身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


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最近のこと

 以前からお祭りしたくて仕方が無かった神様を、遂に4日にお祭り出来ました。
中央に天照様、左右には国之常立様と手力雄様です。
元日に地元の神社にお参りして、その神様と天照様のお札を買い求めようと考えていましたが、時間を勘違いして結局は手に入れられませんでした。
ところが4日の朝、妹が地元の神社のお札を持って来てくれました。それは町内会を通して注文していたお札でした。

妹いわく、部屋は狭いし特に信仰している訳でもないので、お兄さんが必要ならお祭りしてくれれば良いと。有難く戴いてお札を見れば『天照皇大神宮』とあります。
それで地元の小さなお宮には独自の神札が無いに違いないと考え、三社形式でお祭りするとすれば、もう一柱は大好きな手力雄様が良いと即座に思い立ちました。
折しも数少ない『大安』吉日です。神祭に関することは『大安』にと、ブロ友のKさんが教えてくれていたことを思い出しました。
休日と『大安』が重なり、しかも天気も良くて積雪もゼロと来れば、山奥の神社に行くには絶好のチャンス到来というものです。

私はルンルン気分で手力雄様がお祭りしてある芦倉雄山神社へ車をとばしました。濁り酒と清酒を持って、手力雄様と伊弉諾様のお社にお供えし、手力雄様のお札を求めました。
そして以前から目を付けていた神棚をゲットしに、その足でお店へ行き目当ての品を買いました。そして急ぎ帰宅してお祭りさせて頂きました。
目を閉じると薄らと、しかし明確に浮かんでいた神棚の光景・・・遂に望みが叶いました。

芦倉雄山神社までは往復2時間くらい、お店までは往復30分くらい、考えてみれば午前中に全てが終了していました。
日頃から物事をなおざりにし勝ちの私にしては、驚くべき素早さで事を成していました。
人間とは「やらねば‼」という想いが有れば、素早く動けるものなのだと、改めて実感しました。

最近は眠る前に神様とお話しをします。ここ二三日は、積雪のことをお伺いしています。
天気予報では異常に多くの積雪を予想していますが、神様は「大したことないぞ」と仰います。実際に僅かの積雪しかなく、今現在は路面には雪がない状態です。
他に『フィルターチルドレン?とインディゴチルドレンのミックス』とブロ友のM子さんに言われたので、それを訊ねたりしました。
何だか以前より感度が良い感じもしますが、それよりも毎朝お水を取り替え、出勤前にお参りし、帰宅してお参りし、感謝の祈りをします。何だか良いものですね(^_-)-☆
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# by levin-ae-111 | 2016-01-22 21:07 | Comments(0)
 私の知っている限りでは、旧軍の戦闘機で最高性能を誇るのは陸軍の四式戦闘機『疾風』
である。大戦末期に登場したこの機体は2000馬力級のエンジンを搭載し、12.7mm機銃2門、20mm2門という強力な武装だった。零戦は無論のこと名機であるが、防弾装備が施されておらず、燃料タンクに被弾すると炎が出やすかった。乗員を守る防弾板も無かった。その故は圧倒的な機動で敵弾をかわす、という思想が有ったからだ。
その点、疾風には乗員を守る防弾板が有り、機体にも防弾が施されていた。

しかし特筆すべきは防弾装備もさることながら、日本機の中でも頭抜けたその速度である。
有名な零戦は最終型でも530㎞/h程度であったのに対し、疾風はテストで624㎞/hを記録している。当時の旧日本戦闘機は押しなべて最高時速が600㎞/hに届かず、紫電改で594㎞/h五式戦闘機で580㎞/h、雷電で598㎞/hだったらしい。これらと比較すると一番の高速だった。もっと良質のガソリンを使えば、恐らくは700㎞/hも夢ではなかったかも知れない。

当時の連合国軍の戦闘機は600㎞/h以上の速力と、頑丈な機体、そして防弾装備を持っていた。この事を考えると日本軍では疾風と紫電改で初めてこれを実現したのであり、どちらも遅きに失した登場であった。
しかし疾風は意外にも多く生産されていて、延べ3000機が生産されている。高性能・強武装のこの戦闘機は、エンジンの製造と整備に難があり十分な性能が発揮できなかったようである。加えて燃料はハイオクが必要であり、燃料不足の時期には活躍できなかったのも頷ける。

戦後アメリカでのテストでは、P-51を軽く捻ったという。その結果を受けて、アメリカ軍から思わず出たのは、相手は2000馬力級だから当たり前だ(P-51は1500馬力)だったという。条件さえ整えば、大戦機でナンバーワンと評判の高いP-51とも互角以上に渡り合える素晴らしい戦闘機だった。
やはり彼我の国力の差がここでも影を落としている、そう言って良いのではないかと思う。
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# by levin-ae-111 | 2016-01-17 22:14 | Comments(0)

何なんだ‼

 所ジョージさんの番組『所さん、大変ですよ』を観て、呆れてしまいました。この日は子供たちの体力低下についての話題でした。
少年野球ではバットが柔らかく改良されていて、非力な現代の子供たちでも打球の飛距離が伸び、ミートの際に芯を外しても飛ぶというバットになっています。

更に番組が調査を続けると、球技に使用するありとあらゆるボールが、フニャフニャの柔らかいボールに変わってきているらしいのです。
小学校のドッジボールではフニャフニャのボールを使って、投げるのではなくて転がして相手に当てる、そういう風に変わっているらしいのです。
バスケットボールも、何とかという名前に変わっていて、駕籠も低くしてある。
私たちの子供時代には考えられない変化ですが、何と中学校でも本来の競技とはかけ離れた状態のソフトボールを実施している学校がありました。

止まったボールを打つティーボールです。勿論、フニャフニャ用具を使用しています。インタビューでは、普通のソフトボールを実施してもバットにボールを当てられない、グローブをしても力が弱くてグローブを閉じられないというのです。
 驚くべきことに、私たちの時代には当然だった体力測定にも変化があります。背筋力や立位体前屈、上体反らしが安全の為と称して、廃除されている様です。
子供たちの身体機能の低下は著しく、このままでは中年に成る頃には老人程度の体力しか残っていないかも知れません。

体力低下の原因は、外で遊ばなくなったことです。多くの子供たちは足の指が浮いている状態で、踏ん張りが効かず運動能力が低下しているのです。訓練すれば治るので、安易に体育の内容を変えるとか用具を変えるとかではなく、本当の体育に変更すべきです。
体育とは字のごとく、身体を育む、そういう授業です。
出来ないので出来ることを・・・というのは分かりますが、それではいつまで経っても子供たちの体力向上はなりません。それが推奨されているというのですから、推奨する連中の頭の中身を疑います。出来ないから努力して出来る様にする、それは当たり前のことです。

大袈裟に言う積りはありませんが、これは亡国の危機です。このままでは体力不足の人が増えて、若年寄みたいな人間しか居なくなります。
体力が無いと気力も湧きませんし、集中力も思考能力もへったくれも無く成るのです。
その結果は国際競争に負けて、自分たちの国を維持できなくなり、やがては外国の労働力に頼らざるを得なくなります。つまり亡国です。
まあ、その頃には私はあの世の人ですから、どうでも良いのですが、教育関係のお偉いさんたち、少し頭を使って想像してみて下さいな。それとも、将来的に自然な亡国を目指していらっしゃるのでしょうかねぇ。
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# by levin-ae-111 | 2016-01-16 23:15 | Comments(0)

新年そうそうに


 北朝鮮がやってくれました。水爆実験の成功を大々的に発表しましたが、国際的な孤立を招くだけの愚挙としか思えません。
核兵器の応酬は通常兵器による戦闘とは違い、お互いに全滅どころか地球全体が滅亡してしまいます。
相手が核武装したらこちらも核武装をする。互いに核攻撃の応酬をすれば、勝者はなく互いに滅亡しかないという、人間の恐怖心に根差したのが核抑止理論なのです。

米ソ冷戦時代に確立された理論ですが、現在では核保有国も増えて米ソ間だけの問題ではなくなりました。そもそもこの理論は相手が正気であり、ちゃんと状況判断が出来るという大前提の上にあります。つまり正気でない者が核兵器を持っている場合は、核抑止力などという理論は通用しないことになります。
アメリカなどは核の不拡散を叫んでいますが、その一方では更なる性能向上の為の開発を続けているとの情報もあります。

 そもそも相手に対する不信感と恐怖心の上に築かれている理論ですから、決定的なパワーと信じられている核を一度でも手にしてしまえば、もう絶対に手放せません。
ですから、アメリカもロシアもその他の核保有国も核兵器の廃絶など本心では考えていません。
少し問題の規模は違いますが、アメリカが銃社会から脱却できないのも同様の理由からです。加えて銃器販売での利益を手放さない企業が、銃規制法を必死で潰し続けています。
 オバマ大統領が涙ながらに立法を訴えても、他人を信じられず強い疑心暗鬼に陥った民衆の心には届きません(銃による被害者の家族を除いて)。

世界は他国、他の地域、他民族、他者への恐怖と不信で溢れています。そしてそれを煽る勢力も存在するようです。私たち地球人は、他者への不信と恐怖に操られているのです。
不信と恐怖を克服しない限り絶対に真の平和は訪れません。アセンションとかミロクの世などいっても、一人一人が他人への不信感、そこから来る恐怖心を克服しない限りはただの絵空事にしか過ぎません。
どうすればこの厄介な負の感情を克服できるのか、やはり無条件の信頼しかないのだと思います。ですが人間にとっては永遠に克服できない課題なのかも知れません。
その負の感情をどうコントロールして、互いの不信感を和らげてゆくのか、その点に人類の未来、本当の意味での進化が懸かっているのだと思います。
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# by levin-ae-111 | 2016-01-10 12:01 | Comments(0)

新年から温泉

 仕事の合間を縫って、ようやく元旦から休みに入ることが出来ました。どうにか目処が立ったので、同僚と温泉に行って来ました。
またも長野県の温泉で乗鞍温泉という所です。今度は民宿とホテルの中間の様な宿でした。
スキー場が近くに在り、主な泊り客はスキーやスノボが目的です。

温泉は少し前に泊まった『白骨温泉』と同様の白い濁り湯です。宿泊料も前回の半額、設備もそこそこでゆっくりと湯に入って来ました。
 それにしても今年は暖冬で、乗鞍スキー場周辺も非常に積雪が少なく、例年では考えられない状況です。

帰り道の途中で川沿いにそそり立つ巨大な岩が在ります。これは何度も観ているのですが、今日はよく見ると祠が岩のてっぺんにお祭りしてあります。
あそこへ行ってみよう!!と突然に思い立ち、同僚と二人で険しい細道を登ります。途中から鎖が張ってあり、まるでアルプスの登山道の様です。

その謂われは、弘法大師様がうち捨てられた笠や蓑や杖が巨大な岩に変じたという言い伝えが、石碑に刻まれていました。
頂上の祠には岩堀りのご神体と、狛犬さんが両脇に安置されていました。それにしても、こんな巨大な岩が川原に座っているとは驚きでした。
(ウイキより)
杖石は高原川の上流、奥飛騨温泉郷方面へ向かう国道471号線の途中に、高さ70m、周囲200mの岩塔が立っています。
 昔、弘法大師が持っていた杖を地面に突き立てると、たちまち巨大な岩に変わったといいます。杖石の下は駐車場になっていて、そこから急な登拝道が岩の頂上へ続いています。
 狭い頂上には弁天様が祀られ、直下に高原川を見下ろしますが、結構な高さを感じます。
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宿の外観と夕食
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杖石
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杖石頂上からの眺望
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# by levin-ae-111 | 2016-01-03 19:22 | Comments(0)

年末のご挨拶

 本年は大変にお世話になり、誠にありがとうございました。
来る年もどうぞ宜しくお願いします。
思えば七月に初めてお会いしたブロ友さん達とは、大変に楽しい時間を過ごさせて頂きました。私にとっては今年最大のイベントであった様な気がしています。その節は非常に良くして頂いて、感謝に絶えません。
本当に有難う御座いました(*´▽`*)

さて年末も近い22日に突然に降って湧いた様な仕事上の話しで、私は煽りを受けて苦境に追い込まれました。また食あたりで貴重な数日を失い、必死の努力にもかかわらず年末休暇を3日間も費やして課題達成の努力をして来ました。

3日間で延べ28時間の実働で23個の試作品及び製品の試験を実施し、データ採取を行いました。データ採取には1個につき正味50分が必要で、その他の所要時間を入れると約60分間が必要でした。まだ全てのデータ取りは完了していませんが、残りは新年の仕事初めからにします。
データに基づいた資料作成も必要ですが、これは出来る限りやって置こうと思っています。

何やかや言っても年末のこの事態には、正直なところガックリです。しかしこれも日頃からの自分の不徳の成せる技と思い、精一杯に努力するしか無いですね。
私はバタバタの年末でしたが、皆様は如何お過ごしでしょうか。多くの方は楽しくお過ごしの事と思います。
どうかお世話になった皆様の身の上に良き事が、有ります様にと心からお祈りいたしまして年末のご挨拶に代えさせて頂きます。
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# by levin-ae-111 | 2015-12-31 19:43 | Comments(1)

食中毒??

 先週の22日から、思いも掛けない災難が我が身に降り注いでいます。仕事面では身勝手な上司の煽りを受けて、社長から突然に無理難題を出されてしまいました。
当の上司は社長に調子を合わせ、ただ「頼むな」と言うばかり。それが22日の夕方近くで、頭に来て爆発寸前なのをどうにか堪えて「片付けがありますので」と告げて会議室を出ました。

その日は社長の提案で忘年会が催されました。話の流れを分かっている本部長が、私をなだめに来ましたが私の怒りは収まりません。
怒りの治まらない私はノンアルのビールとケータリングのサンドイッチや中華料理を少し口にしただけで、中締めの後でソソクサと会社を後にしました。

翌日の天皇誕生日も怒りとイライラが続き、落ち着きませんでした。翌日の朝は酷い下痢でしたが、薬を飲んで出社し、工場長と打合せわして問題解決の手順を考えました。
そして25日から始めて年内に概ね方を着ける予定でしたが、25日の朝も酷い下痢で5分おき位にトイレへ走る様で休みを取りました。26日はトイレへ走る事は無かったのですが、水を飲んでも吐く有様で、酷い腹痛で胃や胸が痛み動けず休みました。医者へ走り点滴をしてもらい、薬を貰って来ました。

これは食中毒に違いないと思いました。若い頃にまだ動いている赤貝を食べた時、一週間ものたうち回った悪夢の再来だと思いました。
幸いにも薬が効いて今日は動けるように成りましたが、明日は仕事納めです。正月休みを返上して仕事をしないと間に合わない状況です。
歳の最後に待っていたトンデモナイ出来事に出くわしたものです。年明けも早々から本社でプレゼンもありますし、正月は無くなったと思っています。
皆様、よい年の瀬、新年をお迎えくださいね(*’▽’)
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# by levin-ae-111 | 2015-12-27 13:21 | Comments(0)

温泉に行って来ました

 友人が故郷納税で温泉のクーポンが手に入ったので、一緒に行かないかと誘ってくれました。そこで二人して長野県松本市の白骨温泉に出掛けました。
予約してくれた宿は『斎藤旅館』。名前だけ聞くと小さな旅館?と思いますが、実質は立派なホテルで明治時代には既に創業していました。しかも温泉街の一番奥にあり、元湯の宿でした。

富山から2時間半くらい掛かりましたが、到着すると直ぐにボーイさんが荷物を預かってくれ、車も駐車場へ廻してくれます。
チェックインの時に靴を預かってくれて、客室係のお姉さんが部屋へ案内してくれました。
大きく三か所に分かれている客室があり、私たちは一番フロントから遠い客室群でした。

増築を繰り返したものらしく、建物は長い渡り廊下で結ばれています。ロビーからエレベーターで4階へ上り、少し歩いてからエレベーターで2フロア昇り、長い渡り廊下を歩きまたまたエレベーターで3階まで昇り少し歩いて漸く部屋へ辿り着きます。
恐らくはロビーから6、7分は掛かります(笑)
しかしロビーからは遠いのですが、お風呂までは一番近く、温泉に浸かりに行ったのでその意味では最高でした。
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# by levin-ae-111 | 2015-12-16 20:26 | Comments(0)

本当のことです

 実はこの二、三日よく眠れていません。その理由は・・・ある者が夜ごとに私の部屋を訪れるからです。しかも「早く寝ましょうよ。早くぅ」とまだ宵の口の刻限にも関わらず、そうねだるのです。
無視していると彼女は足音も発てず、私の部屋を歩き回り、時として私の横に座ったりします。彼女は戸をガタンといわせて、自分が来たことをアピールします。

合図を無視し続けていると、音は徐々に大きくなり、戸を揺らします。仕方がないので戸を開けると、スーッと音も無く入って来るのです。そして、例のごとくに添い寝を強要するのです。歳の頃なら十五、六で可愛いというよりは、綺麗系の顔立ちをしています。
夜中に来る時もありますが、寝ている私の顔を軽く叩いて起こします。そして、添い寝です。

こんな事がもう数日も続いているので、私は熟睡が出来ず困っているのです。今やそれは恐怖にさえ成りつつあります。
妹など「今、お兄さんの部屋へ何かが入ったよ‼」などと言っています。その存在は妹にも見えるのです(;゚Д゚)うぁぁぁっ。
私は今夜も恐怖に震えています。神様にも守護霊様にも、どうにも出来ないみたいです。

私は叫びます。「どうしてだー、どうして、急に俺の所に来るんだー」
彼女はサラッとそれに応えて「ニャン」と鳴きます。あ~あっ、今夜も来るんだー(T_T)
ピトッと私の右わき腹に貼り付いて、寝返りも打てない。右肩や腕が・・・痺れる、痛い
誰か助けて~(泣)
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# by levin-ae-111 | 2015-12-10 19:28 | Comments(2)

班の忘年会

 昨年は初めての事で、少しハメを外してしまいズッコケましたが、今年は冷静に(笑)
昨年とは違い積雪もなく(昨年は30㎝くらいあった)楽でした。
向かいや隣の方を誘って、一緒に会場へ徒歩で向かいます。出席者は昨年より少なく、少し寂しい感じでした。

最年長は91歳のHさん。公園の管理をされていて、手入れが素晴らしいとのことで、何やら秋篠宮さまから表彰状を頂いたようです。
そして市内の高校に通う女の子は、フェンシングの国体選手で、何と優勝しました。そして勿論、全日本の強化メンバーに。目標は無論、オリンピックです。

二十数軒しかない小さな班から、二人も素晴らしい業績を残した人が出る何て、本当に凄いと思います。私も頑張らなければと思いました。
でっ、私は頑張ってハメを外さず、最後に残ったメンバーと会場の片付けをして、無事に帰宅しました。それにしても、一年は早いですねぇ。
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# by levin-ae-111 | 2015-12-07 18:34 | Comments(0)

楽しい夢

 疲れていたので、昨夜はいつもより早めに就寝しました。すると、面白い夢を観ました。
何処かの街の郊外で、小高い丘に民家が立ち並んでいます。細い道を隔てた向かい側には半地下?らしい大きな建物があります。多分、体育館か何かのスポーツ施設だと思いました。
 私が居るのは民家のひとつで、幾部屋かありますが余り広くはありませんでした。しかし内装はオール木製で、床も壁もとても良い感じです。部屋を観て回りながら「これが1200万か・・・頑張れは買えそうだな」などと考えている自分がいました。

場面は変わって、その家の近くの作業場に居ます。職人さんたちが手際よく大きな草刈り鎌を造っています。鎌の形の金属を一人が台に置くと、もう一人が大きな鋏でパッ、パッと切れこみを入れたり、返しを造ったりしています。
作業所の外では三人の男女が何か話しをしています。そこへ行くと一人の女性が青年に向かって、貴方と○○ちゃんはいい感じだと思うなどと言っています。
照れている青年を肩でつつきながら、微笑んでいる、ただそれだけの夢でした。
しかし目覚めた後でも、何故だかとても幸せな気分でした。
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# by levin-ae-111 | 2015-12-02 19:20 | Comments(0)

冬の幻想

 11月末の寒空とはいえ、今日は久しぶりに晴れ間があった。それで交換したタイヤの感触を試す意図もあり、近所の公園まで出かけてみた。
夏タイヤからスタッドレスに交換した時、私は必ず近所を試走することにしている。ブレーキやハンドリングの違いに慣れるためだ。

公園に着くと先客がいた。その人は白い帽子を被って、紺色のスゥエットに白のスニーカーを履いて、公園の奥にしつらえてあるベンチに座っていた。
駐車場には車が無かったので、きっと歩いて来たのだろう。

私は老人から少し離れた道を通り、その奥へと向かった。暫くすると『おわら節』が聞こえて来た。その哀調を帯びた地元の民謡は、先ほどの老人が唄っているのだ。
稽古をしているのか、何度も同じフレーズを繰り返していた。
「揺れる吊り橋、手に手を取って、渡る井田川おわら風の盆」と唄う歌詞は、おわら節の中でも私の好きな部分だ。

耳に残る老人が唄うおわら節を背にして、私は公園を出る為に愛車へと向かった。紅葉は既に遅く、あらかたの木々は葉を落す寸前だが、寒椿は今が盛りと咲いている。
椿を撮影しようとカメラを取り出した時、私は異変に気が付いた。駐車場からは老人が座っていた場所が見通せるのだが、ベンチに人影は見えない。
周囲を見回してみたが、誰も居ない。僅かに聞こえていた唄も、もう聞こえて来ない。
「幻か!!否、どこかへ移動されたのだろう」自分にそう言い聞かせて、その場を去ったが、まあそんな事もあるだろう。
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# by levin-ae-111 | 2015-11-29 15:37 | Comments(0)

神様って凄い( ゚Д゚)

 ブロ友のM子さんから坐間神社のお札が届いたのは、先月の中ごろでした。
お札を送って下さったのは、神様から送るように言われたとのことでした。お札が着く前に私は部屋の一角に手作りの神棚を作りました。
神具セットを購入し準備を整えてお札を迎え入れ、庭の榊を切って来てお供えしました。

2~3日くらいで花瓶の水を取り替えていますが、不思議にも未だに榊は青々としています。
11月にはいってからは、ストーブも焚いていますから、部屋はそこそこ暖かいです。
無論、榊の生命力の強さも有りますが、これが神札の力なのかは分かりませんが、神様って凄いと素直に思っています(^^♪
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# by levin-ae-111 | 2015-11-29 10:58 | Comments(0)

ホツマツタヱとアワの歌

 神とは何かなどと言いながら、神事には全く無知だった自分が、唯一興味を持ち実践してみたのが最古の祝詞といわれている『アワの歌』だった。
興味を持ったきっかけは、ブロ友さんの記事だった。貼り付けてあった動画を観て、良い感じがしたので、どうにか覚えてみようと思った。
しかし、48音からなるこの歌は文字の並びに馴染みがなく、覚えるのに苦労した。

 そして覚えたての歌を地元の神社で歌ってみた。最初に歌った時、不思議な事に誰も聞いていないのにドキドキした。つっかえながら何とか3度歌うと、二羽の蝶が絡み合う様に舞いながら現れ、大きな鳥が神社の森の上を鳴きながら円を描いて何度も飛んだ。
歌った途端にこれだから、何かあると感じた。
それから地元の山村にあるお不動様を祭った滝では、アワの歌を歌った後に撮影した写真は無数の薄紫色の球体で埋め尽くされていた。また突然にシャッターが切れなくなり、四苦八苦して、どうにかシャッターが切れた。その時に写った写真は、その場には無かった光が写り込んでいた。歌う以前には何事もなかったのに、不思議だった。

そこでもっと『アワの歌』を知りたくなり、ネットで調べた。どうやら歌い方に特に制約はないらしく、どの動画を観ても節はバラバラだった。という事は、どう歌おうが自由なのだと解釈した。
それに、そもそも既知の祝詞の中で日本最古といわれているらしいが、出典は何?などと疑問も噴出して来た。
調べると出典は『ホツマツタヱ』であり、その意味は関東一円の地方を指し、広義には日本全体を指すのだという。ホツマとは秀真と記し優れていて美しい様を言うが、それを伝えるという意味で『ホツマツタヱ』となる。

『ホツマツタヱ』は全編五七調の歌で記してある古文書だが、実際には『ヲシデ』と呼ばれる独特の古代文字で書かれている。更に著者と記述された年代も明確であるとされている。
著者は三輪臣大値根子命(みわのとねおおたたねこのみこと)で、景行五十六年に編纂し献上したものだとされる。日本書記の年代記を基準にして、大まかにみて紀元前七世紀に書かれたものだとされている。
大別してアの巻、ワの巻、ヤの巻に分かれている。大値根子命は祖先であるクシミカタマノ命によって書かれたアの巻とワの巻に加え、自らヤの巻を著して合わせて献上したらしい。

『ホツマツタヱ』によれば『アワの歌』は伊弉諾・伊弉冉の二神が乱れた国を立て直す際に、まずは言葉の乱れを正そうと考案され、これを国中の民に教えて回られた。
上の句二十四文字を伊弉諾命が、下の句二十四文字を伊弉冉命が歌われ、これにより言葉の乱れも正された。
元々は面足尊(おもだるのみこと)の治世の時、後を継ぐ嫡男が居らず、政事(秀真の道)の力が衰えて国の規範が乱れた。その事態に葦原近江の国を治めるようにと指名されて、ヲシデの卜と矛を賜って伊弉諾・伊弉冉の二神が政事(まつりごと)を司るために赴かれたという。政事とは政治ではなく、宮中を中心にした祭政のことである。

私は3Kの仕事をしている。製品試験などでは1回5分×10回の研削などもあり、体調の悪い時や疲れている時などは非常に辛い。重いグラインダーで5分間連続して鉄を削ることを10回繰り返して、製品や試作品の性能試験をする。
辛い時は『アワの歌』を口ずさみながら行う。するとスーッと楽になり、時間も短く感じられるのが不思議である。これに神社や滝での出来事を考えると、『アワの歌』に宿る言霊の力が現れているのかも知れない。


『アワの歌』
アカハナマ  イキヒニミウク
フヌムエケ  ヘネメオコノホ
モトロソヨ  ヲテレセヱツル
スユンチリ  シイタラサワヤ

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# by levin-ae-111 | 2015-11-21 14:13 | Comments(0)

それにしても(;゚Д゚)

 私は会社でキツイ・汚い・危険という3Kの仕事をしています。本来は品質管理なのですが、小さな会社ではそんな事も言って居られず、人手が足りない部署に応援に出ています。
会社の方もどうにか人手不足を補おうと、人材派遣を依頼しています。

しかし来る人、来る人、次々と一日か二日でギブアップし、終業の時に元気よく帰って行ったと思ったら翌日から出社せず結局は辞めてしまいます。
そして今週三人目の派遣の人が来ました。若くて体格も良く力も有りそうです。
しかし初日から遅刻、二日目も朝礼に間に合わず、注意をされて三日目にようやく朝礼に間に合う始末です。

どうやら始業10分前程度には出社するとか、朝礼に出るとか、そういう常識的なことが眼中に無いようです。ズボンの履き方はイワユル『腰パン』で、顏を観ても顎髭を薄らと生やして如何にも現代風の若者です。
だらしないのはさて置いて、仕事振りが良ければ文句はないのですが、これがどうにも老人の様に動きが遅いのです。三日間ほど勤務しましたが、何ら変わりませんでした。

作業そのものは簡単なもので、ゴムシートを裁断機で裁断するだけです。教えられた通りにしない(できない?)し、何度も教えても変わらないので、私も同僚たちも諦めました。
そして今日は「渋滞で遅刻します」と連絡があったらしい。工場長は少し小言を言って、もう来なくて良いと伝えたそうです。
後で聞いたところ若いと思っていましたが、その人は30歳だったそうです。「えっ、30!!」他人事ながら30にも成ってあの様子では、今後の人生が危ぶまれます。

優秀な人は我が社の様な3Kの仕事には来ないのでしょうが、それにしても彼らの様な若者がゴロゴロ居るかも知れないと思うと、日本の将来も明るくないですね。
そうかと思えば高校生でも真剣に考えて、政府に物言う若者も居る、人それぞれですが・・・・。
自分の若い頃を振り返ると、まあ派遣の若者と似た様なものだったかも知れません。今だから言える事だろうと思います。ただやる気の無い態度だけは覚えはありません。
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# by levin-ae-111 | 2015-11-13 19:32 | Comments(0)

私の神様考-6-

 神=祖霊と簡単に書いたが、無論、それ以外にも神様領域に存在する者たちがいる。また人間界と神界の中間にも無数の領域が存在しているに違いない。
どの世界に属するかは、その意識(魂)の段階に因るのだろうし、電磁波の周波数と同様にそれこそ無数の段階が在るだろうと想像している。

 さて本当のところ、この宇宙で真実『神』と呼べるのは、一つの存在しかないと考えている。それは、この宇宙を創造し維持している意識のことだ。
如何に進化した祖霊=神様といっても、この宇宙から生まれ進化発展した魂だ。この神々たちも宇宙意識から産み出され、その子供であることは私たちと何ら変わらない。
要するに宇宙人や異次元人も私たちと同様であり、この宇宙創造の意識の内から一歩も逸脱するものではない。

つまり私の現在までの神とは?という愚考の結論がこれだ。この宇宙に存在する全てを包括し、それを支え維持している存在が、唯一の『神』であるという結論だ。
ある意味では全ての存在に神が宿るとする日本人の感覚は、非常に優れていたといえる。
というのも宇宙創造の意識の作用は、無論のこと地球にも及んでいるからだ。言い換えれば、全ての存在が宇宙意識の表現であり、そこには宇宙意識の想念が宿っている。

人間に限らず動植物や無機物にさえも、宇宙意識が宿っており、それ故にその物が存在するのだと私は考える。あらゆる物理的作用も反応も、その意識が存在するからある一定の規則性をもって存在し得る。
この世界の物質も、宇宙意識が「各在れ」と念じたので、そう成っている。全てが同様であると私は考えている。
この様に観ていくと、やはり宇宙意識こそがこの宇宙では唯一絶対の『神』と考えざるを得なくなる。しかし私たちの大元であるその宇宙意識も、より大きな何者かに包み込まれている存在かも知れないなどと、人間の分際で思いを巡らすこの頃である。
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終わり
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# by levin-ae-111 | 2015-11-08 00:29 | Comments(2)

私の神様考-5-

 前回に神とは古代の祖霊であると書いた。そうであれば遺伝的な繋がりの有る人間も居ることだろう。しかし、そればかりが重要なのではない。
肉体的な繋がり以上に精神的な繋がりが重要であると私は考える。古い時代から脈々と受け継がれている神事や祭は、そういう精神的な繋がりを人々が重視した証であろう。
祖霊は見えない、語り合えないからこそ、祭は大切な祖先との接点として維持されて来たのだと思う。今日イベント化している祭だが、それでも底流には先述した精神が流れていると信じたい。

敢えて言えば、祖霊にとって本当はその様な行事や祭は必要が無いものだと思っている。それは人間側が認識を新たにする機会なのであり、人間のためのそれなのだ。
あらゆる伝統的な神事の形式や作法も、本来は神にとっては必要が無いことかも知れない。
それらは人間が居住まいを正し、身を清くすることで心を改めて引き締め、神である祖霊と触れ合うために必要なだけである。要するに、そうする事で波動を少しでも高くして、神と接する可能性を上げるためなのだろう。

しかし今や神と呼ばれる高い領域に存在する祖霊たちも、相変わらず努力を続けてより高い領域を目指す意識(魂)である。神様が常に我々を見守り、必要とあらばその御手を差し伸べて下さるのも神様ご自身の修業の一環なのであろう。
上の者が下の者の面倒を見る、それは人と人間に分かれても相変わらず人類の普遍的な愛の要素として存在するのだろう。
無論、二元性の支配する陰陽の宇宙である限り、その逆も存在すると考えねば成らない。
上の者が下の者を搾取する、そういう世界である。

よくよく観察すれば、この人間社会にはその両方が現に存在している。私は足りない頭で麗らかな晩秋の日中に自分の愚説を書き連ねているが、他方に目を向ければ病人、怪我人、虐め、戦乱などなど、この瞬間にも苦しんでいる人々がいる。
この世界では悪の方が善よりも力を持っている様に感じる。それは神となった祖霊が助けてくれないからだろうか?神様は修業をサボっているからか?否、決してその様なことはない。祖霊たちは努力を重ねている。
ただ私たちが自力で出来る限界まで頑張らないと、神は力を貸してくれない。また、私たち主体のこの世では、神の出来ることも限られている。
精々が分かる者に伝えて、その人間に行動して貰って事態を打開する、存在する領域が違い過ぎるので、そういう事に成るのだと思う。

反対に悪しき人間が力を持っている様に見えるのは、精神的に堕落するのは簡単で、そういう領域の存在(悪神)と人間が波動的に同調し易いからだろう。
この人間世界の波動が低く荒いために、そういう領域の神霊たちが力を発揮し易いのだ。
ある意味で悪人たちは、神の後押しを善人よりも得ているといえるのかも知れない。但しその対価は必ず要求され、この世を去れば地獄が待っている。
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# by levin-ae-111 | 2015-11-07 01:07 | Comments(0)

私の神様考-4-

 予想どおり、無知な私の思考はドンドンと迷路に迷い込み、簡単に済ませる積りが長くなってしまいそうだ。昨今では人間は宇宙人によって創られ、現在も彼らの支配下に有るという主張をする人々が存在する。
その宇宙人たちの支配下で、人間は家畜同様の扱いであるというのだ。その説にも様々あり、直接に人肉を喰らう連中であるとか、人間の怒りや恐怖など負の感情エネルギーを摂取する連中も存在するという。その為に戦争や紛争、災害などを絶えず引き起こしているのだという。この許し難い連中が神と名乗り、人類を支配しているらしい。

また選民意識から神との約束を成就する為に奔走する人間たちもいて、自分たちだけの千年王国を夢見て暗躍しているらしい。
その人々は感情の乏しい所謂サイコパスで、他者の状況を考慮しない。それだから戦争や災害を起こし、多くの人々を塗炭の苦しみに陥れることに少しも躊躇しない。
アセンションで考えられていた『空中携挙』の説の中には、自分たちと遺伝的に関係の有る人間だけを各々の宇宙種族が拾い上げるなどという説も聞いたことがある。
こういう連中が神と名乗っているのであれば、有史以来の残虐な『神』の所業も理解できるというものだ。

但しこいつらは本物の神ではない。神の名を語る罪人である。
とは言っても神にも善神と悪神が存在し、どちらも甲乙つけ難い力と知恵を持っている様である。我々に対して悪行を成す宇宙人や異次元人が『悪神』であるならば、宇宙発展のために我々に目覚めの手を差し伸べてくれる宇宙人や異次元人は『善神』であろう。
だが何れにしても陰陽という宇宙の二元論的構図から抜け出せず、各々の役割を演じさせられているに過ぎない気がする。

善悪といった処で、誰かにとっての善は誰かにとっての悪かも知れず、何れも相対的なものなのだ。そういう葛藤は私たち一人一人の中にも存在することは、否定できないだろう。
お宮に行けば『神』は不在で、留守宅に『魔』が入り込んでいたりするとも聞く。各も複雑怪奇な世の中で、神は本当に存在するのか?神とは何か、私たちの求める善き神様は何処にいらっしゃるのだろう。

などと言いながら、私自身は神々の存在を信じている。それは霊的に高い領域に存在する人々とでも言うべきだろう。私たち現世の人間とは比較にも成らない見識とパワー、慈しむ心を持った雲の上の存在である。その多くは古代の祖霊である。
その人々は長い年月を繰り返し生きて(輪廻転生)、苦しみ、悲しみ、喜びなどあらゆる事柄を体験して学び、それらの全てを精神的に昇華させたのであろう。
その祖霊たちは振動数が高く(いわゆる波動という)、私たちは低い。そのために、繋がることは困難だ。祖霊たちは人間ではなく『人』であり、私たちは人に成る前の存在、即ち人間であると私は考えている。
つまり神に成る過程の修行者が人間であり、故に人生を精一杯に生きることが求められているのだと愚考している。
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# by levin-ae-111 | 2015-11-06 05:15 | Comments(0)

私の神様考-3-

 私たち日本人は外国の人々に比べて信仰心が薄い印象があるが、果してそうなのだろうか?自分は無神論者で特に信仰している宗派は無いという人でも、初詣に出掛けるだろうし、仏式の葬儀に参列し、キリスト教やケルトの行事も楽しむであろう。
私たち日本人は『多神教』の民族だから、どの宗教の神様を拝むのも自由と言ってしまえばそれまでだが、ではその『多神教』のルーツは何処に在るのだろう。

日本人の信仰の原点は何れにあるのかと考えるとき、本居宣長が述べている様に「世のつねならず、すぐれたる徳のありてかしこきもの」という表現が適切だろう。
「すぐれたるもの」は物事の程度の激しいことを、「徳」とは働きを指しているという。つまり神とは善悪の枠を超え、人知の及ばない力を発揮するもの、偉大で恐ろしい反面、豊穣な実りをもたらしてくれるもの、即ち大自然である。

古代人はその様な自然の中に人知の及ばぬ神秘の力を見出し、それを恐れつつも祭りあげる事により恩恵を与えてくれる自然の優しい面にも目を向けたのであろう。それが今風にはアミニズムというべき信仰のはしりであり、多神教の始まりであろう。
学者の中には日本の信仰の原点を縄文時代に求めている人もいる。それを知るために、アイヌの信仰を調査したのは久保田展弘氏であるという。

アイヌの人々にとって日常と非日常の境目は薄く、常に神と共にあって神は人と同様に喜び、悲しみ、怒る存在であった。『霊』はこの世とあの世を往復し、誰にも『憑神』(つきがみ)が寄り添っていた。神=カムイは太陽、月、星、海、山、川、樹木、動物などあらゆるものに宿ると信じられていた。(関裕二著・神社が語る古代12氏族の正体より)
このアイヌの人々の信仰は現在に続く神道にも多くの影響を与えており、知らぬ間に私たち現代人の意識の底に沁み込んでいる。
長年使った物を捨てる時、無意識に「ありがとう」と礼を言ったり、針供養をはじめとする物に対する供養は単に感謝の表れではない。全てに神が宿るという、古代から日本人の無意識の底に張り付いた信仰心の現れである、と私は思う。

 現代でも耳にする『守護霊』や『背後霊』といった心霊用語は、誰にでも憑神が居るというアイヌ的な信仰に一致する。また憑神はあの世とこの世を何度も往復するという考えなどは、私が子供の頃に聞かされた「両肩に仏様がいて、悪事や良い事をした時に報告にあの世へ飛んで行く」などの素朴な云い伝えもアイヌの信仰による影響かも知れない。
私たち日本人は空に海に山に、野生動物や植物に更には日常生活に使用する道具にも神あるいは霊が宿ると信じる、実は誠に信仰心に溢れる民族なのである。
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# by levin-ae-111 | 2015-11-05 05:26 | Comments(0)

私の神様考-2-

 スピリチュアルな世界では、神々がチャネリングやお筆先、異言など様々な形式で人間に意志を伝えてくれる。岡本天明氏に掛かった神は国之常立之神で、そのお筆先からは後に『日月神事』と呼ばれる膨大な予言と人間に対する忠告が紡ぎ出された。大本教の開祖、出口ナオ氏もお筆先により神事を伝えた。『日月神事』の他には『火水伝文』(ひみつつたえふみ)などがある。何れも神が一人の人間に掛かって(憑依して)書かせたものだという。俄かには信じ難いが、その内容は改心しなければ今に酷い災いが人類を襲うというものらしい。

どうも人間社会のモラルが崩壊すると神々はこれを破滅させてしまう、そういう風な考えが私たちの潜在意識の根底に刷り込まれている様だ。古代ソドムとゴモラの街は繁栄を誇ったが退廃し、遂には神の怒りに触れて焼き尽くされてしまった。
天空の神に近づこうとして人間が築いたバベルの塔は、神の怒りに触れて傾き、それまで一つだった言語が別けられて人間たちは意志の疎通が出来なくされたと伝わる。
今また『日月神事』の神は『世の建て替え直し』を宣言し、改心しなければ天地をひっくり返し人間はおろか生き物を一掃する様な事が記してあるらしい。
「らしい」というのはこれを読んだことがないからであるが、私が知る限り神とは如何にも身勝手な存在である。

古来『神』とは儘ならぬ者、身勝手で恐ろしい存在という意味であったという。故に古代では神々の怒りを鎮め、許しを請う為に人間は人身御供を捧げたのである。
これは人知の及ばぬ自然現象に対する畏怖なのだろうか?それともデニケンが主張する様に、近代のコンタクティーたちや神秘家がいう様に、異星人や異次元人たち人間的な存在の横暴振りを表しているのか?
どちらにしても神がこの宇宙を創造したのであれば(少なくともとも地球を)人間の退廃も傲慢や我儘も、それがもたらした結果も全ての責任は神々に帰するべきである、と私は思う。
陰謀論者たちが主張する様に陰で蠢く連中が圧倒的多数の大衆を苦しめているとしたら、それすらも神々の責任である。何故に悪を野放しにしているのか。神とは何なのか、ますます分らなくなる。
それでもこれらの神の所業は、人間心が反映された神の極ごく一部分に過ぎないのではないかと思えて仕方がない。
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# by levin-ae-111 | 2015-11-04 05:25 | Comments(0)

私の神様考-1-

 暇に任せて今更のように、神様とはどんな存在だろうと考えた。
私たちは洋の東西を問わず、実に多くの神様を祭っている。この日本だけでも『八百万の神』(やおよろずのかみ)と称される程に多くの神様が祭られている。
『八百万の神』とは800万柱の神という意味ではない。余談だがブロ友Kさんのお師匠様A氏とお会いした時のこと。
「この地球に神様がたった800万しか居ないというのは変だろう。そんな少ない筈はない」といきなり言われた。その時は意味が解らず、ただ相槌を打っていたが後にその意味が解った。それは毎日の私の祈り方に対する指摘だったのだろう。
私は祈りの時に「宇宙の神々様、八百万の神々様・・・」という祈り方をしていた。無論のことそれは多くの神々様という意味で使っていたのだが、ご指摘を受けて改めた。

 さて私たちの世界ではキリスト教やユダヤ教、イスラム教の様な唯一絶対神を信仰する世界観と、日本の神道や仏教の様に多数の神仏を信仰対象とする世界観が存在する。
大まかにではあるが、前者は主に自然環境の厳しい地域で発生し、後者は自然の恩恵豊かな地域で発生したといえるかも知れない。
厳しい生活環境に身を置いて生きねば成らなかった人々には、自分たちを守ってくれる、或は生活の指針を明確に示してくれる絶対的な存在が必要だったのだろう。
対して東南アジアや日本の様な自然豊かな環境では、自然の恩恵に感謝しその中に神を見出すのは当然の成り行きだ。従って何事にも神秘の存在を感じ、多くの神々が生まれた。

一般的に認識されている神様は、人格を持った人格神である。これは唯一神を信仰する世界においても、多神教の世界においても同様である。
古代世界ではシャーマンを通して神々は人間と話しをする、様々な事柄について指示をしてくれるそんな存在であった。絶対的な力と知恵を持ちながら、時には怒り時には喜ぶそんな神々である。しかし、それは現象に対する人間心の投影であったのかも知れないと考える。
だが他方においては、真実その様な人間的な感情を持った神々が存在していた(している)可能性も十分に在るとも感じる。

『神様とは何か?』という疑問に対する考察は、果て無いカオスの迷路に迷い込む様なものだし、時として罰当たりな表現をするかも知れないが、頑張ってチャレンジしてみたい。
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# by levin-ae-111 | 2015-11-03 17:05 | Comments(2)

本当の供養とは

 伯母の通夜と葬儀、火葬場まで行き骨を拾って骨壺に納めた。喪主を務めた従妹夫妻と久しぶりに話した。3時頃に帰宅したのだが、予想以上に疲れていた。
通夜、葬儀を通じてずっと気感が強く、通夜の夜は帰宅しても寝つきが悪かった。そして考えた、本当の供養とは何なのか?どういう事なのかについて。

 立派な葬儀や法要は、所詮は生きている者たちの為だ。つまり生きている者たちが、自らの気持ちを納得させる為に行う儀式だと私は思う。
人間にとって一番に辛い事とは何だろうか。それは忘れ去られる事、誰からも相手にされない事だろう。それは生きていても死んでいても、同じではないだろうか。

人間の魂、霊、意識、呼び方はこの祭どれでも良いが、人が死んでも何か残る物があるとすれば、引き続き生前の性質(無論、全てではないにしても)を有しているに違いない。
普通の人間は独りでは生きられない。どんな人でも何某か、他人との関わりの中で生きている。そうだとすれば、亡くなった人に時には想いを馳せるのが一番の供養ではないのか。
私は眠れぬ夜に、そう愚考した。既に彼岸の人と成った親しい人々の事を、時々は思い出してあげる事が、最も良い供養かも知れない。
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# by levin-ae-111 | 2015-10-22 20:00 | Comments(0)

伯母が亡くなった

 肺癌だった。一年足らずの入院で、昨日の昼過ぎに帰らぬ人になった。
嫁いでも日常茶飯事の様に実家(山奥の祖母の家)へ帰ってきて、夏には日中から道に面した戸を開け放して下着姿でタバコを吹かし、ビールを飲んでいた。
いくら山奥の村といえ、その当時(50年前くらい)は人口もそこそこに有った。従って家の前を通る人も、当然いた。

祖母の遺族年金を当てにして、お金の無心をすることもしばしばで、時には伯母の亭主も一緒に祖母の家に寝泊りし、好き放題の我儘を繰り返していた。
彼女の亭主(義理の伯父)は隣町の住人だったが、碌に働きもせず親のスネをかじり続けていた様だ。そんな風だから旦那の両親が亡くなると、田畑を次々と売り払ってしまった。
そして私の祖母へのたかりも相変わらずだった。

しかし反面では伯母は腹黒くなく、どんな事でも思った事を口にする、そういう人だった。
いわゆる計算高い人ではなく、単に気ままで身勝手な人だったに過ぎない。
だが伯母もまた周囲の人間からたかられていた。そういう人の周囲には、そういう種類の人間が集まるからだ。しかも他人ではなく、身内ばかりだから質が悪い。我が家は成るだけ伯母とは接触しなかった。

祖母の葬儀の時、生前あれだけ世話になったにも関わらず、従妹の亭主が父に手伝い料をよこせと言って来た。更に祖母の夜伽をして、好きなだけ飲み食いをしていた。
そういう連中とは縁を切りたい、欲望むき出しの低能共とこの先は付き合う積りなど無い。
自業自得だが、そういう連中に囲まれて、伯母は楽しい人生だったのだろうか。自分なりの生死観は構築していたのだろうか?あの世で、先人が上手に導いてくれる事を願うばかりだ。
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# by levin-ae-111 | 2015-10-19 20:33 | Comments(0)

坂の町アート3

 様々な作家さんと触れ合った坂の町アートも、昨日で終了しました。結局、連休中の全ての日に町中をウロウロしてしまいました。
本当は最終日に行く気は無かったのですが、展示されていた作品の中で気になって仕方がない物がありました。しかも、それが蛙、いや買えるのです。

その作品、何だか魚の様な、違う様な・・・正直わかりません。それなので作家さんに訊ねました。
私「これは何ですか?」
作「ギョーザをモチーフにしたもので、名前は餃子△○×です。一つなら350円で、二つだと600円です」
済みません、餃子しか記憶に残らず、忘れてしまいました(T_T)
兎に角、面白いのでこれにヤラレて、即購入しました。
皆さん、何に見えますか。私は餃子というより、変な魚にしか見えないのですが( *´艸`)
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# by levin-ae-111 | 2015-10-13 19:34 | Comments(2)

漸く落ち着いたみたい

 会う度に気感を求めて私に手かざしを要求していた友人、どうやら何か心境が変わったらしい。自分には気感を感じられない、無理だと思った様だ。
不思議な現象を求め、自分に課せられた使命を知りたくて焦っていた。それをどうやら諦めたらしい。
その発端が、ハリー山科氏の動画らしい。ハリー氏は有名なコンタクティー、アダムスキーの説く宇宙哲学を講演している。それを観て何やら感じ入るところがあったらしい。
その様な事は、私も以前から話しているのだが、やはり有名人のいう事の方が入り易いみたいだ。まあ何れにしろ、落ち着いてくれたので良かったと思う。

私にすれば気感など今の処は有っても役立てる術はないし、強く感じる時には不快でさえある。それに私が現在の状況に至るまでには、十年以上もの地道な瞑想の積み重ねが有る。
それは楽しみながらも自分の身に起こる不可解な現象との闘いでもあった。意に反して勝手に動く手、常に頭をグリグリと押されている様な感覚、髪の毛がザワザワ動く感覚、汗が肌を伝う様な何とも言えない不快さ、背骨を伝う熱感などだ。

師匠の居ない私にとって、これらの現象は酷く不安だった。本などで調べながら、たたじっと耐え忍ぶしか術がなかった。そういう中で自然に私の考え方も固まって来た。
それが驚くことに、多くのスピ系の人々の説と多くの点で一致していた。だがしかし、それは大した事ではない、真剣に求めれば誰しもが辿り着く結論だと思うからだ。
ただ言いたい事は、一朝一夕に得られるものではないという事だ。何でもインスタントでお手軽な時代だが、精神的な側面ばかりは簡単には得られない。
友人も漸く(ようやく)それを肌身に感じて理解したようだ(´・ω・`)
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# by levin-ae-111 | 2015-10-12 09:51 | Comments(0)

坂の町アート2

 昨日に引き続き『第20回坂の町アート』を観に、友人と町をうろついて来ました。
チョークアートの女性たち、そして書の先生とお話しして来ました。
チョークアートはプロの方、そして趣味のアマチュアの方の共同出展でした。上手なので美大出かと思いましたが、皆さん違うということでした。
マリリンモンローやヘプバーンは、製作に3日くらい掛かったとのこと。チョークといっても普通の物ではなく、油入りのものらしいです。キャンバスは勿論、黒板です。
チョークは油性で、しかも出来上がった後からクリアをスプレーするので簡単には消えないとのことですが、後から修整はほぼ不可能なのだそうです。
若くて綺麗な女性たち、頑張っていました(^^)/

書の先生はお爺さんでした。何が書いてあるのか分かりませんが、覗くと快く説明をして下さいました。大きな作品に目を向けると、「これは木簡書体といってワシが創ったと」と先生。
確かに変わった書体でしたが、話しをよくよく聞くと、どうやら遺跡から出土した木簡に記してあった文字からヒントを得ているらしいです。日展の常連で、テレビにも数多く出演されたとか。
その先生、話し始めたら止まらず(ご老人とは、そんなもの)と諦めて、他の見学者の人たちが来たので、上手くバトンタッチして逃げました(笑)

その次は切り絵作家の方のギャラリーへ入りました。細かく切り込んだ作品は、葉の葉脈までも表現されていました。大作の前で、作家さんが自ら説明して下さいました。
直線は定規で切るが、フリーハンドより難しいとか、背景はマーブル手法を用いたり、紙をクシャクシャに丸めて、絵具を沁み込ませたり、雑巾を置いてみたりとか手法についても説明して下さいました。
また画家の方には、カモシカばかり描いている人も。その理由を尋ねると、亡くなったお父様がカモシカ顏だったからとか。
それにしても芸術家とは、辛抱強い人種なのだなぁと思います。三六版のベニヤ板サイズから、ハガキサイズまで、どれも手を抜く事なく、細部まで丁寧に仕上げてありました。
どの方の作品も本当に「凄いですねぇ~」の一言に尽きます。
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# by levin-ae-111 | 2015-10-11 16:29 | Comments(0)
 今年も『坂の町アート』の季節がやって来ました。我が町の古い町並み全体をギャラリーにして開催されるこの催しは、今回で20回を数えます。
街中全体に展開される芸術の祭典は、日頃は気にも止めない地元の町並に目を向けさせてくれます。

各所で様々な展示がされています。書、陶芸、彫刻、絵画、切り絵、人形(和・洋)抽象画や抽象造形作品に加えて、今年はチャリティーを含めたコンサートも実施されます。
 様々な作家さんたちと挨拶を交わしながら、各会場の民家を駆け足で巡って来ました。
この『坂の町アート』の特筆すべき点は、芸術作品に限らず古い町並みを堪能できるということです。その古い町並とマッチする様に建てられている銀行や公民館など、どれも一見の価値があります。

そしてアートを展示しない家々でも、その玄関先に花を活け来場者への精一杯の歓迎をしてくれています。民家の玄関もまた、アート展の作品として機能しているのです。
今日は、民家の玄関先のアートを集めてみました。

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# by levin-ae-111 | 2015-10-10 11:58 | Comments(0)
 昨夜の就寝時のことだった。
何時もより気の感覚が強く、そっと身体を撫でられている感覚がした。それも布団の上から撫でられている感じだった。
昨夜は寒かったが、足も暖かくなり私はウトウトし始めた。

その時、撫でられている感覚から、指圧をされている様に強い力で身体のツボを押されるのを感じた。実際には身体の方向は変わらないのだが、簡単にひっくり返されて様々な場所を指圧される。
「うわっ、痛ててっ・・・」経絡を押されて、思わず痛みで目が覚めた。それからも、足裏や膝裏など様々な箇所を強く押された。

以前も一度だけ同じ経験がある。その時は冗談で「お代は?」と思った途端にマッサージが止まった。「しまった!」私は深く後悔した。
それで今回は「有難うございます」と念じた。マッサージは暫く続き、私は気持ち良く眠りに落ちた。

何処の何方かは知らないが、マッサージの効果は抜群で、今朝は爽やかに目覚めた。
それから、ここ数日不調だったお腹の具合が好転していた。
姿の見えないマッサージ師さんに、心から感謝したい。
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# by levin-ae-111 | 2015-10-06 20:05 | Comments(0)

壮絶な神々の夫婦喧嘩

 越中富山に伝わる伝説に、神様夫妻の壮絶な喧嘩がある。伝説自体は極めてローカルな一地方の神の争いだが、仲裁に乗り出したのが有名な大国主だとあるから面白い。
時代としては3世紀半ばごろとされるこの伝説は、今に至るも変わらない人間心理を伝えている。

越中の国は船倉山(富山市)に住んでいた船倉姫と、能都国は石動山(いするぎやま)に住んでいた石動彦(いするぎひこ)は夫婦だった。それが夫の石動彦が能登の杣木山(そまきやま)に住む能登姫と道ならぬ恋に落ちた。
石動彦と能登姫は妻である姉倉姫の目を盗んで密会していたが、とうとう二人の不倫が姉倉姫に知れてしまった。

怒りに燃える姉倉姫は石動彦と能登姫に船倉山の石を投げつける。それに加勢したのはやはり越中の布倉山に住む布倉姫で、彼女は布倉山の鉄を投げた。
石動彦と能登姫もこれに反撃し、夫婦喧嘩は能登対越中の闘いにまで拡大する。激化する闘いに待ったを掛けたのが、氏神として祭られていた大国主だった。

大国主は最終的に武力に物を言わせて、両方を平定してしまうのだが、大国主が遠くからわざわざ喧嘩の仲裁に出向いて来たとは考え難い。
つまり大国主は北陸の愛人に会いに来たついでに、夫婦喧嘩を仲裁したかも知れないというのだ。
大国主には高志(こし)の国にヌナカワ姫という愛人がいた。この姫の名前は玉を産する川の意味で、玉とは翡翠のことであるとされ、現在の新潟県は姫川にちなんだ名で、糸魚川市付近と思われる。
大国主自身、スセリ姫という嫉妬深い妻のある身で、愛人を囲っていたのだから石動彦を攻める資格はない。(笑)

この夫婦喧嘩にカモフラージュされた伝説は、何某かの政治的意図に基づく大国主の北陸侵攻の物語であるかも知れない。越中と能登での争いに付け込んで、周辺諸国と出雲とが共同した軍事行動があったのか?
因みに布倉山とはピラミッドと言われている『尖山』のことで、富山県立山町に存在するこの山の周辺には不思議な云い伝えも存在する。この山の周辺は現在でもUFOが目撃される。

写真は尖山
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# by levin-ae-111 | 2015-10-03 21:04 | Comments(2)

不気味な現象

 会社の後輩が日曜日に体験したことです。家の家電製品が、相次いで異常な事になったらしいのです。
テレビは勝手にON・OFFになるし、パソコンやスマホの起動も異常に時間が掛かるし、お風呂用のポータブルTVも映らなくなった。兎に角、電波に関係する家電が全て変になった、というのです。

それで後輩が「先輩の回りの人達は、地震とかについて何か言っていませんか?」と訊ねてきたのです。それで私は、近くに何か強烈な電磁波を出す施設か、違法な出力の電波を出す
車でも居たのではないかと答えておきました。
その前に「俺の薦める壺を買えば、大丈夫だ。少し高いがなぁ・・」とか、冗談を言って二人で笑ました。

話しは違いますが、月曜日に我が家では玄関の引き戸がガタガタと鳴ったのです。弟が玄関に出てみましたが、誰も居なかったと言うのです。
その夜、私の部屋の襖が、風も無いのにガタガタと揺れました。しかも二度も・・・。
まあ、時々ある事なので気にもしませんでしたが、何か空気の流れの具合でその様な現象が起こっているのでしょう。
チョット不思議な現象のお話しでした( *´艸`)
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# by levin-ae-111 | 2015-09-30 19:25 | Comments(0)