身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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魂の兄弟たちの夢

夢見に関しては何度か書いたが、この夢は他の夢とは決定的に違うと感じている。
夢は至ってシンプルなものだが、その登場人物の全員と意識を共有していとしたならばどうだろうか?内容は以下のとおりだ。
 霧か煙が地面を這うようにして立ち込めている。僕(現在の自分)は地面か床に開いた穴に入ろうとしている。周囲には数十名の容姿も服装もバラバラの人々がいて、僕を見送ってくれている。穴は僕の身体が通るのに、ほぼ丁度の大きさだ。
中を覗くと果てしない暗闇が続いていて、先は見通せない。
穴に入る直前に僕はもう一度目的(何だか忘れた)を頭の中で確認し、周囲を見回した。
皆は黙って頷き「それで良いんだよ」と、何処かへ出発する僕の決意や目的を全面的に理解し支持してくれていた。僕も頷き、皆に別れを告げた。
思い切って穴に身を滑り込ませた僕に、皆の惜別の思いや応援の気持ちが伝わってきた。
夢はそこで終わった。
 内容は本当にシンプルなのだが、登場した人物の全てと意思や意識が繋がっている自分を確信できた。勿論、夢では言葉を一切交わしていない。自分の考えが全員の考えであり、全員の考えが自分のそれだった。
 周囲の人々は何者なのか?
グループソウルの面々だろうか?それとも自己の魂(意識)の他の側面なのだろうか。
何時もの声は、後者だと告げていた。
ここから幾つかの予測が出来る。
①人は何かの目的や計画を持って生まれるらしいこと。
②計画や目的は個の魂全体で計画され認識され、承認されたものであるらしいこと。
③現在の自分は個の魂(意識)のごく一部であるらしいこと。
これらの予測は的外れなものかも知れないが、それにしても今更ながら自分の人生は自分だけのものではないと感じさせられた。そして合理的に考えるならば(宇宙はとても合理的と私的には考えている)僕を見送ってくれた人々も、その後に何処かへ旅立ったのかも知れない。意識が一度に一人、しかも一次元にしか分霊を送り出さない(不合理)とはとても思えない。
だとすれば、違う次元、異なる世界で僕の魂の兄弟たちも生きているに違いない。
 それにしても皆、良い身なりではなかったような気がする。わら蓑を身に着けていた人物も居たように思う。
みすぼらしい身なりは、彼らの人生計画で困難や苦悩の多いことの現れかも知れない。
であれば、我ながらそこそこに志の高い魂なのだろう。
それでも人生は辛い。彼らとて生まれ出た世界で苦悩しているに違いないのだ。
僕は彼らにエールを送りたい、次元世界を超えて必ず届くであろうと信ずるからだ。
何故ならば、同じ魂(意識)なのだから。

*MIXI日記からの転載です。テストも兼ねて載せてみました。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-10 17:09 | Comments(5)
 毎回、以下の感じで書いて行こうと思っています。宜しくお願いします。


                  戦場の医師「医僧」
 
 少し前にNHKで「タイムスクープハンター」という番組を放映していた。
要潤さんがタイムスリップしてその時代をリポートするのだが、映像が妙にリアルで歴史好きとしては創られた時代劇とは比較にならない面白さを感じた。
視聴率が良くなかったのか5、6話で打ち切られてしまったのが残念だが、その中でも取り分け印象に残るのは初回の「医僧」の密着リポートだ。
 戦国時代の戦には「医僧」と呼ばれる僧侶が戦場に同行し、傷ついた武士たちの治療に当たっていた。現代で言えば衛生兵だが、武器は持たず薬や治療道具、酒、水などを入れた郡を背負い戦場を駆けまわっていた。酒や水が不足した場合は、戦死した死体の水筒から調達するなど、臨機応変な対応が求められた。

しかし負傷しても彼らの治療を受けられるのは侍大将(全体の指揮官ではなく、一部隊の指揮官)か、それ以上の地位の者に限られていたようだ。一般の兵卒は手当てを受けられず、自分たちで我流の治療をしていたらしい。
医僧の使用する薬品はとても高価で、兵卒にまで使用することは禁じられていたのだ。
この番組では負傷した侍大将を治療中に、領主からの撤退命令が出た。そこへ家老が負傷して転がり込んでくる。付き人の侍は家老の治療を優先するように医僧たちに迫るが、それをなだめながら治療を進め、撤退していく。
彼らは領主に雇われているため、主命は他の武士同様に絶対のものだった。物語の医僧たちは治療を優先させ、すぐにはその場を動かなかった。それから撤退するのだが、道の途中で負傷者を見つけると身分に無関係に治療を施していく。家老に付き従っていた武士も途中で負傷、彼は治療を受けられる身分ではないが医僧たちは治療を行った。
台詞こそ現代語だったが、撤退途中に転がる薄汚れた死体や武士たちの汚れた顔や手足、尻などが非常に生々しくリアリティに拘った創り手の意識が現れていた。
それはともかく、荒々しく凶暴な武士たちが殺しあう戦国時代の戦場で仕事をするのはどんな気分だろうか。物語では師匠格の一人が歴戦の元武士で、殺し合いに疲れ自分の人生を振り返った時に虚しさを感じ、殺人とは反対の医僧の道を選んだとい言った。
また若い弟子は大変な商売と思ったが、稼ぎが良いので医僧なったと話していた。
 これは「医僧」についての史実を基にしたフィクションだが、このような人々の存在は戦国ファンにも余り知られていないのではないだろうか。
歴史に登場する武将は華やかで壮絶な生涯を後世に知られているが、無名の人々の存在にスポットを当てるのも面白い。
 
現代社会もビジネスという合戦に明け暮れる戦国時代だ。人生を賭けてお金儲けに奔走し、敗れれば従業員ともども路頭に迷う。そんな社会で生き残り、勝ち抜くのは大変だ。
幾多の人々が脱落し苦悩の中で呻いている。誰もが我田引水で、他人の事など気にもしない。こんな現代にあっても、この医僧たちのように他者のために頑張っている人々にエールを送りたいと思う。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-09 19:21 | Comments(4)