身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


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越中の薬売りの話し

 越中富山といえば、全国的にも有名な売薬がある。これは配置薬制度のことなのだが、その起源になる出来事は江戸時代元禄三年(1690年)に江戸城内で起きた。
現在の福島県の領主が突然の腹痛を訴えて苦しみ出し、そこへ通り掛かった富山藩二代藩主の前田正浦(まえだまさよし)が印籠から薬を取り出して服用させた。するとたちまちに痛みが引き、これが評判となり諸侯から薬販売の請願が相次いだ。
それに応えて正浦が、薬種問屋に全国販売を命じたのが始まりとされている。

しかし、この話しはかなり嘘臭くて、確たる試料も無く薬種問屋の偽造とも考えられる。
この由来は薬種問屋の由緒書きだったり、寺から藩へ差し出した名産品を記した書状が伝わるのみで、富山藩の公式資料には出てこないからである。

この時、正浦が飲ませた薬が反魂丹(はんごんたん)で、伝説では母親の病快癒を祈願していた武士が不動明王と阿弥陀如来に、この薬(熊胆と硫黄を混ぜたもの)の製法を教えられた。
帰ってみると母は既に死亡していたが、悲嘆に暮れながらもせめてもと死体の口に薬を入れてやった。その結果、母は息を吹き返し次の様に語ったと伝わる。母親が語るところに因れば、阿弥陀如来と不動明王に「まだ来るのは早い」と言われ、不動明王に背中をポンと叩かれた途端に生き返ったという。
そこから魂が返る(はんごんたん)の名が付けられたと、伝説は語る。

 江戸時代から連綿と続く薬売りの歴史は、21世紀の現在にも脈々と受け継がれている。
富山から全国へ時代は変われども、売薬さんの行脚は続いている。
子供の頃は売薬さんが来るのが、とても待ちどおしかった。紙風船やカラフルな絵が描かれた販促グッズを貰えるのが嬉しくて心待ちにしていたものだ。

売薬さんは柳郡を何段にも積み重ねて背負い、村の家々をゆっくりと回る。この配置薬制度の素晴らしい所は、使った分だけ代金を支払えば良いところ。
しかも期限切れなどの古い薬は新しく入れ替えてもらえる。病院の無い過疎地域などでは、常に薬が家に有る事の安心感は予想以上に大きい。
僕も子供の頃にお世話になった口だが、祖母が何かにつけて飲ませてくれたのが「宇津・救命丸」。子供用の小さな銀色の丸薬だったが、とてもお世話になった記憶がある。

 昨年、薬の販売員制度が施行され、お年を召した売薬さんが忙しい仕事の合間を縫って受験勉強に勤しむ様子が地元のTVで放映されていた。売薬さんの商売に特に必要でもないが、それでもお客さんに安心感を与えたいと頑張っていた姿は美しかった。

このお金が全ての世知辛い世界で、お客さん本位の配置薬制度が日本全国はおろか遂には海を越えて世界へ広がって行っている。モンゴルの草原で、アフリカのサバンナで富山発の配置薬は真実その素晴らしさを発揮している。これらの地域では日本の山村以上に、薬や医療とかけ離れた生活環境の人々がいる。本家の日本以上に配置薬が人々に与える安心感は、桁外れに大きい。日本の誇り、我が郷土の誇りが売薬さんなのである。

追記
銭湯でお馴染みのケロリンの風呂桶、レトロなパッケージデザイン、販促グッズ、どれも懐かしいものばかりです。これも勿論、富山発。
皆さん、一度は目にされたことはありませんか?
この懐かしいグッズたち、実は現代もちゃんと生きています。先日、ケロリンの風呂桶を道の駅で見つけて大感激しました。高かったので買いませんでしたが(笑)
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# by levin-ae-111 | 2010-01-17 07:49 | Comments(0)

肉体の死と意識

 私達にとって最も重大で重要なのが、この「死」の問題だ。この世に生を受けた瞬間から、私達は死に向かっての歩みを始める。
それは誕生、成長、成熟、老いなどと呼び名を変えながらも決して立ち止ることはない。別な言い方をすれば、生きているとは一瞬一瞬が永久に返らない時間の中に存在しているということでもある。

 物質的なものは常に変化する。どれだけ不変に見えようとも、常に振動する波動の一瞬の煌きであり、それは何時も不確かなものである。
人間存在の物質的側面である肉体もまた、この不確かさから逃れる術を持っていない。
だが人間存在には人間を人間たらしめている精神が宿っている。この精神が宿る故に人間たり得るのであり、それ以外の何者でもない。
 死とは物質的側面である肉体から、宿主である精神が分離する現象である。
精神とは無限の意識のわけ御霊であり、永遠の今に存在する唯一の実在の子供である。
と、こんな風な原稿だったら今頃は市中の本屋さんに僕の著書が並んでいたのか?

冗談はさておき、実際問題として死んだらどうなるのだろうか。僕は一度だけ意識と身体が分離した経験がある。意識には周囲を明瞭に見渡せる視力と、思考力・記憶力があった。
下を見ると、身体は殆どオートマチックに日頃の仕事をこなしていた。
この時、僕にとっての主体は意識の方であり、正直に告白すると身体には何の想いも感じていなかった。
それよりも爽快な開放感で、戸惑いながらもウキウキした気分だった。よくシルバーコードで魂と肉体が繋がっているとされるが、その時コードは見えなかった。
厳密に言えば体脱体験ではなく、一種の意識拡大現象だったのかも知れない。しかし直前まで感じていた物質的な不快感、暑さ、ガスの刺激臭、製品の重量、汗の流れる感覚、近視で貧弱な視力の弊害などは一切感じていなかった。

 この体験以降、死とはこの状況が継続することではないか?と思う様になった。
少なくとも身体と意識は別々に存在し、肉体の死で意識が消えてしまうこともなさそうに思えた。
それ以来、ちょっぴり死に対する恐怖が減った。

肉体と意識が別々な存在だとしたならば、死後に肉体が朽ち果てても意識は存続すると考えられるのではないか。
意識は時間や空間をも内包しており、未来を描くことも過去を振り返ることも可能だ。
つまり意識とは肉体に宿っていても基本的に自由であり、存在が知られているどんな物質的なものよりも大きく、或いは小さく、その速度は無限大で、時間、空間をも包みこんでしまう存在といえないだろうか。しかし、決して難しく考える必要はない。

僕が誰かを想えば、意識は既に誰かの傍にいる。僕が何処かを考えれば、僕は既にその何処かに佇んでいる。戦国時代に想いを馳せれば、時を遡り戦国時代に居る。
こんな風に考えれば、意識とは何かを知る手がかりに成らないだろうか。
僕が意識とは基本的に自由だとし、時間空間をも内包しているとしたのは、これらの事柄を指している。

詭弁だと思われるかも知れないが、自己の内に存在しない事柄や概念を人は理解出来ない。
人が時間、空間、歴史、天体などを認識するというのは、人の意識の内部にそれが存在しているからだ。内なる意識に存在しないものは、例え目前にそれが在っても認識できないし想像さえも不可能だろう。

また誰にでもあるだろう卑近な例では、楽しい時は早く過ぎるが、苦しい辛い時は長く感じられることが挙げられるだろう。 時計の進み方が違うのではない。
意識が認識する感覚が異なることにより、その人にとっての時間が縮んだり延びたりするからだ。

この様に考えると意識とは時間、空間、距離などの物理的事柄から独立して存在する能力を持っていると言わざるを得なくなる。従って肉体と意識は別物であり、肉体の死によって全てが終わり、無に帰すなどと考えることに無理があるのではなかろうか。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-16 09:02 | Comments(0)

入り鉄砲に出女

 またまたNHKの「タイムスクープハンター」よりの話題です。
江戸時代、幕府は交通の要所に関所を設けて通行人の監視を行っていました。タイトルの「入り鉄砲に出女」は特に幕府が注意をしていたものです。
入り鉄砲は兵器の江戸への持ち込みを警戒、出女は大名家の人質である奥方や姫様が逃げ出すことへの警戒でした。

物語の主人公は二人の町女。幼馴染の二人は日ごろの鬱憤晴らしにお伊勢参りを企てる。
一人は独身一人は人妻の二人に、リポーターの要潤さんが密着。
差し掛かった関所では通行手形、身体検査と厳しい詮議を受ける。人妻の女の手形が偽造と判明したり、身体検査をする婆さんに賄賂を渡すことを拒んで裸にされたりする。
検査では結った髪までもバラされる。それでも黒子の位置が違うとか何とか因縁を付ける婆に、見かねた一人が賄賂を渡して一件落着と本当に江戸時代の旅の困難さが伝わってくる。特に女性だけの旅は余計に危険で困難なものだった。

手形を取得するには世帯主の承諾が必要で、人妻の方は夫から逃げ出したくて手形を偽造していた。足止めを喰らった旅籠へ、亭主が追いかけて来る。
ひと悶着の末に亭主を旅籠から追い出し、人妻はお歯黒を落とし独身に戻る。その時に使う歯ブラシも当時と同じものと、相変らず設定が細かくて嬉しい。
それから旅籠の主人の導きで関所破りを敢行する。当時はお金さえ出せば抜け道を教える案内人も存在していた。

揉め事や喧嘩など人間模様も交えながらの展開は、やはりとてもリアル。途中で喧嘩した二人が別行動を取ったりと面白い。
リポートは無事に抜け道を使い関所をクリアし、二人揃って伊勢へと向かい歩き始めた処で終わった。

ほんの140年前にはこんな状況があり、人々の自由な行き来が制限されていた。
それは人の往来を制限するだけでなく、物流や情報の制限でもあった。
現代でも自由といいつつ情報には様々な制限が課せられている。殊に国家やそれを牛耳る人々にとって不利な情報は、一般国民の不利益になろうとも伏せられている。
天下りと渡りの問題、原子力発電の真実など数え挙げたら尽きない程の情報が隠蔽されている。また公表されても改ざんされていたりして、ある種の意図的なベクトルがかけられている。一般人がそれを見抜くのは至難の技だが、与えられた情報をよく吟味するしかない。何が正しいとか正しくないとかは判断の分かれる処だろうが、そこは自分の感性に頼るしか無いのかも知れない。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-15 04:54 | Comments(0)
8月にmixに加入させて頂き11月に日記を書き始め、数日前からはブログまで投稿するようになった。そもそもの切っ掛けはマイミクのRurikoさんからのお誘いだった。
その彼女と知り合ったのは某出版社とのご縁だが、それは僕が某団体の主催者さんを訪問し、書き溜めていた原稿をお渡しした事に端を発している。
だが、それ以前にリストラの危機にあり悩む僕へ、某団体へ行って来いと背中を押して下さった方がいる。(*某団体は宗教とは無関係です)

背中を押して下さったのは、7年程前からの友人である「喜文治」さん。
かつては大手のスーパーマーケットチェーンでバリバリと仕事をされていた方であり、建設業の社長さん、不動産業、ファイナンシャルプランナーなどの経歴を持っておられる。
本来なら僕などとは接点の無い雲の上の人だったが、精神世界への興味から友人を通して僕の所を訪ねて来て下さった。
それから何度も田舎の拙宅まで訪問されて、何時しか僕も友人の一人に加えて頂いた。

 リストラの危機は僕が中国出向を拒否し、社長から睨まれ嫌われたのが始まりだった。
無論クビは覚悟の拒否だったが、それでも不況の最中であり悩んでいた。また精神世界に関わる事で生きろとのサインとも受け取れなくもなく、そんな話しを喜文治さんに聞いてもらった時だった。喜文治さんは「某団体へ行って来い。俺ならそうする。会社に義理立てする必要はないから、明日にでも休んでいって来なさい」とアドバイスを下さった。
某団体は僕の精神世界への出発点であり、その団体との出会いが精神性を深め、様々な不思議体験をもたらしてくれた。

前置きが長くなったが要するに喜文治さんは、只今現在の状況の生みの親だ。こうして毎日、皆様に読んで頂く事を前提に文章を書き、何方かのブログや日記にコメントし、ネットで大勢の方と繋がっているのは元を正せば喜文治さんのお陰という事だ。

この喜文治さんは勿論、ペンネームだ。ご自身で三冊もの精神世界の本を出版され、現在はブログ「喜文治のグチ聴き屋本舗」を開設し、感謝の大切さやを訴えておられる。
また年に何回か出張セミナーを開催され、全国のファンの方々の要望に応えられている。
更には自著を学校や図書館へ無料で送り、感謝することの大切さを訴えておられる。そうかと思えば東寺や東大寺、仁和寺などの大伽藍へも堂々と対話を申し込まれたりする力強さも持ち合わせておられる。

ブログではご自身を爺様と呼び、生まれた目的や魂の磨き方などを簡単明瞭に説いておられるし、他にもグチ聴屋として悩める人々の相談にも乗っておられる。
この喜文治さん、世話好きで冗談も飛ばし、とても気さくなお人柄で様々な事を教えて下さっている。
その一つが喜文治さん流の言い回しで「戸締り」だ。これはアフターフォローの事で、人間関係には重要な要素だ。勿論、ビジネスでも同様だ。

精神世界的なものは毛嫌いする人でも、喜文治さんの世界になら躊躇なく飛び込める筈だ。
なぜなら、ごく当然の事を敢えて中心に据えておられるからだ。従って解り易く、納得し易い。だが、そんな当たり前の事が見えていない人が現実にはとても多い。
かく言う僕も喜文治さんに出会うまで、精神世界を志向しながらも感謝とは何か特別に考えた事もなかった。

人々が精神世界へと赴くコースは様々だ。故松下幸之助さんのように財界の頂点を極め、それでも違和感を覚えて精神世界の探求へと向かった人もいる。
信仰心から、興味から或いは自己の存在意義から、闘病からとコースは無数に用意されている。喜文治さんはもっとも一般的で、常識的なコースで人々を導こうとしている様に見える。

喜文治さんのブログにはここからどうぞ。
http://plaza.rakuten.co.jp/kibunji/
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# by levin-ae-111 | 2010-01-14 05:55 | Comments(4)

中国人研修生からの手紙

 昨年、父親と同じ会社で働いていた中国人研修生の方から今日手紙が届いた。
建設会社で働く父と研修生の謝軍輝さんはとても気が合ったのだろう。
少しお人良しの父は「謝に持って行ってやる」と言って、よく大根や白菜など自分の畑で
採れた作物を職場へ持って行ったものだった。
聞けば賃金も少なく、家族への仕送りを除くと自分の生活はカツカツらしい。

弁当は自分で作る。
食事にお金はかけられないから、当然だがとても質素なお弁当になる。
そんな謝さんに父はおかずをあげたり、時には缶コーヒーやジュースも渡していたらしい。
そんな父に母も協力し、謝さんの分の惣菜などを父に持たせたりしていた。
 
謝さんの帰国の日が近づいたある日、父が感謝の印として貰ったと中国で縁起物とされる切り絵を持ち帰ってきた。
「玄関に飾れるようにしてくれ」と、父。

大きさが半端でどの額のサイズにもあわず、四苦八苦したが何とかそれを額装して玄関に
飾った。赤い一枚の紙の中心に大きく福の字、それを囲み繊細な文様が切り込んである。
謝さんがワザワザ中国から取り寄せたものらしい。最後の日には、手紙までくれた。

たどたどしい文字だが、その手紙には父と母への感謝と健康を気遣う気持ちが溢れていた。
父母は家族と離れて異国の地で働く青年を、若い頃の自分の姿と重ねていたのだろう。
「手紙を出します」と言って帰国した謝さん。そして今日(1月12日)に、言葉に違わず手紙が着いた。

内容はやはり感謝と健康を気遣うものだった。
最初の手紙と同様に切々と感謝を述べ、思い出話と健康に気を付ける様に諭す様に書いてくれている。健康が第一、余り仕事に夢中になり過ぎない様に、お母さんはちゃんと薬を飲んでいますか?などと思いやりのある言葉が並んでいる。家族として本当に嬉しく思い、感謝した。

今夜、両親は虫眼鏡で謝さんの手紙を読みながら、返信を一生懸命に書いている。
手紙の差出日は去年の12月23日、それが今日の配達となった。1日遅れたが、父にとっては最高の誕生日プレゼントになった事だろう。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-13 05:48 | Comments(0)
 余り知られていないが、第二次大戦中には様々な救助劇があったようである。戦時では撃墜されて海を漂流するパイロットへの銃撃、漂う船の乗員への銃撃は当然のことであったらしい。彼らも生きて帰れば新たな戦力となるから、戦術的に当然の処置だろう。
その様な雰囲気の中で、この救出劇は行われた。
スラバヤ沖で撃沈され英国駆逐艦の乗員(400名以上)は、友軍の救助を信じて待っていた。しかし待ちに待った末に、彼らの目前に現れたのは敵の駆逐艦であった。
生き残ったイギリス士官の一人は、日本軍の船を見て「殺される」と思ったと述懐している。日本軍へと戦況が傾いていた当時だが、それでも完全に連合軍を駆逐してはおらず日本軍にとっても危険な海域である。
漂流者を見つけて接近したのは駆逐艦「雷(いかずち)」で、当時の艦長は工藤俊作中佐。
部下には伝統の「鉄拳制裁」を禁じ、誰彼わけ隔てなく接する彼は「仏の工藤」とのニックネームを持っていた。
「放っておきましょう」と進言する部下を尻目に、工藤は救助を命じる。見れば自艦の乗員よりも遥かに多くの敵兵が漂流している。それに艦を止めている所を適に見つかれば、ほぼ絶望的だ。現在の船と違い、当時の船はすぐに走り出せなかったからだ。
幸いに敵襲も無く422名もの敵兵を救助し、後日オランダの病院船へ全員を引き渡している。その前日にも「雷」の僚艦「電(いなずま)」が、376名の適兵を救助している。

戦後、工藤俊作氏はこの出来事について一言も語らず、ついに癌で没した。遺族がこの救助劇を知ったのは、救助された元イギリス仕官の意を受けた人を通じてだった。
この元イギリス仕官は、工藤の行方を捜し求めていたが遂に生きて感謝を伝えることはできなかった。しかし来日し、墓参を果たしている。それは終戦から60余年を経ての出来事だったと聞く。
 同じ海の男としての矜持が工藤を動かしたのか、否、人間としての良心だろう。
そして終生忘れえる恩義を胸に刻み、恩人を探し続けた元イギリス仕官を突き動かしていたものも人間としての感謝の念だ。
これらの例の他にも知り得ぬ救助劇があるであろう。兵士として否応なしに戦地へ赴き、否応なしに人殺しをさせられた時代だった。これらの救出劇は彼ら兵士たちの精一杯の戦争の時代への無意識の抵抗だったのかも知れない。

現在でも同じ状況に置かれている人々がいる。紛争が絶えない世界にあって、家族と別れて平和な自国を後に戦地に赴く兵士たち。紛争地域の住民たち、取材に取り組むジャーナリスト、国連やNPOの人々などだ。
どうして紛争が絶えないのか、無理やりにでも適を創り軍隊を投入する大国の狙いは何か?天然資源なのか武器売買の利益か、世界の覇権か、恐らくその全てだろう。

mixi日記よりのプレイバックです。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-12 21:20 | Comments(0)

成人の日に想う

今年も各地で成人式が執り行われた。新聞を読むと相変らず一部の新成人たちが、傍若無人な振る舞いをしている。そもそも、何故にそんな行動に出るのだろうか。
彼らが特別に凶暴であったり、特に人格的に問題を抱えているのではない。毎年のように繰り返されるこの騒動の原因は何処に在るのだろう。
同じ新成人でも多くの人は気を引き締めて大人としての自覚を持とうと、真摯に式に臨んでいるに違いない。その仲間たちの気持ちや周囲の人々の心を踏みにじるような彼らの行為は許し難い。
考えてみれば今から四半世紀以上も前、自分も成人の日を迎えたのだった。その時の心情は特に何も無かったが、故郷を離れていて学校の友人たちに会いたいという思いはあった。
結局、帰郷もせず式には出席しなかったが、今は少し後悔している。

そもそも日本で現在のような成人式が執り行われたのは、そう古い話しではなく戦後のことらしい。それ以前には年齢に関係なく男子は元服、女子は結髪を執り行うことで成人としての証としていた。外見でも成人か子供かの区別が付けられていたのである。
成人式は世界各地にあるが、変わった処では身体に沢山の傷を付けるとか、バンジージャンプ、割礼などの身体的苦痛や勇気を試されるものがある。
どこの国・地域でも同様に成人の儀礼でふざけた態度や大人気ない行動は許されない。
先進国ではいざ知らず、先に紹介した儀式を行う民族の間では成人儀礼を通過していない者は一人前と認められない。
本来、成人の儀式とはそのこの様に厳粛で厳格な意味を持っているものだ。新成人と成る者はそれに相応しい勇気と決意を明確に示さねばならない。それは素朴な信仰や生活に必要な社会的知識と共にあり、形骸化された日本の成人式とは異なっている。
最低限の社会ルールをしっかりと学び、身に付けた証としての通過儀礼が本来の成人の儀式なのだ。

式で暴れる日本の若者たちの精神には、ある種の甘えがある様に感じる。法的には成人と認められるだろうが、自分の行動の良し悪しも判断できない者を成人として認められるだろうか。
いつぞや成人年齢を諸外国なみに18歳にすべきとの議論があったが、そんな話しは的外れだと思う。それならばいっそ、15歳で良い。
そうではなくて、成人の意味を子供たちに説かねばならないのだ。この辺りの意識のズレが大人側にもあるのではないか?
今日から大人、責任と義務とある種の自由が付いてくるが、世間の荒波を自分の力で乗り切る覚悟を決める日と認識して欲しい。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-12 05:49 | Comments(0)

のだめカンタービレ

映画の公開に合わせてテレビでレギュラー時代のドラマを再編集して連夜にわたり放映している。
この「のだめカンタービレ」はオーケストラ指揮者を目指す若者とその恋人の物語だ。時にはシリアスに、時にはコミカルにストーリーが進行する。このドラマ、クラシック音楽に興味の無い人も十分に楽しめる。

 ところでオーケストラは指揮者を頂点に、コンサートマスター(第一バイオリン奏者)、各パートの第一、第二、第三奏者などから構成されている。弦楽器、管楽器、打楽器が指揮者の下、絶妙なハーモニーを奏でる。そこには調和の美しさがあり、素晴らしい一体感がある。

 それは宇宙の相似形の一つの現れでもある。広大無辺の宇宙に銀河団が散りばめられ、銀河の中でも恒星、惑星、衛星が絶妙なバランスを保ちながら生命のハーモニーを奏でているのが宇宙だ。
私達の太陽系もそのメンバーの一翼を担い、太陽を中心に全ての惑星と衛星が絶妙のバランスを保ちながら運行されている。
安定した軌道と自転と公転の速度を保ちながら運行されている私達の地球だが、木星や土星、金星、月などの協力があってこそなのである。
無論、その太陽系も他の恒星系とバランスし、何処かの恒星系を生かしまた生かされている。それが調和でありハーモニーだ。
宇宙に音があれば壮大なシンフォニーを奏でているに違いない。 

 多寡が僕一人、貴方一人、ネコ一匹、雑草の一本といえども、このように宇宙は総がかりで生かしてくれているのだ。
何処かのバランスが崩れたら、それは宇宙の崩壊に繋がるかも知れない。私たちの誰かが存在しなければ、この世界は今とは違ったものになる。
人生の意義を問うた僕に、何時もの声は教えてくれた。
「貴方がた一人ひとりの存在は宇宙にとって、とても意義のあることなのだ。全ての存在は、それに相応しい意義と力を有している」と。

*mixi日記からの転載です。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-11 11:54 | Comments(6)
 先日、ドバイでブルジュ・ファリファと名づけられた超高層タワーが完成し盛大に花火が打ち上げられている映像が世界に配信された。
その高さは828m (162階)で、それまで世界一を誇っていたタイペイ101(508m)を軽々と追い抜き世界一となった。日本では商業ビルとしては横浜ランドマークタワーが一番だが、ここはもうブルジュの足許にも及ばない。
多くの人々は各々の国の高層ビルやタワーの高さを誇りとしているが、へそ曲がりの僕としては何が誇りなのか甚だ疑問なのだ。
大体この減速経済下に162階にも及ぶフロアをどう活用するのだろうか、ドバイは観光立国であり大した産業もない。元々はこのビルもブルジュ・ドバイと命名されていたが、資金不足により多額の借り入れをした。それで名前がドバイから借り入れ先のファリファへ変更されたというエピソードも報道されていた。
 だが問題はそんな事ではない。遠い伝説の時代、皮肉にもドバイの近くでこのタワーよりも高い塔を建てようとした人々がいた。それが伝説の「バベルの塔」だ。

伝説は語る。その頃は世界の人々の言語は一つで、人々は自由に話し合うことが出来た。
人々は神の居る天へ上るために、高い塔の建設に取り掛かり神と肩を並べようとし、或いは神を見下ろそうとした。その所業に神は怒り、塔を崩し人々の言語をバラバラにした。
それで人々は混乱し、神と並ぶ野望は潰えた。
もうすぐマヤカレンダーの記述が尽きているとされる2012年が近く、ホピ族に伝わる伝説や新たに発見されたとされるノストラダムスの予言でも人類にとって何か重大な異変が起こるとされる時期が迫っている。
ここへ来て、バベルの伝説に近い土地に伝説の塔を思わせる超高層タワーが落成した事実に何か不思議な符合の予感がする。

 世界を超高層ビルの建設競争に走らせるものは何なのだろうか。
経済発展の象徴としての国威発揚の手段としてか、高空に対する不思議な憧れのためか?
どちらにしても、その根底には人間のエゴが横たわっているように感じる。
船井幸雄氏に代表されるような「エゴからエヴァ」へと時代の転換が叫ばれてから久しいが、現実の人々の意識は余り変わっていないのではと考えてしまう。
幾つかのチャネリングやコンタクテティ-情報では、進化した宇宙人は地上に居住していないという。そうであるならば、人類は先進文明世界とは反対の方向歩んでいることになる。僕たちの文明はまだまだ野蛮で、どちらかと言えば未開文明に属する。
それはエゴに支配された文明である。その証拠は身勝手な事情による自然破壊、武力や経済による一部の人々の支配に現れている。
そのエゴの文明の象徴がまた一つ地上に姿を現した、僕はそう感じる。
こんな話しはただの杞憂であって欲しいと願うばかりだが、何処からともなくこの考えが胸中に浮かんできて消すことが出来ない。
この時にこの超高層ビルが完成した。出来事のすべてに偶然は無いという。
再び怒れる神の鉄槌が下る時は近いのか?
当然の事だが真実の神(宇宙意識)は、怒りに任せて懲罰を課すことなど無い。何かが起こるとすれば、その原因は全て人類にある。
どんな災厄も魂の長い学びの旅路のほんの一コマに過ぎない、悠久の宇宙意識から見ればそうであるに違いない。しかし人類の魂にとっては苦渋の暗闇に突入することになる。
それでも絶え間ない進化の歩みが止まるわけではないが、光が遠くなるのも事実だ。
それもまた必然なのかも知れないが、でも負の体験はもう十分ではないかと思う。真実の神は決して、人間の苦痛を喜ばれない。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-11 07:30 | Comments(0)

魂の兄弟たちの夢

夢見に関しては何度か書いたが、この夢は他の夢とは決定的に違うと感じている。
夢は至ってシンプルなものだが、その登場人物の全員と意識を共有していとしたならばどうだろうか?内容は以下のとおりだ。
 霧か煙が地面を這うようにして立ち込めている。僕(現在の自分)は地面か床に開いた穴に入ろうとしている。周囲には数十名の容姿も服装もバラバラの人々がいて、僕を見送ってくれている。穴は僕の身体が通るのに、ほぼ丁度の大きさだ。
中を覗くと果てしない暗闇が続いていて、先は見通せない。
穴に入る直前に僕はもう一度目的(何だか忘れた)を頭の中で確認し、周囲を見回した。
皆は黙って頷き「それで良いんだよ」と、何処かへ出発する僕の決意や目的を全面的に理解し支持してくれていた。僕も頷き、皆に別れを告げた。
思い切って穴に身を滑り込ませた僕に、皆の惜別の思いや応援の気持ちが伝わってきた。
夢はそこで終わった。
 内容は本当にシンプルなのだが、登場した人物の全てと意思や意識が繋がっている自分を確信できた。勿論、夢では言葉を一切交わしていない。自分の考えが全員の考えであり、全員の考えが自分のそれだった。
 周囲の人々は何者なのか?
グループソウルの面々だろうか?それとも自己の魂(意識)の他の側面なのだろうか。
何時もの声は、後者だと告げていた。
ここから幾つかの予測が出来る。
①人は何かの目的や計画を持って生まれるらしいこと。
②計画や目的は個の魂全体で計画され認識され、承認されたものであるらしいこと。
③現在の自分は個の魂(意識)のごく一部であるらしいこと。
これらの予測は的外れなものかも知れないが、それにしても今更ながら自分の人生は自分だけのものではないと感じさせられた。そして合理的に考えるならば(宇宙はとても合理的と私的には考えている)僕を見送ってくれた人々も、その後に何処かへ旅立ったのかも知れない。意識が一度に一人、しかも一次元にしか分霊を送り出さない(不合理)とはとても思えない。
だとすれば、違う次元、異なる世界で僕の魂の兄弟たちも生きているに違いない。
 それにしても皆、良い身なりではなかったような気がする。わら蓑を身に着けていた人物も居たように思う。
みすぼらしい身なりは、彼らの人生計画で困難や苦悩の多いことの現れかも知れない。
であれば、我ながらそこそこに志の高い魂なのだろう。
それでも人生は辛い。彼らとて生まれ出た世界で苦悩しているに違いないのだ。
僕は彼らにエールを送りたい、次元世界を超えて必ず届くであろうと信ずるからだ。
何故ならば、同じ魂(意識)なのだから。

*MIXI日記からの転載です。テストも兼ねて載せてみました。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-10 17:09 | Comments(5)
 毎回、以下の感じで書いて行こうと思っています。宜しくお願いします。


                  戦場の医師「医僧」
 
 少し前にNHKで「タイムスクープハンター」という番組を放映していた。
要潤さんがタイムスリップしてその時代をリポートするのだが、映像が妙にリアルで歴史好きとしては創られた時代劇とは比較にならない面白さを感じた。
視聴率が良くなかったのか5、6話で打ち切られてしまったのが残念だが、その中でも取り分け印象に残るのは初回の「医僧」の密着リポートだ。
 戦国時代の戦には「医僧」と呼ばれる僧侶が戦場に同行し、傷ついた武士たちの治療に当たっていた。現代で言えば衛生兵だが、武器は持たず薬や治療道具、酒、水などを入れた郡を背負い戦場を駆けまわっていた。酒や水が不足した場合は、戦死した死体の水筒から調達するなど、臨機応変な対応が求められた。

しかし負傷しても彼らの治療を受けられるのは侍大将(全体の指揮官ではなく、一部隊の指揮官)か、それ以上の地位の者に限られていたようだ。一般の兵卒は手当てを受けられず、自分たちで我流の治療をしていたらしい。
医僧の使用する薬品はとても高価で、兵卒にまで使用することは禁じられていたのだ。
この番組では負傷した侍大将を治療中に、領主からの撤退命令が出た。そこへ家老が負傷して転がり込んでくる。付き人の侍は家老の治療を優先するように医僧たちに迫るが、それをなだめながら治療を進め、撤退していく。
彼らは領主に雇われているため、主命は他の武士同様に絶対のものだった。物語の医僧たちは治療を優先させ、すぐにはその場を動かなかった。それから撤退するのだが、道の途中で負傷者を見つけると身分に無関係に治療を施していく。家老に付き従っていた武士も途中で負傷、彼は治療を受けられる身分ではないが医僧たちは治療を行った。
台詞こそ現代語だったが、撤退途中に転がる薄汚れた死体や武士たちの汚れた顔や手足、尻などが非常に生々しくリアリティに拘った創り手の意識が現れていた。
それはともかく、荒々しく凶暴な武士たちが殺しあう戦国時代の戦場で仕事をするのはどんな気分だろうか。物語では師匠格の一人が歴戦の元武士で、殺し合いに疲れ自分の人生を振り返った時に虚しさを感じ、殺人とは反対の医僧の道を選んだとい言った。
また若い弟子は大変な商売と思ったが、稼ぎが良いので医僧なったと話していた。
 これは「医僧」についての史実を基にしたフィクションだが、このような人々の存在は戦国ファンにも余り知られていないのではないだろうか。
歴史に登場する武将は華やかで壮絶な生涯を後世に知られているが、無名の人々の存在にスポットを当てるのも面白い。
 
現代社会もビジネスという合戦に明け暮れる戦国時代だ。人生を賭けてお金儲けに奔走し、敗れれば従業員ともども路頭に迷う。そんな社会で生き残り、勝ち抜くのは大変だ。
幾多の人々が脱落し苦悩の中で呻いている。誰もが我田引水で、他人の事など気にもしない。こんな現代にあっても、この医僧たちのように他者のために頑張っている人々にエールを送りたいと思う。
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# by levin-ae-111 | 2010-01-09 19:21 | Comments(4)