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by levin-ae-111
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日本とユダヤの不思議な関係(リバイバル)

(一)プロローグ
 明治時代になり鎖国を解いた日本へと渡って来た欧米の人々は、原始的なアジア人の国との先入観を打ち砕かれることになった。それと同時に、マルコポーロによりもたらされた黄金の国という幻想も破壊されたに違いない。
しかし中でも所謂ユダヤ人と呼ばれる系統の人々は、東洋の果ての小さな異国で自分たちとの不思議な共通点や何とも言えない懐かしさを感じ、驚き喜んだ。
何故ならば彼らユダヤ人には、古代に失われたとされる部族の同胞があり、世界中を放浪し離散しながらも消失した同胞を探し求め続けていたからだ。
安住の地に国家を築いていた時代は歴史の彼方に消え、南北に分裂したユダヤ人国家は強大な帝国により滅亡させられた。
帝国の捕集から解放されても、彼らに安住の地は与えられず四十年以上も砂漠を彷徨い続けたユダヤ人にとって、神との契約が唯一の希望の光であった。
その彼らが歴史の闇に埋もれた同胞を探し求めるのも、何時かは総てのユダヤ民族が一同に集められるとする神との約束の故であったのだろう。

 先の大戦で悪名高いホロコーストをはじめ数々の迫害や差別を乗り越えて、遂にユダヤ人の国『イスラエル』が建国されたのは20世紀に入ってからだった。現在もその立地や建国の経緯によって、周辺のアラブ諸国との摩擦が耐えない。
それはさて置き私達日本人と日本、ユダヤ人との何か不思議な関係については興味が尽きないのも事実である。
今回のシリーズでは『ユダヤ人と日本人の秘密』水上 涼(著)や『古代日本・ユダヤ人渡来伝説』坂東 誠(著)の主張を中心に私なりにこの謎にチャレンジしてみたい。

 そもそものユダヤ人(ヘブライ人)とは黒髪に黒い瞳の民族であるとされ、現在みられる白人系のユダヤ人は古代にコーカソイド系の国家が丸ごとユダヤ教に改宗して誕生したものらしい。
何故に日本人を見て彼らが『失われた十部族』を連想するのか、これでお分かりになるだろう。本来のユダヤ人とは私達、日本人と同様の外見を有しているからだ。
勿論それだけなら他にも同様の外見をした人々は存在する、が重要なのはその文化であり、日本人の慣習などに古代ユダヤと共通点が多く存在するからである。
来日したユダヤ系の人々は、まず日本人の外見に驚き、その風俗を知って更に驚いた。
彼らにとってみれば日本と日本人を知れば知るほど、失われた同胞の子孫を連想させる多くの痕跡に出会い、感激と親愛の情が湧きあがったのである。
詳しくは知らないが、彼のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)もユダヤ人であり、ハーンに日本への帰化と永住を決意させたのも、この感情だったのかも知れない。
 『失われた十部族』とは、ユダヤ十二部族の内の一部なのだが、ルペン族、ダン族、イッサカル族、マナセ族、エフライム族、ゼブルン族、アシュエル族、ナフタリ族、ベニヤミン族、レビ族などである。
これらの部族は統一国家イスラエルを形成していたが、やがて分裂してイスラエルは北のイスラエル王国と南のユダ王国とに袂を分かつ。
アッシリアからの侵略により、北のイスラエル王国が滅亡し、その時に先に挙げた10部族が行方不明となった。やがて有名なバビロンの虜囚により南のユダ王国も滅亡し、残った人々がユダヤ人と呼称されるようになった。
それ以来ユダヤ人は離散し、世界に散っていたが1948年のイスラエル建国によって二千年振りに国家を形成するに到った。

 北イスラエルを構成していたのは先に挙げた失われた十部族が主だが、無論のこと部族ごとに完全に分かれていたとは考え難い。イスラエルの12部族は各々に得意技があり、どの技も生活に欠かせないものであれば、両方の王国に総ての部族が居住していていたと考える方が自然だ。
恐らくは主だった部族の根拠地が、北のイスラエルと南のユダにそれぞれ存在しており、北には10部族の、南には2部族の根拠地が在ったと考えるのが妥当であろう。
 北のイスラエル王国が滅亡した時に、姿を消した10部族を残された2部族が探し求めている。その気持ちは伝統的にユダヤ人に継承されており、東洋の島国日本を訪れた時に、彼らをして日本と日本人に注目させたのであろう。
ユダヤ教のラビの研究報告や、イスラエル大使の伊勢神宮参拝の事実、噂の域を出ないが正式なイスラエルの調査団が来日したこともあったようだ。
 
 歴代イスラエル大使が参拝するという伊勢神宮には、イスラエル国旗にデザインされているダビデ王の紋章が数多く存在している。
無論のこと世界には、自分達こそ失われた十部族の末裔だと名乗る人々が存在する。
アフガニスタンやグルジアの一部にも、同様の習慣や伝説を持つ人々が居るらしい。
古代世界では私達が想像する以上に、人々の移動は広範囲に及んでいる。
北イスラエル王国がアッシリア帝国により滅亡した時、ユダヤの人々はユーフラテス川の東側に集められたという。それ以後には歴史から消えてしまったこの人々だが、やはり各地を放浪したらしく、研究者によればカスピ海にもその痕跡が確認できるという。
各地に居住しその文化的慣習の名残を留めつつ、その地に定住せずに更に新天地を求めて旅立った人々も存在したのだろう。勿論、その地に定住した人々もいたに違いないが、
更に東進した人々が最終的にたどり着いた地が日本だったのではあるまいか。
 シルクロードの最終地点とされる地も日本である事実を考えれば、古代世界に於いて旅の終着点が日本列島であったと考えることは自然であろう。
by levin-ae-111 | 2011-09-03 08:59 | Comments(0)