如何にも無力で混乱していて在り得ない国と感じているだけなのかも知れません。

 よく考えれば日本の真の支配者たちが、聖書的考えを知らないというのは返って変です。
日本の伝統的文化や慣習が、多くユダヤ的な要素を含んでいることを考えれば、それを知悉していて当たり前です。
そのユダヤ的要素とは、神に祝福されたアブラハムの子孫という意味であり、ソドムとゴモラで滅ぼされたロトの子孫ではないと、宇野氏は主張しています。
どちらにしろ、困難極まりない時代に突入している現代ですから、私たちは智慧の限りを尽くして生き残りを考えねばなりません。
個々人がというより、民族としての生き残るという意味です。今、中国は必死でそれを実行しています。最近の覇権主義的な態度は、その表れでしょう。

 彼らの強かな戦略に呑み込まれてしまうのか?経済的な観点だけで対中関係を考えているとしたら、呑み込まれてしまうでしょう。連日伝わる報道が、全て真実とは限りません。
巡視船に体当たりした船の船長が、小型ジェット機で帰国し英雄扱いされていた事実は、彼が単なる漁船の船長ではないということを示しています。その裏に中国の国家的な任務を帯びていたからこそ、あの仕儀になったと考えます。
恐らくは日本の出方を覗ったのでしょうが、あの情けない対応が日本人の得意な建前であり、本音の部分では何かを確実に掴んでいることを祈りたいものです。
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by levin-ae-111 | 2012-06-26 05:33 | Comments(2)

人類の起源とは?


ダーウィンが唱えた進化論は、ガラパゴス諸島の風変わりな生物たちに触発された結果であると言われる。しかし、進化途上の中間種が発見できず、それらはミッシングリングと呼ばれている。例えば猿と人の中間種は、いまだに発見されておらず、猿は猿、人は人という状態である。
一方でキリスト教では神が全てを創造したと説き、神の創造物たる人類は神に対して絶対の信仰を持つ必要がある。また、信仰して然るべきであるという考えである。
他方では宇宙こそが万物の創造主である、という大原則の上に様々な思想が成り立っていたりする。これを読んで下さる方々の多くがご存知であろう、ニューエイジ的な思想もまたここに立脚していると考えて良いであろう。

 人間に限ればエーリッヒ・フォン・ダニケンのように、太古に地球を訪れた宇宙人が遺伝子技術を駆使して人類を創造したとする人々も存在する。この説だと、ダーウィンの進化論に欠けている中間種の存在は必ずしも必要ではなく、ミッシングリングの問題も難なくクリアできる。突然変異的に出現する生物の説明が付くからである。加えて神を宇宙人と呼びかえれば、ユダヤ教やキリスト教の唱える宗教観とも近くなる。
元々は無機質なガス隗であった地球に、有機的な生物が発生するはずがない、というのがこの説を支持する人々の第一の主張なのである。
 しかし、近年では大気や水は無論のこと、やがて有機的生物の基本的材料となるタンパク質などが彗星や隕石によって地球上にもたらされたとする説がある。
そのタンパク質が長い年月を経て、現在のような多彩な生物へと進化したというのだ。

 他の生物は置くとして、人間に限れば全人種が同一の起源から発生したのではないかと思われる事実がある。それは世界に伝わる伝説が多くの点で共通していることである。もしかしたら、何らかの地球規模の事実が存在したのかも知れない。そしてどの人種の間でも子供が生まれるということは、遺伝子的にも人類はひとつの種である証拠であろう。
人間の起源とは、という問題に関して相変らず不明である。やはり膨大な年月を経ても、猿が人に成るとは考え難い。もし遠類が進化したとすれば、人間ではなく映画「猿の惑星」のような知的な猿となるだろうと私は思う。

少なくとも、私たちはホモ・サピエンスという人間の種のひとつであり、他に知られている人間の種はクロマニヨン人やネアンデルタール人ということになるだろう。その違いはライオンとトラやチーターの違い、という程度のものであろう。人間とは地球上に生息するひとつの独立した知的な生物種であるが、自分達の出自もいまだに明快に示せていない。
今後も私たちが進化するとすれば、知的進化であり精神的進化の他にあり得ないと私は考えている。私たちが知的に、精神的にもっと進化したならば、自分達の出自を解明できる日も必ず来るに違いない。
何れにしても地球上の多彩な生態系が、現代科学がいうように偶然に出来上がったとは思えない。そこに何者かの計算と意思を感じざるを得ない。
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by levin-ae-111 | 2012-06-25 05:29 | Comments(4)

消費税増税のカラクリ

 消費税の税率アップを至上命題のごとく力説し、それに向かって突き進む現内閣だが、閣僚が外遊する度に多額の円借款や資金の供出を約束して来るとはどういうことか。
一方で巨額の赤字を背景に増税を強要しておいて、外国には気前良くばら撒く彼らは許し難い馬鹿さ加減だ。お前らは一体、どこの国民なのだと問いたい。

 消費税の増税は、販売価格に上乗せ出来ない中小零細企業にとって死活問題である。現状でも自腹を切って納税している中小零細企業は、これ以上の負担は不可能である。
TBS報道特集で取材していたある下請け企業は、消費税導入(3%)から税率アップ(5%)した時に親会社から製品の納入価格の値下げ、加えて一方的な値引きまで強要されたという。公的機関に相談しても、赤字だから廃業されたら、などと極めて冷淡な反応だという。
 年商5000万程度の町の電気屋さんは、毎日身を粉にして働いても実質手取りは200万にも達しない。

 大企業は税金を価格に転嫁するばかりか、下請けには値下げを要求する。拒否すれば取引停止となり、商売は続けられなくなる。そして大企業とりわけ、大手輸出企業に有利な還付金制度が存在している。トヨタなど大手輸出企業を管轄する税務署管内では、納入された消費税よりも多くの金額を還付する事態も発生しているのだ。

 消費税は公平というのは真っ赤な嘘である。その実態は弱い立場の人々から確実に徴集し、強く裕福な者には税率が上がろうとも痛くも痒くもないという歪な制度である。
バカを絵に描いたような政府は、下請け企業のカルテルを認めるなどの案を考えているというのだが、全く無策であるに等しい。
そんなカルテルなど実際には無意味である。取引先が他を当たればそれでお終いである。
親会社からの脅しに屈する下請けも出るだろうし、全く世間知らずにも程がある。

 実際に政権を動かしているのは官僚たちだ。その官僚たちは机上の空論を現実世界へ持ち込むことに何の躊躇もない。現実がどういうものか、彼らは全く知らないからである。
そこで、底辺に居る馬鹿な男(私のこと)の提案は、国家公務員上級試験の合格者に数年間の民間企業への出向を命ずるというもの。その場合の給与は就業先の企業の給与制度に準じ、国は補助金として彼らの給与を出向先の企業に支払う。
但し出向先は資本金5000万以下の中小企業とする、というのはどうだろうか。そこで民間の実態を学んでもらい、後の政策や制度の立案に生かしてもらう。
そうすれば、少しは血の通った立案が出来るのではないだろうかと愚考する次第である。
駄目かなぁ。
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by levin-ae-111 | 2012-06-24 07:23 | Comments(0)

地球の自転を感じる時

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 昨日(6/21)は夏至、昼間の時間が一年の内で最も長い日でした。突然に昼が短くなるはずもなく当然、今日(6/22)も昼間の時間が長い。
珍しくお給金が戴ける残業が数日あり、今日も2時間残業を終えて18時50分くらいに愛車を駆って家路につきました。

 私の家からは東の方向に職場があり、帰りは当然ながら西へ向って走行することになります。夕日が真っ赤に燃えてとても美しく、私はしばし眼を奪われていました。余りに美しいので、車を路肩に停めて写真を撮りました。
僅か10キロ程度の帰路の途中でも、次第に太陽が山の向こうへズンズンと沈んで行くのが見て取れます。

それは地球が自転していることの表れであり、夕日の沈む速さはそのまま自転速度を感じる瞬間でもあります。朝日が昇るよりも夕日が沈む方が早く感じますが、実際には変わらないのが真実でしょう。それでは私が速いと感じる夕日の沈む速度(実際には自転の速度)はどれ位なのか調べてみました。

地球の外周は約4万キロメートル(赤道)で、それが約24時間で一周しています。ですから4万キロを24で割ると、約時速1666キロメートルという速度が出ます。
私たちは、これほどの高速でスピンする球体の表面に住んでいるわけです。実感がありませんが、事実らしいです。加えて地球は太陽の周囲を公転しています。その公転速度がまた驚きの高速なのです。何と260万キロだというのですが、これは全く想像できません。
更に地球の軸が傾いているので、歳差運動なる運動も加わって、理系に弱い私にはもうイメージすら出来ません(笑)
ただ夕日が沈む、そのスピードが眼に見えるほどに速いと感じた、それだけのことでした。

 あっ、私たちがこんなに早くスピンしている球体の表面に居るにも関わらず、静止していると感じるのは、私たちも周囲の大気も地球と一緒にスピンしているからです。
調べる過程で面白い質問を見つけました。それは「ヘリコプターで24時間ホバーリングしたら、自動的に世界一周するのでは?」というもの。
勿論、そんなことはありませんね。だって、大気も一緒に移動していますから、ホバーリングしていても、下の景色が変わることはありません。
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by levin-ae-111 | 2012-06-23 07:47 | Comments(0)
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スフィンクスといえば、エジプト文明の遺産と考えられていた。それが実際には違うのではないかと疑いが持たれたのは、二人の研究者の研究による。
エジプト研究家で作家のジョン・アンソニー・ウエストと地質学者のロバート・M・ショーク博士の研究調査がそれである。

ウエストは以前からスフィンクスの建造年代の特定に並々ならぬ感心を寄せていて、ありとあらゆる文献を緻密に調査してある結論に辿り着いていた。
それは「スフィンクスはエジプト文明の遺産ではないかも知れない」という疑念だった。
様々な文献の中でも特にウエストの興味を惹いたのは、1940年代のフランス人学者が唱えていた説である。その学者はスフィンクスの本体には、水による侵食の痕があるという説だった。砂漠に建つスフィンクスに水による侵食の痕跡があるとは、それは何を意味するのであろう。
ウエストは有名な学者であるショークを口説き落とし、二人でエジプトへと調査に向った。

 地質学の専門家であるショークの調査により、ウエストの調査結果を専門的な知識や調査技法で裏付けられた。スフィンクスの本体に残る浸食の痕跡は、エジプトが砂漠になるはるか以前のものであることが判明した。しかも、どうやら大規模な降雨の名残であるらしいということも分かった。
スフィンクスには無論だが風による浸食の痕も存在している。しかし、水による浸食の痕と風により砂が叩きつけられて出来た浸食痕とはその様相が全く異なっている。

 ウエストはショークの協力を得て、長年の疑念を晴らせたが、更に強力な疑問が立ちはだかることになった。スフィンクスがエジプト文明よりも遥かに以前の遺跡であるとすれば、それを建造した人間たちと文明とは何であるかというものだった。
 スフィンクスが水による浸食を受けていたとすれば、その可能性は紀元前5000年以上も以前の雨季に建造されたことになる。
しかも更にその雨季からエジプト文明の発生までの年代的ギャップを考えると、スフィンクスは雨季の以前には既に存在していたかも知れない。
より古い時代の建造物となれば、それを建造した人々と文明の謎は深まるばかりである。

 そうなれば、私的にはアトランティスやムーといった伝説的な文明にスフィンクスの造り手を求めてしまう。一説では最初はスフィンクスの顔はライオンのそれであったのを、何時の時代かのファラオが人の顔に造り変えたのだといわれる。そう言えば、スフィンクスはボディのわりに小顔であるかも知れない。
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by levin-ae-111 | 2012-06-22 05:21 | Comments(2)

大山古墳造営

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a0160407_5433821.jpg この古墳を人力で造営するとなると、毎日2000人を動員して15年8ヶ月を要するだろうとは、ある建設会社が試算した結果であるという。
更に大山古墳の場合は現在の機械力を用いても、2年半の歳月と延べ29000人の人手が必要となるとの計算結果も出している。

 大山古墳の造営は、現実的には農閑期の農民を動員して行われたと推測されている。古典に記述されている造営に関するエピソードでは、最も大変だったのは墳丘を覆う葺き石の運搬だったようだ。
盛り土は水濠を掘った土を使えばよいので、精々でも100メートルていどの運搬で済む。しかし葺き石は角のとれた河原の石を使用しているので、荷車も無い時代に遠くから運ぶのはかなり大変であったろう。その量は現代のダンプカーで1700台分にもなるのだという。

 さて一般的に古墳の内部はどうなっているのだろうか。初期から中期ころは墳丘の頂上に垂直に穴を掘って遺体を埋めるという埋葬方法だった。これを「竪穴式石室」と呼んでいる。この場合は埋めてしまう為に、追葬は不可能になる。
古墳時代も中期から後期になると、墳丘の裾野からトンネルを掘り、部屋をつくり死者を埋葬する方法になる。部屋は土の穴倉なので、石で壁や天井を造る。奈良県の高松塚古墳のようにそこに彩色画を施す場合もあった。
墳丘の裾野から横穴を掘る場合は「横穴式石室」と呼ばれ、これだと何度も追葬が可能となる。横穴の入り口を石や土で塞いでも、それを除くことで何度でも棺を置いた部屋へ入ることが可能であるからだ。
実際に数体の遺体が安置されていた例もあるという。
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by levin-ae-111 | 2012-06-21 05:44 | Comments(0)
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日本に残されている古墳は多いが、その中で最も巨大なものは大阪府に存在している。
大山 (だいせん)古墳がそれで、美しい前方後円墳である。
以前は『仁徳天皇陵』と呼ばれていたが、時代が異なることが判明し、土地の名から現在では大山古墳と呼ばれている。
三重の堀に囲まれ、全長486メートルもあり、底面積ではピラミッドよりも広い。

 では、これ程の大規模で美しい古墳を造り上げた当時の日本の土木技術は、一流であったと思われるが誰がこれを設計したのであろうか。
一般的には、この古墳の造営に関わったのは土師氏(はじし)であるとされている。彼らは奈良の豪族であった。
三塚古墳を含めた道明寺一帯を本拠に、古墳の造営や葬送儀礼に関わった一族であろうと考えられている。
奈良、大阪の古墳群の近くや、大古墳の付近には土師という地名が存在し、それは古墳を築くために一族が移り住み、そこからこの地名になったと考えられている。

土師氏は4世紀末から150年ほどの間、古墳の造営を行い朝廷から新たな姓を与えられ、大江、菅原、秋篠氏などに分かれて行ったという。
 古代の人々の土木技術のすいを集めた大山古墳は、何世紀も経た現代に到ってもその美しさ、壮大さを私たちに示し続けてくれている。
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by levin-ae-111 | 2012-06-20 05:55 | Comments(3)