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by levin-ae-111
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ETソウル(104)

それから、更に見落とし勝ちな側面が存在する。この点について人々は吟味することも無いが、それはETの存在を信じない人々自身についてのことである。
言い換えれば、批判的な人々に対して、こちらも批判的な眼で受け止めなければ成らないと、いう点である。
ルーシアは、最も一般的なメディアの姿勢を代表しているテレビの某人気番組を例に挙げた。
その場組み構成は、よくある肯定論者たちと、名うての否定論者たちの喧々諤々たる討論を柱とする。しかし両陣営とも、結論の出ない話しへと議論を持ち込むように初めから予定されているようだ。それはまるで、安物のドラマを盛り上げるべく、必死で演技する俳優のようだ。
マスコミの狙いは、ETの話題を次々と引っ張り出し、ショーアップして利用しているだけに過ぎず、単に視聴率狙いのネタとしての扱いに過ぎないのだ。このような姿勢で製作された番組から、何かを学ぶことなど出来はしない。

 このような見解は、キース・トンプソンがUFO事件に例を挙げて、その著書『天使たちとエイリアン・UFOと神秘思想』の中で述べている。
『長い間、ずっとおざなりの情報屋連中がお決まりの呪文を唱えて「でっちあげ」だとか「幻覚に過ぎない」とか「誤認の結果だ」とか言って、ETについての情報をやり玉に挙げている。一方では専門的なUFO研究者たちは「UFOは実在する」と言い続けるだけでなく「人類の歴史において、非常に重要な出来事だ」という点を強調し続けてきた。
かくして、プレイヤーたちはどちらに着こうかと、あらかじめ考えてからゲームに臨むことになる。観ている者たちに対しては、プレイヤーたちはルールに則って戦うことを納得する。そのルールとは①確信を持って主張する②激しく論争する、の二つである。
そして進行を司るレフリーたちがプレイを強制し、ゴールは相手を言い負かすことになっている(いつでも、これが最後の結論だといいながら)。』

これらの進行は、書き記されてはいない。話されてもいない不文律によって取り仕切られている。すなわち、誰も相手を納得させてはいけない。こうしてゲームは延々と続くことになる。
これは、つまり様々な疑問はこのような討論では決して結論が出ないことを意味している。
それに加えて、お互いの主張は際限なく戦わされる。
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by levin-ae-111 | 2010-11-14 07:57 | Comments(0)