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by levin-ae-111
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模擬内閣(国民の知らない昭和史より)

 戦前の日本で、30歳代の若きエリートたちから成る模擬内閣が組織されていた事実を知る人は少ないだろう。そのエリート集団が、対米戦争に関して『必敗する』との結論を出していた事を知る人は更に少ない。
昭和16年8月、この年12月の開戦の3ヶ月前に、近衛内閣と模擬内閣は向かい合って一つの部屋に居た。模擬内閣に与えられた課題の結論を、本物の閣僚たちが聞くためである。

 彼らに与えられた課題は「英米の対日輸出禁止という経済封鎖に直面した場合、南方(オランダ領スマトラ・ボルネオ島など)の油田を武力で確保する方向で切り抜けたら、どうなるか」それを予測せよ、というものであった。
模擬内閣の顔ぶれは首相に窪田角一、日銀総裁(窪田内閣の)佐々木直など全員が30歳代の若さである。その構成は36名から成り、民間人が6名と大部分は官僚、そして5名の軍人がメンバーとなっていた。余談であるが、佐々木直は後年、実際に日銀総裁を務めた人物である。
 各関係機関から選りすぐられた彼らは、『総力戦研究所』なる急遽設立された機関に配属された。最初から選抜された人々ではあったが、一応の試験が必要ということから、担当者が苦慮した末に『面接』という現代では当然の手法が発案されたのだという。

 さて、示された課題に対する彼らの答えは、非常に現実的なものであり、この本での猪瀬直樹氏の記述に依れば、完全に太平洋戦争に関する彼らの見解は正しいものであった。
それは、まるで実際に観て来たかのようなシナリオで、現実の状況が彼らの予測をトレースしたかと錯覚するほどの内容であったという。
・日本が石油その他の資源を求めて、オランダ領を武力で奪取すれば、必ずアメリカがタンカーを攻撃し、そうなれば開戦になる。
・この場合、ドイツ、アメリカ、イギリスなどが必ずどちらかの陣営に属してしまい、日露戦争などとは異なり、仲裁に入る大国が不在となる。そうなれば、戦争は必然的に長期戦となり、国力の差が在り過ぎるので日本は勝てない。
緒戦の勝利で講和に持ち込むにしても、仲裁する大国が無いので、短期決戦で講和するのは虫が良すぎるというのだ。
窪田内閣の初閣議は、こうした想定を受け入れるか否かで紛糾したが、彼らは厳しいこの想定を受け入れた上で議論を開始したのである。

商工部門の大臣たちは、日本と先進諸国の国力の差を物資の生産能力や自給率で比較し、反対論を唱える閣僚(模擬内閣の)を納得させていった。例えばアメリカの石油自給率は32倍で、他のどの分野でも7倍以上であること、日本は綿花が三位に顔を出すが、他は全て比較した20カ国の内で最下位であることを具代的な数値を挙げて説明したのだ。
つまるところ、戦争をするからこれ等の自給率を5倍にしろなどと言われても、絶対に無理である。それは戦争をすべきではないと言う以前に、戦争など出来ないということだ。
これは、商工関係出身の者には常識だったが、中には信長の桶狭間を例に出し、反論する者もいた。

だが、海軍軍人の志村(海軍大臣)が、うんざりした表情で「勝つわけないだろ」と言った一言が一同を黙らせたらしい。志村は海軍大学校を主席で卒業し、卒論のテーマが丁度、これと同じだった。
志村は日ごろから軍人らしからぬ態度と意見で、所長とも対立していたし、他の者とも喧嘩になることもあった。
例えば「我が国には大和魂がある、相手にはない云々」と誰かが言うと「相手にはヤンキー魂があります。ある物を加えないのはおかしい」と、反論するという具合である。

ともかく短期の間にこれらの意見を集約して出た結論が、アメリカと戦争をしたら『必敗する』というものであった。これを聞いた当時の陸軍大臣であった東条英機は酷く狼狽した様子で、彼らを労いながらも、口外無用と釘を指したという。
それは、何を意味していたのか?これは、ただのシュミュレーションなのだ。それを聞いて、わざわざ釘を刺すとはと、模擬内閣のメンバーだった人は訝しがっていたという。
 この模擬内閣に参加した人々は、後に日本の産業界をリードした人々ばかりであるが、政治家に成った者は一人も居なかった。
完璧に、と言って差し支えない程に戦争の結果を予測した人々にとって、当時の政治家たちはどう見えていたのか。

 これを知ると、日本は宝の持ち腐れだっただと思ってしまう。彼らは余りにも優秀だったが、若すぎたのであろうか。綿密で正確なシュミュレーションをして見せた彼らを、当時の本当の閣僚たちはどう思ったのだろうか。
現役の閣僚たちにも開戦した場合の結果は見えていたのだろう、東条英機が「口外無用」と言った一言にその想いが滲んでいたような気がする。 
現在の日本にも彼らの様に先を正確に予測できる人々は居る筈である。勿論、政界にも存在しているかも知れない。しかし、そういう人々の意見を聞き入れる度量が現在のリーダーたちに在るのだろうか。
by levin-ae-111 | 2012-05-05 07:21 | Comments(0)