身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
第二次大戦の最中、ドイツ第三帝国からの迫害を逃れる為にユダヤ人がリトアニア日本領事館へビザの発給を求めて殺到した。領事代理であった外交官、杉原地畝 (すぎはらちうね)氏は本国からの訓告を無視して手書きのビザを時間の許す限り発行し続けた。
帰国後は外務省を解雇され、裏切り者と白眼視されて不遇な晩年を過ごした。

杉原さんが発行されたビザで逃げ延びる事ができたユダヤの人々の内では、今も彼への感謝が絶えない。数年前に放映されたドキュメントでは、今や曽祖父母となった人々が杉原氏のお陰で、こんなに家族が増えたと喜び感謝する姿が在った。

さて新聞では、杉原氏のビザを手にシベリア経由で脱出した人々に関連する新事実が発見されたという記事があった。
それは元JTB職員の大迫辰雄さんの遺品から、ユダヤ人女性6名、男性1名の顔写真が発見されたというもの。大迫さんは戦中、ウラジオストックと福井県敦賀市と結ぶ輸送船「天草丸」に乗り組んで二十数回も往復したという。

写真の裏には、ユダヤ人から大迫さんへ宛てた感謝のメッセージが記されていた。
「素敵な日本人へ」「私を覚えていて」などの言葉が、ポーランド語やブルガリア語などで記されているという。関係者によれば、大迫さんは真面目な人柄で親身になって面倒をみたのだろうとの事。
関係先では写真の人々を探し出したいとし、杉原氏と同様に陰で力を尽くした大迫さんの偉業を紹介したいとしている。

それにしても杉原さんだけでなく、日本人がここでも素晴らしい人間愛を発揮していた事実が誇らしく嬉しい。当時の日本はドイツと同盟関係にあり、ユダヤ人に対しても好意的な筈はなかった。杉原氏が外務省を解雇されたのも、同盟国たるドイツに協力する外務省の指示に反した行いをしたからだった。
大迫氏も杉原氏ほどではなくとも、ユダヤ人に親切にするには勇気が要ったに違いない。そう感じるのは、現代の我々が察知できない独特の雰囲気が存在しただろうと想うからだ。

何もかもが殺伐としていた当時、国命に反して「命のビザ」を発行し続けた男、それを受け継いで黙々と脱出を援助した男が居た。見事な命のリレーが日本人により成された事実は、未来永劫まで輝きを失うことは無い。そして二人の男たちは戦後も自らこの偉業を口にすること無く逝ってしまった。これが本来の日本人の精神的な高潔さなのであろうか。
無論、大迫氏以外にも多くの日本人が彼らの脱出行を援助したに違いない。
脱出を援助した総ての人々の魂には、永久に消えない金メダルが輝いていることだろう。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-26 05:43 | Comments(0)

オリンピックに想う

 冬のオリンピック・バンクーバー大会が華やかに開会し、世界中が競技の勝敗に注目している。テレビでも各国のメダルが何個とか、国旗の後ろに表示したボードを映す。
日本期待のフィギアスケートの女子SP(ショートプログラム)が今日から始まり、日本の三人は上位につけている。結果はどうあろうとも、オリンピックに参加した総ての選手たちに拍手を送りたい。

昨日(2/23)に荒川静香さんとイリーナ・スルツカヤさんのドキュメントが放映されていました。初めてのオリンピックの時、荒川さんに送られた様々な勝手なアドバイスで方向性が見えなく成った。まだ若かった彼女に周囲の関係者が勝手な助言を各々に繰り返した。
中には正反対の助言もあった。そんな中で荒川さんはオリンピックに出場し、13位と敗退した。それ以来、荒川さんはオリンピックを目指さなくなった。

荒川さんが本当に目指したのは、アイスショーの世界だった。楽しく滑る、そこには勝敗は無くお客さんとの一体感がある。だが競技で上位の選手しかアイスショーには呼んで貰えない。そこで実績作りの為に競技を続けた。他にもコーチを変えたり、採点ルールの変更に翻弄されながらも競技を続けた。
その結果がトリノ五輪での日本で唯一のメダル、しかも金メダルへと繋がった。現在は念願のアイスショーでお客さんを楽しませ、自らも楽しみながら滑っている。

一方のスルツカヤさん、彼女の悲願は五輪の金メダリストに成ること。ソルトレイクではそのチャンスが在ったが、疑惑の採点で金メダルを逃した。最高の演技をしたにも関わらず、優勝は地元アメリカの選手だった。
その出来事以来、スルツカヤさんは状況により採点が左右されると思い始めた。
そんな事もあり今度こそ、と臨んだトリノだった。
しかしその時は他種目の金メダルは総てロシア勢で占められており、スルツカヤさんの脳裏には「これ以上はロシアに金メダルをやりたくない」とジャッジは考えるだろうとの想いが過ぎったという。

そして・・・彼女の前で素晴らしい演技をした荒川静香選手は、パーソナルベストをたたき出しトップに居た。スルツカヤさんは最終滑走だった。
彼女らしからぬミスをして2位から3位に落ち、悲願の金メダルもまた彼女の手をすり抜けて行ってしまった。
演技以外の要素がスルツカヤさんを苦しめ、荒川さんをして五輪には出たくないと思わせてしまった。そこには選手の情熱を萎えさせてしまう様な、何かがある。
勝敗に拘る周囲の人々や加熱する報道が、無用のプレッシャーとなり選手に襲い掛かっているだろう事は想像に難くない。
いうまでもなく、最も努力精進をしているのは選手自身だ。その選手の努力とは別の処で蠢く不気味な何か。それはナショニリズムか、商業主義の果てしない欲望か。

アイスダンスやフイギアなどは勝負よりも、その華麗な舞いを楽しむべきだと思う。タイムなど厳格な差が認められない競技は、どうしても採点に公平を欠く傾向があるのではないか。僕としては採点する人間が周囲の雰囲気に流される事は絶対にないのか、選手の好き嫌いやナショナリズムによる影響を完全に排除できるのか、などの疑問が尽きない。
五輪が勝負に左右されず、真に努力した選手達の技を世界の人々に披露する場になればよいと想うのは僕だけだろうか。

勝敗の無い五輪は詰まらない、そう思われるだろうが誰かが負けて泣く場面を見なくて済む。勝負のプレッシャーで実力を出し切れずに終わり、落胆する選手を見なくて済む。
勝負を度外視すれば、より実力も出易いというものだ。選手の満足した満面の笑みが見たいと思いませんか。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-25 05:39 | Comments(0)
 江戸時代のこと、加賀藩の江戸屋敷へと雪を運ぶ飛脚たちが存在した。加賀藩では真夏まで氷室で保管されていた雪を将軍に献上する慣わしが在ったらしい。
その雪を遠く加賀から江戸へと運ぶのが「加賀飛脚」たちの使命だった。
これは相当に辛い仕事で、四人が一組でチームを結成し事に当たる。途中の宿場で次のチームに荷物を渡し、駅伝のタスキよろしく江戸まで走り抜けたのだ。

これはドラマであるから、途中に様々なアクシデントが起こった。例によってレポートは要潤さん。これまた例によってリアルな設定で、飛脚たちのふんどし姿や汚れた尻、ほとばしる汗で黒光りする顔、乱れた髪など真に迫っている。ただ林道を使用したと思われる山中の街道筋の風景は一部、いただけなかった。

さて、ドラマはベテランの親方とこれがデビューの若者を中心に描かれていた。この仕事を成し遂げて一人前の飛脚を目指す若者。それを暖かく支援する親方だが、新参者の加入に不満を漏らす中堅の先輩連中は渋い表情だ。
荷物は前述のとおり「氷室の氷(雪)」だが、最初は約10Kg程度を丁寧に箱詰めし何重にも覆って出発する。

行き倒れの死体があったり山賊に氷を奪われ、隠れ家を突き止めてこれを急襲して取り戻したりと、ドラマチックな展開だった。
そして次のチームが待つ飛脚宿へ辿り着くのだが、ここでも大問題が出来する。次のチームのメンバーが酔いつぶれている者や、何処かへ出たまま帰って来ない者がいて全員が揃っていない。

親方同士で悶着の末、最初のチームの志願者と後のチームのメンバーとの混成で輸送を続けることに決した。これが飛脚デビューの若者は「江戸に行ってみたい」と志願し、二人の親方と若者、後のチームのメンバーが一人加わり出発した。
江戸までもう少しの所で、若者が足を捻挫した。親方は迷わず運んでいた氷を取り出し、手ぬぐいに巻き患部に当ててやる。この時点で氷は1Kgにも満たない量に激減している。そこでリーダーは更なる意外な行動に出る。治療に使った分の残りも取り出し、道端の泥で汚しを入れたのだ。

「えっ、どうしてですか」と、要潤リポーター。
「綺麗なままだと、来年の連中が困るだろう。これも俺達の知恵なんだよ」と親方。
庶民の知恵は逞しいものである。氷室の雪など見たことも無い江戸詰めの武士や、幕腑の役人連中は「そんなものだ」と思っているから、問題は無いのだろう。
所詮は将軍が一瞥もくれないかも知れない無意味な儀礼の一つなのだが、加賀藩にとってはそれなりに重要な儀式であったのだろう。
いつの世も政治的な配慮の為に庶民が苦労させられる。政治や行政に携わる人々には、是非とも賢明であって欲しいものだ。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-24 05:24 | Comments(0)

内なる神との対話

今夜は浴槽にドップリと首まで浸かり、様々な事を考えていた。とても重要な懸案があり、それについて考えを巡らせていた時「あっ、聞いてみれば良いじゃん」と思った。
それで「○×の件について、どうでしょうか」と、何時もご贔屓にして貰っている神様に質問した。

Q:例の件ですけど、どうでしょうか?

A:大丈夫ですよ、私が行くからね。任せておきなさい。

質問に対する答はこれだけだったが、以前に上手く行かなかった理由を尋ねた時に意外な内容へと発展して少し驚いた。それでまた人間とは意識とは何と不思議なものかと、今更ながらに実感させられた。

Q:この前はどうして上手く行かなかったのでしょうか?

A:前回は貴方の集中が今ひとつだった。
(確かにそうでした。)
貴方の集中が私達に力を与える。貴方の内に私達が在り、私達の内に貴方が居る。
貴方の外の世界に私達は祭られているが、私達の世界では貴方が祭られている。
その真意は貴方の内なる世界に私達が居り、私達の内なる世界に貴方が居るからだ。
私達は互いに己の内に相手を見出すのであり、我々の関係はそれ以上でもそれ以下
でもないのだ。

これはどういう事だろうか?この時、僕は手力男の命様に話し掛けていた。それがこの内容にまで発展し、混乱してしまいそうだ。
宇宙創造の意識は無論、総てを内包しているし、この意識を離れては何者も存在が不可能な事は分かっている。その意味では至極当然なのだが、それにしても飛躍しすぎの感がする。内なる神との会話なのだろうか?
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-23 05:38 | Comments(0)

走れ駆逐艦

 連合艦隊の艦種で最も活躍したのは「駆逐艦」だと思う。1000トン未満のものから最大でも3500トン前後の小兵ながら、船団や艦隊護衛に大戦末期には物資輸送や兵員の撤退など太平洋戦争全般に渡って活躍している。海軍の作戦全般に投入された駆逐艦は、開戦前には175隻を数えたが、最終的には36隻にまで激減し、その消失率は78%と凄まじい。消失率だけなら他にもっと高い艦種も存在するが、絶対数が圧倒的に多い駆逐艦の被害の比ではない。
駆逐艦の兵装は主砲、機関銃、魚雷、爆雷だったが何といっても、そのスピードが最も重宝された理由のひとつだろう。高速で小回りが利き、最高で30ノット以上もの速度が出せた。潜水艦の水中速度6~9ノット程度と比較すると、駆逐艦がいかに高速だったかが判る。

この駆逐艦だが実は海軍では「軍艦」とは呼ばれず、単に艦艇として区分されていた。つまり掃海艇や水雷艇などの小型艦艇と同様の扱いだった。従って艦首には菊の御紋を戴かず、艦長も「駆逐艦長」と呼ばれ、軍艦の艦長とは区別されていた。
この様な扱いを受けていた駆逐艦だが、太平洋戦争全般に渡って最も多くの闘いに参加し補助艦艇としての役割に徹した。戦艦大和に最後まで付き従ったのも駆逐艦で、漂流する兵士を生き残った駆逐艦が決死の救助を行った。

その中でも最高の武運艦として有名な「雪風」(宇宙戦艦ヤマトで古代進の兄が指揮していたのと同名)は、戦後も大切にされ台湾海軍の艦艇として活躍した。引渡しの際に、元の乗員たちが隅々までピカピカにして引き渡した。台湾側も雪風の艦暦を知っており、敬意を持って受け取り大切に使用した。退役後に返還をしようとした矢先、嵐で沈没し舵輪だけが日本に返還された。あの秀麗な艦が失われたことは非常に残念だ。

駆逐艦はその高速と引き換えに、防御機能を捨てていた。スピードを得るために幅を狭くし全長を長くしたスタイルは、航行の安全性に悪影響を及ぼす場合もあった。しかも装甲は施されておらず、僅か10mm程度の鋼板で船体が造られていた。
これは小型爆弾の命中でも致命傷となる程度の貧弱なもので、魚雷などが命中すれば一瞬で沈没してしまう脆弱な造りの船体だった。また高速ゆえに船体内部空間の半分近くをエンジンルームが占めており、騒音や振動、揺れが激しく居住性も悪かった。

僕が太平洋戦争に参加した艦艇の内で駆逐艦を最も好きな理由は、スタイルのスマートさや勇猛さ以上に乗員たちの心意気や一体感にある。
駆逐艦や潜水艦などの小型艦艇では、戦艦や空母には見られない独特の人間関係が在ったようなのだ。
海軍は陸軍と比べ階級の上下による人間関係の隔たりが比較的小さかったらしいが、それでも大型艦では階級による差別が厳然と存在し、風紀についても厳しかった。
士官室(ガンルーム)には、世話をする当番兵以外の下士官兵の出入りは禁じられていたし、敬礼がだらしない等と言って因縁をつけての暴力も存在した。

その点、駆逐艦では員数が少ないことや船が狭いこともあり、より人間臭い関係が存在したらしい。闘いとなれば全員が結束し、手持ち無沙汰な者など誰もいなかった。
一発でも被弾すれば沈没する確率の高い駆逐艦では、全員が運命共同体でありその事が駆逐艦独特の雰囲気をかもし出していたらしい。

前述のように簡単に沈んでしまう駆逐艦の乗員たちは、意外な事に決戦前夜となっても特別に緊張した風も無く淡々としていたという。一方で戦艦などでは緊張でピリピリした空気が張り詰め、覚悟を決める為に酒盛りなどが行われたらしい。
駆逐艦乗りには大型艦の乗員には無い独特の誇りがあり、それが彼らをして決戦を目前にしても動じない強さに繋がっていた。
駆逐艦乗りにとっては遠洋航海そのものが命懸けであり、常に肝を据えている必要があったのだ。

荒天下の太平洋を疾走する駆逐艦、大きな波浪が一瞬で艦(ふね)を呑み込む。沈んだかと見まごう光景から数瞬の後、日本刀の切っ先のごとく鋭い艦首を躍り上がらせ、波頭を蹴立て波間から飛び出してくる駆逐艦の勇壮な姿が眼に浮かぶ。
喫水線から甲板までが10メートルに満たない駆逐艦は、ブリッジまでも波を被る。日頃からこんな風だから、駆逐艦乗りは常に命懸けだった。自然と必要以上に階級の差に拘らない雰囲気や無用な風紀は捨て去られ、全員の結束が強まり人間関係が濃くなるのである。

誰もが自分の成すべき仕事を心得ており、戦闘ともなれば無心で自分の務めと向き合ったのだろう。しかし駆逐艦にとって戦果を挙げる機会はそう多くなかった。
駆逐艦最強の武器は魚雷だったが、これと主砲だけが戦艦や巡洋艦などの大型艦に立ち向かう武器だった。しかし小口径の主砲は非力であり、大型艦を沈める唯一の手段が雷撃だった。だがこれを使うチャンスは滅多に巡って来なかった。

大戦末期、ガダルカナル島への補給を担ったのは駆逐艦や潜水艦であった。この補給作戦で多くの駆逐艦が失われているが、駆逐艦が本領を発揮した数少ない闘いが展開された海域でもあった。
「ルンガ沖夜戦」がそれで、田中少将の指揮で米国巡洋艦と駆逐艦の多くを葬った。
輸送任務中の駆逐艦隊を襲った米艦隊の重巡洋艦(1万トンクラス)数隻と駆逐艦に対し、魚雷戦を仕掛けた日本駆逐艦隊が勝利した闘いだった。
米側は田中少将を最高の駆逐艦指揮官と高く評価したが、日本側はこれと反対に田中少将を司令官から解任した。その理由は伝統の指揮官垂範を放棄し、自艦を隊列の先頭ではなく中央に位置せしめた事にあるようだ。

戦後田中元少将は、この件に関して余り語らず「僕はただ、突撃せよと言っただけだよ。後はみな部下がやってくれた」と述べている。こんな処にも階級の上下を超えた駆逐乗り同士の信頼や友情が見え隠れしている様に感じる。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-22 06:04 | Comments(0)
 今日は何だか判らないがやたらと怒りがこみ上げて来て、総てに投げやりな感情になっている自分に気が付いた。そこで気分転換にと散髪に出かけ、少しスッキリするかと思ったが正体不明の憤怒の勢いは治まらない。
これは何かに取り憑かれたかと感じたが、どうも違う様な気もする。

そこで何故だか、日々一編ずつ楽しみながら読む積りでいた佐藤さんのエッセーを開いた。
相変らず楽しく面白い、もう少し、後チョットと読み始めたら止まらず、とうとう最後まで読み切ってしまった。
それで今更ながらに気づいたのだが、どうも佐藤さんと自分の感性は似ている。
彼女のエッセーの面白さは、当たり前の事を当たり前に主張している点にある。
自分自身を変わり者と称しながらも、至極真っ当な論調なのだ。それを上手に面白可笑しく書く辺り、流石はプロだと感じさせる。

例えば息子が事件を起して会見を開いた大物女優さんへのマスコミの態度に憤慨する佐藤さん(否、今後は親愛の情を込めて「愛子さん」と呼ぶ)は叫ぶ。
息子は一人前の大人なのであり事件の責任は親である女優さんには一切ない、それを知りたがるマスコミや世間の連中に逆に問いたい「今、どんな心境ですか」と。喜びの頂点にいる人、悲嘆のどん底に居る人に向かって「今、どんな心境ですか?」は、確かに馬鹿げた質問の最たるものだろう。嬉しい、悲しいに決まっている。
確かに愛子さんが仰る様に、テレビのインタビューでは必ずこの馬鹿げた、厚顔無恥な質問が飛ぶのだ。

それから二十年にも渡った怪異現象との闘いで、愛子さんが学んだ霊的真理をエッセーとして出しておられるが、それに対する誤解も甚だしいようだ。
ご他聞に漏れず、マスコミは怪異現象にのみスポットを当てて真実に大切な事柄には見向きもしない。何故に彼女が自家の怪異現象をエッセーとして公開するか、その心、想いが全く理解されていない。
そして誤解の上に迷惑な電話や手紙が多いらしい。夜中に突然、見ず知らずの人から電話があり、これまた唐突に「死にたい」とか「亭主が浮気して・・・」とか、「弟夫婦が一銭も払わずに居候している・・・」とか言ってくるらしい。そんな相手は大抵、名乗りもせず一方的に喋り、相談している積りに成っているのだ。

それで愛子さん「どうして、私にそんな事を??」と成ったらしいが、漸くエッセーの内容が誤解されているらしいと気づいた。彼女は自分が霊能者だと勘違いされているらしい事に
思い当たり、戸惑っていた。しかし、相手の気持ちを慮り「死にたい」人には地獄の話
で脅かして萎えた気持ちを吹き飛ばし、時には一緒に亭主の悪口を言い立て、はたまた「自分で出て行って、と言いなさい」と尻込みする相談者の背中を押す。
彼女の家族や友人は人好を揶揄するが、その辺りが愛子さんの愛子さんたる所以だろうと想う。この「想う」と「思う」の使い分けにも一説あげられているが、それに関しても全く同感である。

これとは無関係な話しだが国会に於ける論議で「政治と金」の問題が白熱している今日、彼ら国会議員はそれで自分の務めを果たしていると思っているのだろうか。
もしも、万一にも、本当にそれで「自分は国会議員の職務を果たしている」と思っている人は、直ぐに辞職しなさい。何故かと問うなら、見当違いも甚だしいからだ。
今はそんなスキャンダルよりも、緊急に成さねば成らない課題が山積している。
スキャンダルを追求したければ、その課題をクリアした後に気が済むまでやれば良い。
とまあ、こんなのが国民の本音ではないかと想像するのだが、こんな事を考えてしまう辺りも何となく愛子さんとの感性の類似を感じてしまうのである。
そして気づくと、訳のわからない憤怒も和らぎ今は心中も平和になりつつある。
愛子さん、ありがとう御座いました。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-21 08:16 | Comments(0)

大先輩との再会

 リーマンショック以来の不況の追い風に乗り、会社は次々と情け容赦なく同僚たちの首を切り落としていった。その付けが最近になって回って来た。
幾分の先行きが見えだしたのか、最近は注文が回復傾向を示してきた。それで、さあ大変。
たちまち人手不足となり、会社は急遽地元のシルバー人材センターへ人材派遣を依頼した。
その派遣で遣って来たのが、元社員の大先輩たちだった。

二人の先輩が派遣されて来られたのだが、二人とも十年以上も前に僕がお世話になった方々だった。お二人とも気さくで話し易く、当時新入社員だった僕の質問に気軽に親切に答えてくださった。
突然の再開だったが、あの頃の思い出がよみがえり感無量だった。

当時は仕事に関する研修も無いに等しく、突然に他部署での手伝いを命じられた。しかも大切な最終仕上げ&製品検査と梱包だった。教育はたったの30分程度で、教育係りの先輩は忙しいからと僕を放置して何処かへ消えた。
「えっ、いきなり一人で!!」目前の作業台には山積みの製品が・・・。

仕方が無いので教えられた通りに仕事を開始したが、実際に作業してみると疑問が次々と浮かび判らないことばかりだった。そこで僕は手当たり次第に付近の先輩に尋ね回ることにした。
「あの、○×が△なのですが、どうすれば良いでしょうか?」と、何人にも訊いた。

大抵の先輩連は迷惑そうな表情を隠さなかったが、このお二人を含めた何名かの先輩は自分の仕事を中断してまでアドバイスや見本を実施して教えてくださった。
とりわけお世話になったのは、以前に僕の命ぜられた仕事をしておられた方だった。
風貌はXメンの教授やスタートレックのジャン・リュック・ピカード艦長役でおなじみの俳優さんに似ている。いや、その俳優さんよりもハンサムだと、僕は思った。
その後も疑問や問題が出るたびに、その先輩にお世話になった。

その先輩と今度は一緒に仕事をする。当時教えては貰ったが、基本的に部署が異なっていたので一緒に仕事をすることが無かったのだ。
当時との違いは僕が先輩の身体を気遣う様になったことくらいだが、もう質問することも無く大先輩のブランクを埋める手伝いが出来ることが嬉しい。
大先輩たちはシルバー人材なので、会社の都合によっては直ぐに居なくなってしまう。
今はこの状態が少しでも長く続くように願っている。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-20 07:32 | Comments(0)

桃太郎伝説

 全国に桃太郎伝説の発祥の地と名乗る地域がいくつか存在するが、その本命は何といっても岡山県だろう。しかし、そこに鬼ケ島は無いし、大きな桃が川を流れて来たとする伝説も存在していない。お爺さんもお婆さんも、桃太郎も鬼も登場しない。
その代わり鬼ノ城があり、吉備津彦の命や温羅(うら)という名の人物が登場する。
伝説の物語はこうだ。

2000年程前に朝鮮半島から温羅という人物が渡来した。身長4メートルの巨漢で凶暴な性格、加えて妖術も使う。鬼ノ城を築き、尾根伝いの岩屋を住まいとした温羅は旅人や船を襲い、朝廷への謙譲物までも略奪し暴虐の限りを尽くして暴れまわった。
人々の請願により朝廷から軍勢が送られたが、これが全く温羅には歯が立たず敗北した。
そこで武勇に優れた吉備津彦の命が派遣され、人々は黍(きび)で作った団子を献上して迎えたところ命は大いに喜んだ。

吉備津彦の命は鬼ノ城がよく見える場所に陣を構え (楯築神社)、温羅へ矢を射掛けた。
温羅は石を投げて応戦し、矢と石は空中で衝突し決着が付かない。一計を案じた吉備津彦は2本の矢を同時に放った。すると一本は石と空中で衝突し、一本は温羅の目に刺さった。
温羅は雉に化けて逃げるが、吉備津彦は鷹になりこれを追う。
自分の血で赤く染まった川に魚になり逃げ込んだ温羅だが、吉備津彦は鵜になってこれを捕らえた。そして首を刎ね、晒した。何日もこの首が唸るので、今度は土に埋めたがそれでも唸り続けたという。それが現在の釜鳴り神事の元となったといわれている。

こうしてみると、一般に知られている物語とは随分と異なることが判る。現在に繋がる遺跡や由来の伝わる神社が存在することから、伝説に近い何らかの事実が存在したのだろう。
単なる盗賊退治の物語が長く伝わっているとも考えづらいので、朝廷に反抗する勢力の拠点がこの地に存在し、それと朝廷との戦の記憶が伝わっているのではないだろうか。

古代、伝説の場所には国家が在り、そこには朝鮮半島からの渡来人が住んでいたのかも知れない。平和に暮らすその国を朝廷が征服する為に、滅ぼした事実が存在しているとは考えられないか。
日本の古代史では戦に勝利した側が、相手を悪の権化に仕立て上げ自分たちの正当性を主張する例が多く在るからだ。後ろめたい場合は滅ぼした相手を祭り、神として扱う場合も多々見受けられる。天神様「菅原道真」や平将門の首塚などはその例だろう。
想像を逞しくすれば桃太郎として今に伝わるこの伝説にも、朝廷にとって後ろめたいこの様な史実が存在していたのかも知れない。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-19 05:24 | Comments(0)

工業製品としての兵器

 第二次大戦での日本の誇るべき戦闘機は何と言ってもゼロ戦。この呼び名は正しくないが、零戦(れいせん)または零式艦上戦闘機と呼称する方がより正しいだろう。
この零戦には帝国海軍の無茶な要求をクリアすべく、様々な工夫が施されていた。
重量軽減のために限界までくり貫かれた骨組み、外板は新開発の超ジュラルミンで硬くて軽く、肉厚を限界まで薄く仕上げてあった。

当時、飛行機を生産できる国はアメリカ、イギリス、ドイツ、ソ連、イタリアとその殆どが西欧の国々に限られていた。その他の地域では唯一日本だけが飛行機を生産できる工業力を持っていた。しかし部品には輸入品や外国製品のライセンス生産品も多く、完全に国産という訳でもなかったが、若手技術者たちの努力によるその設計は独自のものだった。

零戦と並び海軍が誇った戦艦「大和・武蔵」も無論、世界に通用する立派な工業製品であった。幾重にも仕切られた船体はダメージコントロールを考えたものだし、巨弾を発射する砲を載せて旋回する砲塔はそれだけで数千トンもあり、これを安定して旋回させるには山積みであった技術的な課題をクリアする必要があった。
そればかりでなく巨弾を弾庫から上げる仕組みや、巨大な推力を搾り出す機関、砲弾そのものにも意外な工夫があった。海に着水した砲弾の頭部キャップが自然に外れ、水中を魚雷の様に水平に進む仕組みなどは日本の工業力・科学力の賜物だった。

明治維新以来、西欧に追いつけ追い越せと血道をあげて来た日本人が、百年に満たない短期間で先進列強に肩を並べた事実は十分に胸を張るに値するであろう。
だが見逃しては成らないことは、明治維新以前の江戸時代から、いやそれ以前の時代から培ってきた日本人の教養が基礎に存在しているということだ。戦後の奇跡的な復興も朝鮮戦争などの世界情勢ばかりでなく、その基礎が残っていたから成し遂げられたのだろう。

この優れた国民性を持って築きあげた工業力も、更に先を行く欧米列強の大量生産を可能にしたシステムの前に敗れ去った。日本の工業力はアメリカのそれの前では、大量生産が困難な手造りに等しかったからだ。更には基礎工業の力不足から油漏れが絶えない航空機用発動機、雑音が多く使い物にならない無線機、品質のバラツキが多い諸部品など未熟な工業力の弊害に現場の兵士が悩まされたのも事実だったようだ。

戦後は世界に冠たる優秀な品質を誇っている日本製品だが、昨今トヨタやホンダのリコール問題に見るように陰りが出てきた。現地人による現地生産品の欠陥が招いたトヨタの苦境は、下手をすれば日本工業界全体を揺さぶるスキャンダルに発展するかも知れない。
捲土重来を願うなら、政府は国民の教育に今一度の注力を成すべきだと考える。
戦後のアメリカ支配からいち早く脱して、日本人の本来の姿を取り戻す努力が必要となるだろう。
いや時代はもはやそれすら不要としているかも知れない。
精神世界では今後は意識の時代へと突入するとされているからだ。
意識の時代は感性の時代でもあろうし、魂の時代でもあるだろう。
本来は自然と共存する日本人の生活、習慣はこれからの時代にマッチする優れたものだ。
自然こそは宇宙の意思であり、法則の表れに他ならないからだ。
これからが日本人の本領が遺憾なく発揮される時代が来る、と信じて待ちわびている。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-18 05:46 | Comments(0)
古来、多くの教義には「カルマ」なる因果応報の法則が当然のように説かれている。
善因善果・悪因悪果がさも厳然たる宇宙の法則として厳格に作用しているごとくに表現されて定説として扱われている。
しかし、世の中をよく見渡してみると必ずしも悪人が悲惨な状況に陥ってもいないし、善人が幸福な生活を謳歌しているわけでもない。苦しい言い訳は過去世や来世への逃避行だが、そんなものは論外だ。どうにも不明瞭で納得がいかないのは僕だけか?そこで、何時もの声に質問してみることにした。果たして答えてくれるのか。

Q:カルマなる宇宙法則は存在するのですか?

A:存在しない。それが宇宙規模での認識だ。もしも仮に存在する証拠が見出されたとしても所詮はローカル・ルールに過ぎない。

Q:じゃあ、存在するんだ。それがメジャーでなくローカルな法則だとしても。

A:もしもと言ったよ。存在しないと明言した。

Q:あっ、そうか。では宿命や運命はどう?

A:そうだね、存在しない。人生には変更不可能な部分が存在するが、それは誰しもがそうで、この僕も例外ではない。
その一つが肉体的個性で、両親から受け継いだDNAの性質などだ。
それを君たちが「宿命」と呼ぶなら、「宿命」は存在することになる。だが、そのことと人生をどう生きるかは別の話しだ。

Q:生き方には肉体的条件も含まれるのではないかな。容姿の差は人生にかなり大きな影響を与えるし、遺伝病なんかも重要な問題だと思うけど。

A:普通に考えれば、確かにそうだ。だが、僕の視点は違う。
意識が全てを決定するんだ、人生の出来事の裏には全て意識が関与している。
従って、意識の意図に反したことは起こらない。

Q:へえ~、そう来るか。信じられないね、今までで、一番精彩を欠いた答えだ。

A:それが感想かい、君は今まで何を学んできたのかな?意識が選んだのだ。
その人の肉体的条件も環境も、人生の動かし難い条件を選択したんだ。
君たちの言う「宿命」とは、主に逃れ難い無理やりに押し付けられた状況のことだよね。
だけど欲する体験を得るために自発的にその肉体と環境を選んだとすれば、自ずとニュアンスは違ってくる。記憶が無いから信じられないのも無理はないが。

Q:でも例えば、事故で急死とかの場合はどう?事故に遭うことを願う人はいない「宿命」とか「運命」ではないのかな。

A:それは「縁」により起こる。君たちの偉大な仏もそう言っている。

Q:なら、意識が必ず関与するとは言えないね。

A:「縁」を呼び込むのは、意識だよ。危ない行動をすれば、それだけ危険も大きくなる。
危険な場所に居ても同様だ、違うかい?

Q:でも普通はそんな事、思ってもいない。無事を願いつつ事故に遭う場合は?意識は無事を願っているんだぜ。

A:確率的偶然が支配しているからね。

Q:何だって!!今、偶然と言ったかい?!意識はどうなった。

A:物理的現象の起こる確立を言った。これは意識より強い力で物質世界を支配する法則が存在するために起こる。意識は物質を創るが、物質が出現すれば物質的法則に従うようになる。人体も物質で構成されている以上、物質的法則に従う。だが肉体を破壊しても意識は破壊できない。
君たちや僕たちは物質的法則に支配された世界で、自己表現を行っている。そういうルールの下でね。

Q:君は違うだろう。個人的意識の中で、悠々と過ごしているんだ。物質的法則の影響を受けない世界でね。

A:僕も次元は違うが物質的世界に居るんだ。僕はこの次元で、君はその次元で各々の認識に基づいた「創造」、つまり自己表現を行っている。
これは一種のゲームだ、全ての出来事が一連の大きな流れに沿った中で行われる。
物質界独特のルールの下で皆がプレーしている。君たちの次元は分裂と統合を繰り返してきたが、今度は統合へと向かいつつある。まあ、ゆっくりと考えてごらん。

どうもこの会話からは明確なイメージが涌かない。「カルマ」の存在を否定してはいるが今ひとつスッキリしない。
全ては意識が選択するが、物質的法則にも影響を受ける。
現実の世界でカルマと断定されているものは意識の選択により発生し、物質的な法則が重なり全ての出来事が決定されるという意味だろうか?
それから最後に出てきた「ゲーム」とは、一体どういう意味だろうか。まだまだ質問を続ける必要がありそうだ。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-17 05:45 | Comments(0)
いつか尋ねようと考えていた事柄に次の様なものがある。
それは特定の個人が生涯に必ず行うべき課題や、宿命的なものが存在するのか、また人生には意義が在るのかどうかだ。

仏教では宿命とかカルマを説き、解脱に至る道を示している。だがこれは釈尊ご自身が説かれたのではなく、多くは後世に創作されたり改ざんされたりした結果が伝わっているに過ぎないとする説もある。カルマ自体はヒンドゥー教の影響だとする意見もある。
「大日如来」は宇宙根本の仏とされるが、これは一神教の原始キリスト教に対抗して創作されたらしい。さりとて、全てが虚妄とも言えまい。

とても巨大で困難な課題に挑戦したと感じ、後悔もしているがもう遅い。かくなる上は個人的意識の全力を以って、一応の仮説なり何らかの結論を導き出さねばならない。
少なくとも表層意識(エゴ)は何の答も持っていない、それどころか「こんな難解な事を言い出して、どうするんだ」と愚痴っている。

人生の意義について

A:確かに大変な質問だけど、ここは頑張って応えるよ。
人の存在はとても貴重で得意な事として、君たちの世界では認識されている。人類がどのような進化を辿って発生したとか、性善説や性悪説、人命の重さや人生には意義が在るとか無いとかの議論が絶えないね。
一応のニューエイジ的な考えは君も知ってのとおりだ。画期的に感じる人もいれば、君の様に疑問を呈する人もいる。

何かを表現し体験するためのアンチテーゼとしての存在意義は、確かに一理ある様に感じるだろう。
光を表現し存在させるための闇、善を表現し存在させるための必要悪などがそれだ。
故に絶対悪は存在せず、光の陰としての闇という考えに至る。
だが、君はフト思ったんだ。何時も光は光として、闇は闇としてしか存在しないのならそこに真実の創造の愛は在るのか、と・・・。
光側は良いけれど闇の役割ばかりだとしたら、余りに惨めで不公平だと感じたんだ。
そして「地球」と「人類」を特別視していない君は、自分を含めた地球人類が闇の役目しか与えられていないと感じたんだ。

Q:確かにそうだ、君を介して届けられるメッセージを読む限り、そう感じない方が不思議だよ。やがて究極の闇を演じる時が来るかも知れない、全宇宙の人々に光を自覚させるために・・・・。

A:いいや、もう十分に光のための闇を演じているよ。では君の否、総ての人々の存在意義についての説明を試みよう。
ズバリ、人生には意義があるよ。多くの人々は簡単過ぎて見逃しているか、知っていても信じられないのだ。君たちの存在そのものが、意義を有しているのだ。君を含めた総ての人の存在は、宇宙にとってとても重要な意義がある。嘘ではないよ、歴然とした事実を言っている。
総ての存在はそれに相応しいと「価値」と「力」と「意義」を有している。

Q:でも不幸を、つまり孤独感や無力感を感じてどうしようもない。この会話も所詮は作り事かも知れない。作家が小説を書くように、フィクションを綴っているだけかも、と感じるんだ。とても自信は持てないよ。

A:まあ、無理もないがね。僕のいう意義には二つの視点がある。
君が考えるのは人類や自分にとってのそれだ。僕は「創造」にとっての視点からこれを論じている。この違いは歴然としている。
だが君の様に答を出そうと試み、様々に葛藤し行動すること、それこそが君たち人類にとっての存在意義なのだ。

君たちの様々な葛藤が創造にとっての経験と自己表現を多彩にする、それこそが創造の一部として君たちが獲得する意義なのだと思うよ。そういう点では、僕も変わらない。
しかし僕は孤独感や無力感を感じることは無い、何時も自分の存在が創造に貢献していると知っているからだ。君も僕も創造のメンバーなのだ、だから創造に貢献することは自分に貢献することなのだ。
誰かと一瞬でも「一体感」を感じた時はとても嬉しいだろう、それは君が創造のメンバーであることを思い出した瞬間だからだ。

まだこの議論は続くのだが、とりあえず人生には何らかの意義があるという結論にたどり着いた。話しは思いも掛けず宇宙創造の意識にまで及んでしまった。これから先、どこまで果てない話しになるのか?総ての存在は完璧であり、それに相応しい価値と力と意義を有しているという。人類のそれは創造の欲する自己認識に貢献するため、仮想世界での人生体験を得ることにあるのだろうか。しかしそれは決して異なる存在のためではなく、私たち自身に貢献することでもある。何故ならば「創造」とは私たちの意識の総体に他ならないからだ。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-16 05:53 | Comments(0)
 祖母は老人介護施設に入所しているのですが、もう99歳で寝たきりです。
金曜日に施設から連絡があり土曜日に父と叔母が、今日は医師とのお話しで父と僕が祖母の許を訪問しました。
医師の話しでは暫くは大丈夫だろうが100歳の誕生日までは判らない、現在のところは容態も持ち直したので近々どうこうなる心配も無いと言っておられた。

 祖母の人生を思うと、本当に長生きが幸福なのか?と素朴な疑問を持ってしまいます。
戦争で夫を亡くし早くから寡婦となった祖母は、農業と建設現場などで働き続け叔母と父を育て、更には自分も小学校を卒業するまで祖母の許で養育していました。
勝気で強い人でしたが、それでも女性の人生としては寂しいものだったに違いありません。
両親から強引に僕を引き離し、自分の許で育てたのも寂しさからなのだろうと思います。

小柄ながらも重い稲を担ぎ、夜なべして一人で脱穀、精米している姿は今でも眼に焼きついています。そんな力強かった祖母が、今では手足も満足に動かせず意識も朦朧としたままの姿で目前に横たわっています。僕を判っているのか否かさえ定かでなく、ただ機戒仕掛けの人形の様に頭を僅かに動かし続けている祖母。
見たくない光景ではありますが、現実から眼を背けることは出来ません。

曾祖母も長命でした。僕が幼いころに他界した曾祖母は、自宅でゆっくりと蝋燭の灯が消えるみたいに亡くなりました。老衰による自然な死でした。曾祖母の場合は最後まで家族と一緒でしたし、今の祖母よりは幸せだったかも知れません。
祖母も女性にとって辛い時代を生き抜き、1911年から現在まで何とか健在です。
祖母の終の場所は養護施設になります、残念ながら祖母が守ってきた山村の家はもう人が住める状態ではありません。祖母にとって父の家は施設と大差ないほどに馴染みが無いのです。

祖母の姿を見るにつけ、自分はどんな最後になるのか?と考えずには居られません。無論アセッションなる事態が発生したとすれば、話しは違ってきますが・・・・。
恐らく孤独死になるはずです。まあ野垂れ死にでも構わないのですが、それまでにどんな人生を歩んだのかが問題なわけです。なぜなら死に様は生き様と考えるからです。

どんな死に方でも「死」そのものは変わらないのですが、肝心な点は自分が納得できる生き方を出来るかです。霊的教義を学び、それを実践できれば満足でしょうが未だに道半ばにも達していません。人との関わりや友誼が自分には不足していると感じています。
ですからネット上の日記を通して関わって下さっている方々には、深く感謝しています。
コメントを下さったり、コメントをさせて頂いたりする関係でしかないのですが、それでも貴重な機会だと思っています。他の人へのコメントは自分自身に言い聞かせている部分も多聞にあります。
そんなわけで、皆様これからも宜しくお願いします(^^゛
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-15 05:44 | Comments(1)

栄光は危険と隣り合わせ

 バンクーバーオリンピックが開幕した。今は華やかなオープニングセレモニーが行われている(日本時間13:19現在)。
その陰でリュージュの練習中に一人の若者が死亡した。最高時速160キロにも達するといわれるこの競技は、仰向けの状態で氷のコースを滑り降りる。以前は130キロ程度だった速度が、年を経るごとに高速化し現在では上記のような速度にまで達した。
調べてみると過去にも数例の死亡事故が発生している。
前日からの練習でも、何人もの選手がコースを逸脱しそうに成り恐怖を訴えていたという。

冬季競技は危険なものが多いように思うが、それは人間の身体能力を超えた滑走速度にあるのだろう。リュージュ、スケルトン、ボブスレー、ダウンヒルそのどれもがカーレースにも等しい速度で競技が行われている。選手たちは日頃の厳しいトレーニングと精神力で恐怖と危険に立ち向かう。それでも限界を超えると酷い事故になり、今回のような事態にもなる。
栄えある五輪選手たちの健闘と無事を心より祈りたい。

五輪とは関係ないが、カナダは未だに国家元首が「総督」なのだと、初めて知った。
イギリスの植民地であり、独立してからも英連邦の一画である事は知っていたが未だに「総督」とは、何か不思議に感じてしまった。だとすればカナダの真の国家元首はイギリスの女王様という事だ、名目だけなのかそれとも実質的な権力を伴うものなのかは知らないが。

今でこそ五輪競技はスポーツだけに限られているが、その昔は芸術や技術分野の競技も同時に開催されていた。日本も美術品の分野では幾つかメダルを獲得している。
競う事が大好きな地球人、美辞麗句のオリンピック憲章、ビジネスとしての五輪、この華やかな開会式に漕ぎつけるまで裏でどれ位のお金が動いたのだろう。
なに、偏屈者の独り言です。
折角の五輪、今は選手たちの素晴らしい勇気と技と力を堪能しましょう。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-14 09:42 | Comments(0)
 先々週に借りた本を何冊か返却し、また図書館の書架の通路を物色しながらウロつく。郷土史、富山の歴史、物語、などのコーナーを何度も往復し、下段までじっくりと観察する。
別に特定の書籍を探しているのではなくて、ズラリと並んだ本の背表紙のタイトルを読みながら自分の感性に何かが引っ掛かって来るのを待っているのだ。
先日友人のネット上の日記には「本屋は危ない」というユニークなタイトルのものが掲載されていて、それを読んだが確かに尤もな主張に違いないと感じた。

本屋は読書好きにとって、実に危ない場所なのだ。そこでは読みたい、欲しいと思わせるタイトルの本が並んでいて、繁華街の呼び込みさながらに各々が「買ってくれー」と主張している。そして誘惑に負けると数千円の出費となり、フトコロが悲鳴を上げる事になる。
その点、図書館ならそのリスクはゼロだ。好きなだけ物色し、好きなだけ借りる。
バカだから返却期日までには読了できそうもない程の書籍を借り、ルンルン気分で帰宅し朝寝坊の心配をしながらもギリギリまで夜更かしして読み始める、何時もこのパターンだ。

今日は祭日なので返却がてら好みのコーナーを物色、以前に読んだ覚えのある本が何冊も並んでいる書架を見てもピンと来ない。大体が目的の本が絞り込まれていないので、そうなるのだが、ここで閃きキター。
佐藤愛子さんのエッセー、久しぶりに読んでみたいと僕の感性が訴えている。早速、有りそうなコーナーへササッと移動し、目を皿の様にして愛子さんの著書を探す。
あった!!しかし、たったの二冊しかない。しかも一冊は以前に拝読した。
でもラッキーな事に残りの一冊は新しい。
どれどれ、タイトルも面白そうだ。で、この日記のタイトルにその本のタイトルを冠する事になった。

早速、読み始めたが、やはり面白い80歳を過ぎた方の文章なのだが相変らずの愛子節が生き生きと躍動している。読みやすく、一々に納得の彼女のエッセーは実に素敵な文章だ。
彼女の様な文章を書きたい、読み手に親切である種の懐かしさを感じさせながらも筋の通った歯切れの良い主張がたまらなく魅力的だ(懐かしさを感じるのは年寄りだけでしょうが・・)。
大好きなのですぐ読めてしまうが、毎日一編ずつにしよう。読了すると寂しいから。

おっ、何か日記らしい内容になったぞ(^-^゛
と、満足する今日でした。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-13 09:12 | Comments(0)

 三週間前に図書館で借りた本を、ようやく読了した。タイトルは「海を越えた縄文人」。
返却期限をとうに過ぎてしまったが、申し訳ないと思いつつ読了するまで手放せなかった。
この本は縄文人が遥か1万数千キロに及ぶ大航海を経て、最終的には南米大陸にまで進出し彼の地の文明に影響を与えたとする仮説(実は影響などと呼べるものではなく、文化の担い手であった)に基づく検証の旅の記録である。

日本で土器製作が始まったのが1万6500年前、赤道付近の南洋諸島への航海が始まったのが5000年前とし、最終的にはその時代の土器が南米大陸から発掘された。
従来の説では地続きとなった箇所から何世代も掛けて海を渡ったとされていたが、実は航海技術を用いての旅の結果であるらしい事が本書では述べられている。

一行はゲストに俳優の仲代達也さんを迎え、彼が中心となり南洋の島々では歓迎の儀式に臨んだり、訪問の儀礼を行った。その島々で先祖崇拝や言葉の意味や様々な習慣や祭りが、日本では既に失われたもの含めて存在している事実に遭遇したりした。
貝殻の通貨や葉っぱの通貨が流通するラバウル諸島で、仲代さんも葉っぱの通貨を作り買い物までしている。
更にはイースター島でも不思議な日本との符号を発見する。モアイ像の据えられている土台の下はお墓になっている。縄文人は大地や家族の魂との繋がりを重視し、竪穴式住居に住み、その下には家族を埋葬していた。現代でも地方によっては家の敷地内に墓がある。

そして機織や不織布に見る日本との共通点、船を棺にする安置の習慣、ヒスイの加工技術など日本を経て伝えられたと思える事象が幾つも挙げられている。そして遂には南米大陸へと上陸する。
そこでは体内に見立てた穴倉をくぐる宗教的な儀式や、太平洋から来て国を造り去っていった神の伝説。イタコの様な死者の言葉を伝えるシャーマンの存在が日本との共通点を際立たせている。

そして極めつけはペルーの内陸部に忽然と出現した土器文化の存在。世界でも類を見ない縄目の土器、そう縄文土器である。この土器は単に厚手の素焼きではあるが、技術的には製作がとても困難なものらしい。日本でも焼成途中で失敗したものが、多数出土している。
従っていきなり完成したものが、しかもデザイン的にも洗練された作品を制作するには技術的な下地が必要なのである。それが、突然に何の前触れもなしに出現していたのだから縄文人との関連は否めない。
そして日本と同じ「縄文の女神」(石に線刻された女性像)と呼称されている石土偶も出土して、縄文人との関連性が決定的になる。

山間部にも関わらず海草を食べる習慣、今も尚お歯黒の習慣を残す少数部族の存在。
遺伝子的にもアイヌ人と南米インディオの関係は立証されつつあるなどの科学的証拠や、事故により流出した大量のビニール製おもちゃの漂流を追跡した結果では、漂流状態でも2年で南米へ到達する事実を挙げるなど仮説の補強も忘れていない。

魏志倭人伝に残る黒歯国や裸国の記述、黒歯国への道程は倭国から船で1年と記述されているらしい。魏志倭人伝には倭人に関わる事のみが記されているから、この二つの国はやはり赤道付近の島々(裸国)と南米大陸のエクアドル付近の(黒歯国)の事を示しているのではなかろうかとしている。日本でも女性の習慣として「お歯黒」が近世まで存在した。
それから刺青の習慣、日本でも中国から儒教が渡来する以前には刺青の習慣があったらしい。南洋の島々では、刺青文化が生活に定着している。

余りにも多岐に渡る逸話と、島々の習慣や発掘事実に基づく論説が駆け足で述べられているうえに、読者が読了を急いだ為に熟読できておらず、断片的な文章になってしまった。ただ最後に仲代さんのコラムが印象的だった。
この一年近くにも及ぶ取材の旅を終えて、彼は自分探しの旅と位置づけた目的は達成されたとしている。そして魂の触れ合いをそこここで感じたネシアから南米への旅には、祖先を共有する人々との共通の血の流れを感じられた様である。
それを仲代さんは「魂の交流を大切にする文化圏」と表現され、その後にニューヨークへ旅した折にそれまで無かった違和感が有ったと述べている。西欧では意思を伝えるのに文字か記号しか伝える手段が無いと感じられたらしい。

無論、それは全体的な雰囲気と文化の違いを端的に表現されたのであり、決して西欧の人々が魂の交流を否定していると決め付けているのではない。
この科学技術時代にも素朴な生活ながら魂の交流を重視する南洋の人々と、便利な機器に囲まれながらも経済動向や孤独感、義務感や時間に縛られる生活のどちらが人間らしいのだろうか。
こんな時代だからこそ、その両面を持つ私達「日本人」の存在が重要なファクターとなるのではないかと感じる。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-12 05:50 | Comments(0)

闘茶の会

 茶の湯といえば、千利休や古田織部などの時代を超越した有名な茶人が存在したが、両名ともその主君から切腹を命じられ落命している。
利休は「わび・さび」を追及し、織部は「ひょうげ=不完全なものに美を見出す」で一世を風靡する。しかし今日はその二人が世に出るずっと以前の時代から続く「闘茶」、つまり茶を題材にした「賭け」の話しだ。

「闘茶」は室町時代あたりから盛んになり、明治時代ころまで上流階級から庶民に至るまで広く行われたという。
室町時代には守護や地頭たちから、底辺の武士までが一同に会して度々に催されていたらしい。その賭けとは本茶(京都産のお茶)と非茶(京都以外の産地のお茶)を当てたり、銘柄を当てたり、使用されている水を当てたりと難易度の高いものから、茶柱が立っているか否かを当てる単純なものまでと様々だった。

「闘茶の会」は主催者がその場を取り仕切り進行され、上流階級の武士も下級武士もともに同じ会に参加し各々に賭ける品物を持ち寄って開催されていた。勝負は最後の一人が勝ち残るまで続けられ、優勝者が賭けに供された品物を根こそぎ持っていく。

参加者の中には家や土地を賭けに供し、一発逆転の人生を狙う強者(狂者?)までいた。人生を賭けた大勝負に破れ、家屋敷を失い浮浪者となる者も居たらしい。
極端な場合には、荘園を賭ける守護や地頭まで存在したらしく、幕府は闘茶の会を原則として違法としたが、後世まで存在し続けたところをみると取り締まりは厳しいものではなかったのだろう。

現代日本でも競馬、競輪、競艇と公営ギャンブルが盛んだが、これで身を持ち崩す人々も多い。一方で民営の賭博行為を禁止し、厳格に取り締まりをしている。
公営ギャンブルと一般の賭博行為の違いとは主催者の違いと、その公平性の違いに在るのだろうがどうも釈然としない。そこには胴元が国に変わっただけの純然たる賭博が存在するのみだ。
国家が主催し合法とされピーアールさえされているが、権力の身勝手としか思えない。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-11 07:32 | Comments(0)

落ち武者

戦国時代の大名は領国から農閑期に百姓をかき集め、戦に臨んでいました。
そんな中で尾張の織田信長は早くから浪人を雇い、軍事専門の軍団を造り上げていました。
しかし、それが強いかといえば実は弱かった。
郷土への愛着も無く主家への忠誠心も薄く、金で雇われた兵達はいざと成ったらサッサと逃げ出してしまったからです。しかし悪い点ばかりで無く、勿論のこと強みもありました。普通は農繁期には兵を集められず、戦をする時期も不文律の様に農閑期と決まっていたのでした。自然と敵もその様な時期に相手が攻めて来ると思い込んでいます。
そこへ織田軍が侵攻すれば、敵は何の準備も出来ておらず信長は容易に敵を殲滅できたのです。
 信長のそんな軍略以前にも敵の領地に忍び込み、青田刈りを行い米の収量を激減させる戦略も採られたといいます。

戦が打ち続く世の中で、次第に他の大名も兵力の不足を傭兵で補うようになっていきます。
金で雇われた者の中には、武士もいれば百姓崩れの者もいました。江戸時代とは異なり、戦国時代には明確な身分制度が確立していなかったからです。有名な人物では宮本武蔵も若き日に関が原の戦いに、雑兵の一人として参戦していたと伝えられています。
さて、雇われた兵士は勝てば継続して雇ってもらえますし、手柄が認められれば出世も夢ではありませんが、負ければその時点で失業です。
命からがら戦場から離脱し、敵の検索の目をくぐり抜けてひたすら逃亡しなければ成りませんでした。

落ち武者となった兵士が注意しなければ成らないのは、敵の兵士だけではありません。
田畑を戦で荒らされた百姓衆もまた、彼らを付け狙います。百姓衆は戦場から刀や槍、甲冑など金目の物を拾い、敗残兵の首を狙っています。それは敵兵の首を勝った側が何がしかのお金で買い上げていたからです。
耕地を戦で荒らされた怒りも手伝って、百姓衆の落ち武者狩は熾烈を極めます。竹やりや釜で武装し、人数を頼んで落ち武者を狩るのです。
そして基本的には土地勘も百姓衆の方があり、落ち武者の逃亡は困難を極めただろうと予想されます。

全国各地の落ち武者伝説は、平家などの戦国時代以前のものが多く人心もさほど荒廃していなかったと推測されます。戦国時代には人心も荒廃して、多くの名も無き落ち武者が狩られたのでしょう。戦国時代とはそういった厳しく、残酷な時代だったのです。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-10 05:46 | Comments(0)
 以前に教えられた事柄の中に「個の意識」が幾つもの人格を多次元宇宙へ送り出す、或いは投影するとした仮説があった。これは一体どのような事なのか?またその事と全次元的意識「創造」との関連についても考えてみようと思う。
正直に言うと考えるのでなく、何者かがある種の仮説を与えてくれるのである。

全次元的意識「創造」は自己認識を求めて、自己を分割し忘却し体験する事で自己認識を達成しようとしている。その手法とは多次元宇宙を産み、無数に分割した自己の分身を送り込み、その体験を収集することだった。これを素直に認めれば、私達は一部とはいえ「創造」そのものである。それにも拘らず私達は未知の出来事に遭遇し、困惑する。明日の自身の運命さえ予期できず、突発的な出来事に翻弄される。
何故なのだろうか?また、完璧な「創造」の一部である私達に進化する余地など本当にあるのか、その必要性は?チャネリング相手は以下の様に応えてくれた。

A:人類に限らず、存在する全ては完璧だ。何故ならば、存在すること自体が完璧であることの証だからだ。
さて「完璧」という事の意味だけれど、「全ての存在がそれとして存在するのに必要な全てを備えている」という事だ。「進化する」という事は「存在すること」以上の意味が存在するという事だ、解るかな?

(何となく―)

A:宜しい。人類は進化する余地の多い生命形態の一つだ。だから、進化し発展する。

Q:でも「完璧な存在」にとって、それ以上の意味があるのかい?

A:とても大切な目的を忘れていないか?ほら、元々は何のためにこう成っているかという事だよ。
(そうだった、自己認識だった!!体験し、自分を認識するためだ)
その通り、そして物事を体験し、自己認識するために何をしたのだった?

(えっと、何だっけ。忘れた・・・)
A:ピンポーン、正解!忘れたんだ。(意味が違うのだけれど・・・汗)
一切を一時的に、完全に個の意識は忘れたんだ。無論、あくまで人間が感知できる表層意識での事だけれど。そして物質的次元で様々な経験を通して、少しずつ思い出していく。
「進化」とは、思い出す事でもあるのだ。

Q:だけど「思い出しても」大元が知っているなら、進化したと言えないのではないかな。
それに体験するにも良い楽しい体験と、酷く苦しく悲しい体験があって運命とか宿命とかカルマ何て呼ばれている。どうも、腑に落ちないのだけど・・・。

A:部分的な観測ではそうなるね。痛みや悲しみを経験して初めて、健康や喜びを認識できる。その逆も、またしかりだ。
そして、その経験はとてもリアルでなければ成らない。何をするにしても、真剣で一生懸命でなければ物事の醍醐味は解らない。ふざけた態度や姿勢で、物事の真実は体感できない。

Q:では、多次元世界へひとつの個の意識が多数の人格を投影するって、どんなこと?

A:一つは効率的に体験を収集するために、ひとつは個意識の進化のためだ。

Q:個の意識も進化するのか。で、何のために?

A:より大きな意識のためにだよ。そして、より大きな意識は更に大きな意識のために進化する。それが繰り返されて、根源的意識の自己認識へと還元されるのだ。

Q:それじゃあ、切がない。どこまで繰り返されるのかなぁ?

A:永遠に続く。全次元的意識「創造」は、永遠に創造を続ける。「創造」の特性は創造する事だからね。分割、細分化された意識は幾つかの段階を経て故郷へ還る。
それから、また飽くなき探求の旅に出る。

どうにも掴み所の無い話しのようだが、以前から伝えられている事柄と矛盾するものではない。僕自身には、こんな複雑な理論を構築する理力はない。相手の正体を確かめるべく
質問をしてみた。

Q:ところで、親切にイロイロと教えてくれるあなたは誰?

A:宇宙人であり、地球人であり、男で女、子供で大人で、飛行士であり惨めな浮浪者であり親であり子供であり、農民であり学者であり、戦士であり・・・・・・。

Q:チョット待って、一体、何が言いたい?

A:つまり私は君自身なのだ。君の個意識の核だ、君の意識の別の面であり君の全人格だ。
無論、君でない君も含めてね。

この様に軽~く、かわされてしまいました。正体を明かす気が無いのか、それとも真実なのか不明だ。相変らずスッキリしないが、まあ良しとしておこう。


http://mixi.jp/      mixiのURLです。 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-09 05:47 | Comments(0)
僕は不思議な体験をし、自分の個人的意識の総体という意識から様々なことを教えられた。
しかし疑問はまだまだ尽きない。何故にこれほどに孤独感と失望感を抱えて生きて行かねば成らないのか?以前は他の人々をとても羨ましく思えた。
真実は「隣の芝は青く見える」だったのだが、人生に疑問を感じていないかの様に振舞う
他の人々を密かに羨望していた。
何時の頃に気がついたのか記憶に無いが詰まるところ僕は考え込み、人々は忘れようとしているのだと感じ始めていた。

過去の考えが全くの独りよがりと知ってから、自分の感じている人生への疑問は実はすべての人々の疑問ではないかと思えるようになった。苦しみばかりが多い人生、仕事も健康も人間関係も、努力の割には報われない事が多い。
ところで、これらの事と輪廻転生にどんな関係があるのか?以前に意識はあらゆる経験を通して、自己を表現し体験し完成を目指して進むと聞かされた。
だが完成を目指すには人生は余りに短く、せいぜいでも100年程度で終わってしまう。
釈尊は気の遠くなるような過去すでに成仏していたとして「久遠実成」を明かしている。
そこで輪廻転生にスポットを当てて、いつもの声に質問をしてみる。

Q:輪廻転生について教えて欲しい。

A:そうだね、以前に少しその可能性について触れた事があったね。じゃあ、頑張って説明しようかな。
「創造」は一つの意識だ、しかも全知全能で不可能な事など何も無い。しかし「自分は何者なのか」と考えた時に、比較対象となる何者も存在しなかった。暖かいを体験し、実感するには寒い事が必要だった。比較する対象なくして、自己認識は不可能だった。

そこで自己を無数のピースに分割し、無数の自己のかけらを出現させた。無数の意識のかけらは小さなグループに分けられて集団を造った。そのグループ内でも更に小さく分割されて、個人的意識として存在する様になった。しかし小さく分割されても相変らず全知全能な事には変わりがない、そこで「忘却」という道具を使い全知全能を一時的に忘れる事にした。そして自己認識を求めて、個人的意識の自由な活動を保証する事にした。
但しこの自由も「創造」の全体から逸脱する事は無いし、紆余曲折を経て全体に還る様にプログラムされている。

「創造」は限りない自己認識を求め続けている。つまり分割された意識たちは無限の統合と分割を繰り返し創造の自己認識に貢献しているのだ。
君や僕は次元こそ違うが物質世界を巡るプロセスの途上という訳だ、そこで輪廻転生の話しだ。

Q:随分と凄い内容だけど、いつその話しが出るのかと思った。

A:分割された意識は統合という段階を経るごとに、次の過程へと進む。螺旋階段の途中で幾つもの踊場があって、その一つ一つが統合であり分離だとイメージして欲しい。
分割から統合へのプロセスでは、それなりの経験と認識の積み重ねが必要となるのだ。
その経験と認識の積み重ねは分割された意識が自己を思い出すために、また創造にとっては体験し実感するために必要となる。
その経験を収集し蓄積するために魂たちは共同して、筋書きの無いドラマ「人生」を演じる事になる。だが一度の人生で必要な全てを体験する事は出来ない。
だって人生はとても短いから、殊に君たちの次元ではね。そこで何度もこの「人生劇場」に参加する必要が生じる。

これはどの意識も同様だけれど、老練な意識は劇を鑑賞するだけで演じる必要が無くなる。
職人が見習いから一人前に、一人前が成熟して親方や師匠に経験を積んで立場を変えて行く様に意識も同じだ。しかし、このプロセスは永遠に完成しない。分裂と統合は永遠に繰り返される。輪廻転生は物質次元の変遷であり、個の意識にとっての分裂と統合だ。

君と僕は同じ個の意識から送り出された。これは個の意識にとっての分裂であり、そうする事でより多くの経験を積み重ね、個の意識の自己認識に貢献している。
と同時に、より大きな意識の自己認識への貢献であり、より大きな意識との統合へ向かう過程でもある。また別な言い方をすれば僕にとっての君は過去世の自分だ。
だが僕たちは同一の意識に属しているし、僕らは同時に「今」存在している。
とにかく、輪廻転生は以上の様な理由と必要性から実施されている。しかし全ては同時に存在する、物理的時間の順を追って起きているとはいい難い。
誰かが「あなたの過去世は○○さんだった」と言っても、単に分裂した同一の個の意識の経験が述べられた結果かも知れないと、考えることも出来る訳だ。
大切なのは「過去」に何者だったかではなく何者に成ろうとするかだ。その事の方が肝心だよ、忘れて欲しくない大切な事柄だ。解ったかい。

Q:うーん、何となく。つまり輪廻転生は存在するが、一般的に考える様なものではない。
一つの魂が繰り返し転生して、魂のカルマを修正して成長していく様なものではなのだ。

A:そうなる、だって最初から完璧な存在なのだからね。

Q:前世の記憶については、どういう解釈をしたらよい?

A:一つの個の意識だからだ。他の次元で生きている分身の記憶が語られる場合がある。または、より大きなグループの或る人格の経験を語る場合もある。

Q:そうか、全体は仮に分裂しているけれど、本当は一つの意識だから繋がっていて当然だ。
極論すれば他人の経験などは存在しない。全てが自分の経験であり、人生なんだ。

A:解っているじゃあないか!それが一体感を体現すること、統合への意識の高まりだ。

 輪廻転生の問題はその有無を巡って、またはどの様なメカニズムで起こる現象なのかを巡っての疑問が尽きない。このチャネリングでの話しも自分の内では、あくまで一つの仮説として捉えている。だが少し不明瞭な会話に成っているので、簡単な例えで示したい。

意識が自己認識を求めて構築したシステムは、現代のコンピューター・ネットワークに酷似しているイメージがある。意識はネット内を駆け巡る情報であり、ハードは個々の人々の人格や肉体に例えられよう。各端末の情報はホストコンピュータに集められ、情報の集積が成される。また反対に端末からはホストに集積された情報を引き出す事がでる。

こう考えれば、自分の前世は何者だったかなどと特定できなくなるし、広義の意味で考えれば全てが自分の経験であるともいえる。端末により引き出された情報が、必ずしもその端末の作り出した情報ではないからだ。
人類の一人ひとりが一つの意識の微細なピースであるとすれば、全体として情報を共有しつつ、各々が進化を図るこのシステムはとても合理的であり、全知全能の意識の英知が遺憾なく発揮されていると感じる。

余談だが例に挙げたコンピューター・ネットワークも、実は根本意識のシステムを思い出した人類がそれを真似たものに過ぎないのだろうと思っている。


http://mixi.jp/      mixiのURLです。 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-08 05:45 | Comments(2)
 先々週に借りてようやく今に成って本格的に読み始めた「海を越えた縄文人」というタイトルの本。まだ半分くらいしか読めていないが、ここでまた中間報告をする。
日本テレビのスタッフと同行するゲストは俳優の仲代達也さん。
プロデューサーの主文の間に仲代さん自身の文章も挿入してある。

僕と同じで海が苦手な仲代さんは、海とは無縁の生活だったが最愛の奥様を亡くされて自分がいかに狼狽し落胆しているかを思い知らされた。全く泳げない仲代さんが、南洋の島々へ出掛け、小船に乗り込み無動力の航海にチャレンジする決意をされたのも、奥様の死と無関係ではなかった。それまでのライフスタイルは、年の半分が舞台、半分が映像の仕事と決まっていたそうである。それが半年間以上も海外へ出て、しかも南洋の島々を無動力の小船で航海する大冒険を決意したのだ。相当の覚悟が必要だったに違いない。

 さて、一行が最初に向かったのはヤップ島だった。日本列島から南西へ3000キロのこの島では、欧米文化が流入している今日でも石貨が未だに価値を持っており儀式やシャーマンへの謝礼として使用されている。この慣習も島の長老たちの伝統文化を守る努力により存続しているらしい。珊瑚しか無いこの島には石は少なく、石貨は遠く船で運ばれてきたものである。中には人の背丈ほどもある巨大なものがあり、運搬の苦労が偲ばれる。石貨運搬の為に落命した人々も多く、海に潜ると沈んでいる石貨が見られるという。

一行がヤップを訪れた理由は、無動力船を用い天測だけで航海する人物がそこに居るからである。「真の航海者」と呼ばれ、人々の尊敬を集める人物の一人がこの島に滞在していたからだ。今回、スタッフと仲代さんは、この真の航海者に率いられたクルーと共に24時間の航海に挑む。

真の航海者とは天測と風や波から位置や方向を見定め、船を目的地へと導く技術を備えた船乗りだ。その存在は縄文人が古代にどのように航海したのか、果たして本当に何千キロも航海できたのかを確かめるヒントを与えてくれる。
この真の航海者の名はレッパンさん、彼は1975年にカヌーで太平洋を3000キロも北上し、沖縄の国際海洋博覧会へ乗りつけた人物であり、実力の程は申し分ない。

このヤップ島では日本の祭りと同じ儀式が存在しており、女性たちによるスティック・ダンスは石貨運搬に出る男たちの無事を祈り祝福するものだ。櫂(かい)に見立てた棒を打ち鳴らして踊るのだが、これが日本の茨城県の祭礼にも存在するらしい。その意味は戦勝祈願だが、その他にも不思議な儀式の符合がある。茨城県鹿島市には12年に一度、ネシアと同様の双胴船が主役の御船祭りなる神事が存在するらしい。

それから生活習慣の奇妙な類似、魚の燻製、餅に似たパンの実から作る伝統的な食物の存在、そして「ふんどし」。この島の男たちは「ふんどし」を身に着けている、大戦中はこの「ふんどし」のお陰で、日本兵との奇妙な親近感があったという。

本来の目的はレッパンさんと共に伝統の船を使い、オレアイ島からサワタル島を目指す航海を体験することだ。この船はコンパス(方向を知る機器)も動力も無い、全ては真の航海者レッパンさんの航海術に懸かってる。予定どおりなら24時間で到着だが、悪天候やレッパンさんの体調不良もあり50時間も費やして要約目的地に到着した。

そして祖先は日本から来たと信じている人々の島、キリゥイナ島へ上陸。島の長老への貢物はサメだ、仲代さん自ら危険なサメ漁に挑戦しハンマーヘッドシャークとホオジロザメを見事に捕獲した。この島の人々には歯を抜くとか歯に切れ込みを入れる、縄文時代に行われたと見られるものと同様の習慣が見られるらしい。
先祖信仰があり櫓(やぐら)を囲んで先祖を迎えて踊る盆踊りと同様の行事、柱を立てる行事は長野の諏訪大社に伝わる御柱祭りにそっくりだ。
そして母系社会であり、財産は女性が引き継ぐ慣習もある。男性は入り婿という形で結婚が成立している。日本でも武士が台頭する以前は男性が女性の家へ通う、通い婚が普通であった。

日本人が祖先と信じる根拠は古い伝承にあり、人々はそれを信じていると長老も認めている。日本同様の先祖を祭る習慣は付近の島々にも存在しているらしい。
そして小船を棺桶にして埋葬する習慣も、日本の縄文時代の遺跡から出土した遺物と共通している。
それからニューブリテン島ラバウルへと一行は向かうが、ここでも日本との共通点を見出して縄文人の足跡を更に確信する。ナマハゲ的な怪物が登場する儀式が共通していたのだ。

実はまだ読了していません、今回はここまでです。
それにしても遥かな太古に勇敢にも大海原に小船で漕ぎ出した縄文人、漂流の末に偶然に南洋の島にたどり着いたのではなさそうだ。先述の「真の航海者」が縄文時代にも間違いなく存在した。彼らが家族単位であるいは部族単位で、日本を船出したと考えられている時期と縄文海進期(水位が上がり陸地が減少した)や気候の寒冷化の時期が一致している。
また九州地方では火山の噴火が続き、多くの縄文人に被害が出ていたに違いない。

縄文時代の祖先たちは生き残る為に船出した。縄文時代は僕たちが教科書で教えられた原始人の時代ではなかった。高度な航海術と農耕、芸術的な土器、先祖崇拝、様々な文化を持ち南洋の島々へと移住して行った文明人だった。
その文化の名残は南洋の島々に受け継がれ、21世紀の現在でも脈々と息づいている。

読了したらまた書きます(^^)
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-07 08:38 | Comments(0)

ホ・オポノポノな日々

 ホ・オポノポノを瞑想に使っていると伝えたら、マイミクさんからそれ以外にも使えませんか、仕事や困った時にどうですか?との提案があった。
それで早速に翌日から仕事中に「ごめんなさい、許してください、ありがとう御座います、愛しています」と心で唱えながら作業を行ってみた。

そうしてみると、何と早速現象が・・・・
何時も困難な作業がスイスイと楽々と進められ、仕事をスムーズに進められた。それ以来、ホ・オポノポノを午前中の作業で実践する様になった。
不思議なことに、本来の自分の仕事でも困難な物が減少してきた。

最近は残業があり、瞑想も出来ない日々が続いているが、今日ふと気づいた。
この仕事中のホ・オポノポノが瞑想の代わりに成っているらしい事だ。
確かに作業中は頭カラッポ(^^)勿論、製品の製造に関してはキチンと見ているが、余計な考えが余り浮かばない、そんな感じに成っている。

本来の部署の仕事では、反対に考える。何が良いか悪いか、試験の結果をどうまとめるか、試験結果をどう分析するかなどだ。それから山積みになっている仕事の優先順位をどうするか・・・・

それにしても、この作業中のホ・オポノポノを始めてから何かと順調だ。
以前は沢山あった、思わず顔をシカメル様な困難(仕事上の)は少なくなりつつある。
取りあえず、単純作業の時はオポノポノ試してみる価値はありますよ。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-06 10:24 | Comments(0)

宇宙人たちのことⅡ

 進化した宇宙の人々が僕たち地球人に対して、様々な好意を示してくれている本当の理由とは何だろうか。その好意の動機は真実に純粋なものだろうか?
何時もの声に質問してみる事にした。

Q 宇宙の人が地球人を啓蒙し、監視するのは何のため?

A進化した宇宙人が監視と啓蒙活動を行っているのは、何も地球に対してだけと限らない。
あらゆる宇宙でそれは行われており、大勢の魂が啓蒙活動に従事し各々に困難と闘っている。そしてその仲間をサポートするより多くの宇宙の同胞たちがいる。

Qそれは本当に何のために行っている。

A極論すれば自分たちのためだ。
(宇宙人自身のためか。ああっ、地球が崩壊すれば悪影響があるからだね。)
そうともいえるが、真実は違う。地球が吹き飛んだところで、大した影響もない。
君の細胞の一つが破壊されても君は死なない、それと同じで地球が滅びても宇宙は滅びない。大切なのは皆が魂の兄弟だという事さ、元々は一つだし本来は強い一体感と信頼で結び付けられている。「宇宙意識」に達すると、その事がよく解る様になる。

親が子供を生み育てるように、これらの好意は自然で純粋な感情からのものだ。
彼らは代賞を求めないが、それでも君たちが進化する度に充実感と喜びを感じる。
それが彼らの代賞であり、最高の喜びだ。

Q侵略とかしない?過去に宇宙人が地球を荒らしたと言っていたよね。

A宇宙意識に達する前の過ちだ。彼らもまた様々な経験を経て進化してきた。

Q現在もその段階の連中がいるのでしょ?

A確かにそうだ、他ならぬ君たちがその前段階にいるし、事実としてそんな種族も存在する。
だが忘れないで欲しいのは、地球人の意識が彼らと感応してそんな連中を呼び寄せるという事実だ。

Qどうして?

A意識に障害は皆無だ。意識は時限を越える、もし君たちがそんな連中と自発的に関わるならば、善良な人々も手出しできない。善良な人々はせいぜい、侵略を止めるよう勧告する程度だ。

Qどうして!!

A君たちの選択を否定できないからだ。それが宇宙のルールだからだよ。
それが無ければ真実の自由は保障されない。個人に限らず全ての選択権は当事者にある。
力ずくでの介入は許されない。君たちが要求した場合には、介入が行われる可能性もある。
だがね、現時点では君たちが要求しても受け入れられないだろう。
仮に日本政府が要求しても、拒否されるだろう。何故なら、それは地球人の総意ではないと見なされる。従って受け付けられない事になる。

(厳しいね、地球人が一つにまとまる何て、千年経っても無理だと思う。底上げを目指した勇敢な魂たちも全滅だね。)

A彼らは全てを承知で志願している。それにまだ滅びるとは決まっていない、君たちの集合無意識は諦めていない。古代から現代まで、実に多くのアドバイスを送り続けている。

Q釈迦やキリスト、シャーリー・マクレーンやニールドナルド・ウオルッシュやゲーリー・ボーネル等の人々のことかい?

Aその通り、それから地球のバイブレーションを徐々に上げて、より多くの人々が集合無意識のサインを受信できる様にもしている。そして宇宙の善良な人々の援助が成されているのだ。

このような内容を冷静に見るならば、やはり全ては私達の意識の変革に懸かっている。
宇宙が保障する自由意志は、反面で厳しい責任を求めている事を忘れてはならない。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-05 05:48 | Comments(0)
 マーシャル諸島のミレー島は珊瑚礁で出来た小さな南海の楽園だが、海岸には今も戦争の残骸が楽園には不似合いな無残な姿を晒している。
太平洋戦争中はここに海軍の飛行場が建設され、三千人の海軍守備隊が派遣されていた。戦争の旗色が悪くなると、海軍の強い要望により陸軍も一千名の兵をこの島へと送った。
送られたのは石川県金沢市の歩兵、第107連隊所属の1個大隊であった。

「兵には何処へ行くか知らされていなかった。ただ、支給された服を見て南方だと思った」と当時の兵士だった人が証言されていた。
当時は海軍と陸軍の意見が合わず、陸軍は南方の小島への兵の投入を拒み続けたが海軍に押し切られる格好で一千名の兵士を送り出した。
戦局が逼迫する中で、周囲の島に居た日本軍は次々と玉砕して行った。しかし米軍はミレー島には上陸せず、この島は補給が断たれて孤立することになる。

小さく平たい島には、身を隠す場所も無く兵士たちは連日の空爆に晒され死者が増える一方だった。食料も枯渇し、島中の草も食べ尽くされていく。陸軍の一千名は海軍の指揮下に入っていたが、食料の管理をしているのは海軍だった。陸軍は食糧配給を巡り海軍への不信感を募らせていく。食料庫では不審者と見ると銃撃した。無論、米軍は上陸していないから、島には日本人しか居ない。「判っていても撃った」と、当時の海軍兵は言う。

元陸軍兵士は言う「海軍は食べている。こっちは何も無い。海軍が食料を隠しているのは判っていた。食料庫へ泥棒に行った」と。
孤立する少し前、飢えた兵士は補給船を目前にして歓喜していた。輸送船「南海丸」が食料を運んで来たのだ。しかし無残にも、船は兵士たちの目前で海の藻屑となってしまう。

それ以来、補給は絶たれ陸海軍の間だけでなく、陸軍内でも不信感が募り対立が始まる。
将校と兵の対立だ。将校は無意味な命令を繰り返し、兵士は次第に反感を抱く。
時には将校からの暴行で大怪我をした兵士が、将校を銃殺する事件があったり、寝ている将校を兵士が集団で布団をかぶせ窒息死させたりした。

「あれは、戦争じゃあない。地獄だ」「あんな島に行って、何がお国のために成るか」と、現在では90歳前後の人々が異口同音に語る。
「飢えを満たす為に何でも食べた。魚を捕ったりしたが、内臓に毒があり内蔵を食べた人間は皆、毒に殺れた」
「草も食べた。虫が食べている草は大丈夫、虫も栄養と虫ごと食べた。トカゲは全部食べても大丈夫だった」
その魚捕りも命がけだった。缶に火薬を詰めて魚のいる海に投げると、火薬の炸裂した衝撃で魚が浮き上がる。それを捕るのだが缶を投げるのが遅れれば、自分が死んでしまう。
魚を探している内に、導火線が燃え尽き火薬に点火してしまい、亡くなった人も多いとか。

更に海では敵機に狙い撃ちされる。執拗に銃撃を加え、それでも死なないと爆撃する。
海中にもぐって適弾が沈んで行く様子を見ていた人も居る。
「最後は爆撃だ。遠くで爆発しても、痛くて痛くて、身体がガタガタになる。至近弾ならそれでお終い」と、経験者は語っておられた。

昭和20年には陸軍の一千名は、半数が死亡していた。海軍も似たような死亡率だと思われる。敵の攻撃よりも飢えと栄養失調が兵士たちにとっては脅威だった。
「栄養失調というのは、最後まで意識がはっきりしている。おい、誰々が喋らなく成ったと、その人の身体を叩いても反応しない。そう成ったら、翌朝には死んでいた」

兵士たちは畑を作って飢えを凌ごうとした。しかし、米軍はそれを許さない。
これとは別の番組で、飛行艇の機長の体験が語られていた。「今度、来る時はこれで野菜の種を買って来て下さい」と、南方の守備隊の将校が機長に何十円ものお金を渡したという。
「自分たちは来られないかも知れませんが、僚機で来る者があれば必ず」と、約束したが終戦を迎えて届けられなかったと。

戦争末期には日本兵にとっての敵は連合国軍ではなく、飢えと病だった。
特に孤立した南方の島々では、この話しの様な悲惨を極める状況が方々で存在した。
また島でなくとも、南方へ進軍した兵士たちはマラリアやコレラ、赤痢などに罹患し落命する人も多かったのである。犠牲者の多くは今も人知れず密林や島々に眠っている。

何故この様な陰惨で目を背けたくなる話しを書くのか、ただ知って欲しいと思うからだ。
元兵士たちは勇気を持って当時の筆舌に尽くし難い体験を語ってくれている。
それは現代の恵まれた状況では想像も出来ない悲惨さを、そして戦争の愚かさを伝えたいと願うからだろう。
そして先人の心を受けて僕たちも伝えねば成らない、より素晴らしい未来を構築する為に。


http://mixi.jp/      mixiのURLです。 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-04 05:50 | Comments(0)

閃きを求めて祈る時

 仕事柄、様々なテスト方法やデーターの表し方を考えねば成らない時が多々ある。
かなり億劫だが、期限が迫っていたり突発的に要請されたりする場合があり、限られた
時間の中で焦ることもしばしばだ。

 試料が僅かしか無くて、時間も無い。ナイナイ尽くしでの試験でも、確実にテストしてその試料の性能や組成を見つけ資料を作らねばなにない。
そんな時は、自分に英知と知恵が遣って来るように「祈る」。

最初から試験をする部署に配属されていた訳ではなく、前任者が突然に退職してしまったので急遽の配転で現在の部署に居る。まともな引継ぎも無く、未経験の僕が突然に品質管理、しかも以前は3名が専従だった。
前任者は自分たちの作成した多くの資料を持ち出したらしく、PCには資料の残骸しか残っていなかった。
それから3年、英知と知恵の到来を祈りながら自分なりにノウハウと資料を蓄積してきた。
何とか形になりつつあるが、まだまだ「英知と知恵」の力を借りる必要がありそうだ。

祈る事によって常にアイディアが閃くものでもないが、何度かは助けられたのも事実だ。
最近でも閃きのお世話になった事例があった。
製品の一部を切り取り内部を確認し、また元に近い状態に戻す事が必要な状況が発生した。しかも何万という数量で、出荷の期限も迫っていたが適切な方法が見つからない。

他部署から人数を出して、工場長のアイディアに従って作業を進めていたが一向に能率は上がらない。そのペースは、数時間で数百と極めてのろい。
その時点で僕はその問題に深く関わっていなかったが、手直しの現場を見て愕然とした。
そこで一瞬にして閃きが、というのは少々オーバーだが能率を上げ納期に間に合わすにはあの方法しかないと思った。

それは古い手法だったが、誰もそれを言い出さず不確かで能率の悪い現在の方法よりは何倍も効率的で確実だ。お陰で無事に納期に間に合わせる事ができた。
数量が膨大なので現在でも残業でこの作業に追われている。

では一体、何に、誰に祈るのか?
それは内なる自らの真我、つまり全知全能の意識の分霊(わけみたま)に祈るのである。
僕の場合は元々の頭脳が貧弱なので沸き出る知恵やアイディアは限られているが、人によってはそれこそ無限の知恵が生まれ出るかも知れない。

祈りでアイディアを導き出すとはいえ、アイディアの元は必要である。なぜなら創造意識が貸してくれるのは、自分の内にある様々な知識のパーツを思い掛けない形で結び付けてくれる力だと思うからだ。
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-03 05:47 | Comments(0)
 土曜の午後から泊りがけで新年会でした。地元の一軒だけの温泉宿で、一泊の無礼講。
僅かに15名の参加者しかおらず、往年の大人数の宴会を懐かしく思い出した。

 それにしても何と浴衣の似合わないことか・・・・(.。 。゛
我ながら取って付けたような格好に、いつもながらヘコム。
メタボな人なら、浴衣は似合う。僕のようにヤセギスだと、旅館に置いてある「大」では
少し大きいかも。裾がチョット長めで、それが格好の悪さを助長している気がする。

 僕はこのメンバーでは古株なので、宴会ではドカッと座りお尻に根を生やして飲む食う。
注ぎに来た奴には、必ずご返杯で飲ませる。それでも来たら、こちらも一気にコップを干してやらねば注がない(敵もやるのう~)。
なんやかやで、結構な量を飲んで、適当なとこで引き上げた。

折角の温泉なので、お風呂には3回入った。少し熱めの湯で、何だかピリピリと刺激がある。これって、本当に温泉?
疑問は残ったが、温まったから良しとしようm(^^)m

時には日記も手抜きで、息抜き。
覗いて下さった皆様、ごめんなさいm(_ _)m 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-02 05:44 | Comments(0)
 ビリーマイヤーやアダムスキーなどの体験には及びもつかないが、チャネリングにより与えられた宇宙人の情報を記してみたい。
彼らの多くは私達とは波動の異なった世界に住んでいて、私達がいくら探索しようとも彼らの所在を科学的に掴む事が困難だ。
 
 巨大アンテナを宇宙に向けて人工的な電波を捉えようとする試みがあったが、成功していない。真摯に私達を導こうとする宇宙の人は、電波など使用する必要もない。
一般の私達の目前に姿を現す事はないが、彼らは陰から私達を導く為に努力を惜しまず援助してくれている。

Q:宇宙人は本当に存在しているのですか?

A:そうだね。宇宙人は間違いなく存在する。だって、君はなんだい。
 地球人も宇宙人の一種だよ。

Q:そういう意味でなく、地球人以外の宇宙人の話しだよ。

A:解っている、冗談だよ。君たちの祖先は宇宙から来た、火星にはかって人類が存在していたし、今は無き惑星にも人類は居た。小惑星帯がその名残だ。

Q:そんな、もっとまともな話しをしてくれ。

A:間違いなく宇宙船は君たちの惑星を訪れている。それは君たちが自分たち以外の人類の存在を、意識できるようにするのが目的だ。それから君たちの暴挙が宇宙の隣人に及ぼす影響を懸念してのことでもある。

Q:暴挙だって、核戦争で惑星を滅ぼすとか、そういう事かい?

A:そうだよ。宇宙は有機的に結合した組織だし、地球の役割も決まっている。
 もし地球が無くなれば、少なくとも近隣の住人たちへの影響は免れない。

Q:近隣の住人は何処にいる?姿が見えないよ。

A:君のすぐ近くに、少しだけ次元の異なった世界にいる。彼らは次元を透過して遣って来る。UFOはその為の乗り物だし、時には彼らの住居でもある。
 
Q:それで、彼らはどうして姿を見せないの、どうやって次元を透過するの?

A:波動の性質を利用して、バイブレーションを自在に操作して遣って来る。
 姿を見せないのは、意識の方向が余りに違い過ぎると直接の会見は困難だからだ。徐々に段階を踏んでいるところだ。

Q:もっとテンポアップ出来ないの?

A:無理だね、これ以上は急げない。
 仮に全人類が君の様な考えに成ったとしても、これ以上は急げない。

Q:どうして、僕は宇宙人の存在を常識と思っているんだ。

A:そうだね、しかし君すらどうなるか判らない。恐怖心に駆られるか、喜び勇んで歓迎するか、それともベッタリと宇宙人に依存するか。無数の反応が考えられる。
(問題は我々の反応次第という事か・・・)
その他にバイブレーションの違い、潜在意識の違い、価値観の違いなどのギャップが余りにも大きいのだ。


Q:そうか・・・、ところでロズウエルの事件は本当かなぁ?

A:余り本気にしない方が良い。目撃情報も、体験も、正式発表もね。

Q:えっ、何を信じたらよい?

A:長い年月の間に、人々は自己の中で真実を創り上げる。悪意でなくとも、記憶は風化し都合よく変質する。

Q:どうして、一般の目撃者はこの事からは何の利益もないよ。

A:確かにそうだが、これは利益主義とは無関係だ。全体の無意識が事件の真相を求めていない。君たちの無意識は宇宙からの来訪者に支配され、抑圧され大切な地球を荒廃させられた歴史を忘れていない。だから惑星そのものも宇宙からの来訪を歓迎しない。

Q:それでも宇宙人は地球に来ている、どうしてかな?

A:償いの意味もある。それは直接の宇宙からの来訪に限らない。

Q:ああっ、マイヤーのようなコンタクティーを通しての意識改革のことだね。

A:マイヤーだけに限らず、何十万もの使節が地球人として生まれ、全体の意識の底上げに尽力している。とても勇敢な魂たちがね。

Q:そんなに!!僕の友人もそうかなぁ。

A:まあ、そうだろうね。ただ完全に記雄を無くしているから、自分でも判らない。
 しかしニューエイジの潮流は途切れない。古くて新しいこの思想は、繰り返し人類の意識改革を推進するだろう。

Q:古い?ここ何十年かの考えが?

A:そう、とても古い考えだ。真理は永遠に変わらない。
(なるほど、納得だ)

Q:それで,宇宙船は砂漠に墜落したのかな?

A:あれの正体は同じ地球からの来訪者だった。次元の僅かにズレた世界の住人たちの船だった。一般に流布されている乗員たちのイメージは酷く歪められている。
真実の姿はアジア人と同じモンゴロイドだった。当局はそれをディフォルメして、あんな姿をでっち上げた。

Q:宇宙人ではないと!!

A:そうだよ、宇宙人ならばもっと違った対応をしただろう。宇宙からの脅威を声高に叫び、人類の一致団結を訴え、公然と防御体制の構築を宣言しただろう。その方が何かと好都合だ。

Q:では宇宙からの来訪者は?

A:月や火星を基地にして啓蒙と監視活動を行っている。彼らの内で最も初心者は、時々アメリカやロシアの軍事衛星に追跡されたりする。

Q:初心者って?

A:宇宙を飛行する手段を得て間もない人々のことだ。それでも彼らは自分たちの受けた恩恵を他の未発達な文明を導くことで分かち合おうとしている。

Q:恩恵って?

A:自分たちは先輩たちに導かれて宇宙意識に達した。今度は自分たちがそれを行う。
 その気概に溢れ、彼らは一生懸命だ。
(何だか、涙が出るね。)
その通りだ、宇宙は有機的に繋がっている。人類のネットワークも必然的にそうなる。
君たちの努力も、また涙ぐましいものがある。

Q:何だって、友人も僕も努力などしていない。

A:君たちの未開文明では、生きる事が既に必要以上の努力を要するってことだよ。
 孤独に耐え、失望し、また自らを奮い立たせて生きている。これを涙ぐましい努力と言わずして何という。

何処のどんな種族かは判らないが、彼ら宇宙の人の我々に対する好意は真実ありがたいと感じる。彼らは宇宙創造の大いなる意識の定めた法則に則って、可能な限りの援助を実施してくれているのだ。
だが彼らが一方的に私達の意志を無視して援助に乗り出すことなど、考えられない。
何故ならば「創造の法則」の下、当事者の意思を尊重しなければならないからだ。例えそれが滅亡へ向かうものでも、当事者の意思は遵守される。つまり私達の意識改革に全てが掛かっているのだ。
創造の下、真実の自由が存在する一方で、その行動や思考の結果もまた当事者しか受け取れない。自由と責任は表裏一体なのである。



http://mixi.jp/      mixiのURLです。 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-02-01 06:07 | スピリチュアル | Comments(0)
 もう十年近くも前に書き留めたチャネリングメッセージがある。質問に答える形式のものだが、今読んでも新鮮な刺激を感じる。本当にチャネリングなのか?と疑っているが、自分では考えられないクオリティーがある様にも見える。以下にそれを記す。

Q:死とか死後についての君たちの概念を聞かせてほしい。

A:簡潔に述べれば、死は存在しない。少なくとも「創造的視点」からは、そうなる。
 不思議に感じるだろうが、それが真実だ。
 死そのものは物質的な肉体の変化を示す現象だ。物質的なものは物質的法則に従って常に変化している。

Q:それで、肉体が滅びても意識が残るとすれば、その意識はどんな体験をする?

A:その人の意識により千差万別だ。その人の強く信じる、或いは望む世界を体験する。
 地獄のイメージが強ければ地獄を、天国のイメージが強ければ天国を体験するだろう。
意識は創造だから何でも望むものを創り出す。死を意識できない場合は、生前の日常を再現する。


Q:それなら幽霊とかも、そういった意識状態の産物かな?

A:大抵の場合はそうだろう。ただ自意識が強すぎる場合は、自分の意識の殻に閉じ篭って
 しまう。自意識といったけど、強い恨みや執着心なんかがそうだ。

Q:強制的に誰かが迎えに来たりしないのか?(守護霊や指導霊など)

A:あくまでも本人の意識が主体だ。霊界の先輩たちも本人の意思を無視したりしない。

Q:君たちの世界にも、お坊さんは居る?

A:はははっ、そんなもの居ないよ。死は少しだけ次元の違う世界への旅立ちだと、誰もが知っているからね。
死は祝福された現象のひとつだよ。考えてもごらん、君は永遠に死なないから永遠に肉体労働を続けなさいと言われたら?

(とても無理、ぞっとする。)
A:死は肉体からの開放を意味するし、本来の自己への回帰を可能にしてくれる。本来の自   己とは「個人的意識」であり、自分が「創造」の一部である事をよりストレートに認識出来る存在だ。但し、人生を精一杯に生きる事が大切だ。
 そうする事で初めて満足し、自己回帰をスムーズに行う事が出来る。途中で投げ出した のでは駄目だ、何故なら本来の自己はすべてを知っているからだ。

(そうか・・・、自分の真実からは目を背けられないからなぁ)

A:そのとおりだ、だから力いっぱい生きる事が大切なのだ。他人から観ていかに愚かでも、自分がベストを尽くしたと思える人生をおくるべきなのだ。

Q:ところで、最初に死は存在しないと言ったが・・・・

A:そう、意識は「創造」と共に永遠に生き続ける。意識に死はない、私達の本性は意識だからね。

Q:それは唯心論の一種かい?

A:違うね。物質的なものを軽視し、精神的なものを重視している訳ではない。両者は二つで一つだ。どちらが欠けても体験を積み、自己認識を行うには不都合だ。
だから一方が大切で他方が大切で無いとは言えない、どちらも同じに大切なのだ。

と、こんな具合な会話(自分の意識内で)が続いた時期があった。相手は何者かも判らなかったが、少なくとも異次元の存在のように感じた。
後に書籍で調べてみたり自分の体験との照合などをしてみたが、見解の違いは多少あったがどうも大筋では的を得ている様な気がする。

現在でも交流は続いているのだが、どうも自分自身のより進化した部分との会話であるらしい。人は本来、誰でもチャネラーなのだと今は感じている。
今では不意に訪れる閃きや予感は、何処かからの情報をキャッチしているに違いないと思っている。本文では割愛したが、愛情も時には意識の自由を妨げる執着となると指摘している。

*「創造」とは宇宙を生み、全てを創り維持している意識存在。
 僕のチャネリングでは「限りない自己認識を求めて物質世界を創った」と伝えられた。
 その際に「宇宙」は一つではなく、無数に存在するとも教えられた。      
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-01-31 11:38 | スピリチュアル | Comments(0)
 毎年秋口の9月1・2・3日と我が町では「風の盆」が開催される。町内ごとに踊り手と三味線、胡弓、歌い手が「越中おわら節」を奏でながら町を流す。
常は人口が2万程度の小さな山間の町だが、この時には20万人もの観光客が押し寄せる。
八尾は別名を坂の町として知られていて、坂に沿って間口が狭く奥行きの長い町屋が隙間なく建ち並んでいる。
その家々は古い時代の面影を残し、懐かしい風情をかもし出している。

 夜ともなれば、この日の為に設置された雪洞(ぼんぼり)に灯が入り祭り情緒がより一層の盛り上がりをみせる。
踊り手は男女ともに深すげ笠を被り、男性は法被姿で、女性は浴衣姿で優美に華麗に舞う。それに歌い手と伴奏の三味線と胡弓が付き、町内をゆったりと流す。
情緒的で切ない感じがし、しっとりした「越中おわら」が忘れられず町内の空き家を買い取る人や、旅館に予約を1年も前から入れる人、引越しまでして来た人もいる。

 おわらが行われる3日間は、狭い八尾のメインストリートは立錐の余地も無い程に人で溢れる。観光バスが長蛇の列を連ね、日頃は10分の道のりが1時間以上も架かってしまう程の渋滞を引き起こす。近隣ばかりでなく、遠く関東や東北ナンバーのバスも多い。

 この人気は小説「風の盆恋歌」が出版されてからと聞くが、残念ながら僕はまだ読んでいない。他にもテレビドラマの舞台として、歌謡曲として表現されている。
小説にしても歌やドラマにしても情緒的な雰囲気のせいか、少し暗めのストーリーばかりである。その辺りが町民としては少し不満も残るが、それらが媒体となり「風の盆・越中おわら節」を有名にしたのは間違のいない事実であるだろう。

 おわら節は元々、芸姐さんがお座敷で踊っていたものだ。それを見出し、郷土を代表する民謡にまで育て上げた人物がいる。
川崎順二(かわさきじゅんじ)氏がその人で、彼は私財を投げ打っておわら節を現在の形態にまで整え、育てあげた「おわら」の恩人である。
 
 八尾で医師を開業していた川崎は、全国各地の芸術家たちとも交流があり度々、様々なジャンルのアーティストを八尾に招いていた。おわら節が廃れるのを惜しみ、芸者のお座敷芸から町民が参加する一般の歌と踊りにしたいと考えた。
振り付けは日本舞踊の専門家に委ね、民謡とは思えない優雅な基本系の振り付けを完成させた。
その振り付けは全国舞踊大会などで何度も優勝をし、評価は高かったが相変らず芸者さんたちのお座敷芸の域を出なかった。
町民は芸姐の座敷芸を自分たちが舞うことに躊躇していた。当時は花街と一般人とでは感情的にも隔たりがあり、心理的な抵抗が町民たちには存在したのである。

一向に振り向かない町民に対し、川崎が打った手は意外なものだった。
川崎家は八尾町でも三本の指に入る名家であったが、他の二軒の名家と相談し、各々の家の娘たちにおわらを踊らせたのだった。
これを観た町民たちは「お嬢様たちが踊るのなら」と、こぞって参加する様になったという。

現在では10月にも「月見のおわら」が行われ、以前に比べておわらが踊られる機会が増えている。町内の人々は幼少から「おわら」に親しみ、踊りや演奏の稽古に励む。
町の人々にとって「おわら」は生活の一部であり、人生に無くてはならない物となっている。
彼らにとって「おわら」を舞い唄い、年に3日の二百十日(にひゃくとおか)の風を鎮める祈りを込めた「風の盆」は最も心躍る楽しみな行事なのである。


http://mixi.jp/      mixiのURLです。 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-01-30 09:16 | Comments(0)

特攻隊員の母

 先に日記で紹介した最初の特攻隊「敷島隊」隊長、関行男大尉の母親サカエさんは大切な一人息子を特攻で亡くした。
息子が戦死した当時は「軍神の母」として、持てはやされ注目を浴びた。
関大尉が母と妻に届けたくて従軍カメラマンに頼んで撮った写真が、緊迫感が良いと評判になり、大戦果を伝える記事と共に新聞の一面を飾ったからだ。

人前では気丈に振る舞い、涙も見せられない。どれほどの苦痛だったろうか。
その時は息子のお嫁さんと一緒だったが、終戦後は若いお嫁さんの将来を考えて再婚させている。
戦後は戦中とは打って変り、サカエさんは「息子を特攻に出して死なせた鬼の様な母親」として周囲から言われ無き非難中傷を受けた。
彼女は小学校の用務員として働き続け、昭和28年に用務員室で息を引き取られた。
最後の言葉は「せめて行男の墓を・・・」だったと伝えられている。
どれほどの無念だったろうか、母親が一人息子をどうして進んで特攻などに行かせるだろう。サカエさんも世間に、言いたい事は山ほども有ったに違いない。

 それにしても何故に世間の人は、心無い非難中傷をするのだろうか。戦時中には軍神の母として勝手に持ち上げた人々が、敗戦後は「あんな母親が居るから戦争になった」とか「鬼の様な母親だ」とか手の平を返し態度を一変させた。
死んだ本人と同じ位に辛い、否それ以上に辛いのが他ならぬサカエさんと新妻の満里子さんである。その気持ちが判らない程に想像力が欠如した人々の言動こそが、正に鬼や悪魔なのである。
この様な事例はサカエさんに限らず現代にも多数存在する。
マスコミによりヒーローやヒロインに仕立て上げられ注目を浴びたその人が、チョットした些細な事から一転してヒールにされてしまい逆に非難を浴びるのである。

そんな恥知らずな事を何故できるのか、厚顔無恥を地で行くこれらの行為は人間の最も卑劣で暗愚な部分の現われの様に思う。これに飛びつく民衆の心もまた悪魔のペルソナに支配されている。
現代のニュースはメインに悲惨な事件事故、スキャンダルを据えて流している。心温まるニュースを民衆が求めていないからだ。提供される情報への反応で、マスコミの態度も変わるだろう。
全ては民衆の心が反映されているに過ぎないのだ。
僕たちの一人ひとりが良いニュース、心温まる情報を求めるならばマスコミも現在の様な姿勢では居られないだろう事を考えてみて欲しいものだ。


http://mixi.jp/      mixiのURLです。 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-01-29 06:06 | Comments(0)

職場の漫才トリオ

 僕の会社のTさん、Mくん、Dくんの三人が揃うとたちまち漫才が始まる。
趣味が同じでよく一緒に出掛けるらしい三人は、休憩時間に趣味の話しで盛り上がる。
Tさんが突っ込み、Mくんがボケ、Dくんは突っ込み&合いの手とみごとに役割まで決まっている。

趣味の話しや仕事のことでMくんは大風呂敷を広げる、この子は基本的に何でもそう。そこへTさんの突っ込み、だがMくんは更に笑いながら話しを大きくする。
これが屁理屈にもならず、余りに馬鹿馬鹿しいのだが聞いている方としてはお腹が捩れるくらいに可笑しい。この間など舐めていたのど飴を、笑った拍子に飲み込んでしまい危うく窒息しそうになった。

Tに突っ込まれたMは、次第に話しの辻褄も合わなくなり子供のように自分の主張を繰り返すばかり。だが、決してめげない。
最終的には休憩時間が終わるか、T、Dが呆れて、突っ込まなくなるまで続く。

「Mブランドの○○を売り出せは、絶対に売れる。バカ売れ間違いなしだ」とか、「××に△を付けたら、絶対に凄い。これで大金持ちだ」などと風呂敷を広げるM。
空かさず「そんなもの、誰も買わん」「出来るもんならやってみろ、お前に出来るならもうとっくに売り出されとる」と、Tの突っ込みが炸裂する。
「世界中の人が、競争で買うもん」「違うって、××にはこの機能が無いから△を付けたら
こうなるから凄く便利だし」とM反撃。
するとDが、「××に△を付けたら、××でなくなるよ。バカじゃないの」とか、いう具合。

最近はこのMと一緒に仕事をしている。この間、Mから面白い話しを聞いた。
TがMの居るところで、Kに「こいつは口先だけだから、信用するなよ。こいつの言うことは聴いたらあかん」と言ったとか。
無論、質の悪いジョークだ。

後日、残業を命じられて不満気なKに、Mが珍しく真面目に意見したらしい。
「残業があるだけ幸せだと思え。手取りも増えるし、今のご時勢でありがたいと思わないか。気持ちよく喜んでやれよ」と、告げたらKの反応がまた面白かったと笑っていた。
なんとKは「Tさんから(TはKの上司)Mさんの話しは聞くなと、言われています。ちゃんと上司から、そんな通達が出ています」と真顔で答えたらしい。

流石に聞かされた僕も、しばしボーゼンとなった。
Tの言葉を聞いたその場の雰囲気をKは感じていなかったのか?
それとも、ただMへの反撃として、判っていて言ったのか判然としないが、Mの口調ではどうも前者のようであるらしかった。
まあ、何にせよこの3人の会話を聞いていると、M-1グランプリのプロよりも面白いと感じることが多々ある。

今日も残業でMと一緒になり、こう言ってみた。
「俺は残業なんかしている暇はないんだよなぁ。日記をアップしなきゃあならない。だって、全国の人々が俺の日記を待ちわびているんだからなぁ」
「どこかで聞いたような言い方ですね」とM。
「お前の真似だよ」と僕。
「あっ、やっぱり。Hさんでもそんな言い方するのかと、思って驚いた。な~んだ、僕の真似かぁ」とMは明るく笑った。

こうして毎日続く、辛い残業もMと二人で馬鹿馬鹿しくも楽しく終わるのであった。

お粗末さまでした。m(_ _)m


http://mixi.jp/      mixiのURLです。

ブログに未記載の日記をご覧になれます。 
[PR]
# by levin-ae-111 | 2010-01-28 05:48 | Comments(0)