身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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謹賀新年

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新年
明けましておめでとうございます
本年も宜しくお願い申し上げます
2014年 元日


*少し早いのですが、込み合う前にご挨拶申し上げます。
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by levin-ae-111 | 2013-12-31 21:39 | Comments(0)
稚拙なブログに沢山のコメントを戴き誠に
有難う御座いました。

皆さま良いお年をお迎え下さいませ。
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by levin-ae-111 | 2013-12-31 12:38 | Comments(0)
 この本では私達が『死』について疑問に思うことを、列記しフランチェッツォが答えるという形式で記されています。これからその疑問とそれに対する答えを書いていこうと思います。

Q1『死』は終わりではないの?
A:現代の私達に近い感覚で『死』に対する認識を持っていたフランチェッツォは、『死』は全ての終わりだと思っていた。だが実際には『死』後にも意識が存続し、身体的な感覚も持続するという事が、フランチェッツォの体験から分かる。従って人間にとって『死』とは決して終わりではないという事がわかります。

Q2 自分が死んだことは、いつ分かるのか?
A:フランチェッツォの場合は暗闇の中で、彷徨った挙句に愛する女性に会いたいと思いました。
 その時に彼女が墓の前で泣いている映像が見え、自らの死を悟ったのです。
 この場合は彼女が墓前で泣いているのを見て死を悟った訳ですが、臨死体験者の話しを総合すれば、大抵は自らの身体を上から眺め、周囲の医師や看護師、身内などのその時の様子を見たり会話を聞いていたりします。そうして亡くなった場合は『死』を意識出来るかも知れません。しかし臨死体験者の様にその時の光景を見ることもなく、臨終を告げる声も聞かずに亡くなった場合は自分の死を自覚出来ないかも知れません。
 そして、更なる問題は本人が自分の死を受け入れられない場合です。そう成るともう死を自覚するまで死を受け入れるまで、この世を彷徨うことになるのです。

Q3 霊はいつ肉体から離れるのか?
A:フランチェッツォは死んで暫くの間、自分の墓の周りでウロウロしていた様です。日本人とは違ってお盆とか、お彼岸とかの習慣の無いヨーロッパ人の彼が墓から離れられなかったのには理由がありました。
 それはスピリチュアルな世界で『シルバーコード』とか『霊糸線』と呼ばれる、霊体と肉体を繋げる紐の様なものに原因がありました。
 フランチェッツォは墓に来た彼女の後を追おうとしましたが、遺体の周囲数メートルか十数メートル以上は離れられなかったのです。
 ゴム紐で結わえられている様に、それは伸びるのだけど必ず引き戻されたというのです。
 
 その原因は『シルバーコード』にあったのですが、この霊体と遺体を繋ぐコードは遺体が朽ち果てるまで切れないのです。日本は火葬ですから、比較的に早く自由になれます。
 後に出てくるフランチェッツォの友人は(自殺)したのですが、このシルバーコードが切れるまで、遺体の腐敗する様を見、痛みや苦しみも味わったといいます。
フランチェッツォは自由に成ると、愛する彼女の部屋や周囲を何度も訪ねていた様です。
 日本仏教では49日の間、7日ごとに遺族が供養をする行事が設けられて死者を慰めるのですが、昔の日本人は死者が暫くは遺体の傍や遺族の近くに居る事を知っていたのでしょう。

 ここまでの質問と答えには、スピリチャル系の他の人々が説いている事柄と同じです。従って特段に目新しい情報という訳ではありません。ただ多くの話しが臨死体験という『死』の一歩手前であったり、霊能力を駆使した体外離脱体験であったりするのに対し、フランチェッツォの場合は完全な死者の話しであるという点で異なっています。
  私も母方の祖母が亡くなった時に、数日間は部屋に甘い良い香りが漂っていた事を覚えています。祖母は遠く佐渡島で亡くなったのですが、留守番をしていた弟も良い香りに気づき、祖母が来たと思ったそうです。
 そういった私の体験からも、死者が生前の親しい人々を訪ねて来るという説は正しいのであろうと感じます。
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by levin-ae-111 | 2013-12-31 11:49 | Comments(2)
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 暮れから正月休みには、読書をしようと決意しました。元々から本は好きなのですが、最近は仕事の疲れと怠け心で余り読めてはいませんでした。
そこで片付けや掃除を29日に終わらせて、本日は図書館へと足を向けたのですが、駐車場は閑散として1台の車も無く、建物には灯りが点っておらずどうやら休館のようです。
薬局に寄り車のごはんを補給した後に、仕方なく近くの書店へ向かいました。
そこで見つけたのが『死後世界地図』という本でした。他にも誘惑に駆られて耐え切れず、2冊を買い込み、合計3冊も買ってしまい予想外の出費となりました。

 さて、この『死後世界地図』は19世紀初め頃にイタリアに生きたフランチェッツォという貴族の霊が、霊媒師Aファーニスという人物に語った霊界の実態です。Aファーニスも19世紀のイギリスに生きた人で、19世紀末にこの交信を出版しました。これが今回、私が買った本の元です。
霊人としてかつてのイタリア貴族フランチェッツォ氏が、霊界での体験を語るという内容は非常に興味深く、また生きている私達にとって大いに参考にすべき示唆に富んだ内容となっています。
シルバーバーチやスゥエーデンボルグとは趣が異なり、非常に分かりやすい表現で書かれており、フランチェッツォの現代に生きる私達の感覚に非常に近い感性も手伝って、その内容は身につまされるものがあります。

 フランチェッツォはイタリア貴族に生まれ、端正な容貌と財力に恵まれ、放蕩を繰り返して生きていました。イタリア社交界の注目の的であり、あらゆる道楽を楽しんでいたらしいのです。しかし或る女性と恋に落ち、その放蕩三昧の生活を止め、最高の伴侶と人生をやり直そうとした時に、病気によりこの世を去りました。
フランチェッツオは最初、自分が死んだとは気づかず、ただ真っ暗な空間で目覚めて、戸惑うのです。身体の感覚も有り、手探りで進みながら部屋の壁を探しますがいつまで進んでも突き当たりません。
時間が流れ死んだかも知れないと考え始め、彼は更に混乱します。現代でも多くの人が考えている死についての考えと同じ様に思っていたフランチェッツォは、自分の死に気づく事が出来なかったのです。

死は全ての終わりで、死後に続くライフが存在すると思ってもいなかったのです。彼は愛して止まない女性を想いました。すると、墓地で涙に暮れる彼女の映像が見えたのです。
墓の主は自分自身です、そこで彼は自分が死んだ事を初めて知ったのでした。
そこから始まる彼の告白は、霊界での体験記です。霊界の多様な世界で自らの心の成長と共に、周囲の景色が変わり、より明るい世界へと導かれて行きます。
その途上で様々な霊界の階層世界を巡り、その素晴らしい風景や幸せそうな霊人たちの様子、反対に暗く陰惨な世界で苦しみながら蠢く(うごめく)もはや人間とは見えない暗黒世界の霊人などを目撃するのです。

フランチェッツォは指導霊であるアーリンジマンの助けと、友人となった霊人たちの助けにより、幾人もの低い階層の霊たちを救出していくのです。地獄の霊たちの世界は凄まじく、争いを続ける者たちの世界であり、身動きも取れない沼の中に閉じ込められていたりする。
しかし、彼らを苦しめているのは他成らぬ彼ら自身の生き方、考え方から発生した反動なのだ。つまり霊界では考えや信念が具現化され、本当の心の状態が現れるのです。
フランチェッツォの体験的な霊界通信は、霊界の実態を教えてくれるだけでなく、生きている私達にどんな心構えで生きるのが肝要なのかを教えてくれています。
これから、この本に記されているフランチェッツォの体験を基に、如何に生きるべきかを考えたいと思います。
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by levin-ae-111 | 2013-12-30 19:31 | Comments(0)

ある日のイメージ


 いよいよ年の瀬も押し迫って来ました。漸く仕事納めも終わり、明日から8連休のお正月モードに突入します。
それはさて置き、私はまた例によって湯船でウトウトして、イメージを観ました。それは二人の美しい男女のイメージでした。
女性はペルシャ風の衣装で、透き通った赤のマント?(ベール?私には分かりません)に、飾り付のバンダナというスタイルでエキゾチックにポーズをとっていました。
男性は女性の後ろにいて、スッとした鼻筋の通った整った顔立ちで微笑んでいます。男性は髭を生やした顔も見せてくれましたが、凛々しさが一層引き立ちます。

 こういうイメージは時々来るのですが、ブログ友達の方によればオオヤマヅミの神(男性)と国之常立の神(女性)ということでした。
私はイメージに出て来る人物たちから、幾つかの物を貰っています(もちろん、これもイメージですが)。刀、巻物、酒、薬などです。
今年は春にうつ病になりましたが、肩や首の酷い凝りと頭痛に悩まされて眠れない夜など、イメージに現れた女性のシルエットが、私に向かって何かのエネルギーをくれました。
他には同じ女性のシルエットから、煎じ薬の様な飲み物も貰いました。
そのお蔭かどうか、私の病状は回復に向かい、不安感も徐々に薄れていきました。
嫌なイメージが来ると、貰った刀をスラリと抜いて切り裂きます(笑)
巻物は広げて見るのですが、何が書いてあるのか読めません。

よく神様の指示を受けて云々という話がありますが、私の場合は全くその様なことはありません。寧ろ逆に何かをして貰う一方という気がします。本当に有難いことだと思います。
私に出来ることは、感謝の念を送ることと、国之常立の神が好きだというナスを積極的に食べるだけです。国之常立の神は私についているので、私の食べた物を味わえる様です。
本来は神様がお祭りされている神社に参拝するのが良いのでしょうが、なかなか遠くて行けません。しかし、感謝を忘れず心で繋がっていることの方が大切だと思っています。
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by levin-ae-111 | 2013-12-28 21:52 | Comments(0)

人生は不公平?

 今日は、友人と待ち合わせをして会いました。特段に変わった話しもないのですが、私も暇だったので誘いを断る理由もなく、行きつけの喫茶店に出かけました。
そこでは様々な話しをしたのですが、彼がある女優さんについて、○NKの朝ドラに出演し、美人で才能もあり、最近は推定2億円ともいわれる豪邸を若くして建てたと言います。
そして彼女は努力もしているだろうが、世間にはもっと頑張っている人がいる、でも報われないのはどうしてだろうか?不公平ではないのかと言うのです。

 私は乏しい知識を総動員して次の様に答えました。
①人生を自分でデザインして生まれて来るとしたら、彼女はその様なチョイスをして生まれたのでしょう。
②人生の幸福の総量が等しいのだとしたら、まとめて幸運を使う人もしれば少しずつ小出しにする人もいるのではないでしょうか。従って今が良くても、将来は分からりません。
③有名人でお金持ちだとしても、それ成に必ず悩みが存在します。
④この世的な名誉や栄光に包まれた人生が、魂の目から観れば必ずしも良い人生とは限りません。増上慢になり、自分を見失ってしまう危険性も高く成るからです。
これらの事を私なりに話して、人生は不公平なものとは言い切れないと答えました。

何も生産しないスポーツ選手が、一般の人の生涯賃金とは比べものに成らない程に多くの収入を得る、人々に感動や楽しみを与えるのが彼らの仕事だとしても法外な収入です。
友人はそれに引き換え、自分はこれといった成すべき使命もなく、何の為に自分は存在するのか?とも言います。
確かに自分の思い描く人生とは異なるかも知れませんが、それは自らの計画を忘れているに過ぎないのだと私は思います。

『この世は監獄』とは、コンノケンイチ氏の例えですが、言い得て妙です。監獄では極悪人ほど威張っています。そこまで酷い言い方をしなくても、若い魂は物質的なものに執着しますから、物質の世界では成功するのです。また老成した魂の人生は、マザーテレサの様に私達にとってはアナザーワールドの住人です。私や友人は例えるなら、物質にも精神にも興味を持つ青年期の魂といったところでしょうか。

さて友人は虚しさから自ら命を断とうとしましたが、その前に不思議なお爺さんの所を訪ねていました。もう80歳を超えているらしいそのお爺さんは、その家に伝わる全ての人の人生を書いてあるという古い本を使って、人の過去や未来を話して聞かせてくれるのだそうです。まるで日本版『アガスティアの葉』の様ですが、友人はその人から「五葉松の様な人生」と言われたそうです。
その意味は本人は努力して頑張っている積りでも、傍からは何もしていないのと同じにしか見えない。五葉松は伸びた葉を軽く剪定するだけで、手軽に形を整えられる事から、そう例えられたのだと言います(私にはよく解りませんが)。
面白そうなので、私もそのお爺さんを訪ねてみようかと思います。連絡先などは後で友人が調べて教えてくれます。楽しみです。
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by levin-ae-111 | 2013-12-24 05:31 | Comments(2)

裸の古墳(石舞台古墳)

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明日香村(奈良県)にある『石舞台古墳』は、封土がなく、石棺が露出した状態に成っていることからこの名前が冠されている。
しかし、元々はちゃんと土に埋められていたものらしい。かつては東西481メートル、南北83メートルの外堤を配した上円下封方墳か、方形墳だったと考えられている。
では何故に最初は存在したはずの封土が取り除かれたというのだろうか?

この古墳の埋葬者は、有名な蘇我馬子だとされている。つまり有体にいえば、強大な権力を手中にして傍若無人に振舞った馬子への懲罰として、蘇我氏滅亡の後に古墳の封土が除かれ石棺が剝き出しにされたというのだ。
 蘇我氏は稲目の代に物部氏と並ぶ威勢を得た。用明天皇の後継を巡って物部氏と争い、物部の推す穴穂部皇子を暗殺する。その後は物部氏を討って、蘇我氏専制の時代を手に入れた。
それからは崇峻天皇を暗殺したり、新羅に貢物を催促する為に出兵しようとしたり、天皇領の割譲を推古天皇に迫るなど思うままに政を専横した。

 馬子が死んだのは625年5月20日とされ、遺体は子の蝦夷により桃源の墓(石舞台古墳)に葬られた。その造営には蘇我氏の全氏族が動員され、数年の歳月を掛けて造られたという。
蘇我氏はその後も蝦夷、入鹿と三代に渡り繁栄を極める。
三代続けて権勢をほしいままにした蘇我氏は、人々の恨みを買っていた。それで蘇我氏が滅亡した後に、墓の封土を取り除かれ石棺が剝き出しにされるという辱めを受けたと推測されている。

 しかし現在に伝わる歴史が正しいとは限らない。そもそも馬子、蝦夷、入鹿というふざけた名前からして真実なのか怪しいものである。蘇我氏三代につけられた名前も、恐らくは後に侮蔑の意味を込めてつけられたのではないだろうか。
蘇我氏を滅ぼしたのは中大兄皇子と藤原鎌足であるが、彼らには蘇我氏を必要以上に貶める何らかの理由が存在したのであろう。
中大兄皇子が入鹿を打倒してから即位して天智天皇と成るまで、実に6年もの歳月を要している。実質的には皇子のままで政権のトップに在った訳だが、その理由は明確ではないらしい。ただ滅亡した蘇我氏を必要以上に辱めた事と関係があるのかも知れない。
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by levin-ae-111 | 2013-12-20 21:10 | Comments(0)
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a0160407_2151984.jpga0160407_2145629.jpg 私は子供の頃、社会の教科書に載っていた埴輪の写真や絵に、何故だか親しみを感じていた。それは・・・何となく埴輪の顔と自分の顔が似ていたからだ。
特に、細い目と口が似ていると感じていた。それで、今でも何となく埴輪には親近感を持っている。
埴輪は古代の墳墓から出土し、恐らくは埋葬者の副葬品として、死者が寂しくない様に或は死者を守るという願いを込めて埋められたものなのだろう。
私が特に好きなのは、武人を模った埴輪である。それは映画『大魔人』のモデルであったに違いなく、余計に興味を持ったものだった。

 埴輪とは素焼きの焼き物のことで、大別して円筒形のものと人や動物などを模ったものがある。
埴輪の始まりについては、以前は日本書紀に書かれていた話しが信じられていた。それは垂仁天皇の御代のこと、天皇の弟が死に近親者も共に生き埋めにしたところ何日もうめき声や鳴き声が聞こえ、天皇が御心を痛められた。
そこで皇后が死んだ時に何か良い手はないかと訊ねたところ、野見宿禰が出雲より土師部を呼び寄せて人や動物を造って墓に並べた。天皇は大そうお悦びになられ『埴輪』と呼ばれるようになったという説だ。

 だが近年では、本当の起源が明らかにされた様だ。弥生時代後期の吉備地方の首長墓に見られる特殊器台土器と特殊壺型土器に、埴輪のルーツがあると考えられている。
器台は壺を乗せる土器で、高さは1メートル前後あり、胴体部には特殊な文様を施されたものが多い。この器台に壺を置いて吉備の首長たちは祭祀に使用したと予測されている。
時代が下がるとこれが畿内地方でも見られる様になり、更に特殊器台型土器の変形が進みやがて特殊器台型埴輪と、これにセットになった特殊壺型埴輪が造られるようになった。
この二つの埴輪が次第に円筒形と形象埴輪へと変化していったと考えられている。
埴輪や土偶には、古代人の祭祀や祈り、死者への自然な供養の気持ちが見て取れるのである。
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by levin-ae-111 | 2013-12-17 21:05 | Comments(0)

日本海海戦Ⅳ(決戦)

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 聯合艦隊は敵前で大胆な回頭を始めた。聯合艦隊の隊列は敵を左舷前方に睨みながら、その進路を西に横切りつつある。二時五分の回頭開始とともに、敵は好機到来とばかりに猛烈な射撃を始めた。
林立する着弾の水柱の中を我が艦隊は、縫う様にしてひたすら回頭を続ける。この大胆不敵な敵前回頭が成った時点で、海戦の勝敗は既に見えていた。
延々と長旅を続けて来たロシア将兵は、消耗し尽くしていた。対する我が方は極東艦隊を撃滅し、その後に十分な休養と猛訓練を続けてきており、司令官以下の将兵の士気も高い。

 その気力の差は、主砲の命中率の差に表れた。通常では3パーセントとまで言われた命中率を、この時の聯合艦隊は10パーセント以上にまで上げて敵を撃ち続けた。
これを単純計算すれば、我が方は1隻で敵の3~4隻に匹敵する働きをしたという事だ。
しかし気の毒なのはロシア将兵で、妨害される中を延々と半年以上も航海を続けた挙句がこれである。その長旅が屈強なロシア将兵の気力を奪い、戦意を萎えさせた。余りの辛さに「早く東郷の砲弾を浴びて死にたい」などと日記に書き綴った将兵も居たという。

 さて回頭を終えた旗艦『三笠』が砲撃を始めたのは、二時十分過ぎであった。それと同時に味方艦隊が本格的な反撃を開始した。彼我の距離は6400メートル。
狙い撃ちに遭った敵主力艦は、次々と炎に包まれ30分ほど経過した時点で、戦いの勝敗は誰の目にも明らかと成った。しかし苛烈な砲撃戦は続く。
旗艦『クニャージスワロフ』を始め、戦艦4隻と巡洋艦1隻が夕刻までに撃沈されていた。
日没後には我が水雷艇が突撃し、雷撃で更に戦艦2隻と巡洋艦を葬り去った。そして夜が明ければ、砲弾の嵐。暮れては水雷艇の突撃と、我が方は十次にも渡る攻撃を繰り返した。

 苛烈な攻撃に晒された『バルト海艦隊』は、戦艦6隻、巡洋艦5隻、海防艦1隻、仮装巡洋艦1隻、駆逐艦5隻、輸送船1隻が沈没。白旗をあげて降伏したのが、戦艦2隻、海防艦2隻、駆逐艦と病院船が各1隻であった。
目的地であったウラジオストックまで逃げ延びた戦闘艦艇は、巡洋艦1隻と駆逐艦2隻だけだった。我が方の損害は主力艦の沈没はなし、水雷艇3隻が失われたに止まっている。
これを以てこの日露戦争の帰趨は決した。
強大な艦隊を誇ったロシアだったが、いまや小艦艇を要するだけの弱小艦隊に落ちぶれた。これ以降はアメリカとの冷戦が到来するまで、半世紀以上も強力な艦隊を復興させる事は出来なかった。

 大胆な敵前回頭をしてまでも、絶対に敵を撃滅するという東郷司令長官の決意は、正に国の興亡を一身に背負うという責任感と決意の現れである。敵艦隊発見の報でマストに掲げた『Z旗』は、後の海軍に引き継がれ、現在の海上自衛隊にも受け継がれている。
本来は国際信号旗の一種だが、東郷はこの時、この旗を『後が無いぞ』という意味を込めて掲げさせたのである。『Z旗』は、司令官の一大覚悟の印だったのだ。
 
この日本海海戦の我が国の劇的な勝利は、我が国だけの喜びや希望ではなかった。当時、白人の植民地支配に苦しめられていたアジアの人々にも希望を抱かせた。
決して白人には勝利できないと思い込んでいた人々にとって、自分たちと同じ有色人種のしかも小さな島国の弱小国家が大国に勝利してみせたのだから、大いなる希望が彼らの胸に生まれたとしても不思議ではない。
殊に植民地から独立を目指し、後にアジア諸国の指導者と成る人々は、日本の勝利に大いに勇気づけられ、その勝利を「我々にも出来る!」という想いと共に胸に焼き付けたのである。そういう意味では、日本軍将兵たちの尊い犠牲が報われたと言うべきかも知れない。
終わり
参考文献: 聯合艦隊七番勝負 川又千秋著 祥伝社刊
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by levin-ae-111 | 2013-12-14 07:15 | Comments(0)
 ゼータレチクル星人(元エイペックス星人)には、さまざまな亜種が存在するようだ。その理由はこれまで述べたように、惑星環境の壊滅的な破壊により各々のグループが地下に潜り相互連絡が断絶していたからである。
また一部の人々は複数の他の惑星へ移住し、各々に独自の文化を築いたからでもある。
現在ではその中の幾つかのグループが私達、地球人に大きな関心を寄せているといわれる。
 多種多様な発展を遂げた彼らだが、自らの感情を捨ててしまった事を誤りだったと考え始めている。そこで以前の自分たちを取り戻すために、彼らが注目したのが私達なのだ。
そして善良なグループにとって、現在の地球はかつてのエイペックスを見ている様に映るのだという。それ程に過去のエイベックスの状況と地球の状況は似ているらしい。

 環境汚染による自然破壊の状況や原子力利用という点で、人類は進化発展の道を進むか或は自滅の道を辿るかの岐路に立たされている。エイペックス星に起こった悲劇の元凶が、そのまま地球で再現されつつあると彼らは感じるのだろう。
無論、エイペックスのそれと現在の地球の状況では大きな隔たりは在るのだが、このままの状況が続くならば大いに危惧されるという事だ。
ゼータレチクル星人には多数のグループが存在し、その考え方の違いによりポジティブな者たちとネガティブな者たちに大きく分類できる。
その考えの違いは、彼らの行動によって示されている。

 UFOによる誘拐事件(アブダクション)には、概ね二種類が存在する。ひとつは誘拐されUFO内部で検査され細胞のサンプルを採られた後で、記憶を消されて戻される場合だ。
もう一方は誘拐されたまま帰って来ない場合である。
前者では彼らの宇宙船内に明らかに人間に近いと思われる外見の人物がいて、彼らと一緒に仕事をしている場合がある。その人物は大抵の場合、彼らが感情を取り戻す或は人間らしい種族に戻るのを手伝っているプレアデスその他の宇宙人である。
後者ではその様な人物は居らず、彼らの食料として誘拐され殺されてしまう場合がある様だ。キャトルミューティレーションなどの残虐な行為は、ネガティブ思考のゼータレチクル星人(通称グレイ)の仕業である。
彼らは皮膚から養分を吸収すると以前に書いたが、家畜の血液が抜き取られている事を考えれば、それはやはり食料としているのだと思われる。

ポジティブなグループは、遺伝的に自分たちの感情を取り戻す試みを続けており、地球人と彼らのハイブリッドに大きな期待を寄せているらしい。
ある説では未来には既にそのハイブリッド種族が存在しており、有名なバシャールがその一人であるという。
 UFOに誘拐される私達にとってはどちらも恐怖であるが、リサの説では誘拐される人と彼らの間では常に合意がなされているという。その多くはゼータレチクル星人の魂を持つ地球人で、無意識の内に合意が成されているのだ。但しこれは恐らくポジティブなグループの場合であり、ネガティブなグループに関してはその限りではないと思われる。

もっと変わった方法で善良な意識を持って人類にアプローチするグループも存在するようだ。
リサによれば遺伝的改造に反対するゼータレチクル星人の一部は、地球人に生まれ変わり人類の一員として生活し、危機的な地球の状況を変えようとしているらしい。
 尤も原子力使用などによる環境破壊の危機は、宇宙の文明が辿る平均的な進歩段階でもある。ここがひとつのネックであり、分かれ道でもある訳だ。
 何れにしてもゼータレチクル星人は、地球人から自分たちが遠い過去に失った人間としての特質を補おうとしている。彼らは地球人から自分たちの過去を思い出し、地球人に未来の希望を見出しているのだ。
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by levin-ae-111 | 2013-12-13 05:24 | Comments(0)