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埴輪(はにわ)のルーツって何だろう?

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a0160407_2151984.jpga0160407_2145629.jpg 私は子供の頃、社会の教科書に載っていた埴輪の写真や絵に、何故だか親しみを感じていた。それは・・・何となく埴輪の顔と自分の顔が似ていたからだ。
特に、細い目と口が似ていると感じていた。それで、今でも何となく埴輪には親近感を持っている。
埴輪は古代の墳墓から出土し、恐らくは埋葬者の副葬品として、死者が寂しくない様に或は死者を守るという願いを込めて埋められたものなのだろう。
私が特に好きなのは、武人を模った埴輪である。それは映画『大魔人』のモデルであったに違いなく、余計に興味を持ったものだった。

 埴輪とは素焼きの焼き物のことで、大別して円筒形のものと人や動物などを模ったものがある。
埴輪の始まりについては、以前は日本書紀に書かれていた話しが信じられていた。それは垂仁天皇の御代のこと、天皇の弟が死に近親者も共に生き埋めにしたところ何日もうめき声や鳴き声が聞こえ、天皇が御心を痛められた。
そこで皇后が死んだ時に何か良い手はないかと訊ねたところ、野見宿禰が出雲より土師部を呼び寄せて人や動物を造って墓に並べた。天皇は大そうお悦びになられ『埴輪』と呼ばれるようになったという説だ。

 だが近年では、本当の起源が明らかにされた様だ。弥生時代後期の吉備地方の首長墓に見られる特殊器台土器と特殊壺型土器に、埴輪のルーツがあると考えられている。
器台は壺を乗せる土器で、高さは1メートル前後あり、胴体部には特殊な文様を施されたものが多い。この器台に壺を置いて吉備の首長たちは祭祀に使用したと予測されている。
時代が下がるとこれが畿内地方でも見られる様になり、更に特殊器台型土器の変形が進みやがて特殊器台型埴輪と、これにセットになった特殊壺型埴輪が造られるようになった。
この二つの埴輪が次第に円筒形と形象埴輪へと変化していったと考えられている。
埴輪や土偶には、古代人の祭祀や祈り、死者への自然な供養の気持ちが見て取れるのである。
by levin-ae-111 | 2013-12-17 21:05 | Comments(0)