身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

フラの歴史

 ハワイといえば世界的なリゾート地として有名だが、そこで発祥したフラ・ダンスもまた世界的に有名な舞踊のひとつである。リズミカルに腰を振る独特の踊りは、世界的な人気を呼び、日本では根強い人気がありハーラウ(フラ教室)やスポーツジムなどで習う人を含めればかなりの人数になると思われる。その他ではアメリカ本土は無論、中国や韓国、メキシコやドイツにもハーウラがあるという。

 フラとはハワイ語で『踊り』の意味で、フラ・ダンスと呼ぶのは少し変な表現であると思う。ただフラとは踊りであるという意味を外国の人に認識させるには、フラ・ダンスと
表現した方が解り易い事は確かだ。
元々はポリネシア系の人々が北上してハワイ諸島に至り、定住したのがハワイ先住民の始まりとされる。それが2~3世紀の出来事であろうという。
その時に踊りも一緒にハワイに運ばれ、依頼、独特の発展を遂げたものであるらしい。

文字を持たなかった先住民たちは神話や伝説を口伝で継承していたが、踊りもまたその表現手法のひとつとして伝わったものだ。それは宗教的な儀式として神殿で踊られたが、他にも娯楽として楽しまれていた。
1795年にカメハメハ大王がハワイを統一。78年にハワイへ初めて英国人が上陸して以来、西洋人がハワイを訪れるようになる。その時にハワイの人々はフラで迎えたが、後には腰を振るみだらな踊りとして宣教師たちから禁止すべきとの声が上がる。
その声に抗えず1830年にカアフマヌ王妃が、公共の場でのフラを禁じた。
因みに記録上で最初にハワイに到着したとされるヨーロッパ人は、ジェームズ・クック船長とその一行だったとさる。

 1800年代になると第7代カラーカウア王がフラを復活させた。それは伝統的なフラ(カヒコ)の復興に止まらず、後のアウアナ(現代的なフラ)に繋がる新しいフラの開発も積極的に行われた。
1893年ハワイ王国が滅亡し、98年にアメリカに合併され、多くの観光客がハワイを訪れるようになる。1920年頃から女優がフラを踊るハリウッド映画が量産されヒットし、フラは世界的に有名な踊りとなった。
1970年代に入ると観光化・商業化への批判から本来のハワイ文化を取り戻そうとする動きが始まる。ハワイ語の教育やフラの大会といった、ハワイ文化の見直しの動きが活発であるらしい。

 日本では1966年に誕生した福島県いわき市の『スパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)』が有名だ。衰退する炭鉱町を救う為にハワイアンセンターの設立が企図され、踊り手を育成する目的で作られた常磐音楽舞踏学院が日本で最初のフラ学校である。
スパリゾートハワイアンズは2011年の東日本大震災で被災し休館となったが、踊り手たちは被災各地を巡り被災者を励まし続けた。施設は12年2月に営業再開を果たしている。

 フラは健康にも良いとされる。練習中の心拍数は早歩きや小走りと同じ程度で、中腰の姿勢は下半身の筋肉を鍛える。また練習後には重心のふらつきが改善され転倒防止によく、心地良い音楽に合わせて踊るため気分も向上するといった効果があるようだ。
[PR]
by levin-ae-111 | 2013-07-14 10:40 | Comments(0)