身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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昨日

昨日、昼一から不注意で怪我をしてしまいました。
状況は、こうです。仕事が幾つも重なってイライラしていました。
その時は倉庫へ行き、そこに保管してある機械を整備して出荷の準備をしていました。輸入品で品質が悪く、作動状況のチエックに加えて外観や装備品のチエックも欠かせません。
私はその機械の整備と清掃をし、時には塗装の剥がれの手直しや錆び落しもします。

 昨日はその整備中に急ぎの仕事が別口で入り、私は整備を中断して倉庫を出ました。
小走りで隣の倉庫の建物を抜けて・・・、うつむきかげんで走りながら、私はポケットのメモを出そうとしていました。そこで突然にガン!!
半端な高さに上げられていたシャッターに激突したのです。
一瞬、目の前が真っ暗になりました。眉間と鼻骨の辺りに強い衝撃を受けました。
鼻がヒリヒリします、手で押さえると真っ赤です。
鼻血が出ていました、幸いにも眼鏡のレンズはプラスチックで割れず、フレームも殆ど歪んでいませんでした。

 私は鼻を押さえながら工場内を走り、自分の部署へ戻りティッシュを丸めて鼻に突っ込み出血状態を見ると大した事はありません。
再度ティッシュを詰め直し、指定された品種の品物を事務所へ持って行きました。
鼻は真っ赤で、鼻梁には思いの他大きな擦り傷がありました。
幸いに鼻の赤みは直ぐに引き、鼻梁の擦り傷も眼鏡を掛けると全く見えません。
不思議なことにこの怪我をした直後から、鼻の通りが凄く良くなりました。今も良いので、どうなったのかと思いますが鼻の中が乾くほどでもないので、怪我の光明と思っています。

そして、その日の朝、私より早く同様の怪我をした人が居ました。彼の場合は眉間に傷を受け、暫く出血が止まらなかったそうです。
私は自分で手当てをして、怪我をした場所に行き、シャッターを全開にして来ました。
怪我をした者の不注意が最大の原因ですが、開ける人もちゃんと全開にして欲しいものです。思い掛けない危険が待ち受けていますから、皆さんもお気をつけて下さい。
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by levin-ae-111 | 2013-02-23 23:39 | Comments(0)

今日は元気

 月曜日でテンション下がりまくりで出社しました。また一週間、嫌な仕事かと思うと気が重くなります。
「困った事は起こらない!」「スイッチオン!!」「今日はついてる!」などポジティブな言葉を呟きながら運転して、無事に会社へ到着しました。

事務所に灯りが点いているので、工場長は出社している。彼が出社しているから別にどうというのではないけれど、余分な仕事を持ち込まれるので居ると些かウザイのです。
課長は頼りになるのですが、私とは余り仕事的には関係ありません。その課長は身内にご不幸が有ったとかで、お休みでした。
ところが、工場長も早々に帰宅したとの情報が入ったのです。原因はインフルエンザということでした。
これで彼は一週間はリタイアが決定です。

係長など「プレッシャー無しで仕事が出来る」と嬉しそうに話しています。工場長には悪いのですが、私も無意識にリラックスしている自分を感じていました。
仕事は忙しいのですが、横ヤリが入らないので自分の予定でこなせます。それでも不意の懸案が発生し、その対応に追われました。
しかし私は「この程度は楽勝だ、トラブルではない」と考え、自分の作成した書類のチエックを課長代理にお願いし、ついでに相手への返信メールも押し付けて自分の仕事が出来ました。

 この様に今日は元気でしたが、それは夢のお陰です。ですが夢の内容は酷いものでした。
大粒の雨の中を女性と二人で山に登るというものです。女性は知らない人でしたが、とても美しい人でした。登山ウェアは赤のチエック柄のネルシャツにハイキング用の帽子を被り、スタイルはバッチリ決まっています。それから彼女は、登山用の大きなリュックを背負っています。
私たちの行く手には、雨でぬかるんだ急な斜面が立ちはだかっています。私たちは励まし合いながら、それを登り始めるという夢でした。

この夢が何故に元気にしてくれたのでしょうか。夢占いでは激しい雨は良くありませんが、上り坂は運気の上昇を示していると解釈されているからです。
そして、ある方が私を守護して下さっているのは、国之常立神でありその神様は女神様だと仰っていました。私はこの夢の美しい女性が、その神様だと解釈したのです。私はこの夢を「どんな時も常に守っていますよ」という女神様のメッセージとして受け取ったのでした。
私は一人ではない、そういう気持ちに支えられた今日でした。
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by levin-ae-111 | 2013-02-18 22:40 | Comments(0)

変なこと

 木曜日と金曜日に変なことがありました。別にどうという事でもないのですが、照明が突然に点いたのと、これとは逆で消えるという現象に遭遇しました。
それはどちらも会社でのことです。
会社の建物は古く、こちらは天気も悪いのでトイレは照明を点けないととても暗いのです。
私が何時も拠点にしている部屋は、トイレの横に無理に建てられた部屋ですから、そこへ行くにはトイレを通らないと行けません。勿論、出る時も同じです。

最初に異変が起きたのは木曜日です。自分の部屋から出たら、突然にトイレの照明が点灯しました。私はトイレの手洗い場に設置してある灰皿の横で、一服しようとしていました。
「誰か居たのか」と思いましたが、結局は誰も居ませんでした。人の気配は全く感じられませんでしたし、結局は誰もトイレから出て来ませんでした。
翌日、同じ様なことが再び起こりました。今度は倉庫でした。

後輩に頼み事があり、倉庫に居るというので行ってみたのですが、生憎と誰も居ません。照明は点いていたので、私は倉庫内を後輩を探して歩き出そうとしました。
その時に点いていた照明が消えたのです。
後輩かと思いスイッチのある方向を見ましたが、誰も居ません。ドアも閉まったままで、後輩が私に気付かずに出て行ったのでもありませんでした。
単にそれだけのことですが、二日も続いては少し気になります。誰かが私に悪戯を仕掛けたのでしょうか。それにしても不思議でした。
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by levin-ae-111 | 2013-02-17 21:02 | Comments(2)

人生って・・・

 最近は本当に気の滅入ることばかりで、仕事でも私生活でも心が休まりません。仕事で嫌なことの連続で、それでも何とかそれを乗り切り、やれやれと思った矢先です。
そして目覚めから感謝し幸福であると自分に言い聞かせ、次第に心が上昇し始めました。
少しずつ元気が出て、もう一度最初からやり直すぞと決意して、仕事に精を出しました。

身体の具合も小康状態で、次第に不安も消えかけていました。そして残業を終えて金曜日の夜に帰宅すると、突然に何もかもが元に戻るような知らせが待っていました。
「また、このタイミングか・・・」私はつい独り言で、呟きました。
私は、何度も繰り返す『このタイミング』に、怖気が背筋を走るのを感じました。

そう『このタイミング』とは、私が少し上を向くと、必ずそれを引きずり落そうとするかの様に良くない知らせが来るという何時ものパターンのことです。
本当にドンピシャリのタイミングでやって来る凶報は、常に私を困らせ、悩ませ、奈落の底に引き込むのです。そんな時は、死にたくなります。
元々は身から出た錆びなのですが、もう15年も悩み続けているのです。

それに付けても思うのは、私の人生には喜びが余りにも無いということです。心の底から喜んだことがなく、常に覚めている自分がいます。
勿論、良いことが一度も無いという訳ではありませが、苦しみや悩みはその何百倍もあるのです。私に人生の春は来ないのかも知れません。
思えば祖母の許で過ごした少年時代が最も幸福だったのかも知れません。貧しい寒村でしたが、貧しさもさして感じることもなく、のびのびと過ごしていました。
少年時代のような生き生きとした気持ちにもう戻れないなら、いっそのこと早送りで人生の終幕が来ないものかと思っています。
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by levin-ae-111 | 2013-02-15 21:53 | Comments(2)

心因性?過労?

 先週の月曜日は、体調不良で早引けした。頭痛と動悸が戸止まらなかったからだ。
申し出て午後からの仕事は休んだ。
その後は何事もなく金曜まで頑張り、待望の3連休に突入した。とは言っても、幾つかの宿題を抱えており、私は土曜の午前中にそれをサッサと片付けた。

疲れを感じていたので、土曜も日曜も夜更かしなどせずに何時もと同じ様な時間に就寝した。しかし、月曜には異変を感じた。
先週の月曜と同じように頭痛と動悸がする。頭痛の方は酷い肩凝りから来る、その肩凝りは腕の使い過ぎから来ている事は分かっている。問題は動悸と、脱力感だ。
私は風邪薬を飲み、翌日の出勤に備えて早めに眠りに付いた。

火曜日の朝、とても起きるのが辛かった。熱はないがダルさは続いていた。
しかし取引先に関係した書類を2通(宿題にしていたもの)、どうしても提出しなければ成らなかった。雪降りの中、何時ものように車を運転して職場へ向う。
車に乗ればシャキッとするだろうと思っていたが、相変らずヘロヘロのままだ。

職場に着き、工場長に提出書類のチエックと、送付をお願いして休ませて欲しいと告げた。私は日頃から殆ど休むことがないので、工場長は「届出を書いておいてくれ」と言うだけだった。
それから会社を辞して、一旦帰宅して掛かりつけの医者へ行った。体温は平常だが、どうも身体に力が入らない感じが続いている。
医院では予想通りに感冒薬と抗生物質、痛み止めをくれるだけだった。念の為にインフルエンザの検査を受けたが、結果は陰性だった。

クビの痛みがどうにも辛いので、掛かりつけの接骨院へ行く。そこで首の骨と背骨のズレを直してもらい、少し軽くなって帰って来た。帰宅して薬を飲み、思いっきり眠った。
さて、今朝は(2/13)どうか?思いのほか身体は軽いが、それでも少し不安があった。
出社し仕事をすると、何とか大丈夫だった。

それにしても不思議だったのは「休み」を取り付け、会社を出る時はそれ以前より少し元気に成った気がしたことだ。病は気からという事か(笑)
過労に加えて心因性の原因もあるのかも知れない。
正直、これを書いている今も首は痛い。風邪薬は丁度良い睡眠作用があるから、今夜も飲んでグッスリと眠ろう。
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by levin-ae-111 | 2013-02-14 05:36 | Comments(2)
 テレビ朝日55周年の記念番組として放送されたドラマである。
舞台は会津藩に設定されている。殿様の傍女として一子を設けながら、事情により家臣へ払い下げとなった女性「いち」と、その夫一家の悲劇の物語だ。
全く以て身勝手で理不尽な殿様の命により、一度は渋々ながら拝領妻を受け入れた馬周り役の一家。

婿取り娘の姑は、「いち」に辛く当たるが、長年にわたり気性が激しく勝気な妻に辟易していた義父は、「いち」を励まし優しく接する。夫もまた「いち」を大切に思い、二人は仲睦まじく生活していた。婿入り以来、妻との間に愛を感じたことの無い父親は、息子夫妻の姿に愛を見て微笑ましく見守っている。
父は長男に家督を譲り隠居し、子供も生まれ一家は幸せだった。
そこへ殿様の嫡子である若殿が病死し、「いち」の産んだ子が正式に嫡子となった。
そこから一家の悲劇が始まる。

藩の跡継ぎの生母を一藩士の嫁にはして置けないとばかりに、「いち」を返上するようにと藩は一家に迫る。余りに身勝手な藩の命令に、一家は抵抗する。
余りに理不尽な命令に抗う内に最初から「いち」を快く思っていない姑と、それに従う次男は他へ移り父と長男、「いち」だけが頑強に抵抗を続けている。
一計を案じた親戚や藩の重役は、「いち」を騙して誘い出し家老の屋敷に軟禁する。

そして返上願いを父と子に迫るが、二人は頑として受け付けない。二人は最後には戦支度をして藩の討手を待ち受ける。二人の覚悟は、とうに定まっている。
父親は上意を盾に切腹を命じる上役に、「極悪人、三名の首を出せば従う」とまで言い放つ。
極悪人とは殿様と家老、そして傍用人の三名のことである。
遂に殿様の命により傍用人に率いられた討手と、無理に城の奥向きへ戻された「いち」が屋敷へと到着する。
傍用人は「いち」に二人を説得させようとするが、「いち」はその場で自害してしまう。

崩れ落ちた妻を抱き抱えた長男は、その時に後から討手に突かれ、更に傍用人に斬撃され死んでしまう。婿養子に入る前は名うての剣客であった父は、押寄せる討手を悉く切り捨て、息子夫妻の亡骸を庭に埋めた。
一人残った父は翌朝、初孫の赤ん坊を背負い藩の無体な仕儀を幕府に訴える為に江戸を目指して出立する。

関所には彼の親友である男が差配として待ち構えている。二人は共に藩内で剣客として名を馳せた者だ。討手にと指名された藩の命令を断った親友は、しかし役目がら関所を破る者を通す訳には行かない。赤ん坊を脇に降ろし、握り飯の飯粒を食い初めに食べさせると父は親友と相対する。
勝負は、父が勝った。親友は「俺が勝てる筈がない。俺には役目だけ、お前には息子夫婦と孫の三人の力があるのだから」と告げて死んで行く。親友を斬って、慟哭する父親。

だが残った父には大勢の討手が襲い掛かる、数人をなぎ倒したが、鉄砲により遂に彼は絶命する。死に行く彼の想いは、ただ孫娘の行く末だった。
静まり返った野原に、赤ん坊の泣き声だけが聞こえている。
泣きじゃくる赤ん坊を、そっと抱き上げたのは「いち」が騙されて帰宅できなく成って以来、乳を飲ませていた足軽の妻だった。

と、この様なストーリーだったが、胸に迫る切ない物語であった。たった一人の支配者の愚かな行いで、多くの人々が悩み苦しみ、挙句の果てに落命していくのである。
それは形こそ違え、現代社会にも無いとは言えない出来事である。政治家の不正を隠す為に自ら命を断つ秘書や関係者が現在でも存在する。
人の上に立つ者は、心して軽はずみな言動を慎まねばならない。自分の都合次第で下の者たちがどうにでも成ると思っていたら、大間違いである。

 私はもし江戸時代であれば藩主(社長)のお目見え以下の軽輩であるが、その役目上から時にはお目見え出来て話しも出来る。しかし、所詮は足軽であり、上役の命であれば少々の理不尽には歯を食い縛って耐えねば成らない。
上役からはどう考えても藩(会社)の為よりも、自己保身の為としか思えない命令も出る。その点ではこのストーリーの藩の上層部以下かも知れない。
ある人はその著書で「この世は監獄であるから、重罪人ほど牢屋では威張っている」という意味の事を書いているが、正しくそうなのであろう。
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by levin-ae-111 | 2013-02-11 07:54 | Comments(0)

今朝の夢

 最近、酷い事ばかりで落ち込んでいたのだが、ネットの友人が教えてくれたチョットしたコツを実践するように成った。
そうしたら、精神的に少し楽になったのに加え、以前と同様に夢を覚えている様になった。
昨夜は少し長めに瞑想して、そのまま眠りについた。

夢で私は中国に居た。仕事で出張している様子だったが、もう帰国するという日である。
私は鞄を持って、中国の街を歩いている。色々な場所を見て回りながら、不思議なことに私は中国の家を訪ね、国政調査のようなことをしている。
その内にもう空港へ向けて出発しなければ成らない時間だと気付いた。
バスに乗ろうと思ったが、どのバスに乗れば良いか判断がつかない。それで、会社へ帰り空港への行き方を尋ねることにした。

会社の入り口には、お婆ちゃんが居り、その人に尋ねると「この車で送る」という。
その車は青と白にカラーリングされた小さな車だった。
お婆ちゃんは車を私の方へ回すと、いつの間にかその小さな乗用車はマイクロバスに変化していた。更に私が乗り込むと、マイクロバスは大型バスに変わったが、私は気にしていない。

バスには私の他に数人が乗り込んでいた。それから次々と工場の従業員たちが乗り込んで来た。皆、茜色のユニフォームを着ている。
バスが出ると隣に座った若い女性が、私が約束を違えたと少し不満顔で何か文句を言って来る。私に覚えはないが、しかし些細なことらしく私の手を握って彼女は機嫌を直した。
バスには他に日本人男性が二人乗っていて、私の顔見知りであった。
田中さんとイチローさん、「えっ、イチロー!」だけどよく見ると、あのイチローに似た別人だった。

バスは快適に走り、私たちは様々に話しながら空港へ向うという夢だった。それにしても夢とは何と面白いものだろうか。
現実に中国へ行くのはゴメンだが、夢でなら何処へ行っても良いなぁと思う。
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by levin-ae-111 | 2013-02-10 09:10 | Comments(0)

呆れた人たち

 またまた仕事の愚痴ですが、我が社では後から弾が飛んで来るみたいです。
ある部署の職長が原料に問題有り、と私に連絡してきました。状態を聞き、私たちは直ぐに善後策を話し合いました。
相談した内容に従い、私は取引先へ連絡し、その件に解決の道筋が立ちました。
それが昨日のことでした。そして今日・・・昨日、相談に来た職長は休みでした。

私はその後の状態を確認するために、作業者へ聞き取り調査をしました。すると、あろう事か、その原料は既に加工が終わってしまっていたのです。
作業者に尋ねると、職長が指示して不具合のある原料を使用したと言います。
以前から信用ならない奴と思っていましたが、それならば私に相談する必要は無かったはずです。仕入先に対する私の立場は、無くなってしまいました。私は仕入先の担当者に連絡し、打ち合わせとは違う事態になった事を説明しました。一体、何を考えているのだか見当も付きません、怒りながらも職長の考えの無さに呆れました。

 そして会社のお偉いさんにも、呆れさせられました。
技術者である彼は、私の提出した試験結果に疑問を持ったようです。私を呼び出して、「これは変だ、どうして密度の低い製品の作業時間が長いのか、逆ではないのか、それとも作文したのか!」と詰問されました。
私は実態を説明し、その結果としてその数字に成った事を告げました。時間は平均値で示してありますから、実際に私の示した数値にも成り得るのです。
つまり総時間を作業回数で割った平均値を示しているので、総時間が少なくても作業回数がより少ないと平均時間は長くなります。

作業経験があれば「そういう事もあり得る」と思い当たるのでしょうが、その上司は理論ばかりで実践が不足しています。彼は以前にも私たちを集めて勉強会を開催されましたが、結局は誰も納得していませんでした。
その数式が本当に正しいのならば、理想の製品など直ぐに出きるはずです。そうであれば、試行錯誤を繰り返す必要もない訳で・・・云々と休日を不意にされた同僚たちは口々に不満をぶち上げていたものでした(休日に何名かを集めて講義した)。
その上司のライバルは私を買ってくれていて、その人とは逆の実践本位の人です。その分だけ言われる事が経験に裏打ちされていて一々に尤もで、納得も出来ます。実践の人に言わせれば「あんなもの、へ理屈ばかりで何も知らない」と酷評されてしまいます。

先の職長のことも、理論派の上司のことも、私にすれば誠意を尽くして対応しているのに裏切られた気分です。この会社は味方にも用心する必要があると、またまた思い知らされました。私も同様の事を無意識の内に行っているかも知れません、十分に注意しようと思った今日でした。
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by levin-ae-111 | 2013-02-09 08:06 | Comments(0)

妖怪「あずき洗い」

 私は幼い頃、祖母と二人で山奥の家に住んでいた。家の横には山の上の泉から流れて来る清水が小さな谷川と成って流れていた。
泉からの流れは途中から二手に分かれ、一方は祖母の家の方へ、もう一方は野道に沿って山を下り、大川と呼ばれた山間の平地を流れる川へと続いていた。

 祖母の家はその大川に沿って僅かに開けた平地に集まった集落を見下ろす、山の中腹に在った。そこからは向かいの山にある家々も眺められ、その家に出入りする人々の姿までが見てとれたものだった。
私は、その川沿いに広がる平地に建っていた学校へ通っていた。私の通学路は、険しい野道を下り、学校までは子供の足で20分くらいは掛かった。
腕白ぞろいの子供たちは、放課後になると真っ暗になるまでグランドで遊んだ。

先生が「もう帰りなさい」と告げるか、誰かの親が呼びに来るまで、私たちは遊びをやめなかったものだ。
川を挟んだ対岸の山には子供が何人も居たが、祖母の家のある山には子供は私一人だけであった。
薄暗い山道を一人で帰る私は、内心では少し怖かった。途中にはお墓があったし、カラスや獣の鳴き声もする。夕暮れが迫る中で、背の高い杉木立に挟まれた道の途中は特に暗く、道もぬかるんでいて恐怖心を煽った。

そんな時は道の横を流れ下る沢の水音さえも、恐ろしく感じ、私は急な上り坂を家へと急いだものだった。
何時も夕暮れまで帰らない私を心配してか、祖母は時々「妖怪あずき洗い」の話しをした。
沢が流れ下る水音は、妖怪あずき洗いが小豆を洗う音だというのだ。恐ろしい老婆の姿をしたその妖怪は、子供をさらうという。

その妖怪が出るのは、近所の家と祖母の家の中間地点付近にある大きな岩の陰である。今にして思えば、悪戯な子供が近所の家へ近づくのを祖母は嫌ったのだろう。
血走った赤い目をして髪を振り乱してボロをまとい、小豆の入ったザルを谷川の水に晒す恐ろしい妖怪の姿は、子供の私の脳裏に刻まれていた。
いつしか「妖怪あずき洗い」は私の意識から消え、今は懐かしい思い出となった。祖母も他界し、葬儀では私が喪主を務めた。
今の子供たちにも「あずき洗い」的な恐怖の対象は存在しているのだろうか。さしずめ「トイレの花子さん」辺りが、それに当たるのだろう。
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by levin-ae-111 | 2013-02-07 05:34 | Comments(0)
 神のメッセージを受けたセシャトは、その日から家族や友人、隣近所の人々に自分が受けたお告げを話して回った。両親は反論しなかったが、本当に信じているようには見えない。二人とも娘の話すことを否定しなかったが、少しぎこちない態度がそれを表している。
ただ中には盲目的にセシャトの話しを信じる人々もいて、20日という短い期間にも係わらず百名以上の人々が神とセシャトの約束の場所に集まることになった。

集まった人々の視線は、空の一点に集中していた。常は上空に施された蒸気の層のせいでぼんやりとした柔らかい光しか放たない太陽が、この日は人々が見たこともない程に強く輝いている。その光は、たが太陽ではない。
人々の頭上に輝くその光は、まるで巨大な車輪が回転しながら燃え盛る炎に包まれているようだ。
人々は慌てふためいたが、セシャトとトトだけは片膝を立てて、胸の前で手を合わせて光を仰ぎ見ている。

そういう二人の態度を見た人々は、次第に静って、誰ともなしに二人の姿勢に倣っていった。それを見計らったように空間が不思議に揺らぎ、初めてセシャトとトトが神を目撃した時と同様に空間に美しい神の姿が現れた。
人々は恐れ慄いたが、神の放つ神聖な霊気に打たれたように動けないでいる。
「皆さん、よく二人を信じてついてきましたね。それは即ち、皆さんが私を信じて下さったということです」
神の麗しい声が、人々の上に注がれた。
「これから皆さんを、神の国へお連れします。皆さんは何も持つ必要はありません」

「おおっ、神よ」人々の間から、溜息にも似たどよめきが起こった。
神がその手を上空に伸ばすと、仄かな光がスポットライトのように集った一群の人々を包み込んだ。
その光に包まれた人々の身体は、次第にキラキラと金粉をまぶした様に輝きだし、少しずつ透明になって行く。
その光に包まれる自分達の身体を驚きの表情で見る者、歓喜の表情で天を見上げる者、集まった人々は各々の感情を隠し切れないでいる。
輝く光に包まれた人々の姿は薄れて、やがて背後の密林が見え始め、それは半透明な空間の揺らぎに変わって行った。

その瞬間に人々の意識は遠のいて行ったが、気がついた時には見知らぬ場所に居た。
顔を上げると、神の姿は人々が光に包まれる以前に見たのと同じく空間にあった。
「ここには、皆さんを苦しめる凶暴な動物も、支配しようと企む腹の黒い人々も居ません。神の用意したこの場所で、皆さんは神の定めに従って生活して下さい」
そこでセシャトが、おずおずと口を開いた。
「神様、この場所を何と呼べば良いのでしょうか・・・」
「此処は、神の星。その名をニビルと言います」

ニビルというその星は、太陽系の端を大きな楕円軌道を描いて周回していたが、オシリスたちのプロジェクトによりその軌道を修正されていた。
そこには大気を覆う蒸気の層は無かったが、プロジェクトが産んだ人々にとって最も適度な条件に設定されている。
大気は故郷の星とは異なっていたが、オシリスたちの種族の遺伝子を受け継いだセシャトたちには以前と同じ様に呼吸が出来た。
故郷とは異なる植物、異なる空の色、異なる日の光はセシャトたちを戸惑わせたが、神の星なのだという大きな安心感があった。
そこでは、美しい虫の音が響いていた。故郷の星と違い凶暴な捕食者たちが放つ、殺気だった張り詰めた気配は全く存在していない。

神はニビルに移したセシャトたちに対して、これまで以上に様々な知識を与えて行った。
セシャトたちの寿命は延ばされ、一万年近くにも成った。それにより個としての知識も民族としての技術や文化も、加速度的に進歩して行った。
それと共にオシリスたちは、自分達の産みだした種族との接触を徐々に減らして行った。
しかし彼らとセシャトの交流は続き、セシャトは「神の意思を書写する者」として彼ら種族の伝説の人物となった。
トトもまたセシャトの守護者にして夫、種族の揺るぎない指導者として種族の記憶に刻まれることになった。

ニビルでの恵まれた生活で、種族の人口は飛躍的に増加し、彼らは宇宙をも自由に旅をする能力も備えた。遺伝子工学も著しい伸びをみせ、今では動物の変種まで創り出せるほどである。
人々の居住区は惑星の全土に広がり、幾つかの行政区に分かれていた。しかし争うことはなく、首都は行政の中心として万全に機能している。
その中心には初めてセシャトたちが降ろされた場所が、聖なる地として大切に保管され最初の人々が地面に残した足跡やひざまずいた跡とされる遺跡が存在する。
セシャトとトトは伝説として人々の記憶に受け継がれ、人類の始祖として崇められている。

 セシャトたちが去った惑星では、悲惨な状況があちこちで発生していた残された人々と凶暴な動物、植物や昆虫などを待っていたのは酷い出来事だった。巨大な彗星が惑星を直撃した。大気を覆っていた蒸気の層は一機に水になって落下し、巨大な噴煙が太陽の光を遮り、海水は巨大な津波として陸地という陸地を洗った。
銀河会議はこの実験惑星の生物を一掃し、新たな実験場として再設定する決断を下し、その為に考えられた手段を実行に移した結果であった。
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by levin-ae-111 | 2013-02-06 05:25 | Comments(0)