身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


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 本田稔氏は戦中戦後を通じて、一貫して飛行作業に携わり9800時間以上の飛行経験を誇る超一流のパイロットである。
操縦した飛行機は練習機に始まり、零戦、紫電改、99又軽爆、零式輸送機などを戦中に移送などの任務を含めて操縦している。本田氏は飛行の基本は、どの飛行機も同じと言い切る。だからこそ、様々な飛行機を操縦できたのだろう。
戦後は航空自衛隊へ入隊し、訓練教官として勤務した。退官後は民間航空会社のテストパイロットを勤めた。本田氏にとって飛行機とは人生そのものであり、これを取ったら抜け殻の様なものだと氏は語る。

長年の飛行経験では、常識では考えられない程の多くの経験をされたようだ。
本田氏の零戦との出会いはぶっつけ本番で、戦中に任地へ赴いて初めて零戦を見たという。訓練生時代から射撃が苦手で、撃っても撃っても命中させられず、零戦での初めての空中戦でも弾切れになるまで撃ったが当たらなかったという。
相手はバッファロー戦闘機だったが、最後は相手が勝手にジャングルに突っ込んだのだという。それから多くの経験を積み、激しい戦闘を生き残るパイロットにまで成長した。
最後は源田実の率いる343航空隊で闘い、終戦を迎えている。

本田氏のパイロット生活の中で特筆すべきは、2度の原爆投下の場面に遭遇したことであろう。広島の時は紫電改を受領した帰り、広島付近で原爆の爆風に煽られて墜落寸前になったという。「煙も炎も見えず、広島の街が消えた」彼が観たのは、閃光と不気味なきのこ雲だけであった。長崎に関しては「どうして迎撃しなかったのか、あの時に迎撃していれば長崎に原爆は落ちなかった」と、本田氏は悔しがる。
その時に自分が出ていれば、体当たりしてでも投下を阻止できたのにと。それから、日本が被爆後に十分に調査をしていれば3.11の原発事故にも違う対処が出来たかも知れないと本田氏は考えているようだ。更にあらゆる事柄について、事後の調査を十分に成されていれば、同じ失敗を繰り返さずに済んだと指摘されている。

 さて日本軍がラバウルからガダルカナルへ飛行隊を出して戦っていたのだが、片道3時間半、往復で7時間を掛けて進撃し、ガダルカナル上空で10分か15分の空中戦を行う。
そういう状況が、毎日続いたのだという。当然パイロットたちの疲労も尋常ではなく、居眠りで墜落するパイロットも多かったという。無線でもあれば起せただろうが、当時の零戦にまともな無線は無かった。食事は弁当で、いなり寿司などであったが、高空を飛ぶためにパリパリに凍っていたという。
 
 本田氏は悲惨な戦闘を潜り抜けて来たのだが、その話しは非常に淡々としていて冷静である。その原点は飛行学生時代に、教わった教官による影響が大きい様だ。
教官は厳しいことで有名な人で、初日に30センチ程度の棒を各自に用意させたという。
何の為に?理由は学生を叩く為である。
一緒に練習機に乗ると、不味い操作をすればゴツンとやる。本田氏もコブだらけに成ったという。しかし教官の信念は素晴しく「基本は教えてやる。だが、本田の操縦は教えられない、自分で会得せよ」というのだ。
そのお陰で本田氏は自分で考えて操縦する習慣がつき、様々な局面で危機を切り抜けられたのだという。航空自衛隊で教官を務めた時も、この先師の教えを学生たちに伝えたという。

本田氏が悔やむのは、ある日の闘いで撃墜した米軍機のことである。そのF6Fは単機で飛行していた。本田氏の紫電改が後方から接近しても気付かない。
パイロットは後ろを警戒することなく、真っ直ぐに前だけを向いて操縦している。
本田氏は暫く様子を見ていた、心の中で「恐らくは若いパイロットだ。初めて戦闘に参加して、生き残り、安心して帰ることだけを考えているのだ」と思ったという。
見逃そうと思う反面で、反射的に機銃の引き金を引いてしまっていた。F6Fは本田氏の目前で引き裂かれ、爆発した。
可哀想なことをした・・・本田氏は今も後悔している様であった。

 面白い意見だが、本田氏は零戦や多くの日本海軍機は戦争をする飛行機ではない、と言う。その理由は防弾装備が無いからだ。反面で紫電改は戦争を出来る飛行機であるという。勿論、防弾装備が成されていたからである。
本田氏はベテランだけあって、エピソードに事欠かない。盲腸炎の抜糸の後で、迎撃に出たら傷が避けて腸が出たとか、被弾して飛行機の床に大穴が開き非常に怖かったとか、P38と最初に遭遇した時は爆撃機だと思ったのが追撃して来たので驚いたとか、玉音放送はラジオの雑音が酷くて何を言っているのか分からなかったなどと面白い。
民間飛行機メーカーに勤めていた頃も、夜間飛行で出来たばかりで誘導灯も管制塔もない飛行場に着陸したとか、戦闘機に乗っていた時と同様に危険なことも有った様だ。

 何れにしても日本海軍のエースパイロットの一人であった本田氏が、自らの業績を誇ることもなく誇張もせずに淡々と経験を語る姿が印象的だった。
しかし、実際に経験した人とは、そういうものかも知れないとも感じた。
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by levin-ae-111 | 2013-04-29 16:30 | Comments(1)
 大正時代になるとテニスが日本へ入ってきた。明治政府がスポーツ普及の為に『体操伝習所』を設立し、体操教師の育成を始めた。この新しいスポーツ『テニス』は、その伝習所の教師坪井玄道の教え子により次第に普及していった。
今回の物語の舞台は、長野県の新設女学校である。大正時代に女学校へ通う女子の割合は約9パーセントとで、就学率は決して高くない。
その新設校へ赴任したのが坪井の下で学んだ、1人の女性陶山千代である。彼女はテニス部を創設するが、部員はたったの2名しか集まらない。
加えて古株の女性教師が率いる薙刀部が幅を利かせ、練習場所にも苦慮していた。
古来より続く薙刀に比べて、テニスは女性の運動に対する偏見も重なって、世間的に評価されてはいなかったのだ。

 そんな折に廃部の話しが持ち上がり、これを回避するには次の試合での勝利が絶対条件という状況に追い込まれてしまう。二人の部員とともに練習に励もうとするが、用具が紛失していてボールさえない。当時は高価な硬式球ではなく、安価なゴムボールを使用した軟式テニスである。
部員の一人が父親に買ってもらったボールを使い体育館で練習を始めるが、間もなく薙刀部の古株顧問がこれを見咎めて、貴重なボールを窓から林の中へ投げ捨ててしまう。
ボールを捜しに林へ入った3人が見たのは、壁打ちの練習をする農家の娘の姿だった。声を掛けると娘は逃げてしまったが、そこには紛失した用具がのこされていた。

 そして瞬く間に試合当日となったが、1人が怪我をしてしまいテニス部は大ピンチ。当時の試合はダブルス戦で、このままでは試合もせずに廃部が決定してしまう。
その時、千代の頭に浮んだのは用具を盗んで壁打ちをしていた農家の娘のことだった。
3人は彼女を捕まえ説得して、身代わりとして試合に出場させることに成功する。サトは負傷しながらも大健闘する。途中、負傷の手当てをしている時にサトの父親が怒鳴り込んで来たが、どうにか頼み込んで試合は続けられた。
試合は接戦となったが、千代たちのチームが辛勝しテニス部は廃部の危機を免れた。しかし相変らず学校では練習場所がなかった。

そんな折、サトの父親が農地の一部を提供し、練習場所を提供してくれた。娘の溌剌としたテニスの試合を見て、頑固な父親も嬉かったのだろう。
数年後、部員は増え、農家の娘サトもテニスの指導員として学校に雇用されたという。
相変らずのハッピーエンドだが、リアルさを追求しながらも、その点を忘れないストーリーはとても良いと思う。
明治から大正という時代に活躍した女性アスリートの中に、人見絹恵さんという岡山県が誇る日本最初のオリンピックメダリストがいた。彼女は世界を相手に、素晴しい業績を残した陸上選手である。
その人見絹恵さんもまた、偏見と戦いながら少女時代にはテニスに夢中だったという。
誰しもが生まれながらに持っている何某かの才能を、十分に発揮できなかった時代にあって偏見や妨害と闘いながら頑張った人々の存在を忘れてはいけないと感じた。
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by levin-ae-111 | 2013-04-28 09:55 | Comments(0)

日本の駆逐艦③『松型』

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 太平洋戦争で最も多くの駆逐艦が失われたのは、ガダルカナル島の攻防戦である。この島は通称「餓島」と呼ばれた程の激戦地で、飛行場を建設した日本軍に対しアメリカは意外な程の大兵力を投入してこの飛行場を奪取した。
日本軍は最初この駐留軍を甘く見て、僅かな兵力での奪還を試みたが、投入した兵力は全滅の憂き目に遭う。こうして始まったガダルカナル島の攻防戦は、海からやって来る日本軍を米軍が迎え撃つという形で展開されていくこととなる。

 当初、日本軍は高速輸送船で兵員や物資を輸送しようとしたが、昼間は航空攻撃を受けて犠牲が増加した。船足の遅い輸送船ではどうしても昼間になり、この為に船足の速い駆逐艦を代替の輸送手段とした。高速の駆逐艦は夜の内にガダルカナルに到着し、荷降ろしが可能だったからである。
米軍は夜間には巡洋艦や駆逐艦を多数配置し、日本の輸送駆逐艦隊に対する備えを怠らなかった。初歩的ながらも射撃レーダーを備えた米軍艦艇は、夜戦の得意な日本海軍にとっても厄介なものだった。
島の陸軍へと必死で物資を運ぶ海軍艦艇の被害は、増加の一途を辿り多くの駆逐艦が失われていった。

 日本軍は駆逐艦の不足を補うために、何隻かの建造計画を中止し、設計を簡素化し製造期間も短い新たな設計の駆逐艦の製造を決定した。
それが『松型』駆逐艦で、その姉妹艦は松、竹、梅、桃、桑、桐、楓、欅、樺、蔦など植物の名前をつけられた為に「雑木林」などと揶揄された。
最初に建造された『松』は建造に9ヶ月もかかったが、その後の艦は6ヶ月、遂には3ヶ月で一隻の駆逐艦が建造されるようになる。
そのスタイルは米軍の駆逐艦のように直線的で、ブロック工法と全面電気溶接が採用されていた。機関は水雷艇のエンジンを縦に2基配置し、その為に一基が破損しても片方のスクリューで航行が可能というメリットも生まれた。しかし水雷艇のエンジンである為に、速力は他の駆逐艦よりも劣っていた。
同型艦は30隻以上で、9隻が戦没し他は戦勝国へ引き渡されている。

松型
排水量:1530トン、水線長95メートル、水線幅9.3メートル、速度27.8ノット
武装:12.7センチ連装高角砲×1、12.7センチ単装高角砲×1、25ミリ3連装機銃×4
   25ミリ単装機銃×8、61センチ4連装魚雷発射管×1
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by levin-ae-111 | 2013-04-26 06:28 | Comments(0)
 巨大な球体が鈍く光る金属質の光沢を徐々に、海面へと浮上してくる。海面が物体の輪郭に沿って持ち上がり、次の瞬間には膨大な水の幕となって海面へと崩落していく。
よく見ると球体の表面は濡れておらず、球体の大きさに比べると極薄い半透明のブルーの膜が表面を覆っているのが分かる。
やがて半透明のブルーの幕で覆われた機体の一部が左右に開き、巨大な空間に何機かの小型宇宙艇が納められているのが見える。

 この星の北半球の空は巨大な火山噴火によって、たちまちにして細かな火山灰が拡がり始めており元々そう強くはない今の季節の太陽光を遮っていく。
「予想以上にデカイ噴火になったな」
そう呟いたトートの声にも、意外な驚きが見て取れる。
アナトの9号艇は既にヤハウェの母船への進入体制に入っている。
操縦席のランプが点灯し、母船の自動牽引システムラインに9号艇が乗ったことを示している。9号艇は格納庫への入り口に向って、オートパイロットでゆっくりと進んでいる。その隣では少し後方にトートの乗る1号艇が、並ぶようにして同じ様にオートパイロットで格納庫へと導かれている。

9号艇が格納庫へ納まると、床からアームが4本立ち上がり、ガッチリと機体を固定した。ズンという鈍い音が聞こえ、機体が固定されたことを確認したアナトたちは扉を開け、タラップを出すと周囲を注意深く見回しながら降りて行った。
格納庫は向こう側の壁面が見えない程に広く、周囲には自分たちが乗って来た小型艇と似た様な機体が幾つも並んでいる。
人影は一切見当たらず、特に異常もない。開口部からの光景は、仲間の小型艇が次々と入り口の扉を潜って進入し、太い鋼鉄のアームで固定されていくのが見える。
全艇が格納庫に納まると、巨大な扉は意外なほどのスピードで閉まり、一体化したように溶け込んで扉のあった場所が分からなくなった。
格納庫とはいえ武骨な金属の骨組みや、ボルトの類は全く見えない。床は硬いが細かな滑り止めの凹凸が施されており、歩き心地は悪くない。

他の艇の仲間たちが次々とタラップを降りて、物珍しそうに格納庫を見回している。
生体ロボットたちはまだ艇の中に残されていて、一体も降りていない。
「皆、集まれ。ここに集合しろ」
トートの凜とした声が響くと、部下たちが各々の艇の付近から走って1号艇の傍にいる隊長の周囲へと集合していく。
「行くぞ、遅れるな」
アナトと彼の部下たちは、広い格納庫に固い靴音を響かせながら走った。
全員がトートの前に整列すると、それを待っていたかの様にスルスルと乗用カートの列が軽いモーター音を上げながら現れ、彼らの目前に停止した。
その時、初めてニビル人からの指示が発せられた。
「生体ロボットはそのまま艇内に待機させよ。3011と3021はカートに乗り指令室へ出頭せよ、他の者はそのまま待機」

3011トートと3021アナトは、カートの座席に座った。座席は身体の大きなニビル人に合わせてあるからか、大男のトートでもブカブカで座っても身体が安定しない。
不意に滑る様にカートが動き出し、トートは一瞬、ひっくり返りそうになったのを腕で支え、どうにか事なきを得た。
それを見てアナトが珍しく表情を緩めた。トートはそれをジロリと睨み、その後でニャリとニヒルに笑った。
トートには片腕と頼む部下が、ここに来ても笑うほどの余裕を持っている事に頼もしさを感じたのだ。
ここまでは彼らの作戦通りに進んでいる。後はイヴとの連携が上手く行けば、この船からニビル人を追い出してこの忌々しい星を脱出するだけだ。

トートがそんな想いを巡らせている間もカートは滑る様に進み、格納庫を出て様々な施設が並ぶ空間へと差し掛かっている。途中で一旦停止すると、今度は上昇し幾つものフロアをスキップして少ししてまた通路を進み始めた。
「ワクワクしますね、隊長。ニビル人がどんな顔をして俺たちを迎えるか、その時が来たら・・・」
アナトの言葉を手で遮ると、トートはニビル人に報告すべき内容を頭の中で復習した。
まず火山噴火の状況と、被害状況の報告だ。それから・・・反乱を起す。
ヤハウェを人質にとり、他のニビル人を黙らせる。それから女性たちを解放し、ニビル人を船から追い出しこの星に置き去りにする。
そうしてからニビル人に追跡されない様に用心しながら、何処か新天地を探す。
イヴたちと共に、今度は自分がアヌンナキの伝説の男になる、あのニビル人の古代の王トートの名を持つ自分に出来ない筈はない。
トートは自らを鼓舞する様に、心の中で呟いた。
そうする内にカートは一つの部屋の前で停止した。二人が降りると、二人の二倍ほどの高さがある巨大な扉が音もなく開いた。
「入りなさい」との声に促されて、二人は入室した。
巨大なスクリーンが全面に広がり、数名のニビル人がコンソールボックスの前に座り何かの操作をしている。
それらの人々の中央に居た二人のニビル人が椅子から立ち上がり、こちらを振り返った。
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by levin-ae-111 | 2013-04-25 05:00 | Comments(0)

昨日は3

 今月の2日から仕事に復帰しましたが、ぼちぼちと遣る積りだったのですが、初日から連続で帰宅時間が午後7時を過ぎてからになりました。
それでも徐々に回復し、快調になりつつありました。
しかし、今日(23日)になり何か胸の辺りがザワついていました。そして何時も通りに仕事へ行き、順調にこなしていたのですが突然に病気を発症した時に近い状態を感じました。

背中、肩、首の酷い凝りと痛み、それに伴う頭痛と一気に疲れが襲ってきました。身体が重くなり昼食後には、若干の振るえも出て来ました。それでも何とか仕事の切りをつけて、早引けしました。
心理的には随分と楽になった筈ですが、身体のダメージが凄いのです。仕事中にも何度も休憩をとり、ストレッチをしたりしました。
それで暫くは良いのですが、少し作業を続けるとまた辛くなります。次第に辛くなる間隔が短くなり遂に仕事を続けることを断念しました。

どうやら仕事中の姿勢に問題があるようです。立ったまま下を向き、長時間に渡って腕を動かす作業なのですが、これは僧帽筋や腰、肩や首に相当な負担です。
自然と背中も丸くなり胸も圧迫する、そういう状態を続けることで発症するようです。
結果的に酷い頭痛も発生し、立っているのも辛くなります。
今朝も首や背中や腰のダメージは回復していませんし、頭痛もあります。胸がザワザワする感じはかなり軽減されましたが、まだ少し有ります。
これの厄介なところは、筋肉の活力が低下しているので、一旦ダメージを受けると回復に時間が掛かることです。

昨日は様々に処置をして早めに就寝しましたが、ダメージは回復していません。今日は休みを取る積りです。皆様、くれぐれもご自愛ください。
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by levin-ae-111 | 2013-04-24 05:48 | Comments(0)

不思議な感覚

 私は時々、以前に自分が書いてネットに載せた記事を読み返す。ETソウルなどは実に多くの分量に達するが、読み返してみてとても不思議な感覚に陥る。
原本の『宇宙人の魂を持つ人々(スコット・マンデルガー著)』からの引用が大部分だが、それに挟みこまれている私自身の完全オリジナル文章は自分自身が記述したとは思えない程に自然に原本の表現に溶け込んでいるからだ。
読み返してみて誤字や脱字も多いが、正直に告白するとそれでも自分が書いたとは信じられない気がするのである。

ETソウルに限らず、その他の長文のシリーズにも同様の感じを抱いている。そして何もかもの始まりである『チャネリング体験記』なる一連の文章にしても、自分でない自分が書いたとでも言うしかない不思議な感覚を覚えている。
確かにこれを書いている時、次は何を書くべきかと想い悩み書けない時期もあったが、それでも少しのきっかけでスラスラと書けてしまった。
その以前に私がそれほど多量の文章を記述する能力がなく、手紙さえも書かない人間であったことを思うと狐にでもつままれた気分がする。

考えてみれば『チャネリング体験記』を書く前に、約1年間に渡って何者からか文書を記述する為の教育を受けたように思う。勿論、その何者かは実態がなく、私自身の思考という形体で話し掛けて来たのだった。
私はその何者かの語る内容を文章にする、そういう約束をしてしまった為に、約束を履行する様に迫られた。そしてワープロに向って不慣れな記述をする羽目に成ったのだったが、その作業は毎日続き、日々A4用紙にビッシリと文章を書かされた。
そういう状況が暫く続き、これで終わりと思いきや次は小説を書けという。
結局それにも挑戦し、これまたA4で100枚以上の分量になった。

しかし、どの文章も誤字・脱字が多く、更に段落や改行など全く出鱈目でとても人様に読んでもらうレベルのものではなかった。
その後には不思議体験を何度かした(させられたと言うほうが正解かも知れない)。
自分の働いている姿を高い位置から目撃したり、不意に至高の幸福感に誘われたり、自分が事故に会う場面を事前に見たり、何者かに台車を押して貰ったりと可笑しな体験が単発的に続いた。
だが、文章を書かせられことは無くなり様々な不思議体験に遭遇しながらも、鈍感な私らしく特に不安を覚えることもなく普通に仕事をする日々が続いた。

そんな暇を持て余す日々を過ごしていた私だったが、不意に不思議体験の数々を書き記し
それを何かの形で発表しなければ成らないと考える様になった。
そして書き始めたのが『チャネリング体験記』と題した文章で、どうなったものか文章力は数年前とは比較に成らない程に向上していた。
書いている時は考えている積りだが、その出来上がりを読むと、どうにも自分がそれを書いたという感覚が湧いて来なかった。
ともかく、私にとって自分が書いた文章の多くが、どれを読み返しても他人の文章の様な不思議な感覚に捕われる。本を自費出版した友人も似た様なことを言っていた。悩みながらも書き始めると書けてしまう、何処からか文章が降りて来る感じだと。
私たちは誰でも自分自身を知っている様で、実は本当の自分を知らないのかも知れない。
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by levin-ae-111 | 2013-04-23 05:34 | Comments(6)

 3回シリーズで放映される予定のこのドラマも、既に2回目の放送も終わった。
ドラマが描くのは結婚したい男女の必死の婚活である。
バリバリのキャリアウーマンで職場でも頼りにされている通称『蓮(はす)ミン』は、長い間独身を通して来た母が再婚の決意をした事をきっかけに、婚活サイトで婚活を始める。
サイトが主催するセミナーに出席し、様々なアドバイスを受けたりお見合いパーティーに参加したりする。
蓮ミンを主人公にそこで出会う同じ様に結婚相手を探している男女の切ない想いや、様々な出来事を描いている。

 結婚といえば、私自身も独身なので身につまされる話しであるが、私の場合は完全に諦めているのでサバサバしたものである。
確かに私ももう少し若い頃は、他の人を見て「あの人にも妻子があるのか」とか、「あの人に彼女がいて、どうして自分にはいないのか」とか思ったものだ。
こんな私でも若い頃から何人かの女性とお付き合いをしたが、結婚には至らなかった。
あの頃は結婚など考えもしなかったし、元々から結婚に夢など持っていなかった。
それは今も同じであるが、結婚したい人たちには良い結婚が出来ればと思う。

 私の場合は両親を見ていて、結婚生活というものに最初から幻滅していたのかも知れない。父は身勝手で仕事以外では落第だったし、母は子供に平気で父親の悪口を言った。父親は子供を煩いと怒鳴り、果ては手を上げたりする事も度々にあった。
家族など俺が食わせてやっているのだと言わんばかりで、家族で一緒に何処かへ出掛けたことなど一切ない。母は内職をしていて長距離ドライバーの父が帰って来る日には、眠らずに待っていた。それでも父の母に対する態度は、横暴だった。
そういう両親を見て育てば、結婚に対する幻想など持ち様もない。ただ若い頃には、自分は絶対に父親の様には成らないと決めていた。
しかし振り返ってみると若い頃の自分も、父親ほどではないにしても身勝手で考えなしの態度を恋人に対して取っていた気がする。

結婚とは他人同士が同じ家に住み、お互いの長所・短所をも認め合いながら妥協して生きることである。責任も独り身よりは大きく膨らむ、決して良いことばかりではないと考えている。それよりもスピ的に考えるなら、私は結婚生活を通して自分を成長させるという選択肢を選ばなかったのだろう。

『ご縁ハンター』
出演は観月ありささん、他に大塚寧々さん、井本あやこさん他
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by levin-ae-111 | 2013-04-22 05:13 | Comments(0)

昨日は

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 金曜日にはクタクタに成って帰宅(残業2時間)し、昨日は午前中に最小限の買い物をと近くのスーパー&ホームセンターへ出かけました。
お目当ては30本入りで¥868也の缶コーヒー(ブラック)です。別に大好きではないのですが、朝これを飲むとお腹が反応してとても良い具合なのです。
ついでに座り心地の良さそうなクッションと、どんべえのカレーうどん(袋入り即席めん)を買って帰りました。

車に乗り走り出したところで、タバコの買い忘れを思い出し近くのコンビに入りました。
そこで、ついつい店内を物色していると、面白そうなコミックを発見。大好きな時代物ですが、初めて見る作品でした。
私が日頃から探すのは『剣客商売』(大島やすいち作画)なので、コミックコーナーでそれを見つけましたが既に持っているものばかりでした。
『剣客商売』はストーリーも去ることながら、大島氏の画風が好きで愛読しています。それと似た感じの画風で時代物をみつけたのですから、もう誘惑に勝てませんでした。

みつけたのは『そば屋 幻庵』という作品。人殺しの場面はなく、夜鳴き蕎麦屋を家族に内緒で営んでいる旗本のご隠居の話しです。
剣客とは異なり、人が死ぬ場面がありません。蕎麦好きが高じて夜鳴きの屋台を出すまでになったご隠居は、まだまだ若く腕も立ち立派な人格者なのです。
蕎麦の腕前も相当で、沢山の常連やお馴染みさんが居るのですが、家族に内緒で小物の老爺と二人でコソコソとやっているので毎晩は無理です。
この隠居、牧野幻太郎は妻に先立たれて今は、息子夫婦と若い女中と老爺の小物とで暮らしています。

老爺のほかには、夜鳴き蕎麦のことは絶対に内緒、何度も露見しそうになるが老爺との絶妙のコンビネーションで切り抜けるのです。事件も起こりますが、ホッとさせる結末ばかりの短編が10話収められていました。どうやら私が手に入れたのは7巻ある内の第5巻らしいのですが、また探してみようと思っています。
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by levin-ae-111 | 2013-04-21 08:34 | Comments(0)

様々に想うこと

 4月も下旬に入った今日になっても、相変らず朝の気温は低いままです。そのお陰かまだ桜も観られますから、悪くはないのですが。
さてTPP参加交渉に名乗りを挙げた日本ですが、本当に例外は認められるのか、政府の交渉能力を考えると甚だ不安ですし、希望的観測は出来ませんね。
何よりも聞くところでは、TPPに加盟した場合その国の国法よりも条約の方が優先するとか、その一点だけでも十分に驚異を感じます。これだけで、最初から交渉参加など論外と思うのです。お偉い方々は何を考えているのでしょうね。
例えて言うなら、自分の家に他人が乗り込んで来て、あれこれと好き勝手にして良いという事ですよね。そんなことは絶対に認められない、と私は思います。

そしてアベノミクスとかいう経済政策のお題目に、敏感に反応する経済も正直どうかと思います。株価が上がったと盛んにニュースで流れていましたが、それが私たち庶民にとって何かの恩恵があるのでしょうか。それからインフレターゲットとやらで、円安へと誘導する、それって庶民には利益ありませんよね。
海外旅行には行き難くなりますし、生活必需品の多くを占める輸入品の値段も上がり、販売店の努力や消費者の節約もあっさりと飲み込んでフイになります。
 
関税撤廃などの事態になれば儲かるのは、自動車や機械、原発、それ位しか想い浮びませんが兎に角、規模は大きいけれど日本産業のごく一部に過ぎません。しかも企業本体は儲かりますが、無数の下請け業者に恩恵が巡って来るまでに何年も掛かることでしょう。
下請け業者にとっては、原材料や経費の上昇が続き、製品の値段は相変らず低く抑えられ続けるでしょうから持ちません。更に困るのは農業、漁業など生活の土台を支える産業でしょう。
先に述べましたが、日本政府にこれらの基本的産業を守る交渉術があるとは思えませんし、相手側が日本製品に対する関税を軽減してくれるとは限らないのです。
私たちの生活はTPPに加盟することで、大きく様変わりするかも知れません、株価上昇イコール景気回復とは、庶民レベルでは決して言えないのです。

ボストンマラソンの爆破テロ、数々の銃乱射事件に加えて今度は爆破テロから間を置かず化学工場の大爆発事故、米国は災難続きです。
それもこれも、裏で私たちが伺い知れない何かが働いている気がします。カルマなどとは言いませんが、米国がこれまで世界に向けて行って来たことの反作用かも知れません。
米国が推進するグローバルスタンダードとは、米国の国益を最優先する身勝手な押し付けに過ぎません。その為になら、何でもする貪欲な国家がアメリカです。
世界で最も危ないのは北朝鮮でも中国でもなく、アメリカです。日本有事の際にも、アメリカは自国の国益に叶わない場合は守ってくれないでしょう。アメリカが守ってくれると安易に思い込んでいては、日本民族は滅びてしまうでしょう。
 
 中国の尖閣諸島など各国とのトラブルは、隣接する国々にとっては非常に迷惑です。中国もまた身勝手な屁理屈を振りかざす人類社会の癌のひとつです。
彼らもアメリカ同様に、国益の為なら何でもするでしょう。私が思うに近世になってから日本が中国と深く関わった場合、全くろくな事が無いという事実です。
黄海海戦、支那事変、日中戦争と、どちらが勝利したにせよ良いことなど有りませんでした。現代は経済的な結びつきが強いのですが、これ以上は関わらない方が良いと私は考えます。日本は同様に迷惑を蒙っている各国と手を結び、しっかりと共同して問題解決に当たるべきです。基本的にイザとなれば中国は、話し合いなど受け付けないと考えていた方が良いと考えるべきです。

少し以前に中国人が日本の土地を買い漁っているという事がありましたが、これに対して政府は放置するだけで気にもしていませんでしたね。
彼らは水源を求めて山林や原野を買うという、税金だけ払って何の利益も無いと考える土地の所有者は喜んで売るのでしょうね。
私は外国人への土地売買を断固として禁止すべきだと考えます。ケチなナショナリズムからではなく、狭い国土を外国人に売るべきではないと思うからです。
水源を押さえたら、彼らは断固として水をくれないでしょう。これは私たちの死活問題なのです。法的に断固とした規制を掛け、違反したら厳罰に処すという位にしても良いと思います。無論その以前に土地を持て余している地主には、政府が買い上げるなどの助成が成されるべきです。

 本当に勝手を言っていますが、私には外野席から野次を飛ばすことくらいしか出来ないのでお許しいただきたいと思います。
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by levin-ae-111 | 2013-04-20 10:11 | Comments(0)
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 ロンドン軍縮条約により大型駆逐艦の建造も制限された日本は、条約の網の目をかい潜る600トン未満の艦艇に眼をつけた。
そこで水雷艇という名目で600トンの船体に、強力な武装を施した小型駆逐艦を建造した。
その武装は12.7センチ砲(単装)3門、53.3センチ連装魚雷発射管2基を装備した。
しかし小さな船体に重い兵器を無理に搭載したために、当然のごとくバランスの悪いものになってしまった。

千鳥、真鶴、友鶴、初雁の4隻が建造されたが、友鶴は竣工直後の昭和9年3月12日五島列島の東方で転覆事故を起している。それは、竣工から僅かに一月後のことだった。
この事故を踏まえて、このシリーズの武装は後に変更され、魚雷発射管は1基に減らされている。4隻の姉妹艦のうち3隻が戦没し、4番艦の初雁は終戦時にも健在であったが解体処分されている。
排水量772トン、全長(水線長)73メートル、水線幅7.3メートルというコンパクトなサイズの駆逐艦であった。

さて去年か一昨年のことだが、私は現代の水雷艇とも言えるミサイル艇の見学に出かけたことがある。連装ミサイル発射筒2基、大砲は76ミリ単装速射砲1門、12.7ミリ機関銃2基だけであった。排水量は200トンで、推進器はスクリューではなく水を噴出して進み、速力は40ノットだったと記憶している。前長50.1メートル、全幅8.4メートルと千鳥型駆逐艦よりも更に小さい。
ブリッジはとても狭く6畳ほどだったし、通路も非常に狭く階段など1人しか通れなかった。定員は21名で2002年頃から就航したはずである。
小さな船で大海原へ乗り出す気持ちはどんなであろうか、高速走行している時など揺れも半端ではないだろう。

今も昔も小艦艇の兵たちの艦内生活は、決して快適ではないだろう。しかし現代のミサイル艇は21名であるが、千鳥型駆逐艦では120名もの人が乗り込んでいた。
狭い艦内で必死に戦い、武運つたなく船が被弾すれば脱出する事も儘成らないであろう。
今日も訓練に励んだであろう海上自衛隊ミサイル艇の、ラッパ手が聞かせてくれた見事なラッパの音色を思い出した。

写真は「千鳥」とミサイル艇「うみたか」
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by levin-ae-111 | 2013-04-19 21:38 | Comments(0)