身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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 皆様、今年も大変にお世話になり、誠にありがとう御座いました。
mixiに始まり、Yahooブログ、Exsiteなどへ発信の場を広げて3年程度が経過しました。

私ごときの書くものを、10万もの方々が読んでくださった事に感激し、驚いています。
中には愚痴や不満を並べただけの内容も有り、読まれた方の中に不快に感じられた方もいらしたことでしょう。
今年の最後に、心からのお礼とお詫びを申しあげます。

そして、来る2013年も宜しくお願い申しあげます。
皆様のご健勝とご活躍をお祈り申しあげます。

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by levin-ae-111 | 2012-12-31 11:19 | Comments(0)
 知的生命体を創造し、この惑星に根付かせるという一大プロジェクトはオシリスとイシスに率いられたチームによって推進されていった。
最初は原始的な脊椎動物の肉体を改良し、陸上生活に適した動物を創り出したが、この惑星の時間にして数万年後にはそれが原始的な霊長類にまで発達した。
オシリスたちはその霊長類に他の人類の遺伝子を接木したが、余り上手くは行かなかった。
異常に肥大化したり、矮小化したりしたそれらの霊長類たちは、一様にある程度はこの惑星に馴染んだが、どの種も決して長続きはしなかった。
どの種も何世代かの時間が経過すると、生命力を失い消滅してしまうのだ。

「魂の雛形が適合していないのでは?」
「いいや、肉体のDNAが不完全なのだ。その証拠に遺伝子異常の発生率が高い」などと、チーム内では様々な議論が交わされた。
しかし、結局のところその原因は僅かに多すぎた宇宙線のせいだと分かった。
太陽から届く熱や光と同時に、肉体に有害な紫外線その他が惑星に到達するが、その防御手段として施した大気層が少し薄かったのだ。
大気層の改善は直ちに行われたが、それでも相変らず知的生命体の基となる霊長類は根付かない。

結局はオシリスたちの種族からDNAを授け、彼ら自身の生命の雛形に合わせて知的生命体の肉体を創造することになった。それにしても、基となる霊長類の出来は原始的すぎ、まだまだ改良が必要だった。
再構成した大気層のチエックをするにしても、まだ何万年かは必要だろう。
知的生命体の基となる霊長類といっても、必ずしも哺乳類である必要はない。
チームは幾つかの班に分かれて、様々な試みを行った。
ある班は水中ならば有害な宇宙線の影響も少ないと考え、水中で生活する種を創造した。その種は魚類のように鱗で全身を覆われ、手足には大きな水かきがあった。食物は魚を主食とする為に、歯は鋭い。

またある班は爬虫類型の人類を創造しようとした。初めに考えられる限りのプロトタイプを創造し、惑星に放した。それがどうなるか確かめる為に、長い長い期間それらは放置された。
そうは言っても、研究チームのメンバーにとっては数ヶ月に過ぎないが・・・。
水中の種は有害光線の難を逃れて生きながらえたが、その数が増えることはなかった。
地上の爬虫類は増殖し、各々のタイプは独自に与えられた特性に従って生命の花を咲かせていた。
大気層の改良のお陰で、温暖で湿潤な気候が出現したことも地上の植物と動物にとって良い影響を与えていた。地上のあらゆる種は巨大化し、あらゆる場所で繁栄した。
ある者は二足歩行し、巨大な顎で獲物の骨ごと肉を貪った。ある者は植物を餌として大きな群れを作って暮らしていた。
空を飛ぶ者も現れ、地上は巨大でどう猛な動物たちで溢れていた。

その中で研究班が目を付けたのは、比較的小型で二足歩行をして、獰猛なハンターであった。それは知的生命体となるのに両手が自由に使えて、頭蓋の脳容量が十分に大きい必要があるからだった。
爬虫類とは言っても、彼らは体毛に覆われていたし、自分で体温を造りだせる温血動物の性質も与えられていた。
動きも素早く、知能も高い。これが知的生命体の基として選ばれ、彼らが最初の霊長類としてオシリスたちのDNAを付与されることになる。
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by levin-ae-111 | 2012-12-30 15:55 | Comments(0)

私たちが太陽系と呼ぶこの恒星系の三番目の惑星は、まだ只の灼熱の球体だった。そこに生物の姿は微塵も無く、熱く溶解した鉱物の坩堝のようであった。そして火球であった三番目の惑星は、次第に冷え固まって行った。
何十億年もの殆ど無限の時が流れた。

 一人の男が断崖の草の上に立っている。男の目前には一面の密林が果てしなく続いている。密林からはギャーギャーと、動物や鳥の鳴き声が響いている。
男は柔らかな草の上に座ると、その騒がしい鳴き声や時折吹く風が木々の枝を鳴らす音や、遠くから響いて来る水音を満足気にうっとりと聞いている。だが、この星の今の状況は、男が所属する開発チームの目指す最終到達点ではない。
男は肉体を有する者ではないが、今は敢えて遥かな過去に肉体を有していた頃の姿をとって此処に居るのだ。

「オシリス、次の段階は10億年後よ」
声の主は彼と一緒にこのプロジェクトを推進しているイシスである。
大霊の意思に沿って、この太陽系『金の鷲』に生命を誕生させ、最終的には知的生命体を誕生させる、それがプロジェクトの最終目的である。
「解っているよ。でもまだベースになる生物の創造が出来ていない」
「そうね、惑星開発チームは確かな仕事をしたわ。私たちも仕事を成し遂げないとね」

惑星開発チームは、宇宙空間に太陽を創り、その周囲に惑星を並べて軌道を安定させた。
未熟な惑星はまだ熱く、惑星開発の技術者たちはこれを冷却し、陸地と海洋とを誕生させた。物理的に高等生物の生存が不可能と思われる条件の惑星にも、その使命は存在する。ただ一つの惑星に生命を発芽させるために、その惑星を安定させることだ。
全ての惑星の質量と軌道、自転速度、公転速度は緻密に計算され、生命を育む場所として選ばれた惑星には、より確かな安定を求めて異例な程の大きな衛星が付加された。

オシリスとイシスはその選ばれた惑星に生命を発芽させ、最終的には知的生命体を誕生させ、その教育をも受け持つという仕事が割り当てられている。
彼らは様々な植物と動物を創作し、この金の鷲と名付けられた太陽系の三番目の惑星に移植した。
試行錯誤を繰り返し、以前に創作した生命体を試したりもしたが、二人の思惑とは異なる結果しか得られない時代が続いた。
今は原始的ではあっても、それが漸く実を結び植物が繁茂し、動物達が生息する一つの世界が出来上がっていた。
オシリスとイシスはタイムワープを重ねて、どの時代にも自由に行ける。そのお陰で自分たちの実験の結果を直ぐに知ることが出来る。
今オシリスが座って見ている景色は、彼らの感覚では昨日の実験の結果でしかない。
最初に彼らがしたことは、大気を調整するために光合成をする藻を海に根付かせることだった。藻は太陽光と二酸化炭素を使い、成長しながら酸素を排出する。
その次には海中で生活するごく単純な生物を放つ、餌は海中の浅瀬に十分に繁茂した藻である。その次は不毛の陸地に適した植物を投入し、更に大気成分の調整を進める。
こういう風にして二人は計画に基づいて次々と生物を放したが、この惑星のタイムスケールでは数万年、数千万年という時を経て漸く一つ一つの結果を見ることが出来る。
しかし彼らのタイムスケールに直すと、それは昨日のことであり、数時間前のことでしかない。

計画ではまず初めに、大いなる意識の意思が示された。そして選ばれた空間に恒星と惑星、衛星がその使命に適する様に創られ配置された。
神は7日間で世界を創造された・・・これに似た伝説はオシリスたちの文明にも遥か古代に存在していた。
科学を発達させたその文明は、幸いにも精神性とのバランスも良く、順調に進化発展して行った。
やがてオシリスの惑星の祖先たちは、自分たちが何者かに創造されたのだという決定的な証拠を見つけ出すに至る。
彼らの祖先たちは創造主を探して、広大な銀河を探索し続けたが、遂に創造主と出会うことは叶わなかった。
しかし更に文明が成熟し、彼らの種が精神的な頂点に達すると、物質に縛られる度合いが次第に少なく成って行った。精神性と物質的側面がバランス良く発達した文明であった為に、彼らが進歩する度にあらゆる事柄から自由に成ることが出来るようになる。

最後には物質的肉体から解放され、一種の意思エネルギーとして誰もが存在する様になり、その段階に到って初めて彼らは自分たちの創造主を知ることが出来た。
そして今は自分達が新たな亜空間で、新たな生命を創造するという仕事を始めているのだ。生命創造の技術者であるオシリスとイシスは、太陽系創造の技術者たちの作品を受け継ぎ、選ばれた惑星を生命の楽園とし、更に新たな文明社会を発生させる仕事に着手した。それは彼らの祖先たちが捜し求めた創造主の成した技の彼ら成りの再現である。
彼らの創造主は遠い次元に居る、彼らもまた自分達の創造物とは一定の距離を置く必要があるが、それは知的生命体を誕生させてからのことだ。
オシリスは今しばし、自分達の創造した世界を味わっていたところだ。肉体を再現し、思い切り息を吸い込むと、甘く濃密な大気を味わう。
座った草の香り、柔らかなその感触、遠くから響く瀑布の水音や風が肌を撫でて吹く時の皮膚の感覚、動物たちの鳴き声、そのどれもがオシリスには愛おしく感じられた。
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by levin-ae-111 | 2012-12-24 08:20 | Comments(0)

冬に咲く花

 いつも通勤している道路沿いの家の庭に、冬に成るとピンク色の花を咲かせる木がある。
真冬だというのに葉も緑色で、可憐な花を沢山咲かせてくれる。
田舎なので注意して観察すると、私の通勤路は四季おりおりの風情がある。

梅や桜、桃などは勿論、早春には黄色いマンサクの花から真っ白なコブシ、木蓮、ハナミズキなど多彩である。春の花が終わると、今度は萌えるような若葉の季節になる。この時期、木々の葉は秋の紅葉の様に赤く見える。夏は濃い緑から薄い緑など、様々な色合いの緑が楽しめる。

秋には紅葉、そして冬の楽しみは名前も知らないピンクの花だ。それから、12月の半ば頃まで真っ赤な葉を付ける紅葉も私を楽しませてくれる。
その花や木々に、私は車の中から挨拶する。木々は何も言わないけれど、何かを感じ取ってくれているのだろう。
途中で観る木蓮は、私の呼びかけに応えてくれている。花が終わると葉を濃密に繁らせて、秋の紅葉まで楽しませてくれる。

また大きな木でないけれど、か細い木に一綸か二輪のピンク色花を咲かせる木もある。それが冬に咲いてくれるのだが、バラの一種だろうか、無知な私には分からない。
その小さな木が連日の雪で埋もれ、おまけに除雪車のどけた雪塊の下敷きに成ったかに思えた。私はそのか細い木の無事を祈った。
雪が消えると元気に立っている姿を現してくれた。それから花も無事であった。
凍てつく日、花は凍った。
負けるな、頑張れ!私は祈った。花は散らない、一旦は凍りついてもまだ鮮やかな色を残している。

四季折々の植物たちは、悩みが多く憂鬱な日々に何とも言えない癒しを与えてくれる。
一瞬で通り過ぎる通勤途中の各場所だが、心を慰めてくれる木々たちには感謝の念を送りつつ、挨拶して通り過ぎるのが私の日課である。
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by levin-ae-111 | 2012-12-23 07:05 | Comments(2)
 幸せとは、本当は志合わせと書くらしい。では何と志を合わせるのであろうか。
それは宇宙の大御意思(おおみこころ)が定められた至極に従う、それと志を合わせて
生きていくという意味であるらしい。

宇宙の大御意思とは、動物、植物、人間、全ての生命が反映することである。それ故に私たちが考えられない生息環境にも、生物が存在しているのであろう。
チムニーと呼ばれる海底の200℃を越える熱水の吹き出る場所にも、種類は少ないながらもその環境に対応した生物たちが存在している。
とてつもない水圧を受けながら、太陽の光さえも届かない真っ暗な深海にも生物は住んでいる。それは、生命が繁栄して欲しいという、宇宙の意思の表れなのであろうと思う。

 私たち人間は、困難が襲ってもわれ先にと争うのではなく、助け合って苦境を乗り越えて生き抜いて行く、それが幸せなのだということだろう。
難しい学問は不要である。一生懸命に宗教を学んだり、滝に打たれたり、無理やりにでも何かを信じなければ幸せに成れないというわけではない。
自分に出来ることをやり、出来ない事は周囲の人に助けてもらう、それだけのことである。

現代の社会は我良しで、自分さえ良ければ他の人はどうでも良いという風潮が支配的だ。何も今に始まったことではないが、一人一人の身勝手の積み重ねの結果が今の世の中であることは間違いないだろう。
人は人との触れ合いの中にこそ本当の喜びを感じるものだし、触れ合いがあればこそ暗闇の中でも希望の光を見出せるのである。
助け合いながら、全ての生命が繁栄して欲しいというのが大宇宙の御心なのである。
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by levin-ae-111 | 2012-12-20 05:26 | Comments(0)
 最近は、下らない仕事の愚痴ばかり書いていたので、身も心も荒みきっている感じだ。
そこで、少し古い本ではあるが、超能力者「K」さんへのお告げを基に書いたという『超古代の黙示録』なる本から話題を拾ってみたい。

この本によれば人類の発祥は、自然な進化の結果ではなくて、天からムカゴ(繭のようなもの)に入れられた二人の嬰児が地上に降ろされた事から始まる。
二人のムカゴが降ろされたのはコウリトリの巣で、ムカゴは巣ごと海に落ちた。しかし外海に流されない様にコウノトリたちが見守り、無事に舞鶴の地、丹生川に辿り着き動物たちに守られながら成長した。

一人は男の子、もう一人は女の子で、二人の世話をしたのは周囲の動物たちであったが、これは無防備の赤ん坊が出す特殊な波動により、自然に動物たちが乳を与え排泄物の処理をし、暖めて二人を育てたのであるという。
確かに何かの番組で、本来は獲物であるはずの鹿の赤ちゃんをライオンが世話している場面を観たし、虎が子豚の世話をしている場面も観た。それと同じ事が、この時に起こったのだという。

その子供たちは思春期まで一緒に生活していたが、その後は離れて暮らした。成人した二人は再び出会い、結婚して夫婦となった。
その二人とは人祖であるイザナギ尊とイザナミ命であるという。その後に二人は38人の男女の子供を生み育て、その子供たちがそれぞれに結婚して19組の夫婦となった。
長男夫妻は大丹生家・皇(おおにゅうけ・すめらぎ)となり、他の夫妻はそれを補佐し支える丹生家となり畿内に配置されたという。この出来事は、何と720万年前の話しであるという。この時代の人の寿命は数千年であったらしい。

時代は下り、人は増え続けて世界へと散って行った。そしてその土地に応じて肌や髪の色が変化して異なる人種のように成って行ったのだという。
これは彼の『竹内文書』が描くずっと以前の話しである。この本によると、天皇家が誕生して以来、力ではなく信頼と慈悲による統治が続いていたという。
その故は人祖以来の「御難賛助」(ごなんさんじょ)の誓(絶対に争ったり殺し合ったりせず、助け合う)に従っていたからである。
その誓の精神のもと初代天照天皇(最初に天皇と名乗った)からニギハヤヒ天皇までの時代は、平和と繁栄の時代であったという。
因みにニニギの尊が高千穂の峰に降臨したとする古事記の記述は、お爺様である天照天皇に連れられて人祖ゆかりの地を訪れたことに由来しているものらしい。

そこへ自分も天皇家の血筋であるから、天皇に成る資格があると欲望をたぎらせたカムヤマトイワレヒコ(後の神武天皇)が武力を持ってニギハヤヒ天皇の国へ攻め込んだのである。結局のところニギハヤヒ天皇は戦うことをせず、国を譲ったのである。
ニギハヤヒ天皇は地方へ追放され、身分も剥奪されてしまう。その時につき従った人々が、天皇の無念を竹内スクネに記述させたのが『竹内文書』であるという。

徳と慈悲を以って推進された統治の時代はここで終わり、この後は力で抑え込む統治へと政は変わって行ったのだ。
そういえば、これとは少し異なるが、似た様な古代史観を提唱されていた方を知っている。その方は、飛騨福来心理学研究所を主宰しておられた故山本建造先生である。
先生の御説は飛騨大陸に発生した日本人の祖先は、乗鞍岳付近に定住し淡の上方様(天皇)が徳と慈悲を以って平和裏に統治していたという。
後の時代には寒冷化により、現在の高山市付近に拠点を移し、そこから残酷で野蛮な渡来人を監視するために天皇の皇子や皇女たちが一群の人々を率いて全国に散って行ったとされている。

『超古代の黙示録』で語られる有史以前の世界は、霊能力者Kさんが感得された世界である。山本建造先生も超能力者であられたが、この説は研究によるものであった。
ある意味で対照的なお二人の唱えられている説が、似ているのもまた不思議なことである。
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by levin-ae-111 | 2012-12-18 05:32 | Comments(0)

またまた苦難が・・・

 今朝も新たな積雪があるかもと思い、いつもよりも早起きた。起きて鼻をススルと何やら血の味がする。何度か試してみても、やはり同じだ。特に自覚症状はないが、喉か鼻の奥が充血しているのだろう。喉の薬をシュッシュッして、どうにか血の味は治まった。
それで雪は、と外を見ると積もっておらず、ひと安心。

しかし今日も大変な一日だった。否、今週も初日の月曜からクレームが入り、私の心は痛む。また中国製品へのクレーム、しかも簡単には解決出来そうもない。
更にもう一件、下らないクレーム。
珍しく他部署への応援に行く必要がなく、少しは自分の仕事が出来ると思っていたが、見事に目論みは外れた。

今日も難題のクレーム解答に頭を悩ませていると、至急の用件が入りそれの処理に数時間を取られてクレーム対策を考える時間は消えて無くなった。
その用件を済ませて再び対策を考えている時に、容赦なく次々と余計な仕事が入って来る。
誰も私の苦悩を見て見ぬ振りで、簡単な用件をお願いしても話しをはぐらかして聞いてくれない。

クレームの解答を急かすセールスからの電話や上司からの電話が入る。どれも簡単には行かないし、対応を誤ると大量の返品か交換という事態に成りかねない。凄いプレッシャー。
解決策はまだない。そこへ、また余計な仕事が。
もう怒る気力も無く、自然と顔が険しくなり、戻らない。会社に行きたくない、休みも週一しかなく、今週も土曜に休日出勤が決まっている。胃が痛い。

そんなこんなで漸く家に帰ると、また問題が持ち上がっていた。私は幸せを感じる資格が無いのだろうか?何処に居ても心が休まらない。明日もどんな困難が待ち受けているのだろう。
ポジティブに考え、立ち上がろうとすると叩き潰すかの様に困難が降りかかる。何時もそうだ。
もう気力も失せそうだ、今はこれを書きながらも何も感じていない自分がいる。心が麻痺する前兆だろうか。
会社を辞めようと思う。この先、職が見つからず野垂れ死にしても良い、人生なんて下らない。無意味なものだと思いかけている私がいる。

これを読まれた皆様へ。
不快にさせて申し訳ありません。
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by levin-ae-111 | 2012-12-13 05:00 | Comments(3)

戦艦と鉄砲足軽


 太平洋戦争までは、戦艦という艦種はその国の海軍のみならず、国家の象徴であり国民の憧れでもあった。イギリスならフット、日本なら大和、ドイツならビスマルクといったところがそうであろう。そのフットがビスマルクとの砲撃戦で沈んでしまうと、イギリス国民は意気消沈してしまったという。大和は言うに及ばず、現代でも宇宙戦艦のアニメで蘇るほどである。
しかし第二次大戦の頃には飛行機の高性能化で、戦艦など既に時代遅れの代物でしかなかった。大艦巨砲主義は日本のお家芸のように思われている向きもあろうが、実際にはアメリカの方が遥かに巨艦の幻に魅入られていたのである。軍縮条約で英米は、日本の戦艦を含めた大型艦の建造を抑えるのに躍起になっていた。

 そのアメリカ人の大艦巨砲主義の幻影を吹き飛ばしたのは、皮肉にも日本軍であった。真珠湾で日本軍に沈められたのはアリゾナなどアメリカの誇る戦艦ばかりだったが、それが飛行機にあっさりとやられたのだから無理もない。
それ以前は飛行機で戦艦を沈められるか否かが、軍人たちの間でまじめに議論されるほどであったのだ。
アメリカは真珠湾で戦艦の多くを沈められると、大艦巨砲主義はすぐさま捨て去り、これからは飛行機の時代だと悟った。その結果、航空機の開発製造に力が注がれることになる。

対して皮肉にも飛行機を用いて戦艦を沈めた日本では、「大和」「武蔵」に次ぐ三番艦「信濃」の建造に掛かっていた。飛行機の効果を自ら示しておきながら、日本では戦艦が絶対的な兵器としての地位を飛行機に譲ることは無かったのである。
アメリカは効果的であれば、兵器の種類に拘らないし、効果的でないと分かればサッサと捨て去る。そういう現実主義のドライさが彼らにはあった。

日本では相変らず兵器の主役は戦艦であった。それはあたかも、効果的な武器であった鉄砲が、最後まで上級武士の持つ兵器とは成らなかったことと似ている。
信長が武田の騎馬隊を三千丁の鉄砲で打ち破って以来、鉄砲の兵器としての効果は多くの大名が認識するところではあったろう。だが明治維新のその時まで、鉄砲を使用したのは足軽と呼ばれる軽輩の武士たちであった。
つまり第二次大戦の日本軍にあっても、飛行機は足軽が使う鉄砲であり、主たる兵器ではあったが戦艦とは違って精神的な象徴とは成り得なかったのである。
日本軍が最後まで戦艦大和を温存したのは、大和が精神的な象徴であったからであるが、それ故に無謀な特攻に出される運命を背負っていたともいえる。散り際の潔さを是とする武士道精神は、大和にも求められたのである。
精神的支柱であったが故に、大和は生き残ることを許されなかったのである。
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by levin-ae-111 | 2012-12-12 05:39 | Comments(0)

雪の中

 朝、除雪を終えて部屋に帰ると、携帯にメールが入りました。友人が久し振りに会おうというのです。雪は降りしきり、こちらの積雪は多いと伝えると、友人の街も変わらない
という。それで、いつもの店で会うことにしました。
目的の店に行くと、友人はまだ到着しておらず、おまけに店の駐車場ではミニショベルが除雪作業の最中でした。
私は路上で待っていましたが、暫くして友人が到着した時に丁度、除雪が終了しました。

その店は少し変わっていて、伝統産業の和紙工房の横に併設されています。私の町の和紙は昔から養蚕と並んで多くの山里に見られたものです。しかし私の町では、その工房一軒のみが和紙を生産しているだけに成ってしまいました。
店内はレトロな雰囲気で、壁にはここの経営者一族が集めた世界各地の民芸品が展示してあります。
天井からは外国のマリオネットやオブジェが下がり、無名ながら素晴しい絵画や切り絵も展示されています。

木製の古いテーブルに、これまた年季の入った幾つもの椅子があります。喫茶室の横は、和紙と民芸品の展示場所になっていて、有料ですが素晴しい展示品の数々を観ることが出来ます。また直ぐ横には売店かぜあり、和紙製品や和紙そのものを販売しています。
今日、私が座ったのは、かつて地元の駅の待合室に置かれていたという、木製の長椅子でした。
がっしりした造りで、座るとお尻が少し下がり気味になり、背もたれに寄りかかるととても楽です。色合いは飴色で艶があり、木目がハッキリと出ています。

その椅子に腰掛て、私たちは何時間も話しをしました。女将さんが、寒くなければと、少し障子を開けてくれました。店の裏手は、川が流れていて、対岸は切り立った崖に成っています。この前に来た時は、川の流れは青く、白い水しぶきや様々な色合いの木々やススキの穂などが見えていました。雪が降り積もった今は、川や木々が黒く見え、雪の白と川の黒以外の色は見えません。
メニューはコーヒーとミルク、お茶、白玉など数も少なく、軽食もありません。それでも友人は、この店を痛く気に入っていて、今日はカメラを持ち込んで写真を何枚も撮影していました。

雪が激しく降ったり、或いは日が差したりとめまぐるしく変化する天候を睨みながら、朝10時過ぎからお昼まで、昼食を食べに一度店を出て、再び店に戻り4時過ぎまで話し込みました。友人にとっても私にとっても、楽しい遠慮のないひと時を過ごせてハッピーな一日でした。
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by levin-ae-111 | 2012-12-10 04:26 | Comments(0)

除雪

 遂に、ついに、ツイニ、除雪の季節が到来してしまいました。
昨夜から降り続いた雪は、もう数十センチの積雪となり何もかもがモノクロームの世界に埋もれてしまいました。
そして、私はグッスリ眠りこけていたので気づきませんでしたが、除雪車が家の前を除雪して行ったようです。

それは有り難いのですが、家の前には山盛り(40センチくらい)の雪の壁が出来ていて、車の前をふさいでいます。湿気を帯びた雪は、大きな塊となりゴロゴロしています。
その上に更に雪が降り積もり、あ~あっ、な状況です。
私は完全武装してスノーダンプを取り出し、その壁に挑みました。家の前は数十メートルも道路に面していて、この時期は毎朝大変なのです。

格闘すること約1時間、どうにか家の前の除雪が終わりました。これから毎朝、これが続くのかと思うと気持ちが萎えます、憂鬱です。
雪道の通勤は危険も多くなりますし、時間も掛かります。雪国の皆様、どうかご注意ください。お互いに頑張りましょう。
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by levin-ae-111 | 2012-12-09 09:34 | Comments(0)