身の回りの出来事から、精神世界まで、何でもありのブログです。


by levin-ae-111
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

2014年 04月 29日 ( 1 )

a0160407_10304111.jpg

 水晶製の髑髏(クリスタル・スカル)は、幾つか発見されているが中でもとりわけ有名なのがヘッジスの水晶髑髏である。それは映画『インディ・ジョーンズ』の題材にされた程に有名なものだ。

その由来は1927年にイギリス人探検家のフレデリック・アルバート・ミッチェル・ヘッジスとその養女のアンナにより、古代マヤ文明の遺跡から発見されたとされる。

アンナの17歳の誕生日に、彼女が古代遺跡の祭壇の下に何か光る物を見つけた。掘り返してみると極めて精巧に造られた水晶の髑髏(どくろ)だった。

更に数か月後、そこから数メートル離れた場所から、その髑髏の下顎が発見された。頭蓋骨も下顎も一つの水晶から造られており、しかも道具を使用した形跡は認められなかった。

 

 結果的にその髑髏はアトランティス文明(ヘッジスは元々アトランティスの痕跡を探していた)の未知のテクノロジーで造られたと推定され、オーパーツとされた。

さて、オーパーツとは時代にそぐわない場違いな品物といった意味だろうか。普通に考えてその時代に存在するはずが無いと思われる出土品の総称である。

他にはアステカの髑髏やアンデスの金製の飛行機、錆びない鉄柱など数々の不思議な工芸品が存在する。ヘッジスの水晶髑髏もまた、この仲間入りをしたのである。

 

ヘッジスの水晶髑髏には未来を予言する力が宿っているとか、実は世界には13個の水晶髑髏が存在していてそれが全部そろうと人類の英知の扉が開かれるなどという伝説がある。

だがヘッジスの水晶髑髏が本当にマヤ文明の遺跡から出土したものかどうか、非常に疑わしい。

養父のアルバートの共同研究者たちは各々に著書を出版しているが、どの本にも水晶髑髏という大発見が一行も触れられていない。しかもアルバートと共同研究者たちの写真は有るが、当時17歳の可愛い娘であったアンナの発掘現場での写真は一枚も存在しない。

加えて1927年当時、アルバートはイギリスに一時帰国しており、発掘現場には不在だった。

その点を指摘されたアンナは、髑髏を発見したのは24年だったなどと前言を翻している。

 

所有者だったアンナは、遂に髑髏の真実を語ることなく100才で亡くなった。しかし髑髏の真実を追求し続ける人々は、最新の光学機器を使用してとうとう真実に行きついた。

当時には存在しなかった高解像度の顕微鏡により、髑髏の表面に存在する工具の研削跡を発見したのである。結局、ヘッジスは古美術商から4000ポンドで水晶髑髏を購入していた事実が発覚した。その古美術商バーニィも、借金のかたとして髑髏を預かっていただけで、その本当の出所は分からないと言っている。

 

映画の公開に合わせて大規模で本格的な各地に残る髑髏の調査が実施された結果、大英博物館、スミソニアン博物館、パリの美術館などが所蔵する髑髏の全てが、19世紀あるいは1960年代にドイツあたりで製作された偽物であと断定された。

理由はその多くで近代に成って初めて使用された研磨剤や、工具の研削跡などが発見されたからである。

ミステリーフアンとしては少し残念な気がするが、恐らくは他にも多くの紛い物が本物として価値ある物とされているだろうと想像するに難くない。


[PR]
by levin-ae-111 | 2014-04-29 10:30 | Comments(0)