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by levin-ae-111
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ETソウル(135)

こうした仏教の問答は、単純にして含蓄のあるものだ。また『禅は日常の心にあり』という教えも、よく言われることだ。仏陀は一瞬の静寂の間に悟ったものすべてを、一輪の花に託して、微笑みながら弟子に渡すという素晴らしい言い伝えもある。
これなどは心から心への伝え『以心伝心』という、高い悟りの世界で行われる、単純で純粋な精神伝達の方法だと思うと、マンデルガー博士は言う。

総てのものに真理が宿る、「何も特別なことではない」という、短い言葉に大きな意味合いを求めるのは、一見して矛盾するように思われる。そう見えるのは、私たちがこの言葉の意味を合理的思考に基づく、狭い二元論的な知性によって解釈しようとするからだと思うと。知性に頼るのは悪いことではないが、時と場合によるのである。
場合によっては知的解釈だけでは、矛盾が生じてくる。そんな時は肩の力を抜き、世界をありのままに、素直に見詰めようと努める。
それは説教や決まり文句をストレートに解釈することだけに留まらず、むしろ内面的な認識を個人的な体験に基づいて解釈しようとすれば、そのパラドックスは無くなってしまい前に進むことが出来るのだ。ETたちも、きっとこんな事を言いたいのだと思うと、マンデルガー博士は述べている。

毎日、気を使って細かい情報管理をする必要もなく、人々の内面に宿る高次の自己に委ねれば良いのだ。だが、この内なる声を聞くには、静かで落ち着いた、しかしピーンと張り詰めた気持ちが必要になる。心が張り詰めて静寂な状態では、他の騒がしい雑音を消してくれるからだが、それには相当の集中が必要であり、かなりの努力が必要だ。
他人から仕向けられた偽りの自我、多くの恐怖、心の軋轢、様々な異論などを乗り越える修業が必要になる。こうした騒音や雑音が消滅して初めて、自分の内面の声を聞くことができるのだが、そうなるまでには何年も掛かるのである。
 
 この『内面的平和』は世間でいうところの『流れに従う』に通じるものがあるかも知れない。マンデルガー博士がワンダラーやウオークインから聞いた彼らの生活態度は、固定された考え方に固執したり、融通の利かない計画に縛られたりしない。彼らはリラックスして感じ、考え、生活する術を身に付けている。そして『自分自身の内部』と『外部の世界』の両方で起こる物事に、素直に従って行くことを学んでいるのだ。
この内部と外部という二重構造は、覚醒がある段階に達すると区別が無くなり、本当に自然の流れに従えるようになって行くのだ。
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by levin-ae-111 | 2010-12-15 05:29 | Comments(0)