身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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<   2016年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

有難い不思議

 昨夜は両親ともに足が冷たいとか、痛いとかいっていましたので、試しに手をあててみました。
先ずは母親ですが、私の場合は本当に両肩に手を置くだけです。暫くすると母が温かくて、汗が出そうだといいます。
冷たかった両足も左右に少し温感差はありますが、ポカポカして気持ち良く成った様です。

その横で父親がめを覚まし、これまた寒い、足腰が痛いというので父の肩にも・・・。
父の方は感度が良くて、直ぐに温感が有る様です。それで暫く腰や肩に手をあてて、二人とも喜んで眠りに着きました。
私の方は、会社での出来事に怒りを覚えていて、更に宿題も出されて苛々でしたが(笑)

いつの間にか私に備わったこの機能、無論のこと自分でも感じられます。時々は身体の一部が突然に懐炉を当てたみたいに熱く感じられます。とても心地良い温感なので、身体が炎症を起こしている訳でもないと思います。知らぬ間に始まり、知らぬ間に終わっています。
とても不思議ですが、有難いと思っています(^^)/
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by levin-ae-111 | 2016-03-26 18:42 | Comments(0)

朝から頑張りました

 またまた無理難題を押し付けられ、休日にも関わらず仕事をするハメに成った。上司にへつらうお爺ちゃん。
自分を良く見せたい為に、他の者に罪をなすり付ける。本人がその場に居ても関係ない。

爺さんは時々私宛に物を送って来るので、こちらもお返しをするが、正直とても面倒だ。
その心根が透けて見えるだけに、私としては迷惑だ。こちらは『仕事』として爺さんを手伝っているだけだ。
結局は上司にも当然のごとくに見透かされているが、上司の方も爺さんに利用価値がある内は突き放さないだろう。でっ、実務の不手際などは全て私が始末させられる事になる。

でっ、昨年末から続くとばっちりが、昨日も炸裂した訳で、やっつけ仕事で朝六時ころから始めて十四時ころに終了。
何処に行っても嫌われ者の爺さんだが、もう総合的に物事を考えるのは無理の様だ。
それにしても、歳をとれば本当に子供に戻るのだろうか。

何れにしても彼らの厭らしい駆け引きが解るという事は、自分の中にもそういう要素が存在するからだ。今更、中年のオヤジがいう事でもないが、改めて感じさせられた。
やっつけ仕事が出来たのは、同僚がデータベースを作成していてくれたからだ。
人間は浅ましくて小さい、何事も自分一人では成し遂げられない。自分で成し遂げた様に見えても、あずかり知らぬ処で誰かが何かを行ってくれているものだ。
今回はその事を肝に命じておこうと思う。
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人生は坂道を上るが如し。お粗末m(__)m
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by levin-ae-111 | 2016-03-26 17:55 | Comments(0)

気についてのお勉強

 日頃から『気』らしきものを感じまくりの私だが、知識は大して持っていない。そこで・・・何時もの本屋さんへ、フラッと寄ってみた。
そこでタイムリーにこの本に出合った?ので、私の持つ著者へのイメージは少し怪しいのですが購入してみました。

書いてある事の多くは実感して知っていたが、それを理論的に説明してあるので「ナルホド」と思った。気は生命エネルギー、食事は太陽エネルギーを植物や動物から頂く行為など、まあ当然の事柄が描いてある。
しかし気は単なるエネルギー、それに情報を載せて送れば病気治療も可能という。
そして邪気などと呼んで忌み嫌うが、エネルギーに乗っている情報の質により決まるのだという考えなどは、流石に我流の私には想いが至らなかった事柄である。

また気を使い過ぎて疲れて3日も動けなかったとか、アメリカで気功治療を何年かやっていたなど著者についての情報も載せてあった。
題名に『洗脳』とあるが、これは自分を洗脳して望みを叶えるという意味であり、他人を洗脳して操るという意味ではない。
つまりマーフィーの法則などと同様に願望を達成するという意味だが、ここで気を使うというだけの話しだ。勿論強く成りたい自分をイメージする事が必要であり、この作業が苦手な私にとって他の願望達成方と同じだ。

それに気功に呼吸法が付き物らしいが、私はこれがまた大の苦手だ。呼吸を意識すると集中できなくなる。私の場合は集中が高まると、いつ呼吸をしているのか自分でも分からなくなる。呼吸の感覚が無く成るので、時々ハッとして息を吸い込んだりする(笑)
脳科学者の著者が録音して特別なセミナーで流した曲のCDが付録に付いていたので、瞑想の時に試してみようと思う。

そしてもう一冊、歴史ミステリーに挑んだ人の本を買いました。しかしフトコロがピンチ!!やはり私にとって書店は危険な場所だった( ;∀;)

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by levin-ae-111 | 2016-03-20 14:53 | Comments(2)

神様、助けて~( ;∀;)

 先週から試作品のテストを連日にわたって行っています。このテスト、試作品を約一時間実際に使用してデーターを採るというものです。機械化できれば楽なのですが、我が社ではまだ人手に頼るしかありません。
試作品は大小12種類で、更に二種類の異なった対象物に対して使用し、性能確認をしなければなりません。

つまり12×2=24で、休みなく実施しても24時間必要となります。加えて幾つかの異なったバージョンが各々に存在しますので、それもテストすれば40種類以上に上ります。
それを一週間でテストして、レポートを提出せよとの命令です。
命令する方は、どれだけの時間と労力が必要かをまるで解っていませんが、そこはサラリーマンですから私も必死で課題をこなそうと躍起です。

テストで見込みの無い成績の物は、直ぐに廃棄します。60分の時間など無視で、悪い物は
即刻テストを止めて他の試作品へ移ります。
悲惨なことに週初めの月・火と他のことがらに時間を取られ、テストが出来ませんでした。おまけに、思った成績が出ない物が多くて対策を施した物を造ったりし、猶更にテスト時間を失ってしまいました。
焦りながら必死にテストをしますが、一日に8個程度が限界です。身体の負担も相当で、腕や背中が痛み、眠りが浅くて睡眠不足です。

本格的なテストを開始してから今日で三日目ですが、どうにか小のテストが完了しました。
明日からは大のテストですが、これはまた一層身体に負担が掛かります。
レポートの提出期限は守れそうにもありませんが、全力を尽くしますし幾つかの仕様変更も提案する積りです。
しかし、記録用紙の束をまとめるのも頭がイタイ問題ですが、まあ蛇の道は蛇で何とかします(笑)
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by levin-ae-111 | 2016-03-11 21:58 | Comments(0)

溜息というか愚痴

 今日、社長が工場に来た。私が試作品のテストをしている時に現れて、性能について云々と言う。またまた開発方針を勝手に変えて、自分勝手な思い付きを口にする。
私は適当に相槌を打ちながら、かわしていたが遂に「兎に角、今のをテストさせて下さい!」と主張した。
開発が遅いと言いながら、方針をクルクルと変えて足を引っ張っているのはお前自身ではないか、どうして解らないのかと怒鳴りたい気分だった。

その社長が組合執行部を呼び、工程のロボット化を考える様にと注文を出したらしい。連日の残業で疲れ果てている従業員に、しかもエンジニアでもない素人にそんな事を言ってどうなるのか?
エンジニア不在の工場も珍しいが、そんな事すら彼の頭には入っていないらしい。幾ら営業出身とはいえ、余りにも考え無し非常識だ。一旦言い出すと、また何時か突然に思い出して話を蒸しかえすに決まっている。何で実行に移さないと怒り狂うのは目に見えている。
悪い人ではないが、リーダーが無知だと部下が迷惑する。さしずめ作戦行動中の軍隊なら簡単に全滅といった処だろう。
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by levin-ae-111 | 2016-03-07 21:17 | Comments(0)

文字通りの自己客観視

 一度だけ、しかもホンの数十秒だったが、私は身体を離れて働く自分を目撃した事がある。
肉体労働をしている最中に突然に意識が抜けて、気がつくと空中に在った。
身体は手慣れた仕事をロボットの様に続けている。意識の私は自分を目撃しても、何ら特別な感情は湧いて来なかった。

それよりも肉体から解放された軽さ、爽快さに心を奪われた。不快な騒音や暑さ、身体に掛かる負担の一切から解放されて、私の意識は工場の天井近く浮いていた。
見た事のない位置から見た事のない場所を視ていたが、巨大な焼成炉の上部は長年の埃やヤニで酷く汚れていた。

音は聞こえなかった。ただ視力は素晴らしく、遠くの細かな部分までよく見えた。自分や仲間の働く姿が、まるで高画質のテレビを観る様だった。
そして得も言われぬ静寂、もう戻りたくないと思ったが、直ぐに身体に戻ってしまった。
酷い暑さと製品が焼ける刺激的なニオイ、汗で濡れた衣服の不快さ、耳に響く大きな音。
そして身体の重さ・・・これほどに意識にとって身体は負担なのだと思い知った。
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by levin-ae-111 | 2016-03-06 09:31 | Comments(0)
 この世界が魂の修業の場であり、魂の学校であるというのがスピ系の定説である。またある人は『この世は監獄』であるという人もいる。
あの世では最もその魂に相応しい世界へ誘われるらしい。つまり必然的に似た者同士が集まった世界となり他の世界との交流も無く、考えにも行動にも多彩さを欠き魂の進化を促す刺激が極めて少なくなる。その分、魂の進化も遅れるのである。
各してこの物質世界が創られ、様々な魂が境涯の垣根を超えて自由に交流し、お互いに刺激を受けて魂の進化が促進される仕組みらしい。

 そのことがこの世を魂の修業の場とか、学びの場であると表現される所以であろう。それから本来は自由である筈の魂が、肉体という檻に繋ぎ留められ、記憶喪失の状態で酷く不自由な物質世界で人生を一から始める。どうしてなのか、前世の記憶を持ったままでは返って修業の邪魔になるからだろう。
というのが、概ねこの世は魂にとっての修業の場であるとされる理由である。

それで今更ながら、馬鹿な私はハッと気づいた。もしかしたら私たちが求める無問題の世界など、社会的にも個人的にも絶対に実現はしないのではないか?
人生そのものが学びや修業であるならば、課題が提出され続けるのは当然のことだからだ。
課題の無い学校は無いし、試験の無い学校もない。
課題は社会全体に課されるもの、個人的に課されるものなど様々であろう。
故に私たちはこの世に生きて在る限り、最期まで授業を受け試験を受け続けなければ成らないのだ。一難去ってまた一難、生きている私たちは出される課題に挑み続け、学び続ける必要がある。それが人生か・・・などと考える今日この頃だ。
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by levin-ae-111 | 2016-03-01 19:46 | Comments(2)