身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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巨大UFOみたいな雲

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by levin-ae-111 | 2014-10-31 22:01 | Comments(2)

空母運用の現実-2-


 航空母艦の運用は難しい。それは作戦面に限ったことでなく、実務をこなす実戦部隊にあってはより困難な問題が幾つも存在していた。
搭載機の発進や収容、格納、機体整備や兵装の着脱など、これらの作業の全てを揺れる艦内や艦上で行わねばならないからだ。

 航空機の発進の時は母艦が風に立ち、ほぼ全速で走り搭載機の発進を助けるのだが、海面の状態によってはローリングやピッチングが酷くなる。
艦首が下がった時に滑走を開始すると、十分な浮力が得られずに海に落ちる場合があった。
夜間の発進で技量の高いベテラン搭乗員が操縦する艦攻が、飛び上がれずに墜落し死亡したケースも存在した。恐らくはピッチングで艦種が下がっていたのが、夜間なので見えなかったのだと思われる。

 ミッドウェーでは兵装の換装途中で敵機が来襲し、我が艦隊は何度も回避運動を強いられた。如何なる場合(航空機の発進中や収容中でも)でも見張り員が敵機を発見した場合、艦は直ちに面舵一杯で円を描き回避運動に入るのが決まりだったらしい。
単艦ならばどの方向に舵を切ろうと自由だが、艦隊行動中に各々の艦が勝手な方向に回避すると、衝突する危険があるからだ。

兎に角発進中にこれを行われると、飛行機は堪ったものではない。身軽な戦闘機ならばどうにか成るかも知れないが、鈍重な艦攻ではまず発進は不可能だったろう。
飛行作業者も悲惨だが格納庫ではもっと酷いことに成っていただろう。艦が傾く度に魚雷や爆弾を載せた運搬車が、あちこちで傾斜に合わせて転がっていたからだ。
否、運搬車だけでなく爆弾や魚雷が直に、格納庫の床を転がっていたに違いない。想像するにも恐ろしい状況だが、これはどの戦史にも書かれていないらしい。

 この急速な回避運動中には急激な遠心力が掛かり、船体が傾斜する。そうなると空母だけでなく戦艦や巡洋艦でも困った事態に陥る。
戦艦大和の乗員の証言では、艦が傾斜すると弾薬の運搬車がひっくり返ってしまい、給弾が途切れて中型以上の高角砲は撃てなくなった。従って人間の手で運べる機銃だけが発砲を続けられたとある。
この様に実際の前線では、後世の私たちが及びもつかない問題が多々存在していた。
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by levin-ae-111 | 2014-10-27 21:55 | Comments(0)
この法案は日本を観光立国にするとして、安倍政権がカジノを目玉にして観光振興、地域振興、産業振興を推進しようというものだ。
しかし私は反対である。カジノなど世界各国に存在するし、アメリカなどではカジノ同士の競争激化で閉鎖されるカジノも多いと聞く。

私の認識では、日本に来る外国人はカジノなどに興味はないと思う。日本に来る外国人の多くは良質な家電製品や薬、日用品などを求めて来る(主に中国の人など)。
そして豊かな文化、風情ある日本の古き良き風情を求めて来日するのだと思っている。

親切で災害の時にも整然と列を成し救援物資を受け取り、被災しながらも互いに助け合うそういう高い精神性は世界に大いに誇るべき宝だ。
そういう誇るべき精神性も、カジノ導入でズタズタにされてしまうのではないかと危惧する。欲望が剝き出しの社会は醜く、住み難い。そもそもギャンブルには少数の勝者と大多数の敗者が付き物だ。

カジノといえば、現在の世界経済の仕組み自体がカジノさながらのギャンブル的な要素に支えられている。そもそも金が金を産む、そういうシステムはとても変だ。
正統な分配が成されず、一部の者だけが過剰に富を独占し、彼らの勝手な理論で社会が支配されている。

株価や利息に一喜一憂し、様々な物を取引対象とした先物取引など、帳簿上で数字が動くだけで物の価格が左右される。
結果として金が無ければ本当に物を必要としている人には届かず、その物資を投機対象とする連中の手中に落ちる。

私たちが信じる民主主義も、実際には経済的事情に大きく左右されている。人間は経済が行き詰まれば戦争だって持さない。事実、第二次大戦も一次大戦も経済的事情が発端である。
それが国家であれ地域であれ個人であれ、悲しい現実ではあるが、私たちの社会は利己的な欲望に左右されている。そういう世界に在って、先述した日本人の高い精神性がより光輝く。

『観光』とは光を見ると書く。目指すならば本当の観光地を目指すべきだ。
日本人の高い精神性は今後より重要になり、より輝くはずである。崇高な精神性が放つ眩い光を世界の人が見に来る、そういう世界の精神的な拠り所を目指して欲しいものだ。
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by levin-ae-111 | 2014-10-26 10:51 | Comments(0)

空母運用の現実-1-

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 先の大戦の戦略や戦術について語られるとき、その多くが戦闘の結果について或は指揮官の決断についてであろう。後世の私たちはその結果を予め知っているわけで、どうしても結果論に偏りがちになってしまう。
しかし当時の兵器の扱いについて知っていたならば、その運用が如何に難しかったかを理解でき様というものだ。

 例えば攻撃機を発進させるにも、その準備には私たちが考えている以上に手間と時間が掛かった。
パールハーバーでは、第一次攻撃隊183機が4隻の空母から全機発進を終えるまで15分だったという。そして第二次攻撃隊が甲板に上げられ、発進が始まるまでに1時間が必要と見積もられていた。従って第一次攻撃隊と第二次攻撃隊の時間差は、一時間半とされた。
但しこの時間は予め周到に用意した場合のことで、ミッドウェーの様に急きょの場合はこれ以上の時間を必要とした。

実際には兵装の準備、燃料や弾薬の補充、暖機運転の時間など私たちが知り得ない多くの事前の準備が必要であった。更にミッドウェーでは艦隊直衛機が銃弾補給の為に頻繁に着艦し、それを暫時待たせながらのスムーズな発進準備をこなすには、相当な運用指揮が求められたのである。
つまり艦戦(零戦)と艦爆(99式)艦攻(97式)を格納庫からエレベーターで甲板に上げ、暖機運転(15~20分必要だったか?)を済ませ送り出さねばならなかった。

日米の空母で同じ作業が行われていたわけだが、暖機運転ひとつ取っても両軍で同じではなかった。日本の空母は格納庫が閉じられており、格納庫内での暖機運転は不可能で必ず甲板に上げてからでないと無理だった。
対して米軍の空母は格納庫が開放されていて、格納庫内での暖機運転が可能であった。
暖機運転が何故それ程に重要かといえば、車と違って飛行機はエンストが即墜落につながるからである。

当時の人々の証言によれば、艦爆(艦上爆撃機)彗星では15分程度の暖機運転が必要で、証言者によれば15分以下の暖機で離陸したが上昇中にエンジンが息をついて危険な目に遭ったという。また米軍では概ね20分の暖機運転が義務づけられていた様だ。
彗星以外の日本海軍機の暖機時間は不明だが、これらの飛行機に積まれていたエンジンは米軍機のP&W社製を元に開発されているので、米軍機同様に20分程度の暖機運転が必要だったと予測される。
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by levin-ae-111 | 2014-10-23 21:22 | Comments(0)

住民運動会

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 本日は生まれて初めて、住民運動会なる催しに参加しました。地域の人たちが集まって、赤、白、黄、青、緑と地区ごとに組分けして、幾つかの競技を行い得点を競います。
私は最後に行われるリレーの選手に駆りだされました。
リレーは小学生の女子からスタートし、その他は年齢別の選手が走ります。

昨年までは完全無視だったのですが、今年は家の者が役員に入っているので、出走者が居ない50代の選手にと請われたのです。
距離は100メートルですが、もう何十年も全力疾走などしていない私としては走り切れるか不安でした。それにジャージも運動に適したシューズもありません。

仕方ないので近所のお店に出掛けて、安物のシューズとジャージを購入しました。早速少し走ってみましたが、どうもギクシャクした感じで上手く走れません。無理もありませ。最後に全力疾走したのは、記憶が正しければ大学生の頃です。
とても遅い上に息切れがし心臓は早鐘を打っています。おまけに足や腰に違和感があり、不安は募るばかりです。

せめて怪我をしない様にと入念にストレッチをし、不安いっぱいで臨んだ本番では、小学生の女の子がバトンを落としてしまい我がチームは第一走者からダントツの最下位に沈んでしまいました。
しかし女の子には悪いのですが、そのアクシデントでホッとした大人が何人か居たはずです(笑)
何を隠そう、私もその一人でした(*_*;

それでもバトンを受け取ると皆さん、必死で力走します。ですので、私も30年以上振りの全力疾走です。私的には違和感アリアリのギクシャクした走りなのですが、周囲からは「他のオジサンたちと走りが違う」「フォームが綺麗」とか言われました。
結局トップとの100メーター位の差は縮まらず、我が青組は断然トップの最下位に終わりました。

しかし、最終的な順位は3位でした。上位2チームがイン側のラインを超えて失格(笑)
イヤイヤながら参加したリレーでしたが、まだ走れるんだと思えたことが収穫でしたし、走り終えても息が上がらず、心拍数も高くなっていませんでした。
これはとても奇怪な現象です。走り終えても呼吸が乱れていないって、どういうことでしょうね。のどかな一日の中にも、不思議現象を発見した私なのでした。
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by levin-ae-111 | 2014-10-19 19:14 | Comments(2)
 昨日に引き続き、またまたイベント中の町中を不審なおっさんがウロウロと、当ても無く徘徊してまいりました。
それにしても皆様ほんとうに発想が豊で、芸術だーと感じさせるものから、ワカランと首を傾げるものまで様々な作品が展示されています。
ですが何れも力作ですので、その一部なりともご紹介したいと思います。

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by levin-ae-111 | 2014-10-12 17:01 | Comments(0)
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 今年も坂のまちアートが開幕しました。例年この時期に開催され、既に19回を数えます。
町内の民家を解放していただき、様々なアートを展示する催しです。
今年もふらりと出かけて来ました。絵画や切り絵など、写真は敬遠されますので撮影は出来ませんが、素晴らしい作品ばかりでした。
今日から13日まで開催予定ですが、台風が心配です。しかし取り敢えず明日は、大丈夫そうです。
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by levin-ae-111 | 2014-10-11 20:43 | Comments(0)
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私が子供だった頃は(覚えている限りでは)、大きな飴玉が1円、鉛筆1本が5円、菓子パンが15円、小さなカップに入ったアイスクリームが10円、アイスキャンディーが5円、チロルチョコ10円などと言う時代でした。歳がバレルので止めますが、今から思えば夢の様な値段です。しかし当時は給与水準も低くて、月給が6~7千円という時代でもありました。いつの時代も庶民の生活は苦しいですね。

 そんなことを考えていたら、フト思った事があります。それは太平洋戦争当時の兵器の値段は幾らくらいだったのか?という疑問です。
無論のこと兵器により値段は異なるのですが、調べられる限り調べてみたいと思います。

【魚雷】
 サイズにより様々でしょうが、概ね当時の金額で1.5万~4万円だそうです。
魚雷には様々なサイズがあり、搭載された兵器の種類により異なっていました。航空機用や潜水艦用、水上艦艇用などが存在しました。
昭和16年当時1000円もあれば家が建てられたといいますから、魚雷の値段は一発1億円位の感覚でしょうか。現代では対艦ミサイル『ハープーン』が一本1億円程度の値段で、少し前の魚雷(潜水艦搭載)で2,000万程度だったと聞きます。

【爆弾】
 これもサイズにより異なりますが、800キロ航空魚雷が2万円に対して、同様の800キロ分の爆弾は600円程度だったと言います。魚雷がいかに高価な兵器だったかが、よく分かります。

【戦艦大和】
 当時世界一の排水量(公試69000t)と主砲口径(46サンチ)の建造費が1億6300万円と推定されている様です。
【一式陸上攻撃機】
 三菱製の双発爆撃機で、当時としては画期的な航続距離(飛行可能な距離)を誇った。その秘密は翼内部に燃料タンクを設けていたからなのですが、そのタンクの防弾装備が貧弱だった為に被弾した場合に発火し易かったという話しもあります。
この一式陸上攻撃機は一機、25万円したそうです。

【零戦】
 日本海軍の主力戦闘機で、対中戦に投入され11型から52型まで改良を加えながら太平洋戦争の終わりまで使用されました。意外なことに、この零戦の値段は余り明確ではありません。
一説では当時の価格は一機あたり5万5千円とあります。但し装備品などを完備すると、値段は倍近くになったかも知れません。

これを現在の貨幣価値は直すのは極めて難しいのですが、戦後30年程度を経た物価が最初の挙げた値段(アイスや鉛筆など)ですから兵器は非常に高価なものだったのです。
現代でも兵器はとても高価で先に挙げた対艦ミサイル『ハープーン』は1発、1億円くらいしますし、戦闘機とも成れば100億円を軽く超えるものと考えられます。
どれも法外な値段ですが、兵器は現代技術の粋を集めた物です。人殺しの道具に最先端技術が集まっています。悲しいかなこれが、有史以来変わらない地球人の現実なのです。
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by levin-ae-111 | 2014-10-07 22:31 | Comments(2)

マッサージ

 これは今に始まったことではないのですが、眠ろうとして布団にはいると始まるのです。
何が始まるかと言いますと、手足のマッサージです。正確には誰かにマッサージされている様な感覚があるということです。

それは足や腕を丁寧に、優しく揉んでもらっている感覚です。最後には両足を高く持ち上げられて、伸ばされる感覚もあります。それは、本当に足を持ち上げられているかと錯覚する程のリアルなものです。
暖かくて気持ちが良くて、まるでホットマッサージの様で、知らぬ間に眠りに落ちるのです。

 この感覚は『気』と呼ばれる生体エネルギーだと考えていますが、初めから感じていたものではありません。自己流ではありますが、瞑想を重ねて『気』を感じられる様になり、知らぬ間に感じる様になったのです。
しかし、近年では母親も同じことを言います。実際に誰かに撫でられている、或は猫が身体に乗って動き回っている感覚なのだと言います。母は無論のこと瞑想などしていません。

ですから私も最近では、何か遺伝的要素があるのかも知れないとも考えています。家族でこの感覚があるのは母と私だけです。
本当に不思議ですが、この見えないマッサージ師の施術は、とても気持ちが良くて優しいのです。それでいながら、リアルな重さも感じさせます。
昨夜(10/4)もしっかりとマッサージしてくれました。
皆様、変な奴だとドン引きしないでくださいね( ;∀;)宜しくお願いしますm(__)m
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by levin-ae-111 | 2014-10-06 05:09 | Comments(0)
 先週の夜のことです。いつもの様に胡坐をかいて座り、幾つかの祈りを済ませ、そのまま座り続けていました。
心を静めて、ただじっと、瞼の裏の暗闇を見つめます。暗闇といっても、私が見ているのは色とりどりの光です。
異常と思われるかも知れませんが、暗闇で目を開けているより、目を閉じている方が私にとっては、遥かに明るいのです。

七色の光が素早く空間に尾を引きながら縦横無尽に飛び交っていたり、虹色のオーロラの様なものが、前方や後方から揺らぎながら次から次へと通り過ぎて行きます。
時にはその中心に真っ白な強い光の点が明滅していたりもします。
そういう光の乱舞を楽しんでいると、稀に鮮やかな風景が見えることがあります。

 先週もそのビジョンが見えました。見覚えのある小さな祠が見え、その周囲を黄金の霧が取り巻いています。
「神様に呼ばれている」と感じた私は、心の中で「次の休みにはお伺いしますので、どうかそれまでご容赦下さい」とお返事しました。
 
それから数日後、待望の休みです。奇しくもこの日は私の誕生日でした。
朝から準備をし、愛車に乗り込み雄山神社の中宮を目指して出発しました。折しも秋山観光の真最中で、午前8時前というのに立山へ向かう車が思いの外多く、驚きました。

 無事にお宮へ到着しました。いつもは横の脇道から参道へ向かうのですが、今回は大鳥居の正面から入ることにしました。大鳥居の前で一礼し、参道の端を歩いて行きます。
鳥居を潜ってから少し先に在る社務所には、早朝だというのに数名の人たちが居ます。手水場で手と口を清め、いよいよ参拝です。
最初はイメージで見えた祠にお参りしました。特に何も有りませんが、清々しい空気に包まれて爽やかな気分になりました。

次々と幾つかの祠をお参りしましたが、何処も清々しくはあるのですが、変わったことは何も感じません。元々、何かを期待して行った訳ではありません。
勝手に来いと言われたと思ったのですから、何も無くて当たり前です。それでも約束をしたのですから、約束を果たしたという満足感は残りました。
自分の思い込みとして片付けるのは簡単ですが、それでは自分自身を裏切ることになりますので、これで良いのだと思います。

ですが、念の為に心の中で神様に尋ねてみました。果たして返事は受け取れるのか・・・。
「儀式は済んだ、これで良い」と、内なる声が告げます。
意味は解りませんが、やはり行って良かったのだと感じました。それから私にしては珍しく御神籤を引いてみました。占いは『大吉』でした(^^♪
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by levin-ae-111 | 2014-10-05 10:11 | Comments(0)