身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
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変な夢


 久々にオールカラーの夢をみた。でも内容的には雑夢というのだろうなぁと思う。
トッ散らかった自分の内面の反映かも知れない。
 何処か大勢の若い衆がいる大きな家に居る私。古いラジオに何かが宿っている。
怨霊か・・・と無意識に感じ、どうにかしなければと思う。

そこへ突然の停電、でも暗くない。どこかで「灯りを持って来い!!」と言う声。若い衆が私のいる部屋に来て、何かを探している。蝋燭はあるが「高いからなぁ・・・」と呟くと、引き出しやら棚やらを開けてゴソゴソとやって、何かを持って声のした方へ走って行った。
私は怨霊が入っているラジオと酒を持って、「私はこれで失礼します」とその家を出た。

突然に場面が変わって、会社の同僚と食堂にいる。テーブル席と小上がりの座敷がある食堂で、同僚が勝手に私の風呂敷包みを解いて、酒を飲み始めた。
同僚はあっと言う間に酔っ払い、何かを叫びながら何処かへ行ってしまう。その時、怨霊のラジオも消えていて、探すとストーブにコードを絡ませている。

必死で引き離そうとすると、ラジオも踏ん張る。ラジオは遂に灯油タンクの蓋を外し、火が燃え上がる。店主や他の客たちと共同してどうにか消化に成功したが、ラジオは忽然と消えてしまっていた。
怨霊が宿ったあのラジオは、何処へ行ったのだろうか?などと考えていたら目が覚めた(笑)
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# by levin-ae-111 | 2015-09-04 20:33 | Comments(0)

不思議?

 先日ISOなる物の更新審査があった。何の準備もせず突然に参加要請があり、予定では私の部門は一人で審査に対応しなければ成らない様にスケジュールされていた。
昨年は何故か参加せずに済んだが、流石に今年はそうは行かないかと覚悟を決めた。
しかも私が呼ばれるのは予定では11時過ぎだが、それまでは現場仕事で汗みどろに成っているはずで、それがとても嫌だった。

朝一時間ほど仕事をするはずが、30分ほどして呼び出された。審査員が早く到着し、開始ミーティングが前倒しされたのだ。
ミーティングでは参加人数が少ないためか、審査員はスケジュールを無視して、皆まとめてやりましょうと言い出した。
そして「仕事がある人は、そちらを優先して下さいね。そちらの方が大切ですから」とも言う。

すかさず工場長が「Hさん、現場の状態は?」で、私も「現在4人でやっています」と答える。「じゃあ、大変だ。行ってやって」
この一言で、今年もISO審査をパス(笑)
余り意味のない会議で時間を潰すよりは、大変でも仕事をした方が良い。
どうも最近は面倒なだけで余り意味のない事柄を回避できる気がしている。この不可解な現象が始まったのは、確か昨年のこの時期だった様に記憶している。

*記事の内容と写真は無関係です。
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# by levin-ae-111 | 2015-08-27 19:36 | Comments(0)

違和感

 昨日の夜からお腹の胃あたりに違和感がある。かといって気持ち悪いとか痛いとかではなく、胃のあたりの筋肉に圧迫感があるのだ。
痺れる様な冷たい様な、時には熱い様なとてもへんな感じだ。しかも常にその違和感がある訳でもなく、時々である。

小さな一部の感覚だったが、次第に拡大している。今も腹部のその部分がとても熱い。
よく感覚を観察してみると、渦巻いて蠢いている。背中や頭に感じているものと同じだ。
つまり・・・気の感覚だ。それにしても暑い(*_*;

猫が呼びに来た。年寄りのくせに、甘えん坊の我が家のニャンズたち。食事にも水飲みにも付き添ってやらないと、しつこく鳴いて要求してくる。
可愛いけど、昼でも夜中でもお構いなしなので、少しウザイ(>_<)

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常に人の前を歩く。
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可愛いけど、時々ウザイ(笑)
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# by levin-ae-111 | 2015-08-22 21:35 | Comments(0)
 我が町で行われる『越中おわら風の盆』の前夜祭が、昨夜からいよいよ始まりました。
毎年二百十日の風を鎮める祈りを込めて、行われる町流しを中心にした盆踊りです。
近年はこの風の盆を舞台にした小説やドラマが作られ、急激に人気を博し多くの観光客が訪れます。

 さて前夜祭ですが、昨日から31日まで各町内の持ち回りでおわら踊りが披露されます。昨日は残念ながら雨でしたが、それでも町流しが挙行されおわらフアンの方々で賑わった様です。
私が若い頃は確か前夜祭なる催しは一日限りだったと記憶していますが、いつから今日の様に長々と行われるように成ったのか記憶にありません。

更に本番(9月1日~3日)が終わっても、10月には『月見のおわら』と題して、またまた催しが行われます。平素は人口が2万人程度の小さな田舎町に、その10倍以上の観光客が押し寄せます。狭いメインストリートは、この時ばかりは人波であふれ、身動きすらままならない状況になります。当然、遠来の観光客から「踊りが見えない」「交通整理が出来てない」等の苦情が発せられました。
その対策として長い前夜祭、舞台、などが考え出されたものと思います。

この『越中おわら風の盆』が終わると、我が町には本格的に秋の気配が漂います。因みに我が町内では役員が交通整理に駆り出されます。各いう私も、日曜日の夜に割り当てが回って来ています。少し憂鬱です(笑)
こんな感じの踊りです。
http://www.youtube.com/watch?v=ZbUlt0bMZEg
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# by levin-ae-111 | 2015-08-21 19:21 | Comments(0)

図書館戦争を観た

 映画『図書館戦争』を観た。図書館戦争とは?と思ったが、観ると非常に面白かった。
近未来の日本は国会で論争を繰り返しながらも、図書を検閲する法が成立した。その理由は有害図書が原因と思われる犯罪の多発だったのだが、本当の目的は思想検閲やメディアの規制にあった。法が成立すると検閲を目的とする特別組織が発足し、やがてその組織は銃器による武装を始めた(良化隊)。

有害図書を取り締まる良化隊は市中の書店や図書館までも『検閲』と称して襲い、書籍を奪って焚書してしまう。その際にお客の手にしている本までも容赦なく取り上げる。
女子高生だった笠原郁(榮倉奈々)も書店で検閲に遭遇し、読みたかった本を取り上げられる。
必死に本を取り返そうとするが、押し倒されて転んでしまう。
しかし、そこへ彼女を助ける王子様が出現する。図書法により組織された『図書隊』の隊員が現れ、法的手段を行使して良化隊を追い払う。

それが縁で笠原郁は卒業後に図書隊へ入隊する。図書隊は図書館を運営していると同時に、武装した良化隊と対峙している。図書を守る為に図書隊も武装しており、笠原郁は武装して戦う部隊(ライブラリータスクフォース)への入隊を希望した。日々の訓練は凄まじく、それは完全に軍隊の訓練そのものだった。中でも鬼教官の堂上篤(岡田准一)にしごかれる毎日が続くが、どうにかタスクフォースの一員に成れた。

笠原郁の目標は高校生の時に自分を救ってくれた図書隊員を探すことだったが、顏も覚えていなかった。だが別れ際にその隊員が彼女の頭を撫でた、その感触と突き飛ばされた時に支えてくれた暖かさだけは明確に記憶していた。
やがてじょう良化隊が郁の勤務する図書館に検閲に来襲し、激しい銃撃戦が始まる。同期の手塚光(福士蒼汰)と共に初めての銃撃戦に臨むのだった。

さて、暫くして財閥当主が設立運営していた私立図書館が、当主の死で閉館を決め、蔵書の全てを図書隊へ寄贈することになった。その図書館には法案が成立するに当たり、様々に行われた不正の数々が資料として保存されている。
当然、良化隊はそれを奪取し処分する目的で、大規模な部隊を繰り出して来た。私立図書館での激しい銃撃戦の最中、図書隊の司令官が財閥当主の葬儀の途中で拉致される。
足の不自由な司令官(石坂浩二)の付き添いを命じられて一緒にいた郁も同時に連れ去られ、二人を人質にして、良化隊は図書隊に降伏を迫る。

やむを得ず撤退する図書隊だったが、二人の運命や如何に・・・・、そして郁が憧れ、探し続けていた図書隊員とは出会えたのか?それは観てのお楽しみ(^_-)-☆
しかし、本物の銃器を撃ち合うって、それはもう内戦だが発想が面白い。
だが実際に国家が発禁処分にした書物も存在するし、先の大戦中には戦争反対を叫んだり、負けると口にするだけでも逮捕されたりした。
特高警察がそれだ。思想的に思わしくない者(大日本帝国にとって)を取り締まり、逮捕すれば思想の転換を強要し、拷問も平気で行っていた。

共産主義的思想の持主や戦争反対論者たちは追い回され、幾人もの人々が罪なくして獄中で亡くなっている。昭和の時代にも、中世のキリシタンに対する様な残酷な仕打ちが行われていたのだ。
平成の今に至るも、似た様なことが密かに行われているに違いない。この映画は娯楽映画ではあるが、想像を逞しくすれば何やら背筋が寒くなる様な気にさせられる。
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# by levin-ae-111 | 2015-08-14 23:10 | Comments(0)

争いの陰に在るのは?

 また我が国と国民にとって忘れ得ぬ終戦の日が近づいてきた。70年前『玉音放送』により敗戦を知らされた人々は、それまで信じていたものが音をたてて完全に崩壊するのを感じたであろう。敵味方を問わず、非常に多くの大衆が全世界で犠牲になった。
個人的には何ら遺恨の無い人々が、無理やりに駆り出され戦わされるのが戦争である。その裏には世界の支配層の富を巡る争奪戦があり、国家間の主張の違いで争うのではない。

 古代の戦争の動機は近代に比べれば、恐らくはより純粋な動機からであったろう。気候変動などによるやむを得ない民族移動と、それに伴う先住者の抵抗といった互いの存在を懸けた戦いであったろうと予想される。
 しかし近代の戦争は、それとは本質的に異なるものだと私は考える。民族の存在を懸ける
とか、イデオロギーの違いによる戦争ではない。
それは表に顏の出ない『真の支配者階層』による富の争奪戦なのである。その支配階層が大衆を動員し、大衆の血と涙の上に膨大な富を手中にする為の戦争なのだと考えている。

 先の大戦とて例外ではない。神聖視される天皇家でさえも、その実態は世界的な財閥に伍する巨大な財閥であった。天皇家は当時の財閥、三井、三菱、住友、安田など名だたる財閥の総資産を遥かに上回る巨万の富を有していた。
戦前の宮内庁は天皇家の財産管理をする部署であり、6000名もの職員がそれに従事しており現代でいえば持ち株会社の役割を果たしていた。それは創業家=天皇家を中心とした財閥である。明治から大正期に創設された多くの会社は、天皇家が株主として関与しており、その利益は膨大なものだった。加えて天皇は軍の統帥権を持っており、これは立派な産軍複合体といえるだろう。
*江戸時代は10万石の食い扶持が幕府から与えられていたに過ぎなかった。

 無論、世界の国々でもその支配の仕組みは同様であり、この支配層が欲望を膨らませ、反目し或は共謀して起こすのが戦争である。現在の我が国の状況は非常に危うい感があるが、支配層が利益に成らないと考えれば戦争は起こらない。
彼らのやり方は非常に巧妙で、政治、経済、マスメディアなどであらゆる手法を用いて自分たちに都合が良い方向に大衆を操作するのである。
彼らは大衆の犠牲など歯牙にもかけないが、彼らは少数である。大衆が目覚め、操作が出来なくなると非常に都合が悪い。
故に国会などで茶番劇を披露して、国民の代表?が如何にも議論を尽くして決定した様に見せかけているのである。

テレビも新聞もラジオも信用できない、宗教さえも信じるに値しない。そんな時代に私たちは生きている。どうすべきか?結局は自ら考えて行動するしかない。少なくとも自ら決断した結果であれば、それを受け止める事も出来るはずだから・・・。
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# by levin-ae-111 | 2015-08-13 13:15 | Comments(1)

芦峅雄山神社

 M子さんを通して、手力男尊がリクエストされた濁り酒を立山権現様にお供えして来ました。正確には蔵出しの濁り酒が良いと言われた様なのですが、探し回りましたが濁り酒その物が少なく、蔵出しか貯蔵かは書いてない限り判りません。
仕方なく、見つけた濁り酒をお供えして「蔵出しかどうかは分かりませんが、これでご容赦を」とお参りして来ました。

30分ほどして、お供えした酒はどうしたものかと思い悩みましたが、暑い盛りですので、結局はお下げしました。
ここでチャネリング。「それで良い、今晩その酒をお前が一口飲めば良い」と頭の中で答えが来ました。
Q:あの場所の岩に掛けてはいけませんか?
A:それは良くない。
恐らくは濁り酒なのでおりが在り、岩に掛けるとそれが腐敗するので駄目なのだろうと、思いました。

果たして手力男尊は飲んで下さったのでしょうか?
神様がご在宅(笑)かどうかは分かりませんでしたが、特に変な写真も撮れず往復で1時間半程度の快適なドライブでした。

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# by levin-ae-111 | 2015-08-08 17:09 | Comments(0)

あの戦争「富山大空襲」

 昭和20年(1945年)8月1日の未明から2日にかけて、B-29の174機という大編隊が地方都市の富山市を空爆した。この空爆による富山市の被害は市街地の99.5%を焼失(焼失率では全国で最も高い)した。
死者は2737人、負傷者は7900名以上と伝えられ、何れも人口1000人あたりの割合では全国で最も高い死傷率であった。

富山市はそれ以前にも何度か小規模な空爆が行われていたが、全市を壊滅に追い込むほどの大規模なものではなかった。
伏木港を封鎖するための機雷の投下も繰り返され、のべ300個の機雷が富山湾にばら撒かれた。掃海作業中に爆発したり、海へ落すはずの物が陸に落ち、それぞれ20名以上の死者が出たと記録されている。

富山の被害が大きかった理由は、市街地の周辺部から爆撃し、逃げ道を塞いでから中心部へと空爆が行われたことだ。更に神通川に掛かる連隊橋(今は富山大橋)を軍が封鎖し、逃げて来る市民に対し「戻って消火せよ!」などと馬鹿げた命令を出したこと。
その夜、一旦は出された空襲警報が解除されて、人々は安心して眠りについた処へ不意打ちの様に空爆が行われたことなど、富山がとりわけ被害が大きかった原因として挙げられている。

一機の迎撃機も上がらず、一発の対空砲火も無い中を、超重爆の大編隊は悠々と我が郷土の人々の頭上に12000発もの焼夷弾を躊躇いなく投下していった。
それ以前には原爆投下の試験と思われる爆弾が、三度に渡り投下されている。投下したのは、あの悪魔の使いボックスカーだったとされている。
私の祖母は100歳でこの世を去ったが、当時は山間の村に居て富山市の方向の空が真っ赤に燃えているのを目撃したと生前に語ってくれた。

テレビでは当時の爆撃に参加した元米兵にインタビューを行っていた。多くは爆撃が正しかったと語り、被害者と面談しても謝罪することはなかった(昨年の放送)。
今年は二人の元米兵が、任務をこなしただけだと語った。しかし「権力者には逆らえない」という本音も漏らしていた。
戦争とはそういう事だと、私も思う。国の権力が戦争を始めたら、国民は否応なしに巻き込まれるのだ。富山大空襲から70年、アメリカと戦争をした事も知らない若者たちが居る時代、忘れずに伝えるべき歴史だと思う。

*焼夷弾とは、木と紙で作られた日本家屋用に開発された爆弾で、焼夷剤により火災を発生させる目的で使用された。更に空中で多数の子爆弾に分裂するクラスター爆弾だった。
後にベトナム戦争で多様されたナパーム弾は、焼夷弾の進化系兵器で、炸裂すればその炎は700℃にも達したという。
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米軍がまいた空襲予告のビラ。
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# by levin-ae-111 | 2015-08-05 19:45 | Comments(0)

手力男尊と濁り酒

今朝、霊能者の友人(M子さん)と電話で話していて、手力男尊に有名なお酒をお供えしたそうです。

しかし酒好きの手力男尊は、濁り酒で蔵出しが良いとM子さんの振り子で言って来たそうです。

そんな話しで「tunaさんも、お供えしたら良いかも」という事になりました。私がお参りするのは、立山町にある芦倉雄山神社の中宮です(本宮は立山頂上ある)。



今週は無理ですが、来週は参拝に行こうと思っていました。そこで、早速に濁り酒を探してコンビニやスーパーを回りました。

しかし、濁り酒は滅多にありません。一軒の店にありましたが、それはキープとして、もっと良い『蔵出し』の表記のあるお酒を探します。

結局は見つからず、隣町で会社帰りに探すことにしました。



考えてみれば手力男尊と鈿女命とは、不思議なご縁を感じていました。この二柱の神は天の岩戸の神話で有名ですが、それ以外にはこれといった活躍は伝えられていません。

手力男尊は立山の神社に祭られています。しかし神様に無頓着でその事実を知らない頃から、私の中では何故か立山の主神=手力男尊という概念がありました。

鈿女命に関しても、私の中では二神は夫婦であるとの認識が自然にありました。神話では無論のこと、何処にもそんな話しは無かったのですが、何故かそう思っていたのです。



神話の手力男尊は筋骨隆々の巨漢で、力任せに開けた岩戸が遠く長野県の戸隠山まで飛んで行ったと伝えられています。

私が瞑想中に見る手力男尊のイメージは、伝えられる様な大男ではなく、小柄でスリムな細マッチョです。手力男尊は刀をくれたり、盃が出て来て酒を酌み交わしたり、舞を舞って見せてくれたりしました(無論イメージの中のことです)。

そんな手力男尊の希望を少しでも叶えたいと考えています。
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# by levin-ae-111 | 2015-08-02 18:48 | Comments(0)

川倉不動滝

 今日も暑いので、少しでも涼もうと地元の川倉不動滝へ行って来ました。何度も行った場所ですが、今日の不動滝は水量も多く勢いよく流れ落ちていて、良い趣でした。
滝の水飛沫が空中に舞って、さながらミスト・シャワーを浴びている様でした。
滝に向かって二礼二拍手一礼してお参りし、思い切って大きな声であわの唄を三度歌いました。

しかし、終わってビックリ!!いつの間にか何処かの御爺さんが脇に備え付けてあるベンチに座っていたのでした。
気にしない振りで、写真を何枚も撮りました。そこでまたビックリ!!
小さな玉が沢山、折り重なる様に写りこんでいたのです。私滝の飛沫がレンズに付いたのだなと思い、レンズを拭いました。でも考えてみれば、眼鏡には水滴は全く付いていません。
それでも余りに多く玉が写るので、レンズを確認しましたが、全く水滴は付着していません。
「あっ、オーブか!」と気づいたのはその時でした。余りに鈍い(;゚Д゚)

川倉不動滝は自宅から車で20分程度の山中にありますが、昔々のこと謀村人が夢のお告げを受けて、この場所にお不動様をお祭りしたのだと伝わります。
標高は余り高くないので、立山の様に涼しいという訳ではありませんが、先週からこの滝が気に成っていました。
先週は友人の誘いで立山でしたが、今週は気に成っていた川倉不動滝へまっしぐらです。
荒々しい滝とは異なり、雰囲気は柔らかく優しいものでした。
気に成っていた場所に行き、少しスッキリしました。
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# by levin-ae-111 | 2015-08-01 17:20 | Comments(0)

立山


 連日の猛暑で、もううだりそうなので、後輩を誘って立山へ涼みに行きました。まずは車で麓の立山駅まで行き、そこからケーブルカーに乗り、美女平まで行きます。
そこからはバスで約1時間の道のりで、室堂へ到着しました。
流石に涼しく、北アルプスの高峰を目前に見て、木製ペンチでしばしまったり(笑)
しかしここも中国人の団体が多く、冨士山と同様に中国語が飛び交っていました。
室堂からは、まだ行った事の無い立山山頂が見え、立山峰本社のお社が見えます。
私は峰本社に向かい、二礼二拍手、一礼して遠く室堂から参拝させて頂きました。
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峰本社
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みくりが池
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# by levin-ae-111 | 2015-07-26 17:26 | Comments(0)

恩師の思い出

 今日は久々に友人とあって、3時間ほど話しをしました。例によって取り止めも無い話しですが、その中で最後に共通の人物について話題になりました。
それは私にとっては高校の恩師であり、友人にとっては憧れの人でした。『でした』というのは、その恩師は何年も前に亡くなっているからです。

 その方は私にとっては野球部の部長先生であり、現代国語の担当でもありました。本職はお寺の御住職で、正月に学校が閉鎖に成ると、私たちは先生のお寺で練習をしたものです。
そこで人生で初めて座禅をさせられました。その恩師が何故に私の心に焼き付いているのかといえば、美しい容姿、上品な面持ち、寛容な人間性と兎に角まれに見る美男子であり、何といっても品格が他の人とは数段も違っていたからです。

友人は本家の葬儀で導師をされた恩師に一目で憧れ、何度も通ったようです。
恩師と私は感性が似ていたらしく、現国のテストだけは何時も高得点でした。そんな話しをする内に、目標を見失っていた友人は、そうだあの方の様な品格ある人間を目指そうと、想いも新たにした様でした。

何の話しから恩師の事になったのか、しかし、これも何かのお導きかも知れません。何を言っても先の人生に目標や希望を見出せなかった友人が、恩師の上品で凛とした面影を想い出し、よし少しでも近づける様に頑張ろうと決意していました。
品格は生まれ持った物と後から努力して身に着ける物とがある様で、私などはどう考えても後者にしか成り得ませんが、頑張ってみようと思いました。

神々の存在、また神々が見せて下さる奇跡も素晴らしいのですが、まずは人間として誰が見ても他の人と違うと感じる品格や佇まい、物腰を身に付けることが肝要かも知れません。
それが身に付いていれば、周囲の方々の信頼度も上がり、発する言葉の重みも増すというものです。
そうなれば神々の御用を行う上で、大きなプラス要素として働くはずです。神々の御用を仰せつかっていると感じている方々は、まず人間としての品格を磨く様に心掛けるべきです。

先日会って頂いたブロ友さんのお師匠様は、仏の世界は自分で望み修業すれば良いが、神の世界は望んでも入れるものではない。何故ならば神に選ばれる必要があるからだ、と仰っていました。そして、神は美しい心の人を選ぶ様です。
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# by levin-ae-111 | 2015-07-20 17:48 | Comments(0)

富士山麓オフ会-2-

 翌日(12日)はブロ友さんが綿密な計画を立てていた様ですが、高速道路で事故があり渋滞が十数キロとの情報が入り、予定通りに行くのか不安でした。
ですが折角のスケジュール表を、ブロ友さんは家に忘れて来てしまいました。「必要ないから忘れた」と解釈していたブロ友さん。全く、その通りと感じました。

しかし、私にはとても良い新たな出会いがありました。待ち合わせ場所のお母様のお店に現れたのは、T-BORANの森友嵐士さんでした。運転手をして下さると仰るので、ビックリ!!
お互いに自己紹介し、握手しました。皆さんが到着するまで、森友さんの驚異的な神事の経験を伺いました。やはりアーティストですから、感性がとても鋭いのですね。

それから妹さん、お母様、森友さんに気を入れる?ことを試みました。『気を入れる』といっても、私の場合は両肩に手を置くだけです。3人とも直ぐに反応されて、温かいと言って下さいました。お母様は心臓や胃まで熱くなったと・・・、森友さん、妹さんも同様の感想でした。

渋滞で多くの皆様が何時ごろ到着するか心配でしたが、どうにか全員が揃いました。
皆様、初対面なのですが、とても初めてとは思えず絶対に楽しいオフ会に成ると感じました。
そして3台の車に分乗して、目的地へレッッゴー!!
私は何と妹さんともっちーさんと一緒に、森友さんの車に乗せて貰いました。
こんな経験は滅多に出来ませんので、それだけでも記念になりました。そして山の中の目的地へ連れて行ってもらいました。

目的地は神社、その次に富士山の五合目を目指しました。神社では参拝と代表者の方の祝詞、そして全員で光柱を立てる神事を実施しました。
五合目では圧倒されそうな富士の威容と、涼しい空気を堪能しました。しかし、人の多さには少しばかり疲れました。
その次は建造中の神社へ行きました。流石に聖地と目された場所だけに、太陽の素晴らしいパフォーマンスを愛でることが出来ました。

私が帰るのは翌日(13日)ですが、他の皆様は日帰りです。ここで皆様とお別れし、私はホテルへと連れて行ってもらいました。
翌朝は再びブロ友さんと二人で、浅間神社と山神社を参拝しました。お付き合い頂いたブロ友さん、本当に有難うございました。
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# by levin-ae-111 | 2015-07-16 19:02 | Comments(0)

富士山麓オフ会-1-

 以前からの予定に合わせて、家を出たのが11日の午前7時半ころでした。高速を6時間走り、無事に目的地に到着しました。私は他の人よりは一日早い到着で、ブロ友さんに早速TELしました。妹さんの案内で、ブロ友さんのお母様が経営していらっしゃる店へ。
ご挨拶もそこそこなのに、コーヒーやら桃などを出して戴いて、歓談する内にブロ友さんが到着されました。

 遠くて厳しい道程だと感じていましたが、ブロ友さんとご家族のお顔を拝して、疲れも一気に吹き飛んでしまいました。
神様とのご縁は勿論ですが、私にとっては多くのブロ友さんたちにお目に掛かる、というのが最大の目的でした。
そして電話やメールで伺っていたブロ友さんの『恐いお顔のお師匠様』の許へ。

「何を言われるだろう?」平気な顔をしていましたが、内心はビクビクでした。立派なお屋敷に入れて貰い、まずは祭壇の神様にご挨拶しました。
テーブルを挟んでお師匠様と向かい合って座りました。
「何か聞きたい事は?まあ、ないだろうなぁ」と、お師匠様。
この方は既に私の事を霊視済で、行き着くところまで行っている、と言われたとブロ友さんから伺っていました。

お師匠様は『恐い』というより、高倉健さんに似ているなぁ、などと感じました。お師匠様はブロ友さんの腰を治療し、私には簡潔な中にも中身の深いお話しをして下さいました。40分位で私たちはブロ友さんの師匠様の家を後にしました。お師匠様は玄関まで出て、私たちの車が見えなく成るまで見送って下さいました。
「何も言われなかった!!叱られなかった!!」ブロ友さんも、こんなことは珍しいと言っていましたが、本当に不思議です。

 その後でホテルへ連れて行ってもらい、ブロ友さんと夕食をして、初日は無事に終えました。明日はいよいよ、皆さんのお顔が見られる、ワクワクしながら瞑想し就寝しました。
それにしても、霊能者であられるブロ友さんのお母様が、私と一緒に○○○神が来ていると仰った事にはビックリでした。
「うわ~っ、そんな事があるんだ!!」それにしても有り得ない…(;゚Д゚)
でも、大霊能者のお師匠様も否定はされなかった。私の霊的世界のお姉さんは、有難いなぁ。
そして、初対面にも関わらず優しくフランクに接して下さったブロ友さんとご家族、本当に有難さが身に染み入りました。
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# by levin-ae-111 | 2015-07-15 19:33 | Comments(0)

無知な私の疑問3

 前回の衆院選、伝え聞くところによれば700億円もの費用が掛かったとか。勿論、その全てが税金という訳でもないだろうが、ホントにそんなに掛かるの?と思った次第だ。
その結果、自民が大躍進で現在の政治的状況が出現した訳だが、不正選挙も一部ネットで囁かれる程の自民党の体勝利。
余りに情けないライバル民主党政権の体たらくが追い風に成ったとはいえ、余りに偏った結果が自民党の暴走を呼び込みそうな気配だ。

しかし選挙制度を巡っては、いわゆる1票の格差など裁判では違憲とされても、実際には何の効力も無い感じ。無知な私には、政治家の皆様が『政党政治』のタガに嵌められて、自由に意見さえ言えていない、様に見えて仕方がない。
選挙に大勝すれば、数の力を利して少数意見や反対意見を無視し、押し殺し、場合によっては仲間の意見さえも握りつぶすのだ。
こんな状態では最早、民主主義は死に絶えたと言っても過言ではないかも、と思う。

それに無知な私には、開票率が1%にも満たない時点で、当確が出るのは納得がいかない。
どんな予測方法で、そんな事が可能に成るのだろうか?
しかも、その当確が間違っていた事は、ほぼ皆無である。有り得ないと、馬鹿は思う。
 
そこで「馬鹿じゃあ、ねぇの!!」と言われるかも知れないが(実際に馬鹿ですが)、馬鹿が妄想する選挙制度をひとつ。
1、ある程度の人数の推薦人に押された人のみが立候補できる。
2、立候補者は国営放送での政権放送で、自らの政策を訴える。但し選挙活動は政見放送のみで行い、国営放送は(民放にも義務付けても良いかも)期間中に全てのチャンネルを使い、全候補者の政権放送を続ける。
3、選挙区は無く、全国区のみ。議員定数に従い、得票数の多い者から順に上位の者を当選とする。
4、基本的に政党は解散し、議員活動は個人として行う。但し議題に応じて、一時的なグループでの統一行動は許される。
5、首相は選挙で得票の高いトップ10の候補者から、議員投票または国民の投票で選出し組閣は首相に一任する。
 
と、こんな妄想をしてみた。無論、党派なしでは何も決まらないと危惧される向きもあろう。
しかし、今と違って少なくとも甲斐性なしは立候補も困難になるのだし、1票の格差など消
えて無くなる。それにお金も掛からないし、選挙カーの騒音にも悩まされない。
出勤途中の交差点で信号待ちをしている時、候補者や運動員が笑顔で手を振っているが、こ
ちらとしては非常にバツが悪いものがある。それも無くなる??
以上、馬鹿者の妄想でした。

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# by levin-ae-111 | 2015-07-07 21:42 | Comments(4)

無智な私の疑問2

 私には予てから、常識とされている事柄に関して疑問を持っている。それは多くのまともな方々にとっては、児戯にも等しい馬鹿なものに映ることだろう。
勿論、自分が無知なだけなのだろうと思ってはいるが、他の人はどう考えているのだろうか。

金(Au)は何故に数多存在する金属の中で、最も価値があるとされているのか?という疑問だ。
金はシュメール文明の時代から、世界各地で価値ある貴金属として扱われ続けている。
無論、輝いている、加工が容易、腐食しない、酸化しにくい等などの理由が考えられるが、最も価値ある金属として扱われ続けている理由が今一つ分からないのだ。

現在の紙幣は不換紙幣だが、紙幣自体はただの芸術的な印刷を施された紙に過ぎない。それを国家の信用によって価値あるものとして流通させている。紙幣の始まりは金の預かり証とされていて、その基本的性質は金の裏打ちが在って初めて価値あるものとなった。
紙幣も初期の頃には兌換紙幣(だかんしへい)といって、金との交換が前提だった。これは金本位制度と呼ばれた。つまり、飽くまで金の価値に基づくものだ。

確か金を得るには膨大な労力が必要で、その労力の結晶としての金だから最も価値ある貴金属として認定されていると習った覚えがある。しかし金を得る事は他の金属を得るための労働に比べて、特段に困難とは思えない。鉄だって銅だって、似た様なものではないのか?
希少価値だけならプラチナが在るが、これは少なすぎるのか?鉄や銅は逆に多すぎる故に金ほどの価値を与えられなかったのか?銀は直ぐに酸化して黒ずみ、輝きが保たれないから金よりも低い価値しか認められなかったのだろうか?
無智な私の疑問は、消えない。

ついでに、何故に経済は拡大し続けなければ成らないのだろうか?日々の経済活動が拡大し続けられないと、増加する人口に追いつかないからか?昨日と今日が同じで、どうしていけないのだろう。
宗教はどうして布教を続け、拡大する必要があるのか?何かを信じることは、何故に個人や少数の人々によってのみ信仰されているだけでは駄目なのか?他人に押し付ける必要など毛頭ないと思うのだが。
無知で盲目な私の幼稚園児の様な疑問は尽きない(笑)
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# by levin-ae-111 | 2015-07-04 21:21 | Comments(0)

無知な私の疑問

 先日も試験で鉄の板を削りながら、ふと思った。鉄や銅、金や銀の製錬を考えたとは、昔の人は凄いなぁと。
鉄といって無知な私が、先ず思うのはヒッタイト帝国。その人々は、どうやって製鉄技術を発見したのだろうか?
鉄鉱石から採ったのか?いや、恐らくは砂鉄だろうなどと、無知なりに想像している。

砂鉄からだとしても、あの様な黒い砂にしか見えない物が、どういう発想で加熱して溶かしたら固まると知ったのか?
青銅が先に存在したのをヒントにしたのだろうか。ならば、その青銅はどうして発見されたのか?無知な私の疑問は尽きない。

そして水銀、常温で液化する唯一の金属だ。それが古くから人類によって利用されて来た。
現代にも通じる古代人の様々な物事に関する英知は計り知れないが、その源とは何だろうか?とつい何に関しても考えてしまうのだ。
馬鹿者の結論としては私たちの文明は、歴史上認められている文明を経て現代に至っているが、本当の源はそこではないのではないか!!というもの。

単に想像だが超古代文明が存在し、それが滅亡に瀕し、それまで築かれた全てが灰塵に帰した。しかし生き残った人々の中で、知識は細々と受け継がれた。
その知識が長年の風雨に晒され、多少変質しながらも生き残り、文明がある程度のレベルに達した時に様々な技術として発芽したのではないだろうか。
今日も下らない妄想を巡らせる、無知な私なのでした。
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# by levin-ae-111 | 2015-07-01 21:51 | Comments(2)

雲の上から

 友人曰く、雲の上から下を見たら、全てが下らなく見える。しかし、これは一般の人には危険だから、もうブログには書かないと。
どういう事かと説明すれば、客観視したら地上での自分や他人の行動の全てが無意味に見える。すると生きている事の意味が分からなくなり、全てがどうでも良くなるという事らしい。それはとても危険な事で、それが自らの命を断とうとした理由だと。

 私の場合は客観視というより、実際に外側から自分の姿を目撃するという、ある意味で衝撃的な経験がある。覚醒状態で目撃した自分の姿(仕事中)は、しかし特別な感情は一切湧かなかった。不安も驚きも無く、私の意識はただ空中に在って、素晴らしい静寂に浸っていた。
その経験から、私自身は友人の謂わんとする事が何となく分かる気がする。
だからといって、自ら命を断つことは絶対にするべきではない。そういう心境になると、一種の悟りの様な境地に達した気になるが、それは錯覚に過ぎない。

雲は確かに高空に在るが、その上には成層圏が在り、バンアレン帯が在り、宇宙が在る。
上には上があり、私たちの如く凡夫が簡単に悟ることなど有り得ない。
そういう気持ちは増上慢であり、それは私たちが精神的に向上する過程で陥る罠の一つともいえるだろう。くれぐれも用心したいものである。
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# by levin-ae-111 | 2015-06-28 21:19 | Comments(0)

光の向こう側

 毎日すこしだけですが、瞑想を欠かさず行っています。大げさなものではなくて、感謝がメインで20分か30分の短いものです。瞑目した時に見える光景は、紫や赤、青、緑といった雲の様な霞の様なものと、白く強い小さな光の点です。それは遠くに在るトンネルの出口の様であり、何か強い光源が輝いている風にも見えます。
その光の点は追いかけると遠のき、見ようとすれば見えなくなります。その状態が常でした。

いつも、このトンネルの向こう側へ行けば何か別の世界が在る、そう考えて光の向こう側を見ようとしましたが見えませんでした。
ところが昨夜は光の点以外に、その周囲に何か複雑でメカニカルな感じがする縁が見えたのです。私は直感的に『粒子加速器』だと思い、意識してそのコイル状の中へ飛び込んでみました。

私は一個の素粒子になりグングンと加速されます。背筋を伸ばして座っていたのですが、加速が増すにつれて自然に前のめりになり、遂には突っ伏した様な恰好に成っていました。
さて、私がぶつかるのはどんな素粒子だろうか、その瞬間は?などと考えていると、加速中
であるにも関わらず身体が自然に起きます。
何故?と思いましたが直ぐに、「光速に達したからか」と、意味不明なことが浮かびます。

暫く静寂が続き、遂に白い光の向こう側が、チラッと見えました。そこには何と人型の何者かが、存在していました。しかも全身が眩い金色のオーラに包まれています。
人物は二人いて、こちらを覗いています。
孔の中を覗く様にこちらを見ていますが、私はそれ以上の前進は出来ず、もがいている内にビジョンは消え去りました。
やはり瞑想中に見える白く強い光の点は、何処かの世界へと繋がっているのでしょうか?
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# by levin-ae-111 | 2015-06-25 19:50 | Comments(0)

USO800テスト走行

 USO800をボディーやエンジン、足回りに貼り付けたマイカーで、友人と二人で奥飛騨の温泉を目指して出発。R41をひたすら走り、イタイイタイ病の汚染物質で問題に成った神岡鉱山を左に見て、神岡町を抜けて奥飛騨温泉郷へと入る。
道中の平均速度は65キロ程度だが、カーブが多く上下の坂もキツイ。

 カーブで愛車はよく踏ん張り、ロールは以前よりはるかに少ないと感じた。ローリングが小さいと運転はとても楽になるが、オーバースピードには注意したい。
後はやはり非力な車だけに、上り坂では相変わらず動力性能に不満があった。そして標高が上がると、燃焼効率の低下が著しく、エンジン出力が極端に落ちる傾向も相変わらず。

安い車をどうにかして少しでも良くしようとする貧乏人の私の涙ぐましい?努力は、こうして少しだけ報われたのだった。
あっ、温泉には思いっ切り浸かってきた。そこは露天風呂がとても良く、湯船には白い湯の花がユラユラと漂っている。硫黄の香りが漂う本物の温泉で、何度も行っても良い湯である。

*写真は温泉組合のホームページからお借りしました。
「ひらゆの森」露天風呂の風景。
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# by levin-ae-111 | 2015-06-21 17:12 | Comments(3)

USO800で遊ぶ

 最近、ブロ友の記事で知ったUSO800なるシールで遊んでいます。理論は難しくて、イマイチ理解していないのですが、遊び好きな私としては簡単に出来るのでチャレンジしてみたという訳です。
理屈としては①全ての物質は電荷を帯びている②空間にはエネルギーが溢れている③空間エネルギーに方向性を示せば、その通りに流れる④エネルギーが起動するには、人の意識がキーとなる、かなり大雑把に言えばこんな感じでしょう。

で何をするかといえば、アルミテープを野球のホームベースの形に切り出し、エネルギーを流したい方向へ尖がった部分を向けて、貼るだけです。
ネットでは実際のやり方が乗っていますので『USO800』で検索すれば、たくさん出て来ます。

私は車で試してみました。バンパーの四隅に貼り、後はバッテリーターミナルに、足回りはダンパーに貼り付けました。更にドアの内側と、エンジンルームにも貼り付けました。
まあ、遊びですし車も古いので気楽に、様々なところに貼っていきました。
ところが・・・乗ってビックリ!!
柔らかくローリングの多かった愛車の足回りが、逆に硬くてゴツゴツになり、新車の時よりしっかりした物に急変したのです。つまりファミリーカーがスポーツカーに変身したくらいの差を感じます。ローリングが少ないので、旋回中も楽々です。

 こうなれば、後は動力性能UPも期待して、吸気口とマフラーに、それからエンジンマウントとブレーキ系統にもペタペタ(笑)
こちらはまだハッキリしませんが、何やら良い感じです。そして驚いたことに、カーステレオの音が良く成った気がしますし、ボリュームレベルも以前より上がった感じです。

 と、車はここまでです。新しい物好き(お金の掛からないもので)の私は、自分の身体でも試してみました。布団とシーツの間に、例のホームベースを四隅に入れて寝てみました。
本当は上向きが良いのですが、今は尖がりを内側に向けています。
寝起きの時に身体が軽いので驚き、さらにサージカルテープでホームベースを作り、足や手にペタペタと貼ってみました。

立ち仕事が多いので夕方には足がだるくなっていましたが、それがかなり軽減されました。
足ばかりか腰や背中、腕も痛いのでここにも試ます。結論としては、かなり良いと感じています。疲れが取れやすく、痛みも軽減されて楽になりました。
ところで、これ『USO800』ウソ800と呼びますが、これは開発者の方が周囲から言われた言葉を皮肉って付けたネーミングなのだそうです。
これからは既存の科学では否定どころかバカにされていた数々の技術が、いよいよ表舞台に出て脚光を浴びる時代に成りつつある様でワクワクしますね。

車のチューンナップの動画です。
http://www.youtube.com/watch?v=rpDRmldkUgo
自作のUSO800。
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# by levin-ae-111 | 2015-06-20 19:58 | Comments(0)

久々の浄化現象??

 瞑想をする様に成ってから不定期ではあるが、いきなり欠伸の連発をするようになった。
瞑想の時には夢うつつの状態で、正体不明の美しい女性の声で告げられた『ポイント音』を心の中で唱える。
「創造にお願いします。私は(自分の名前)自由に成りたいのです。あなたの元へ帰りたいのです。どうか宜しくお願いします」これが、宇宙人と思しき女性の声で教えられた『ポイント音』だ。

 その現象が始まったのは、瞑想を始めてから暫く経った頃だった。事前の情報では人によっては、身体の痛みが出たりするという。それらの現象は『浄化現象』であり、一時的なものなのだという。
でっ、私の場合は、大欠伸の連発であるらしい。口を閉じようとしても、無理にこじ開けられる感じで、欠伸が出てしまう。

そうなると暫くは止まらない。ポイント音を一度唱えるたびに、大口を開けて欠伸をする。
目を閉じているので、涙は鼻に廻り、結果的に涙はボロボロと出て頬を伝い、鼻からは鼻水がダダ漏れになる。相当に我慢してから、テッシュで拭うのだが、まだ不十分な時は再び欠伸を連発し、またテッシュのお世話になる。

 最初の頃は瞑想する都度、上記の様な状態だった。しかし次第に間隔が空くようになり、月に一度程度になった。その後はふた月に一度くらいに成り、という具合に現象の間隔は広がり、今では半年か一年に一度くらいになった。
でっ、それがこの間、久々に起こった。
欠伸の連続で苦しい・・・(;゚Д゚)
鼻水と涙でグッチャぐっちゃ、久々の浄化作用のお話しでした(^^♪

*写真は『坂の町アート』で展示されていた作品で、記事とは無関係です。
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# by levin-ae-111 | 2015-06-16 20:23 | Comments(0)

またまた妄想

 十日ほど前の瞑想中に、私の意識は宇宙に在りました。そういう感覚は久しぶりで、遠くを見ると無数の何かが、僅かに光る淡い七色の尾を引いて飛び交っています。
それらの方向性は一定しておらず、バラバラの方向へ自由に飛行しています。その光の間から何か巨大な霧か霞のような白いモヤが私の方へと向かって来ます。

瞬間、何か嫌な予感がして、私は以前に手力男命から貰った刀を抜き、翼を目一杯に広げて戦闘態勢でそちらへ向かいました。
距離が縮まると、それは巨大な龍の様に見えました。中心部は龍に見えますが、周囲は不鮮明で、雲か霞のような白いモヤのベールを纏っていました。その巨大さといったら、それに比べたら私は、まるで巨像の前の蟻の様にちっぽけです。

更に観察すると、その後ろから同様の巨大な龍の群れが途切れなく続いています。彼らが向かっているのは『地球』、何となくそう感じました。
「止めなければ・・・(;゚Д゚)」焦る私。
しかし龍たちには殺気は無く、私などに一瞥もくれる事なく過ぎて行きます。
と、ただこれだけのビジョンでしたが、何か意味があるのか無いのか、全く不明です。
それにしても、人間の想像力って面白いですね。
バカな妄想ビジョンのお話しでした。
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妄想じゃあ~、馬鹿者め!!
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そうだ、そうだ~(笑)
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えっ、そうなの!!
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# by levin-ae-111 | 2015-06-13 10:53 | Comments(0)
1992年に野球場造営の為の事前調査で発見された遺跡は、当時の学者たちを驚かせた。何故ならば縄文時代は家族単位での生活で、小規模集落しか発生していなかったとの常識がまかり通っていたからだが、三内丸山遺跡はそれを見事に覆したからだ。
5500年から約4000年前に栄えたと推定される集落の規模は桁外れに大きく、数百件の竪穴式住居跡と300㎡に及ぶ大きな家屋の跡や直径1メートルの柱6本で支えられた高殿の跡も発見された。

集落の人口は推定で500人以上とされ、縄文時代の大都会ともいえる大きな集落跡であった。更に土器、漆塗りの櫛や容器も出土し、ここの住人は高い技術力を持っていたと分かった。また翡翠や琥珀も発見され遠方との交易が行われていた可能性や、ヒエや栗の栽培など農業が行われていた可能性も見出された。

 驚いたことに神殿や広場の跡と思われる場所には、1500年にも及ぶ祭祀の痕跡が堆積されているらしい。つまりこの都市は1500年間も繁栄していたのだ。
その縄文の大都市が、どうして衰退してしまったのだろうか。反映していた都市が突如として放棄され住民たちが行方知れずという例は、世界の巨大都市の遺跡でも見られることではあるが、三内丸山の場合はどうなのだろう。

推定される最も有力な理由は『気候の寒冷化』であろう。縄文時代は狩猟採集生活だったという認識は、遠い過去のものである。縄文時代は栗や栃の実、ヒエなどが栽培されていたというのはもう常識である。無論、狩猟採集も同時に行われていただろう事は想像に難くない。
富山県の桜町遺跡などでは栃の実、団栗などを水に晒してアクを抜く施設、高度な木組み構造の遺物などが発見されている。
縄文時代中期から後期の初め頃と推定されるこの遺跡も、縄文人の技術力の高さを物語っている。

 話しは逸れたが、要する三内丸山の縄文人は、気候の寒冷化により栽培作物の不作が続き、遂には慣れ親しんだ住処を捨てて、新天地を求めて他の土地へ移り住んで行ったのだ。
気候の変動は無論、栽培作物だけでなく自然の木の実などにも甚大な影響を与える。魚介類の漁獲量にも影響したかも知れないし、狩猟にも影響したことだろう。
住人たちは全体で移動したかも知れないし、家族ごとや小集団で移動したかも知れない。
生き残りを掛けた縄文人たちのサバイバルは、果して成功したのだろうか。三内丸山遺跡の住人たちのその後の痕跡は分からない。
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# by levin-ae-111 | 2015-06-10 22:03 | Comments(0)

庶民の本当の敵は○○

 今日の夕方のニュースで、タバコ、酒類などの趣向品、砂糖に塩に醤油の課税増に加え、更に症状による医療費負担の可変性導入を何処かの連中が提案しているとか。
その理由がまた奮っている。『国民の健康促進』だったか増進だったか、余りにサラッと言うので、驚いている内に終わってしまったので記憶が定かではない。

喫煙率については確か2035年(だったかな?)までに、限りなくゼロに近づけたいとしている。タバコ、酒は肺がんや肝臓病対策として、砂糖は糖尿病対策、塩や醤油は脳梗塞などの対策だと言いたいのだろう。
それで税率を上げて価格を高くすれば、摂取量も抑えられ、健康に寄与するというのだ。
そして医療については、風邪くらいで医者に掛かるな、自分で治せだと。
私的には『バカじゃあないの!!』と思うだけだ。余りにも短絡的な発想に、呆れてしまう。
というか、国民を舐め切って、騙す手練手管にも手抜きをしている。

いい加減に本音を謂ったらどうだ、バカ者どもよと叫びたい気分だ。お前らの本音は国民の健康などどうでも良いのだろう、無論のこと国民生活など眼中に無いのだろう。
小泉政権は派遣労働をステータスの様に祭り上げ、不幸な働き手を大増産した。現政権は更にその弱い立場の派遣労働者を締め付けようとしている。
そして正規労働者に対しても、勿論、虎視眈々とより多くの搾取が出来る様にと企んでいる。

消費税10%は決定事項だし、更に細かく先述の様に税率を上げようとしている。現政権の目的はただ一つ、国民からもっと多くを搾取することだけだ。
マイナンバー制度も、情報の一元管理などと言いながら、実際には国民の資産を完全ガラス張りにして、漏れなくかすめ取れるようにするためだ。
最早、政府は私たち庶民の庇護者ではなく、敵である。私たちの生活を脅かす一番の害毒を流している者たちは、国民の苦悩と自分たちは無関係と考えているらしい。

国民が疲弊すれば、自分たちの足元も崩れる、そんな簡単な理屈も分からない馬鹿者たちが威張り散らし、肩で風を切って歩く、それが日本の実態だ。
現代社会はバカ者ほど、高い地位にいるし、バカ者ほど金を持っている。
ある人が書いている『この世は刑務所、悪い奴ほど牢屋では威張っている』という例えが正鵠を射ていると感じるこの頃だ。

えっ、敵って?
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誰!!
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誰だろうね?
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# by levin-ae-111 | 2015-06-09 19:53 | Comments(0)

独特の山本ワールド

 久しぶりに山本建造氏(故人)の著書を読んでみました。考えてみれば私が三十代の頃に、飛騨の福来心理学研究所に赴いて、直接購入してきたものです。
研究所の庭で鉛筆を舐めながら著書の原稿を書いて居られた山本氏は、突然に訪ねた何処の誰とも分からない者に、気さくに様々な話しをして下さったのが昨日の事の様に懐かしく思い出されます。

 山本氏は精神統一を通じて病気治療をされ、心理学、心霊現象、超能力などの研究にも余念が無かったようです。そして、その感心は当然のごとく歴史にも及び、日本国の成り立ちについても神話時代から独特の見解を持っておられました。
例えば、古代日本では家の相続は末子が行っており、その他の子供たちは一人前に成ると家を出て独り立ちしていたのだといいます。

兄や姉が家を出て、最後に残った末子が家を継ぎ、年老いた両親の面倒を見ていた、しかし儒教の影響で、長子相続に変わったと説いています。
例えば神話にも末子相続が現れていると山本氏は主張しています。
山本説では日本人は日本に発生した民族であり、当初は日本列島で最も古い飛騨大陸(乗鞍岳とその周辺)で発生しました。丁度、北京原人が暮らしていた頃と同時代かと、山本氏は推定しています。
当時の気温は温暖であり、人々は平和に暮らしていたが気候の寒冷化と共に、北陸地方や東北地方へと移住して行きました。

 しかし寒冷化が更に進み大雪が北陸や東北に降る時代になると、安川原で大集会を開いて飛騨の中央政府をヤマノフモト(大和)に移動することを決めます。
その時代に九州では海幸族、山幸族などの外来民族が暴れ回っていました。そこで相続権を持つ末子ニニギ命は大和に行く前にこれを平定することにします。一方で長兄のニギハヤヒ命は先に大和入りして、大和を開拓してニニギを待つことになったのだといいます。

ニニギの時代でも末子相続は確立しており、第4子であったサヌ(神武)の大和相続は決定事項だったのです。次兄とすぐ上の兄(イナヒ命とミケヌマ命)は九州のヤマト国を守って九州に残ったのです。その子孫が卑弥呼で、魏に使いを出したのだそうです。
つまり九州も邪馬台国ではなくヤマト国で、新井白石がヤマトをヤマタイと読み間違っているのだと山本説はいいます。
この時、長兄のイツセ命が末子のサヌ命を守って九州を出発しますが、十数年にも及ぶ旅程の途中で戦死しています。

しかし長兄が一番下の弟を守って命を懸ける、そこには兄が偉いとか弟が下だとか、そういう可笑しな概念は有りません。後の時代には長子が家督を継ぐのが普通であり、バカな長子に有能な次男、三男との軋轢が存在しました。織田家などは破天荒な信長に対して、次男は律儀で頭脳明晰でした。家臣団は二つに割れ、弟を推す者達は謀反まで起こしました。しかし一度は赦した弟を、結局は自ら手に掛けることになりました。
そんな経験からか信長は、長子と次男以下を子供の頃から完全に区別して育てました。

このサヌ命とイツセ命の話しは、王権という権力を目の前にしても揺るがない、そういう麗しい兄弟愛を示しています。そして大和では叔父であるニギハヤヒ命は、約束通りにサヌ命に王権を譲ります。
この様に山本建造氏の説は日本民族の精神性の高さを賞賛していますが、果して真実はどうでしょうか?ニギハヤヒはサヌ命に抵抗したナガスルヒコを殺し、サヌ命を迎え入れたというのは本当でしょうか?

山本説が展開するこの物語は、飛騨に政庁が置かれていた時期を八千年前から五千年間、北陸や東北に移動し始めたのが三千年前頃、大和に都を移すと安川原での大集会で決定されたのが二千年前頃と推定しています。
現在定説とされている年代とは異なっていますが、現在の定説そのものが怪しいので、その辺りは何とも言えません。

*写真は飛騨福来心理学研究所のホームページからお借りしました。
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# by levin-ae-111 | 2015-06-07 14:50 | Comments(0)

意外な人気店

 先々週のことだが、友人と昼飯でも食べようかという事になった。そこで少し遠いが友人が行ってみたいと思っていた店へ行った。
そこは海沿いの町にある喫茶店だった。友人は大きなランドクルザーを、苦労して狭い駐車スペースへどうにか捻じ込んで停めた。
少し離れた店へ。しかし、席が空いているにも関わらず「ご予約でしょうか?」と聞かれ「いいえ」と答えると入店を断られた。

一時間ほど待てばOKとのことだったが、結局は他の店を目指して再度出発した。暫く走って到着したそこは、スープカレーの店。
私たちが車を停めたのは第2駐車場だった。徒歩で少し離れた店へ行くと、店前の駐車場は満車で、入り口近くには行列が出来ている。沢山の車の中には県外ナンバーが何台も・・・こんなに有名なのかと、すこし驚き。一度来店し、満車の状況を見て去り、また再度来店する車もあった。

結局、一時間近くも待って、ようやく店内へ入れた。店内は家族連れやカップルで一杯だ。スタッフは全員女性で、スープカレーと飲み物だけのメニュー。しかし辛さの段階が10段階、カレーの種類が数種類、更にトッピングが数種類、ご飯の量が幾つかあった。
もうメニューを理解するだけで目がグルグル(笑)セットにすると、飲み物やデザートも幾つかの種類から選択となる。

ムムムッ、暫くメニューを睨んでから、テキトーにサッサと決めた。友人は辛さフツーで、私はポークの辛さ3(料金30円増しだったかな)を注文。まあまあな辛さ、もう少し辛いのにしておけば良かったと、少し後悔(*_*;
それにしても混んでいたので無理もないが、私たちより後に注文した人が先に食べて出て行く!!
どうなってんの?後の人が次々と先に・・・忘れられているのかと思った。
結局、並び始めたのが12時過ぎ、食べ終わって店を出たのが2時近く、何だかなぁな。
味も平凡だったし、そんなに行列する程の店でもない気がした。でも、何であんなに人気があるのか不思議だ。

無関係だけど、涼しげな称名滝の写真。

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# by levin-ae-111 | 2015-06-01 21:10 | Comments(0)
 皆様、亡くなったお爺ちゃんの遺品の中に、とんでもない物が見つかる事例が思いの外多いのをご存知ですか?最近、福島県の民家から拳銃が実弾付きで発見されました。
そのとんでもない遺品は、押入れや棚の奥に布や新聞紙に包まれて出て来るのです。滅多に無い事と思いますが、平成22年から26年までの間に、福島県内だけで20丁以上の拳銃が民家で発見されているとのことです。

しかも福島県に限らず全国でも同様の事例が多く、その総数は反社会的団体から応酬した数よりも多いのです。一昨年は全国で172丁もの拳銃が遺品の中から出てきて、警察に届けられているそうです。
どうして?とお思いでしょうが、それらは戦争経験者が国内に持ち込み、密かに所持していたものです。GHQにより全て集められたはずですが、それでも多くの元軍人たちは拳銃を隠し持っていたのです。

その理由は昨日までの敵に銃など渡せるかという想い、そしてイザと成ったら家族を守る為に使おうという気持ちを帰還兵たちが持っていたからだといいます。
終戦直後から数年間は日本も混乱しており、食料不足などから強盗などの犯罪が横行していました。また、憎しみを消せないアメリカ兵が、元軍人を暴行するなどの事件も多発していたようです。拳銃を隠して所持していた元兵士たちは、そんな理由から拳銃を手放せなかったのです。

発見される拳銃の多くは日本軍が太平洋戦争で使っていたものですが、中には敵国であるはずのコルト社製の拳銃やブローニング社製の物も含まれていました。
大きくて重く、故障も多かった日本製の拳銃『一四年式』は、不人気で将校などは自費で輸入品の拳銃を購入していたのです。
そんな事情もあり戦前は欧米から拳銃が盛んに輸入されていました。しかし戦中は当然のこと輸入はストップしています。
ですが、その時代に製造された銃が遺品として発見されていました。どうして?と思いますが、それらは敵国軍人から奪った物でした。

戦後七〇年、しかし当時の兵士にとって、戦争は終わっていないのかも知れません。多くの帰還兵の方が、当時の体験を語りたがらない気持ちも解るような気もします。しかも命からがら生き延びて帰国しても、その時の日本は決して安心して生活出来る国ではなかったのですね。家族を守る為に元兵士たちが違法と知りながら密かに所持し続けた拳銃・・・切ない想いがします。
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一四年式拳銃
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# by levin-ae-111 | 2015-05-29 21:15 | Comments(0)

なにか変(´・ω・`)

 先々週の金曜日の朝、起きたら首が痛くて回せらない。あっ、因みに借金は有りません(笑)
その日は仕事に行き、どうにか無事に一日を終えました。
翌日は休みでしたから、接骨院へ行き治療して貰いました。日曜日は大人しく、安静にしていました。
しかし・・・月曜の朝は尚一層の痛みが・・・、しかも首、肩、背中と範囲が広がっていて
流石に仕事は休みました。

月曜と火曜に連続で治療に行きました。痛みも取れ首も楽に回るようになりました。
ところが翌日から胃が変に成った。痛いというより、何とも言えない膨満感や違和感、更に軽い腹痛もあり眠りも浅く最低の一週間でした。
症状は土日で改善したかに思えましたが、今日も朝から胃の違和感は続いています。

仕事が少し暇だったので、ネット検索すると、どうやら『肋間神経痛』らしいと分かりました。背中の痛みは以前から疲れると出ていたので、疲労が蓄積した結果かもしれません。
しかし『肋間神経痛』は命に係わることはありませんが、非常に辛い症状でもあります。
と、いう訳で、ただでさえ間隔が空いているブログが、更に疎らに成ってしまいました。
これは病気ではありませんので、ストレッチなどをして、頑張ります(‘◇’)ゞ
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# by levin-ae-111 | 2015-05-25 20:09 | Comments(2)

映画『鴨川ホルモー』

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 何のこと?と思わせるこのタイトル、内容は京都を舞台に学生たちが式神を駆使して対抗戦を戦うというものだった。
京都大学をはじめ、京都の東西南北を代表する大学が、小鬼を操って闘うのだ。
主人公は二浪して京大に入ったが、サークル勧誘のコンパに誘われた。行く気は無かったが、同学年の美しい女学生につられて『青龍会』へ入部する。
その青龍会こそは『ホルモー』と呼ばれる、式神(小鬼)を駆使して戦う謎のサークルだった。

 一回生には小鬼は見えず、説明会では紛糾する場面もあったが、彼らも神社での儀式を済ませると小鬼が見える様になった。
儀式では夜中に神社に集まり、祈りを捧げた後に歌い踊る。その歌が超テキトーで昔懐かしいレナウンのCMソングだった(笑)
(レナウンCMの動画)
http://www.youtube.com/watch?v=EvqFvUeDYno
http://www.youtube.com/watch?v=-GuIXETf-JM
http://www.youtube.com/watch?v=-GuIXETf-JM

新入部員たちは、まず最初に小鬼の言葉を覚えなければ成らない。「ゲランチョリ!」とか「ペロンチョ!」とか訳の分からない言葉だが、それは突撃とか引けとか、叩き潰せとかいう号令だ。
対抗戦では各チーム5人で臨む。一人の率いる小鬼は100体、つまり両方で1000体の小鬼が、学生の号令に合わせて戦うのだ。
まあ、内容は恋の鞘当あり、神の怒りあり、小鬼の合戦ありと漫画チックだ。

タイトルだけでは「何のこっちゃ?」だったが、キャストを見て観る気になった。山田孝之、浜田岳、荒川良々、栗山千秋、芦名星とくれば面白いに違いないと感じたから観た。
原作は小説で、エンタメとして高い評価を受けたらしい。
らしい、というのは、私は全く知らなかったからだ( *´艸`)
(ウイキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B4%A8%E5%B7%9D%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%BC
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# by levin-ae-111 | 2015-05-17 19:56 | Comments(0)